桜花作戦が始まった日から一週間が経ったが、社長はその結果を知ることが出来ずにいた。分厚く無機質なコンクリートの壁に囲われた一室で外界から隔離されていたのだ。
「…その、お身体に障りませんか?」
「月に一回は食べたいんだ、脂っこいものが」
そんな部屋で昼食として出された大盛りのカツ丼を平らげた社長は箸を置き、アルミ缶に入った緑茶を飲み干した。彼は60代後半の老人だったが、外見は活力に満ちた30〜40代といった所だろう。
「本当にこの食事でよろしいのですか、あまり上等なものとは言えませんが」
「いやこの部屋でそんなに良い物食べてもね、それに私はそこまで美食家というわけでもない庶民舌だし」
寧ろ気が滅入る、それにこのシチュエーションでカツ丼というものは中々乙な物だ。刑事物の鉄板とも言える組み合わせだろう、今日日見ないと言えばそうだが。
しかし彼が気にしていたのはそこではないらしく、歳を考えると重い部類の食事を好む自分を心配しているようだ。良くない返しだったなと社長は反省しつつ、ちょっとした会話で場を和ませようとし始めた。
「やっぱり歳と外見が合わないのは不思議かな、私もどうしてこんな体質なのかは分からなくてね」
「いえ、お元気なのはとても良いことかと」
「そうかな、そうかも」
食事を運んで来た制服姿の男性は食器を纏め、盆へ乗せて手に持った。そして懐から一枚の紙を取り出し、社長へと手渡した。
「では私はこれにて失礼します、それとこれから面会の予定が入っていますのでご確認を」
「面会?」
渡された紙には面会に来るであろう人物の名前が書かれていた、所属はなんと第四計画だ。
「…博士か」
「入るわよー」
「早くない?」
男と入れ替わる形で分厚いドアを開けて入って来た香月博士に対して少し驚きつつ、少々硬い椅子の上で姿勢を正した。
「何よこの部屋、立派な犯罪者って訳?」
「いや下手な部屋だと暗殺されかねないって話でさ、対地爆撃で貫通出来ない地下深くに匿われてるんだ」
地下の秘密基地って感じでロマンあるよなと笑いながら話す彼に対し、彼女はなんとも言えない表情を浮かべつつ向かい合う形で用意されていた椅子に座った。
「呆れた、貴方今外がどうなってるのか知らないのね」
「まさか桜花作戦が失敗した、とか?」
「そうじゃないわ、何から説明すべきか悩むわね…」
そう言いつつため息を吐き、彼女は持ち込みが許されたらしい秋津島開発製の端末を弄った。この部屋に通信回線は存在しないが、あらかじめダウンロードして来ているらしい。
「A-01とA-04は今や英雄よ、被害は出たけどオリジナルハイヴは陥落した」
「やったな!」
見せられたニュース記事にはオリジナルハイヴの陥落、攻勢に出ていたBETAの鎮静化、衛星軌道の復旧などが取り上げられていた。司令塔を失ったことで状況は大きく変わったようで、帝国本土の防衛も上手く行ったらしい。
「それは喜ぶべきことだけど、貴方の行動が社外の人間にリークされたのよ」
「マジかよ」
社長の自己犠牲により欧州は救われ、オリジナルハイヴは陥落し、軌道艦隊は戦場を取り戻し帝国本土の防衛に獅子奮迅の活躍を見せた。彼の指示が一つでも欠けていれば人類は敗北していたかもしれない、そんな瀬戸際だったと様々な媒体で拡散されている。
「貴方が連行されたのをよく思わない人間は軍内部にも居るのよ、恐らく貴方を支持する軍人連中も一枚噛んでるでしょうね」
「いやあの、責任取るつもりで連れて来て貰ったんだが」
「その結果解放を要求するデモまで始まったわ、武家の方でも武御雷の件で色々と議論が巻き起こってるし…そのお陰で手は打てたけど」
「手?」
「後で話すわ、兎に角絞首台に立つ必要は未来永劫無くなったとは言っておくけど」
長い懲役を課したとしても、社長にその時間を獄中で過ごさせることは帝国にとってあまりに大きな損失と化す。急に船頭を失った秋津島開発自体がどう転ぶかも分からない、彼が居ることで纏まっていた大企業を帝国が制御出来るかと言われると難しい。
「クーデターが起きても不思議じゃないわね、他の国も貴方を欲しがってるし状況は悪化の一途を辿ってるわ」
「勘弁して欲しいな、事を荒立てないためにこうしたってのに」
