立て直しに成功したばかりの防衛線、そのど真ん中に出現する予定なのは忌々しい新種BETAだ。これ以上敵が増えると守り切れない上に、頼みの軌道艦隊も新種がBETAを吐き出すまでに間に合わない。
「どうしますか中隊長、このままでは…」
「戦術核弾頭でもなければ奴は倒せません、それに外部からの攻撃で倒したとしても内部に居るBETAが放たれます」
「万事休すか、砲撃も殆ど効かんようだしな」
超電磁砲もあの巨体相手には分が悪いだろう、サイズが違いすぎる。戦術機が持ちうる他の火力、36mm、120mm、長刀…
「S-11、か」
ハイヴ攻略部隊機にのみ搭載された小型戦術核並みの威力を持つ電子励起爆薬、これを爆発エネルギーの逃げ場が少ない新種の口の中に放り込めば勝てるかもしれない。
「この場でS-11を搭載している機体は手を挙げろ、奴が口を開けた瞬間に爆弾を放り込む」
「それしか、ありませんよね」
「まあ分かってましたよ、お供します」
増援として来た機体にはS-11が搭載されていなかったようで、手が上がらない。
1個中隊全機が2個中隊の支援と共に突撃して、何機が辿り付けるのかは不明だがやるしかない。
『Beep!』
「…ん?」
新たに手が上がった、手の主は自律補給機だ。
全員がしばらく固まったが、補給機の股にはハイヴ攻略部隊同様にS-11が搭載されていることを思い出した。
「そうか、お前もか」
「コンテナを外してやれば機動力は上がります、我々で誘導してやれば上手く行くかもしれません」
やってみる価値はある、そう全員が判断した。
誰かが犠牲になる作戦よりも、全員が生き残る可能性がある作戦の方がマシだ。
「CP、我々は新種のBETAに対してS-11による攻撃を行う」
『死ぬ気か、やめろオスカー1』
「そんな気は毛頭ないな、補給機を使わせてもらう」
こちらに考えがある、そう告げると長い付き合いのCP将校はため息をついた。
周囲と何やら話す音が聞こえたあと、わざとらしく芝居を始めた。
『…重金属雲が濃くなってきたなぁー、通信不良だ』
そんなことはない、重金属雲はむしろ薄くなっている。
「司令部との通信不良により我々は独自に動かざるを得ないな、だろう?」
「滅茶苦茶やりますね中隊長殿」
「こう言うのは苦手だが、まあ東側の知り合いが教えてくれてね」
補給機のコンテナはそう簡単に取り外せないが、そこはスーパーカーボン製の短刀で固定部を切断してしまえばいい。2人がかりでどうにか切断し、身軽になった補給機の完成だ。
『我々も通信不良により現場の判断で動く、こちらとしては貴官らの支援を行いたいが可能か?』
共に後退していた二個中隊も協力してくれるようだ、補給を終えたばかりの彼らがいれば火力には困らないだろう。
「非常に助かる、無人機の突破支援を共に行ってくれ」
『了解した。その新兵器を使う様子も見たいんでな、また秋津島のだろ?』
F-5系戦術機乗りはAIには助けて貰ってる、コイツはいい子だよと笑いながらこちらに告げた。彼らも後方にBETAを入れる気はないらしい、気概は十分だ。
「防衛線を無理矢理下げたために一度目の強襲で吐き出されたBETAは司令部を目指して進行中、出現予想地点に補給機を送り届けるにはソイツらの中を突っ切るしかない」
「そのために楔壱型陣形でBETA群に突撃、補給機を護衛しつつ新種の出現地点へと向かいます」
近接格闘戦に覚えがあり、爆発反応装甲を持つオスカー中隊機が前衛を務める。中衛と後衛は補給を終えていて弾薬が潤沢な欧州連合機に任せ、一気に突撃する。
『オスカー1、こちらCP。聞こえているか分からんが送られてきた突入ルートに砲撃支援を行う、司令部の理解があって良かったとは言っておくぞ』
「助かった、感謝する」
『上も起死回生の一手に賭けると言っている、別ルートから米国海兵隊と東ドイツの戦術機中隊が攻撃を仕掛けるそうだ』
