加速された水素原子が打ち出され、エネルギーの奔流となって突き進む。射線上に居たBETAは空気がプラズマ化するほどの攻撃を防ぐ能力など無く、跡形もなく吹き飛んだ。ここは地獄と噂された大陸、帝国軍が派兵された中国の地だ。
「荷電粒子砲、発射機構閉鎖」
「第二射に備えて少し後方に下がらせて貰おう、機関への負荷は?」
「許容範囲です、燃料カートリッジの反応速度も大きな変動無し」
「流石の安定性だな、整備後というのもあるのだろうが」
空飛ぶ重巡洋艦クラスの船体は重力場に包まれ、光線級からの攻撃をものともしない。帝国軍が率先して間引き作戦を行うのはこの船の存在があるからであり、超電磁砲を有する疾風の存在も相まって被害は他国が比較に出来ないほど小さい。
「偵察小隊の音紋解析結果です、コード911に発展する可能性あり」
「地下侵攻か、予測される出現位置は?」
偵察装備に換装した無人の多脚車両は、護衛の戦術機と共に戦線の各地に散らばって振動の観測を続けている。データリンクと高度な情報処理が可能な帝国軍は過去の戦訓から、地下侵攻の早期発見能力の強化に努めていた。
「これまで通りML機関に引き寄せられているようで、振動は本艦に向けて接近中です」
「…待て、速度が早すぎる」
「振動の解析は不十分ですが、母艦級である可能性は高まりつつあります」
「面倒だな」
従来の掘削と比べてその音の大きさ、深度、速度まで違う。導き出された結論は、母艦級の出現という欧州でしか前例のない事態だった。
「このまま後退、防衛ラインの火力を使って母艦級を潰す」
「火点の前に敵を釣り出すというわけですね」
「司令部も後退を許可するとのことです、指定座標にてS11弾頭をたらふく撃ち込んでやるとも言ってます」
防衛線にはMMUによって一年足らずで建設された防壁と砲台群があり、固定式の超電磁砲すら運び込まれている。これらの一斉砲火であれば、流石の母艦級にも有効打を与えられる筈だ。
「間引きに出ていた戦術機部隊も順次撤退を開始、S11の使用に際して国連軍と中華統一戦線に通達を行うとのこと」
「下手すると核だと思われるだろうな」
接近する震源とほぼ同じ速度で後退、一定の距離を保ちつつ防衛線を目指す。設計上の明確な欠点として浮遊艦イザナギには下を狙える武装がほとんど無いため、万が一真下でも取られようものなら大惨事だ。
「高度を上げられるか?」
「先程の砲撃で粗方吹っ飛ばしましたが、残存する光線属種からの照射は未だ危険です。照射を受けつつ後退するとなると演算処理に負担が…」
「何のための主砲だ、相手が悠長に初期照射をしている間に排除しろ」
下から接触された場合、大質量の衝突が重力場に与える影響は計り知れない。光線級の攻撃に晒されるより、下から飛び出して来た母艦級と接触する方が遥かに危険なのだ。
「了解、上昇します」
「主砲弾種切り替え、対地攻撃用フレシェット弾から精密誘導直撃弾へ」
「VLSの誘導弾は温存しなくていい、接近するBETA群にばら撒いておけ」
「りょ、了解!」
S11弾頭弾やクラスター弾が一斉にばら撒かれ、キノコ雲が戦線の上に立ち昇る。爆発が振動計の観測を一瞬遮るが、地下の母艦級は変わらずこちらを追っている。
「防衛線の稼働状態は?」
「80%です。現在疾風の冷却設備接続は完了、続いて国連軍の主力戦車群を防壁上部へ移送中」
国連軍が運用するレオパルト2がエレベータに乗せられコンクリート製の防壁の上へと運ばれているが、戦術機は跳躍ユニットに物を言わせて飛び上がる。このような場合では戦術機の展開力は非常に頼もしいものがある。
「指定ポイントにて停止、母艦級を地上に出せと司令部が」
「要塞砲の射程内に収めたか、ならばよし!」
戦後解体された艦船から降ろされた火砲を転用した巨大な砲台群は、厄介な要塞級を一撃で撃破可能な威力を誇る。欧州で解析された母艦級の外殻は戦艦の主砲すら通さない分厚さを持つと分かったが、貫通力の高い超電磁砲で穴を開ければ話は別だ。
「高度を更に上げろ、やれるな」
「味方に撃たれたくはありません、やりますよ」
地面が隆起し、ひび割れ、内側から弾け飛ぶ。現れた母艦級は欧州で確認された個体と同じ外観を持ち、先端部を浮遊艦イザナギへと向けている。
「出たァ!」
「後退だ、後退しろ!」
BETAが吐き出される前に片をつけるべく防衛線の火砲が一斉に火を噴き、その全てが母艦級へ殺到する。だがBETAが狙うのはただ一つ、目の前のG元素だけだ。
「母艦級開口…こ、こちらに口を向けてます!」
「我が方に対する初期照射を確認!」
「中に何を詰めて来やがった、対光線防御ォ!」
光の束が重力場に突き刺さり、軌道が歪められることで空に散る。重光線級複数体からなる一斉照射を受けた重力場は光を歪めてみせたが、その制御に必要な演算処理に船のコンピュータは耐えられなかった。
「ラザフォードフィールド消失!」
「メインフレームの演算処理が緊急停止、ML機関の反応速度が危険域に到達しています!」
「か、荷電粒子砲消失?…艦首ブロックからの反応がありません!」
「纏めて消し飛んだか、ロール角180度!」
「は、はい!?」
「いいから回せ!」
操舵手は疑問を持ちながらもペダルを強く踏み、船を回転させる。上下を入れ替えた船で何をするかなど、回る途中で司令室の人間は嫌でも理解した、せざるを得なかった。
「この船に乗った甲斐があったな!主砲撃てるか!」
「熱でセンサが死にましたが、光学照準で撃てます!」
「目標はバケモンの口の中、撃てるだけ撃て!」
「砲身保護回路切断、冷却装置稼働率120%…定格出力突破!」
「なんでもいい、撃てェ!」
二度目の照射を行おうとしていた母艦級内の光線属種に向け、主砲である二連装超電磁砲が放たれる。火薬式の砲とは違い排莢といった工程を挟まないレールガンは機関砲かそれ以上の発射速度を見せ、撃ち始めてから1秒ほどで高価な精密誘導弾を使い切った。
「弾を切らすな!撃つ弾はなんだっていい!」
砲身を覆う冷却装置すら赤熱し、司令室のディスプレイには数え切れないほどの警告文が表示されている。
「クソ虫が、俺達を舐めてもらっちゃ困る!」
突如現れた母艦級は集中砲火によって撃破されたが、防衛の要であった浮遊艦は大きな損害を受けた。これにより間引きの大部分を担っていた帝国軍が消極的な姿勢に移行したことで、中国大陸戦線は暫くの間停滞することになる。