秋津島開発の推進器技術を結集して作られた飛燕の跳躍ユニットは快調極まりなく、速度計が示す数字は既に時速800kmを突破した。第三世代機である不知火は時速700km程度であることを考えると、どれだけ異常かが分かるだろう。重力制御の応用により機体の周囲を流れる風も制御が行われているため、受ける抵抗は外見からは想像もつかないほど少なかった。
「…長距離噴射を始めたばかりで、これかッ!」
『重力制御により燃料消費は格段に抑えられています、増槽の中身を使い切る前に突入ポイントに到達出来るかと』
速度計の数字は常に更新され、もう少しで900キロに到達する。人型である戦術機でこれだけの速度を出そうものならバランスを崩して空中分解でも起こしそうだが、この機体は既存の常識を受け付けない。
『試験結果通りこの機体なら音速は出せます、このまま加速して1200kmの大台に載せますよ』
「リィズ、いや00ユニットへの負荷は大丈夫なんだろうな!」
『秋津島の開発チームが出来る限りの最適化を施していますし、火器管制は私が受け持ちます。外装は出来上がってないのに内装の完成度は完璧ですよ、この子』
ML機関の運用に最適化された専用のOSは向こう50年は通用する程の代物であり、燃費の向上にはソフト面での大きな進歩があった。しかし更に負荷を軽減するために役割を割り振った結果、原作において凄乃皇に操縦士と航空士が乗り込んだことと奇しくも同じ構図となっていた。
『戦術機で音速を突破するのは我々が初めてかもしれませんね、大気圏外からの突入はノーカウントにして欲しい所ですけど』
音速を超えたことで大きな衝撃波が生まれるも、重力場によって歪められてから広がっていく。00ユニットの高度な演算処理によって保護されている機体には振動すら伝わらず、操縦する衛士には着慣れない強化装備の感覚だけが残っていた。
「…全部俺にかかってるんだよな」
『はい、具体的に言うなら東ドイツの国土と人類の未来が』
やり慣れた光線級吶喊だろう、今回は偶々相手が馬鹿みたいにデカくて強いだけと彼は自らに言い聞かせる。支援だ取引だと言って色々な物を押し付けてくる秋津島の社長、再編した666中隊の部下達、旧666中隊の仲間、軍を離れたアイリスディーナ、カティア、リィズ……様々な人物が脳裏に浮かぶ。
「こちらシュバルツ08、これより光線級吶喊を開始する!」
彼は本来なら隊長としてシュバルツ01のコールサインを預かる身だが、今ばかりはそう名乗った。この戦術機を受領した時に何が起こり、何を聞かされたのか。眼前に迫る分厚い重金属雲を越える前に思い起こしておくのも悪く無いだろう。
ーーー
ーー
ー
「G元素カートリッジの最終確認急げ、点火を妨げる安全装置は最終安全弁を残して全てカットだ!」
「レールガンに問題はないだろうな、弾詰まりを起こしたとしたら俺達は腹を切らにゃならんぞ」
「その時は斯衛に介錯頼みましょうや、きっと綺麗に斬ってくれます」
打ち上げられた機体と共に現地入りした秋津島開発の整備班は手慣れた様子で動き回り、飛燕の出撃準備を超特急で整えていた。慎重な取り扱いが必要なML機関の状態も万全であり、残すは00ユニットの調整だけだった。
「慣れないな、前の強化装備じゃ駄目なのか?」
「機動性は既存の戦術機よりも遥かに上なんです。重力制御である程度は緩和されるとしても、少しでも性能が良い強化装備じゃないと身体が持ちませんよ」
飛鳥計画が有する研究成果の一つ、機体の機動力から衛士を保護するための新たな強化装備が彼のために持ち込まれていた。他にも様々な装備が積み上げられていたが、その全てを実装する時間は無さそうだ。
「…00ユニットの人格データをどうするかだな、取り敢えず渡されたサンプルから選ぶしかないか」
「人格データ?」
「ああテオドールさんかい、ちょっとコイツは特殊というか旧式でね」
現在はAIによって稼動するタイプが一般的だが、秋津島開発の全面的な協力が行われる前は別の方式での制御が行われていた。そう、人の人格データをそのまま使うという手法である。新型の00ユニットは凄乃皇に使ってしまい、使えそうな機体は昔の試作品しか残っていなかった。
「人の人格データをそのまま入れて使うことになる、相性が良さそうな人物の方が都合が良いんだが…使えるデータの中に知り合いは居ないだろうしな」
「いまいち分かりにくいんだが、人格を入れるとどうなるんだ」
「その人格データの持ち主と全く同じように振る舞うようになる、外見も調整しないと発狂するんで色々と難しい。社長が待ったをかけて方針を変えたんで、今は人の人格なんて使わないんだが…」
00ユニットの中身を誰にするか、テオドールは渡された資料を手に取った。その仕様に薄ら寒い物を感じるが、誰にするべきかは重要な選択だと思い紙をめくる。
「人格をコピーしたのはどれも秋津島の関係者と第四計画の被験者です、今回みたいな状況に適合出来るかどうかは不透明ですね」
そう敬語で告げるのは話を聞いてやってきた00ユニットを担当する技術者だ、どうにも一筋縄ではいかない問題があるらしい。
「精神的な負荷は演算処理以上に大きな問題だしな、ODLが濁る」
「こんなことを言うのもなんですが、この手の作戦行動に慣れていて貴方との協働に向いているような人から人格データを貰う方が良さそうなんですよ」
666中隊の誰かを選び、脳味噌をコピーさせてもらう必要があるらしい。発狂だのなんだのと聞かされた上で、ドッペルゲンガーを作らせて欲しいと今から打ち明けるのも憚られる。特に昔の仲間達は東ドイツで奔走中だ、呼んでも来てくれそうな者は居ないように思えたその時だった。
「そんな都合のいい人なんて居ませんよねぇ、来るとしたら戦術機か何かで飛んでこないと間に合わ…」
その発言の後、プラットホームが揺れた。なんだなんだと外に出た警備員が見たのは、不時着に片足を突っ込んだような状態の旧隼だった。救命用に利用されている機体だが、こんな着陸をする理由が分からない。
「テロリストか!」
「クソッこんな時…に…?」
機体胸部のハッチが開き、中に居た衛士が降りてきた。戦術機を操るにしては若い女性、いや少女とも言える姿であり、強化装備ではなく病衣に身を包んでいた。
その光景を前に目を丸くするテオドールを見て、整備員の1人が恐る恐るだが事情を聞いてみることにしたようだ。
「…もしかして知り合いだったりするのか?」
「ああ…妹だ」
後から分かったことだが、社長が彼女に連絡を入れていたらしい。内容としては最後になるかもしれないからせめて話す機会をということだったが、彼女の行動力を甘く見積もりすぎていた。
「えーっと、00ユニットへの人格データ提供をお願いしてみますね。正直言ってもう彼女しか適任が見つかりそうも無いですし…」
こうしてテオドールの妹は生身と機械の二人に増えた、というのがことの顛末である。