それ以外にもデータリンクを通じて戦っている戦術機や戦車の情報が流れてくる、我々が突撃してS-11を化け物の口に放り込むということも連絡が回ったらしい。
「多国籍にも程があるな、ドリームチームか」
「他の部隊も補給機を連れてます、誰かが辿り着ければ…ということでしょう」
轟音と共に着弾したのはF-14が放つクラスター弾頭ミサイル、フェニックスだ。東ドイツの部隊も突入を開始した、第一世代機だというのに海兵隊に遅れをとっていない。
「目指す先は同じだ、全機突入!」
『大変なことになったなぁオイ、頼むぜオスカー中隊さんよ』
「任された、そちらこそ補給機は頼んだぞ」
飛びかかってくる戦車級を斬り払い、一同は目的地に向けて一気に突撃を開始した。存外にも連携は取れており、陣形は強固に組まれていた。
ー
試製四号は本来試験を終えれば本国に送り返される筈だった、だが何故か大規模作戦の命運を賭けた博打に参加している。超電磁砲は厄介な要塞級を一撃で絶命させ、こちらを狙おうとしてきた光線属種を他のBETAなどお構いなしに貫通して撃破する。
「残り28発、負荷は許容範囲内!」
「反動で機体がぐらついてるぞ、大丈夫か?」
「接地して撃つような砲を飛びながら撃ってるんです、墜落しないのが奇跡ですよ!」
片手に持つ36mm機関砲で最低限の攻撃を行いつつ、バランスの悪い機体を無理矢理飛ばす。AIによる補助もあるがそれでも隼やF-4に比べると飛ばし難く、跳躍ユニットの出力不足も否めない。
秋津島開発の最新技術搭載機が持つポテンシャルがギリギリの飛行を可能にしているのだろう。
『超電磁砲発射準備完了』
「撃ちます!」
進路上の邪魔な突撃級とその後ろのBETAをまとめて吹っ飛ばす、発射時の電磁波防御は完全ではなく他の機体にはノイズが走ってしまう。
『弾頭の再装填及び充電開始』
「他の部隊はどうなってますかね、結構進んだとは思うんですが」
試製四号に搭載されたAIは他とは違いよく喋る、少し煩わしく感じるが役には立つのでそのままにしてある。
「我々は大隊規模だが他は中隊規模だ、進みは遅い」
『突入部隊とは言うが、敵を分散させるための囮役だろうな』
既に前衛を務めるオスカー中隊は二機を失い、欧州連合部隊も三機を撃破されていた。他の部隊が救出のために向かおうとしてくれているが、バイタルが途切れているのを見るに絶命しているだろう。
「間に合いません、新種が頭を出します!」
「口を開けて吐き出すまでにはまだ時間がある、速度を緩めるな」
前衛機はもう弾薬が底をつき、長刀のみで戦っている。だが要撃級と戦車級を次々と斬り伏せ道を開けてくれている、まだ誰も絶望などしていない。
「出ました、新種です!」
「まだ遠いか、速度を緩めるな」
他の部隊も目標を前にして接近しつつあり、別の方向からも突撃砲の射撃音が聞こえ始めてきた。しかしそれと同時に新種は体の向きを変えてBETAを吐き出すべく動き始めた。
「我々が最も目標に接近しています、どうにかこのまま…!」
「前方で固まっている光線級が邪魔だ、奴らが居る限り口に飛び込ませようにも撃ち落とされる」
点での攻撃には有効な超電磁砲だが、面での制圧となると現状突撃砲以下の効果となってしまう。光線級の排除に手間取っていれば新種の口が開いてしまうという予断を許さない状況で、ここに来て火力不足が露呈した。
『ここは専門家に任せてもらおうか、オスカー中隊殿?』
「後方より友軍機!」
ワルシャワ条約機構、つまり東側の部隊であることを示す識別信号だとIFFが告げる。
「日本帝国軍欧州派遣部隊、オスカー中隊だ」
『666戦術機中隊だ、まあ知らない仲でも無いな』
東ドイツ仕様の迷彩と黒い部隊章、この戦線では何度か世話になった666中隊の面々だ。それなりの損傷は見受けられるが、落伍機無しでここまで到達出来たのは奇跡に近い。
