格納庫から姿を現したのは秋津島開発が誇る疾風、背中には話題の新兵器である超電磁砲を装備している。今回の演習のために疾風専門の整備班がありとあらゆる機材を持ち込んで待機していて、戦術機回収機として改造された補給機の姿すらあった。
「相変わらず良い趣味してるな、社長殿は」
整備班の一部は格納庫の外で飛ぶ機体の監視だ、外から見て分かる異常というのもあるためだろう。
「AIの機体チェックに問題なし、衛士も機体各部の確認を!」
『了解、まあコイツが言うなら大丈夫だとは思いますが』
日本帝国陸軍の疾風乗りは数が少ないが、機体特性の違いから機種転換が難しく既存の衛士を割り当て難いというのが原因の一つだ。
今回の演習に集められた二人の衛士はその機種転換を終えることが出来た類稀なセンスの持ち主であり、超電磁砲の運用に特化したこの機体を自らの手足のように動かせる凄腕ということになる。
「にしても第一分隊は良いとして、第二分隊機の装備は一体?」
「社長殿曰く負けた際の言い訳作りだと聞いてるが、まあ建前だろうな」
全力で叩き潰すつもりだろう、国家機密だらけの開発班が持つ試作品倉庫から幾つも持ち出して来たのだから本気度は相当高いことが伺える。
「…清掃するのが大変だろうな、この試験場に恨まれるぞ?」
「その時は清掃用の機体でも送りつけるんじゃあないですかね」
だが今は先に出番が来る第一分隊に意識を向けなければならない。オスカー大隊機とは違い帝国陸軍を現す灰色の塗装が印象的な疾風は、慣らし運転のため演習で使わない区域を飛行している。
「相変わらず良い加速だ、秋津島のエンジンは良い速度の伸び方をしますよ」
「アレでそこまで煩くないってのが信じられんがな」
F-15すら凌ぐ推力を持つ跳躍ユニットはまさしく化け物であり、超電磁砲を背負っていても機体は軽々と飛び続けている。彼女の脚部が大型化したのもその大喰らいのためなのだが、その脚も上手く使えば強力な武器になる。
『良いな、前より良くなってる』
「最新ロットは伊達じゃねぇぞ、このために帝都配備予定の機体を引っ張って来たんだからな!」
『そりゃあご苦労なことで、飛ばすぞ』
圧倒的なパワーが機体を前に押し出し、一瞬にして数段加速する。衛士が感じる負荷は機械により欺瞞されているとはいえ大きなものだが、彼にはそれが心地よいほどだった。
『試すか、エンジン停止』
「あの野郎!」
推力を失っても尚慣性で前に動き続ける機体の足を振り、その場で縦に一回転してから再度跳躍ユニットに火を入れる。失速域機動(ポストストールマニューバ)、慣性のみで飛行する一時にだけ許された束の間の戦闘機動だ。
「なんです、ありゃあ」
「空戦の高等技術だよ、新型で滅茶苦茶やりやがる」
その場で機体の速度や体勢を即座に変えられるそれは機動性が大きく上がった第二世代機の登場により研究が進められた、本来であれば機体の分解や墜落と隣り合わせで行うものだがAI搭載を前提に作られた上に光ファイバーという光速の神経を持つ疾風は違った。
『…いい制御だ』
『Beep』
衛士がしたいと思った機動を変わり続ける外界の環境に合わせて補正するAIの存在は大きい、充分な経験を積んだ彼らは墜落とは無縁だった。
「重い重いと言われた疾風がこんな機動を見せつけるとはな、やっぱりどんな機体も衛士の腕次第って話か?」
「瑞鶴も勝ちましたしね」
「…まあ、それは相手にも言えることか」
F-16に対して格闘戦は不利だと察した上での奇策は功を奏したようだ、米国が行った演習の情報を全てAIに喰わせていたりと使える手札を総動員してやっとの勝利だったようだが。
「疾風乗りは変人ばっかりだよ、まあ機体に愛されるのがそんな奴なのかもしれんがな」
「ええ、良くも悪くも乗り手を選ぶ機体ですよ」
疾風の慣らし運転は順調だ、何も問題は無いだろう。
こちらも機動力で劣る相手に奇策で挑むのは同じだ、米国の衛士はこの短い期間で多くの衝撃を受けることになるのは明らかだ。
「さ、時間になるぞ」
演習はもう始まる、ギリギリまで機体を飛ばす馬鹿を呼び戻すのは一苦労だ。
ー
前半戦は超電磁砲の使用が許可されており、疾風の全力はここで発揮しなければならない。本来であれば衛士にかかる重圧はかなりのものだが、二人はいつも通り操縦席で時間を潰していた。
「…あっち向いて、ホイ」
『Beep』
「フェイントも無駄か、流石だな」
通算320回目の敗北を受けて衛士は新たな暇つぶしの方法を考えようとしていた、おおよそ新鋭機同士の演習が行われる前とは思えない精神状態だ。限りなく平常時に近く、ペダルや操縦桿に伝わる力も均一でゆらぎがない。