「責任を被って死にたいなら汚職や犯罪、裏帳簿でもでっち上げておけば良かったの。やり方が真っ直ぐ過ぎて擁護する材料にしかならないのよ!」
やりたいことは宇宙開発、汚職はその性格故に受け付けない。というかやることなすこと金を産むので、社長と上手く付き合いたいなら寧ろやらない方が良いと他人が学習したということもある。
「あー…その手があったか…」
「何よその感想、本気で死ぬ気なら許さないわ。まだ仕事は山積みなの分かってる?」
「むしろ無責任か、そうだな」
ここでひとまず罪状を纏めることにしよう。まず飛燕の無断投入に始まり、各種装備を独断で使用させたこと、更にマスドライバーを第四計画の名を使い地上へ砲撃させたことの三つだ。
「装備の持ち出しとマスドライバーは第四計画の権限でどうにでもなるから不問よ、問題は各国の機体に目撃されたお陰で誤魔化しが全く効かない飛燕ね」
「武御雷は?」
「斑鳩ってお武家サマが上手く纏めたみたいね、貴方のお嫁さんも実家と一緒に手を回したみたいよ。それに前秘書も事態の軟着陸のために奔走してるって聞いてるわ」
「アイツまだ動けたのか、歳だってのに無茶しやがって」
「それ貴方が言うとギャグにしか聞こえないわね」
武御雷は砲撃の間を縫って進んだBETAや母艦級による強襲に見事対応し、邀撃戦力として大きな活躍を見せた。特に自ら戦場に立った斑鳩氏は秋津島の倉庫から引っ張り出した電磁投射砲を手に比類なき撃破スコアを叩き出したとかなんとか…
「話を戻すけど、戦術機に搭載可能なML機関とそれを制御するコンピュータの存在はあまりに強烈だわ。特に戦後が見えて来たと各国が騒ぐ今では話題にならない訳がない」
「ML機関搭載兵器、結局実用化してるの俺達だけだっけか」
「このままじゃ帝国の一人勝ちよ、国連を通じて凄乃皇の情報を欲しがる輩は増える一方。とんでもない劇薬をぶちまけたものね」
既にソ連が戦地にて情報収集と投棄した武装について捜索を行なっているらしく、欧州も撃墜された戦術機の回収という名目で同様の調査を始めたらしい。第四計画が超重光線級の残骸を調べるために部隊を派遣したことで三者が牽制し合う形となったが、飛燕の存在を今更隠蔽するのは不可能だろう。
「そこで、榊首相は貴方にお話があるそうよ」
「あの人か、またお世話になったみたいだな」
「罪状だけど、色々ひっくるめて軍事機密の漏洩ってことで10年の懲役が課されるわ」
「…えっと、それだけ?」
あまりに軽すぎる、やったことは機密の漏洩どころでは済まない筈だ。そこらのインターネット掲示板に戦術機の内部構造について書くだけで同様の処分を受けることが出来る、罪と見合わない罰だ。
「そして戦術機事業からの撤退を撤回、そして飛燕の早期実戦配備に尽力することが貴方をここから出す条件よ。監視が付くけど、まあ今までとそう変わらないでしょうね」
執行猶予付きの観察処分ということにするらしい、対外的な発表はまだ後日だが三権分立とはなんだったのか。飛燕の存在が公になってしまった以上、今後始まるであろうML機関搭載兵器の開発競走に社長は必ず必要だ。理論も何もよく分かっていないこの装置の新規設計と効率化を行ったのは他の誰でもなく、この男なのだから。
「軽くないか?」
「社長として今まで通り働くことは出来なくなるのは確かよ、政府から色々と指図は受けるし国内三社との付き合い方も変わってくるわ。それに貴方にとっては一番大きいかも知れないけど、宇宙開発に手を出す時間は大きく削られるでしょうね」
社長に首輪を付けましたと対外的に示すための条件だろう、寿命を考えると後の人生は滅茶苦茶高度な刑務作業といった所だろうか。マスドライバーの一件は罪に問わないとはいえ条約違反だ、暫く宇宙開発からは距離を取る必要があるだろう。
「…うお、そりゃキツいな」
「10年我慢しなさい、寿命はなんとかしてあげるわ」
「テロメアでも弄る気か?」
「あら知ってたの、話が早いわね」
色々あったが、なんとか家族の元に帰ることが出来そうだ。遂に犯罪歴が付いたなと彼は思いつつ、暫く見ていない青空とその上にある黒い宇宙に想いを馳せるのだった。
あと少しで完結です
………第一部が、ですけども。
ユウヤ氏の物語がまだ終わってないので、もうちょっとだけ続くんじゃ。
間は開く予定ですけどね、今後の燃料として評価と感想よろしくお願いします。