いつもの社長室で業務を進める二人だったが、どうにも空気が重い。その理由は言うまでもなく、例のキャンプ爆破事件が原因である。
「…やられたな、こうも簡単に焼き払うとは思わなかった」
難民解放戦線を名乗る者たちによる犯行は、第四計画をスムーズに進めたい社長にとって大きなストレスになっていた。タイミングが悪すぎる、テロ組織の関与はほぼ確実だろう。
「隠れ蓑に使っていた場所にはもう用はない、とでも言いたげなやり口ですよ」
「派手にやってくれた、死傷者への対応を優先しなければならない以上捜査は停滞するぞ」
そう言って社長は手で顔を覆い、大きくため息を吐いた。
テロ組織が潜伏していたと思われる各地の難民キャンプは証拠隠滅のためと思われる爆発や放火が同時に発生、監査に乗り出した国連軍の部隊は甚大な被害を受けていた。
「難民の管理を行なっていた組織に手を入れましたが、データベースに改竄の痕跡が見つかりました」
「よく見つけたな!」
「関係者が管理組織から転職した結果、秋津島食品の社員になっていまして。ダメ元で確認したところ、個人情報が意図的に書き換えられていたことが発覚しました」
データは完璧に書き換えられても、人の記憶までは手を出せなかったようだ。偶然が重なった結果だが、難民の支援を行なって来たための必然とも言える。
「難民の身元を洗うしかない、帝国に受け入れた者を最優先だ」
何かするならオリジナルハイヴ攻略が迫る今しか無いのだろう、本当の目的が分からないテロ組織が急速に動き始めたのは確かだ。
「こういう時の警察だが、何を持ち出してくるか分からないテロ屋相手にあの機体じゃあな…」
「目論見通りに行けば市街戦に特化した高性能MMUを押し付けるつもりでしたが、見事に失敗して戦術機モドキがその座に収まってますからね」
「あの機体どうしよう、作ったはいいが宙に浮いたままなんだよな」
社長の趣味と実用性を両立した超高性能MMUは行き先を無くし、格納庫の中で眠っている。完全な戦闘用として設計されているため海外に輸出というのも憚られ、今後の方針も立っていない。
ちなみに開発コードネームは"ヴァンツァー"であり、言うまでもなく社長の意向によって決められている。
ー
「最近はどうにも暇で困っちまうな」
「嵐の前の静けさってヤツじゃないの?」
「それで済むなら統計学は発達してねぇよ」
学生時代の衛士適性検査をギリギリ通れなかった者達を集めた警察によるMMU犯罪対策課では、暫くぶりの平穏で暇を持て余していた。戦術機の運用経験がない警察は彼らを持て余すかと思われたが、抑止力として上手く使っていた。
「MMUの稼働台数は年々増えてる、秋津島開発の技術開示に伴って他社製の機体だって毎年発表されてるんだぞ」
「それでー?」
「稼働している機体が多ければ多いほど何かしらの事件は起きるんだ、なのに件数が大きく変動するってことは別の要因がある」
小難しい話をしているのは第一分隊の衛士二名であり、既に何度かMMU犯罪の鎮圧を行なっていた。増加傾向にあった事件の数はここ最近一気に減少し、今までの忙しさが嘘だったかのように思えていた。
「実機に負担をかけるわけにもいかずに仮想訓練ばっかり、36mmを撃つ機会も無くて困るぜ」
「分隊長はそればっかりなんだから」
口数の多い男が分隊長、それを受け流すのが女の分隊員だ。そして二人を見守るのは彼らのために調整された警察仕様のSPFSS、操縦支援用のAIだ。
『急に暇になったのは確かに不可思議ですね』
「だろぉ?」
「そうでもないさ、出動命令が来るぞ」
会話に割って入ったのは目付きの鋭い女性であり、何処か飄々とした雰囲気を纏っている。彼らの上司であり、小隊の指揮を任される小隊長だ。
「「えっ」」
「警察の無線が急に増えたからね」
そしてサイレンが鳴り響き、通信端末に送信された出撃命令が彼らの眼に入った。MMU犯罪であり、既に被害が出ているのが分かる。
「仕事だ、指揮車で先導する」
規模は大きくない、出撃するのは第一分隊だけで済みそうだ。機体に衛士とAIが飛び乗り、コックピットハッチが閉じる。機体のOSが立ち上がり、網膜に投影された映像に秋津島開発のロゴが表示された。
「交通渋滞を考えるとトレーラーは無理か、徒歩で出撃だ!」
「空が飛べれば楽なんだけどなぁ」