『最終確認だ。相手はF-15で先に2機とも撃墜された方の負け、分かってるな?』
「はい」
『僚機と上手くやれよ、こっちは貴官の腕を信じる!』
彼の上官も対応には慣れているようで、簡潔に話した後すぐに通信は切られた。演習場は市街地を模した区画を丸ごと使用し、高度制限はかなり緩い設定だ。
「こちらライトニング1、手筈通りに頼む」
『ライトニング2了解、墜ちてくれるなよ』
「有り得ない」
演習開始の合図と共に二機は速度を上げて敵が居るであろう場所へと向かう、作戦は単純なものだ。F-15を擁する米軍部隊はこちらの弱点である機動性の低さに付け込んで近距離での射撃戦を狙ってくるだろう、そこを逆手にとって撃墜する。
「…機体が軽い、突撃砲を捨てて来たからか」
『その分こっちが待たされているんだがな!』
一番機は短砲身の超電磁砲を装備し、肩部装甲は最近正式採用が決まった小型軽量なものを選択している。それ以外はナイフシースのみを搭載しており、突撃砲と予備弾薬は纏めて降ろして来た。
「突撃砲は弾が遅いし重い、こっちの方が良い」
『さいですか』
二番機は対照的に超電磁砲を持っておらず、肩部の副腕と合わせて合計6丁の突撃砲を装備している。F-15と一番機が一対一の状況になるよう相手側の一機を絶対に抑え込むための装備であり、多少重いが制圧力は確かだ。
「そろそろか、囮頼む」
『予定通りってか!』
低空飛行を行いビルを模した障害物で身を隠していた二機だが、二番機が高度を上げて建物の影から姿を現す。性能を発揮しようにも障害物に阻まれていたセンサ達は一気に仕事を始め、ものの数秒でカメラの映像から敵機の位置を割り出した。
『居た!』
相手も超電磁砲の存在を警戒していたのか建物の上で監視を行なっていた機体は一機だけだ、飛び上がった二番機は陽動と牽制の為に敵機へと砲撃を開始する。
『もう一機は見えない、このまま暴れる!』
「了解」
奇しくも同じ考えだったということだろうか、芝居のように派手な砲撃戦を繰り広げる二機を尻目に移動を開始する。
「音響センサ」
『…跳躍ユニット駆動音感知、回折ルート解析中』
僅かな駆動音を拾ったマイクから即座に敵機が居るであろう方向を大雑把だが割り出し、そのまま音が大きくなる方向へと突き進む。ここまでの爆音を掻き消すことなど不可能に近く、どう足掻いても位置は分かるのだ。
「思ったよりも近い、相手も同じか」
F-15の衛士も音を頼りにこちらの位置を把握しているようだ、つまりこの先での接敵は必然となる。
「…支援砲撃、座標送る」
『あいよ!』
障害物の間を縫っての砲撃戦を続ける二番機にそう伝えると、突撃砲の一つがこちらを指向し弾丸を放つ。それは盲打ちに等しい精度だったが、この状況において一瞬のアドバンテージを得たことは大きかった。
「こっちだ」
先程の砲撃を陽動だと読み切っていたF-15はこちらへの反応も早かったが、それでも飛び出した疾風の方が一瞬早い。回避は間に合わない、引き金を引けばレーザー光が相手の機体に辺り撃墜判定が…
刹那、轟と音が響いたかと思えば相手の位置が横にズレていた。
何が起こったのか瞬きをしなかった彼には分かる、肩部から火が噴き出して機体を横に押しやったのだ。
「…肩部の補助推進器!」
存在は知っていた、秋津島開発の試作パーツとして運び込まれたものを使ったことがあったからだ。相手の突撃砲はぐらつきながらもこちらに向いている、一瞬の駆け引きはF-15の勝利に見えた。
「まだ、動ける」
機体は人間の反応速度を超えて回避を開始、即座に遮蔽物へと退避した。これは先行して機体に入力しておいた動作であり、反射的な回避を行う際代わりに実行されるよう一度限りで設定していたものだ。
「先行入力、上手くいったか」
こちらは僚機が隙を晒しての支援砲撃と先行入力、相手は補助推進器という札を切って試合は仕切り直しとなった。相手はこちらとの距離が近いことを認識したことで近接戦に打って出るようで、即座に遮蔽物から離れると飛び上がって来たF-15からの砲撃が降り注ぐ。
「速い」
流石は米軍のエース、繰り出される一手に無駄はない。それはこちらも同じことだと自負しながら、跳躍ユニットの出力を一気に上げた。
「ついて来い、背中を見せてやる」
推進剤の構成から見直されたロケットエンジンは瞬間的にではあるものの、重い機体を一瞬にして速度に乗せることが出来た。突然の行動にも相手は動じず、即座にこちらを追ってくる。
「次で決める、頼むぞ」
交差点を曲がり、長く大きな道路に出る。
相手は待ち伏せを警戒し、交差点を大きく飛び越えて道路に侵入しこちらに砲を向けた。逃げ場のない直線で相手はこちらを狙い始めた、この状況だからこそ奇策が通じる。
