「ねぇ魔理沙、衛生兵って居る?」
「ああ、さっきまでは生きてたぜ」
「そうなのね、残念だわ」
「それにしてもどうしたんだ?」
「ねぇ、錯乱した新兵を諭してる時に背後から兵士級に噛み付かれたことってある?」
「よくあることだな、気をつけた方がいいぜ」
「と言うことで今回は小型BETAへの対処について解説していくわよ、衛士の霊夢と」
「歩兵の魔理沙だぜ」
部屋に押し殺そうとしたが漏れてしまったかのような笑い声が響く、これを見た護衛さんと秘書はあまりのシュールさに笑いを堪えられなかったようだ。
「なんですかコレ」
「え、分かりやすくて見返しやすい教訓指南動画」
「あの声はどうにかならないんですか!?」
何処かイントネーションが変というか、聞き慣れていないと不自然に感じる人工音声は受け入れ難いものだったようだ。
「えー、誰でも簡単に喋らせられるから面白いツールだと思ったんだが」
「…なーにかやってると思ったら、こんな玩具作って!」
「玩具じゃない、コイツは一大ジャンルを築けるポテンシャルがある!」
その後やっぱり緊張感が無さすぎるということで、軍が使うことはなかった。
ー
『と言うわけで、今回もゆるーく秋津島のニュースをお届けしていくぜ』
見放されたかと思った人工音声だったが、秋津島が運営する配信サービスにて毎日更新されるニュース番組に採用された。文字を打ち込めばそのまま喋ると言う簡便さを買われ、ニュースキャスターに就任したのだ。
『今回のニュースはなんなの?』
「…癖になるよな、このイントネーション」
それを聞くのは秋津島開発の社員たちだ、彼らは今食事を摂りながら人工音声が読み上げるニュースを聞いている。
「ああ、そうですね」
画面の両脇で赤と黄色のキャラクターが字幕共に話すだけだが、秋津島に関するニュースをざっくり語ってくれるのは有り難いものだった。食堂に設置されたディスプレイには延々とループ再生されているということもあり、皆があのイントネーションに慣れ始めていた。
『秋津島開発の食糧生産事業は転換期を迎え、海洋に生産施設を擁する大型プラットホームの運用が本格的に始まったぜ』
『プラットホーム?』
『ざっくり言うと海に浮く建物だぜ、秋津島開発ではその中で食品の生産を行っているんだ』
『へぇー、合成食料じゃないの?』
『しっかりと一から育てて出荷していて、野菜なんかは無菌状態で育てるから普通より長持ちしたりするんだ』
背景には秋津島開発の広報担当が撮影して来た資料画像が貼り付けられている。海の上に建造されたオレンジ色のプラットホーム群の航空写真から施設内の様子まで様々だ。
重金属雲での汚染を考える必要がない屋内であり、BETAからの被害を受けにくい洋上に存在すると言うこともあって安心感は大きい。問題は陸上で育てるよりもコストが高いということだが、その陸がなくなりつつある国にとっては戦術機よりも素晴らしい商品に見えただろう。
「…へぇー、そうだったのか」
「ユーラシアとヨーロッパの食糧生産能力はBETAとの戦争で大きく損なわれましたから、食糧生産に関しては悩ましい所だと聞きますね」
彼らは秋津島開発の職員だが、隣の席には日本帝国陸軍の姿もある。
ここは全自動救助の試験稼働にも使われた国内有数の大規模な試験場であり、食事に関しては妥協しない秋津島開発が運営する食堂だ。
「最近は食事に混ぜ物が多くなったと聞くが」
「合成食品ですね、栄養学上では既存の食事と大差ないそうですがその…味はあまり良くないと」
「ああ、そう言われても違いが分からんのは調理担当の努力だろうな」
少なくとも国連軍の友人が話していた合成食主体の不味い飯よりは余程良い環境だ、秋津島開発の社長が飯に無頓着な性格でなくて本当に良かったと感じる。
「前なんか斯衛の人もここでご飯食べてましたよ」
「マジか、社長の護衛さん達じゃなくて?」
「鐘馗が格納庫にありましたから、きっと味を確かめに来たんですよ」
まあお武家様が食べるような料理の味なんて知りませんがと笑いつつ、人気ナンバーワンの鯖味噌定食を平らげる。社長も思い入れがあるメニューらしく、時々何処か遠くを眺めながら食べている様子が目撃されていた。
「ふーん、お口に合ったかね」
「僕達がしなきゃならないのは味よりも機体の心配です、試験項目はまだまだあるんですから!」
「へいへい」
兵士級は1995年まで居ないんですが、まあお遊びということで。
立ち絵は昔作ったものを閑話のために引っ張り出して来ました、Twitterで配布してます。