「BETAと戦うんじゃねぇんだ、あんな燃料タンクで接近戦をやりたくないね」
市街戦用の拳銃型36mm砲を装備した二機は格納庫から出て事件現場へと向かう。現場上空にはUAVが飛行しており、犯人の動向は筒抜けだ。
「現場付近には輸送中だった水素燃料タンクが存在するらしい、引火には注意してくれ」
「分隊長が燃料タンクだなんて言うから〜」
「関係ねぇだろ!」
第一分隊の二機は多脚車輌をほぼそのまま流用した指揮車に先導され、路上を走る。この時ばかりは戦術機が本来持つ展開能力が欲しいところだが、街中で市民ごと爆散するわけにはいかない。
「しっかし燃料電池用の燃料か…」
「どうしたの?」
「最近ニュースでやったろ、おんなじ手口で難民キャンプが吹っ飛んでる」
「やり方が広まったと考えるには、嫌に早いのが気になるね」
分隊長が言った言葉に反応した小隊長が事件同士の関連性を気にする中、事件現場付近で破裂音が鳴り響く。警官が拳銃をぶっ放したと考えるには音が大きすぎる。
「なんだぁ!?」
『MMUがガス缶を投げ付けて来まっ、あぁ!!』
付近にあったガス缶を投げ付けて攻撃して来るらしい、気化した可燃性のガスは非常に危険だろう。無線で報告しようとした警官が悲鳴を漏らし、二度目の破裂音と共に通信が途切れる。
「上空の無人機から得た情報で目標を識別出来た。光菱重工製建設作業用MMU、MH-2032ハンドラか」
「早くしねえと人死が出る、どうしますか小隊長」
「ハンドラの機体特性に寄る」
「アレは画像を見る限り汎用タイプですが、ガス缶を投げ付けられるってことは操縦士は中々の熟練者。警察仕様の隼にパワー負けしていますが、解体用のプラズマカッターは充分な脅威ってところですかね」
MMU及び戦術機に詳しい、有り体に言えばオタクである彼はスラスラと機体の特性を言い当てた。曲がりなりにも戦術機を元にした機体が負ける相手ではない、だが油断も出来ない。
「ナイフ…じゃない、特殊警棒で無力化出来るかい?」
「背中の動力系統を狙えばいけます。フレームの隙間を狙えるかどうかですが、彼女であれば」
分隊員の女性はかなりの操縦技術を持っているため衛士としても有望かと思われたが、本格的なシミュレータでGに耐えられないということが判明して適性試験に落ちた経歴を持つ。
地に足ついた戦闘では負けなしだ、飛ぶ必要がないなら彼女の強みが生きる。
「任せて!」
「だそうです、やってみせますよ」
取り出したのは刃が付けられていないナイフであり、秋津島開発が専用の武装をわざわざ作っていなかったために警棒として採用されていた。元々別の機体を採用させる気だったのだ、多少雑なのも仕方ない。
「ハンドラは完全な陸上作業用のMMUだ、装甲は無いに等しいがフレームは一丁前に強固だから下手に殴るな!」
「じゃあどうするのさ」
「股の関節を狙って動きを止める、カバーはあるが突けば刺せる筈だ」
刃が付けられていないとはいえ、多少はそれらしい形状をしている警棒を一回り小さい相手に向ける。既にガス缶を使い切ったらしい犯人の機体は、簡素な作りの両腕を威嚇するように向けてきた。
「俺が隙を作ったら背中をぶっ壊せ、いいな」
「わかったよ分隊長!」
「了解と言え、了解と!」
分隊長の機体が突っ込み、相手が突き出した腕を避けながら懐に入り込む。振り回された腕が塗装を削るが、お構いなしに警棒を突き立てた。
「こんのっ!」
一撃目でカバーが大きく凹み、二撃目で固定部分が折れた。そして露出した股関節に警棒が到達し、そのまま機構を破壊するべく奥へと押し込んだ。
「今だ、やれーッ!」
「うおりゃー!」
掛け声に反して重厚な金属音が鳴り響き、正確に叩き込まれた一撃が致命的なダメージを与えた。動力源である燃料電池の電解液が漏れ出し、千切れたワイヤーから火花が散るのが見える。
「…しっかし警備は何してたんだ、こんなに通報が遅れるなんてな」
「この辺りは秋津島開発のアンドロイドが担当じゃなかった?」
「その筈なんだが、どうにも姿が無いな」
話にあった燃料タンクも見当たらない。どうにもきな臭くなってきた、小隊長の鋭い勘はそう告げていた。
「面倒なことになりそうだ、このことは犯人を引き渡してから考えるかな」
この日の出来事がMMU対策課が巻き込まれる大事件の幕開けだったとは、この時小隊長以外の誰もが思わなかったのである。