「実戦で使う気は無いが、これは演習なんでな」
跳躍ユニットを停止させ、失速し始めた機体を縦に回した。上下逆さまの状態だがこれで正面を相手に向けられる、その上この大通りには建物が所狭しと建ち並んでおりご自慢の推進器も使えない。
「今度こそだ」
レーザー光は本来光線級の照射を検知する装置にて受信され、相手は胸部損傷の判定を受け撃墜となった。本来であれば爆散なりなんなりするであろう敵機はただその場に立ちすくみ、突撃砲を下ろした。
「実弾では戦いたくない相手だった、遮蔽物ごと撃ってきそうだからな」
36mmの劣化ウラン弾はコンクリート製の建物があろうと容易に貫通するだろう、特に階層構造になっている建物であれば天井や柱を避けることなど容易い。
「…二番機は?」
『終わったんならサッサと手伝え、コイツ強え!』
二番機は圧倒的な火力差がありつつも戦術機と砲撃機という根本的な差からか苦戦していた、互いに決定打を打てなかったようだが敵機を抑えるという目的は完全に達成したと言える。
「相手を上げろ」
『空にか、分かった!』
相手は二番機が行なった突撃砲の斉射で逃げ場を失い、退避するために機体を一瞬建物より上に飛ばした。その隙を狙い、レーザー光を放てば相手は撃墜判定だ。
「実弾でデータリンクがあれば遮蔽物越しでも撃ち抜ける、そこはまあ…こっちも同じって訳だが」
一戦目は超電磁砲の性能を見せつける結果となり、それを搭載する疾風の性能も確かなものだと知らしめた。しかし二番機は自らよりも価格が低い筈のF-15と同等の射撃戦能力を見せつける形となり、秋津島開発は良くも悪くも対BETA用の兵器を作っているという評価に落ち着いた。
「…勝った、が」
『気に入らないか、すまん』
「いや、色眼鏡を通してコイツを見る奴らがだよ」
戦術機に対人能力という評価項目が設けられているのに憤りを隠せない一番機の衛士だったが、それも世の常かと飲み込んだ。それに後半戦では度肝を抜く仕掛けがあるのだ、それで驚く高官共の顔を想像しておこうと格納庫へ機体を向けた。
『よくぞ勝ってくれた!よき演習だったぞライトニング分隊!』
「光栄です」
『まあ細かいことは言わん、後半戦用の機体に移乗してくれ』
ー
米軍のF-15に搭乗していた衛士は、宙返りしながらこちらを撃つという離れ技が頭に残り続けていた。実戦では通用しない曲芸飛行だと演習を見ていた者達からは嘲笑されていたとしても、それが自らの敗因であることは間違いなかったからだ。
「迷ったのか、俺が」
一度目の砲撃を避けた時に仕留められなかったのが仇となり、二度目は回避に専念するか相討ち覚悟で砲撃を試みるかで悩んでしまったのだ。相手が突撃砲であれば移動に織り交ぜた回避機動で避けられただろうが、相手は見越し射撃の必要ないレールガンだったのだ。
「次は絶対に撃墜してやる、超電磁砲がなきゃあ…」
「二流止まりってか、確かにそうだが油断は禁物だぜ?」
六本腕の化け物相手に互角の戦いを繰り広げた僚機はお前ならやれると肩を叩き、ペイント弾で汚れた機体を指差した。
「肩を撃たれた時はビビったが、副腕の精度はそうでもねぇ」
「やっぱりか」
「ああ、秋津島製だからと思って鎌をかけたがチューニングは対BETAで決定だな」
対戦術機はあまり考慮されていないのか、突撃砲の追従性はあまり高くなかったように思える。やはり想定しているのは比較的動きの遅いBETAであり、高速で飛び回る戦術機を相手にするための設計ではないようだ。
「まあソフトの問題かもしれんが、俺とお前で挟めば恐らく…」
ドカンと言いながら手を広げ、爆散する疾風の様子を表した。それを見て少し自信を取り戻し、下を向くのをやめて彼の目を見る。
「得意の砲撃戦で行こう、フラットシザースの速攻で一機潰す」
日本語で平面機動挟撃と呼ばれるそれは地面スレスレを飛行しながら二手に分かれて挟撃を行うという高機動戦術の一つだ、シンプルかつ強力とはこのことを指すだろう。
「良いねぇ、そうこなくちゃ困るぜ」
いつもの調子を取り戻した彼らは早くもイメージトレーニングと、休憩時間での作戦立案を始めた。そこには上官や他の衛士も集まり、疾風に関する議題は大きな盛り上がりを見せた。
「疾風はケツの重いデブだって聞いてたが…」
「失礼な、素晴らしいプロポーションのレディだぞ?」
この会話により米軍から疾風はロングレッグレディと呼ばれることが増え、それは欧州の部隊を通じて世界に広まっていくことになる。それは後々投入される超電磁砲の活躍によりレディ扱いは加速していくのだが、これもまた別の機会に語ることにする。