『教えた方便をこうも早く使うとは、そう何度もは使えないぞ?』
「本当に助かった、切れる札は生きている内に切るのが私のやり方でな」
中隊長が始めた芝居は彼らから教わったらしい。たった数回言葉を交わした後、彼らは光線級の居る方へと向かって行った。
『東ドイツの奴ら、滅茶苦茶やりやがる…』
「ああ、MiGであそこまでの近接戦をやってのけるとはな」
唖然としていた欧州連合機だったが、突如前方のBETA群がまとめて吹っ飛んだことでもう一度驚くことになる。突入時にも見たフェニックスミサイルだ、突入した海兵隊機はまだ温存していたらしい。
『すまんがミサイルは今のでカンバンだ、デリバリーは頼んだぜ!』
「海兵隊か、支援感謝する!」
『ジョリーロジャーズだ、覚えて帰ってくれよ?』
合流した二つの部隊の支援を受けて進んでいれば、いつの間にやら新種の前だ。もう開きかけていた口の中に向けて補給機に突撃命令を出した。
推力を一気に上げた補給機は自爆警告音を周囲に向けて鳴らし、ライトを赤く光らせながら突撃を敢行した。
「頼む!」
しかし突如飛来したのは要塞級の衝角、撃破したと思い込んでいた個体は辛うじて生きていたのだ。極度の緊張は時間を引き延ばし、補給機目掛けて伸びる衝角は急に速度を緩めたように見えた。
「(いつも通りだ、撃てば当たる)」
AIの処理速度と操縦桿の反応速度は遅くなった世界でも問題なく、衝角に照準を合わせるのは一瞬だった。放たれた弾頭は寸分違わず衝角に命中、高い硬度を誇るそれは粉々になって砕け散った。
「…命中!」
「よくやった!よくやったぞ!」
補給機は開きかけた口の中に飛び込み、そのまま自爆した。
分厚い開口部が圧力に耐えかねて千切れ飛び、内部のBETAは血煙となって霧散する。
ー
海王星作戦のハイヴ攻略は延期されたが、中止はされなかった。橋頭堡に開けられた大穴や大量の死骸など問題は山積みだが、人類は想定外の事態を乗り切ることに成功したのだ。
「…締まらない最後で、本当に申し訳ありません」
しかしその作戦で活躍した試製四号は、オスカー中隊機に抱えられた状態で飛行していた。
「機体トラブルならば仕方ない、それよりもよくやってくれた」
何が破損したのかは知らないが、試製四号がエラーを吐いて超電磁砲が使えなくなったのだ。増援部隊が到着したことで退避に成功したとはいえ、中々危険な状態だった。
AIは今もエラーを吐いており、時折超電磁砲に関して色々と喋っている。
『不明な装備が接続されています、装備を認証出来ません』
「そうかい」
『伝達系に異常が発生しています』
「まあ試作機をここまで使い倒した我々が悪い、帰ったら何と言われるか」
日本帝国軍の今後を決めうる戦術機を前線で引き摺り回しました、そして限界まで酷使していたら新兵器がぶっ壊れました…などと言えば文字通り首が飛ぶだろう、比喩ではなく。
『ソイツの威力には惚れ惚れしたぜ、いつ前線に来るんだ?』
「さあな、俺達にも分からん」
『なんだよ、スーパーエレクトロマグネティックキャノンが有れば俺の弟だって戦地に出ずに…』
中隊機が固まった、聞いたことのない名前が飛び出したからだ。
「す、スーパー…なんだって?」
『アンタらの言語を翻訳にかけたらそう出たが、違うのか?』
その後中隊員が確認したところ、超電磁砲はレールガンと読まないことが分かった。軍上層部は原理から名前を取って電磁投射砲と呼称していたらしいが、秋津島開発の社長が何故か超電磁砲と名をつけたことで勘違いしていたらしい。
「何考えてんだあの人は」
「さあ…響きがカッコいいからとか、ですかね?」
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