再突入駆逐艦が次々と目標の軌道に乗り、コンテナ投下を今か今かと待ち構えている。作戦開始時刻まであと1分を切っており、何かしらのトラブルが起きても引き返すことは出来ない。
「第一波、投下開始!」
爆撃専用のカーゴを切り離し、軌道へと投入する。
既に後続が同じ周回軌道に集まってきており、時間通りに離脱を行わなければ衝突の危険すらある。
「投下!投下!」
投入されたコンテナは順調に落下、目標のミンスクハイヴに向けて加速していく。急な作戦参加だったため、カーゴが無事に作動する保証はない。だが分離せずとも迎撃されれば重金属雲を発生させ、最悪一匹は吹き飛ばして殺傷してくれるだろう。
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ユーラシア大陸北部、ハイヴ攻略作戦開始地点にて。
二か月前から行われていた陽動作戦と、作戦開始直前に行われる軌道爆撃の後に作戦は決行される予定になっている。
「こちらアルファ中隊、作戦開始地点周辺のBETAを掃討した」
「巣の近くなのに数が少ない、間引きの甲斐はあったみたいだな」
『全ユニットに通達、軌道爆撃が到達する』
「おお、遂にか」
『レーダーから算出した落下予想地点に注意せよ、光線級の迎撃により落下軌道が変化する可能性は大いにある』
周囲の警戒をしつつ、ハイヴの方を見ることにした国連軍の戦術機中隊は流星群のようなものを視認することが出来た。しかしそのまま着弾する筈もなく、光線級による迎撃が始まった。爆散するカーゴ、空を埋め尽くすレーザーの光と蒸発した重金属により発生したどす黒い雲がハイヴを覆う。
「…おいおい、なんだよあれ」
「艦隊も大盤振る舞いだな、凄い数だ」
第一波で濃密な重金属が形成されたことにより、第二波の爆撃は目に見えて迎撃される量が減っていた。
ばら撒かれるカーゴだったものと、内容物として詰められた榴弾や爆薬が次々と地上でエネルギーを開放した。
『軌道爆撃の終了まであと300秒、指定ポイントまで前進してください』
「アルファ了解、派手な花火で気を引いている内に前線を上げるぞ!」
「「了解!」」
地上の光線級が激減し、軌道爆撃の迎撃率が極端に下がったのを見て司令部は前線を押し上げることを選択した。地上からの砲撃が効くのであれば、強気に出るのが正解だと踏んだのだろうか。
「ヴォールク連隊のために道を切り開くぞ、奴らの仕事が始まる前に損害を出させるわけにはいかん」
「補給コンテナの降下も確認しました、前進しても問題ないですね」
「敵はまばらだ、鶴翼参陣(ウイング・スリー)で火力集中!囲んで叩き潰すぞ!」
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ヴォールク連隊突入後、ハイヴ周辺のBETAの密度は加速度的に増加していった。軌道爆撃で減った筈のBETAは新手が地下から這い出して来たのか、砲弾の迎撃率も上昇してしまっている。
アルファ中隊は機体を失いつつも、ハイヴに接近しての陽動を続けている。ヴォールク連隊に向かうBETAを少しでも減らし、連隊の脱出が確認された際には撤退の支援を行うことが彼らの任務だ。
「ええい、砲兵隊は何やってんだ!?」
「地下から光線級が死ぬほど這い出て来やがった、砲弾が届かねえぞ!」
「あ、新手が来ます!」
「全周警戒!各小隊で固まってフォロー、要塞級は小隊単位で火力を指向するぞ!」
砲兵隊が放つ榴弾は半分以上が届かない、無限に沸き続けるかのようなBETAを押しとどめられるのも限界に近い。
周囲の補給コンテナは大抵使い切ってしまっているが、他のコンテナは遠く中隊を移動させるのも困難だ。
「突入口に友軍機の反応あり、定期連絡担当機です」
「30分毎に救援が必要なのも面倒だな、周囲の友軍は救援に向かえそうか?」
「突入口付近に展開するチャーリーとフォックストロットが向かうようです」
「よし、このまま陽動を継続するぞ」
しかし司令部からの通信で部隊の空気は凍り付くことになる。
『全機撤退せよ、繰り返す全機撤退せよ』
「撤退?」
『ヴォールク連隊が壊滅した。速やかに各撤退地点にて再集結し、後退せよ』
「…27個も小隊が居たんだぞ、それがやられたってのか?」
戦術機だけでなく、2000を超える戦闘車両と歩兵も居た。
それが定期連絡を行うため30分ごとに脱出して来た戦術機16機以外、すべて帰ってくることが出来なかった。それが意味するのはただ一つ、ハイヴ内は想像を絶するほどの地獄だということだけだ。
「狼狽えるな、陣形を組みなおせ!我々は次の攻勢を行うためにこれ以上一機も撃墜されてはいかんのだ!」
「りょ、了解!」
パレオロゴス作戦は失敗に終わったが、作戦開始と同時に行われる軌道爆撃の有効性、ハイヴ内構造データの取得など得るものもあった。またハイヴ内で生き残れるのは戦術機だけだと知らしめる結果となり、ハイヴ突入部隊は戦術機のみで構成されるよう変更されるなど戦術にも大きな影響を与えることとなる。
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日本帝国国内、秋津島開発本社にて。
「作戦に参加した部隊の損害は?」
「突入した部隊は戦術機16機を除き殲滅されて事実上消滅しましたが、砲兵隊による支援砲撃により撤退時の損害は多少抑えられたようです」
原作よりも2機多い計算だ、少しは耐えたということだろうか。
「損耗率は?」
「20%、戦術機や戦車など正面戦力がほとんどです」
「…軌道艦隊向けの輸送をできる限り増やせるか、部隊を立て直すまでにBETAの大規模侵攻が始まれば大損害は免れないぞ」
せめて侵攻してくるBETAに軌道爆撃を行うことが出来れば防衛は楽になる筈だ、先の攻撃で宇宙に上げていた弾薬の6割を消耗してしまっているらしいのが問題だが、意地でもなんとかしなければ。
「マスドライバーの拡張工事はまだ進行中です、となると追加分は多段ロケットでの輸送になるのでコストは上がりますが」
「問題ない、こちらで持つとでも言っておけ」
軌道爆撃だけでは未来を変えることは出来なかったが、わずかに被害を減らすことは出来た。これから始まる大規模攻勢で人類はユーラシア大陸の北西部から追い出されてしまうことになっているが、どこまで粘れるか…
「それと今回の大敗を見てか政府が許可を出しました、技術流出の可能性が低い自動工場であればヨーロッパへ生産拠点を建設することを認めるそうです」
「まあ安いF-5が売れてるからな、今の内に売り込まないと高級機の立場が無くなるぜ」
政府と欧州連合は第二次世界大戦のことは水に流し(表面上はだが)、対BETA戦のため団結する気らしい。優れた軍需産業を持つ彼らに対し、戦術機という交渉カードを使ってどれだけの見返りを得られるかは政府次第だろう。
何はともあれ、交渉のため即刻ヨーロッパへ向かおう。
隼の実機も持ち込んでだ、デモンストレーションの用意は出来てる。
「行くぞ、未来を変えられるとしたら戦術機に違いない」
「未来を変えるとは大きく出ましたね、お供しますよ社長」