日本帝国が急ピッチで進める国土防衛整備計画の一環として盛り込まれていたのは、琵琶湖運河の浚渫工事である。帝国軍の主力艦隊群が通行可能な大動脈を作り上げるこの計画は、ある企業の助力によって加速していた。
「圧巻圧巻、こりゃ凄いな」
オレンジ色の制服といつもの人物、秋津島開発の社長と秘書である。彼らこそ今回の計画をより大規模に、より迅速に達成可能にした立役者だ。
「1G環境下に対応したMMUの投入による大幅な工期短縮、性能はマスドライバー建設で示されてはいましたからね」
秋津島開発が前々から独自に運用していた人型作業機械は何度かの再設計や世代交代を経て、遂に他企業での運用が始まった。専用の装備が必要ではあるものの、13mの巨人がせっせと地面を掘り返す速度は尋常ではない。
「今一番売れてる補給機を流用してるからな、跳躍ユニットも外して安全性を担保しつつ価格は大幅ダウンだ」
「…既存の重機と比べて高いのは間違いありませんがね」
「性能は段違いだぜ、AIの補助もあるからあっという間に熟練操縦員になれるしな」
作業員を何ダースも集めて行うような作業も、彼らに任せればあっという間だ。大雑把な作業から繊細な作業までなんでもござれな彼らは土木工事の新戦力として参入し、その圧倒的な費用対効果で工期を短縮させていた。
「この浚渫工事以外には東京で多数が作業に従事しているようで、ここまで売れるのは予想外でしたけど」
「試験的に導入したら思ったより働いちゃったらしいからな、これからはこき使われるぞアイツは」
「彼もそうなりますか、秋津島製の宿命ですかねぇ」
戦術機のために整備される国中のインフラだが、その恩恵はこのMMUも受けられるのが肝だ。本来であれば輸送や整備が難しい機体が余裕を持って通行可能な道路が作られれば、将来的により多くの活躍が見込めるのは当たり前の話であった。
「して、東京の土木工事というのは」
「BETAの大陸改造によって将来的な災害の甚大化が予想される、と言う話は聞いたことあるか?」
「ええ、環境破壊やら温暖化やらと話題には事欠きませんね」
「だから東京湾を滅茶苦茶デカい堤防で囲んで、その中も埋め立てて災害対策と人口の集中による用地問題を一挙に解決するってわけだ」
国土防衛の名の下に区画整理や水害対策用の地下施設を一気に整備する腹積りらしく、有無を言わさぬ速度で計画は進行中だ。高層建造物や地下施設を多用した更なる人口増加に耐えうる許容量の確保、東京を守るための軍事施設の増強など政府の思惑は多岐に渡るだろう。
「マスコミが黙って見てるとは思えませんが、高速道路網の建設でも色々と煩いのが現状では?」
それに帝都である京都ではなく東京をここまでの資金をかけて整備するのだ、市民以外からの反発もあるだろう。それを実験的な土木工事と名目を用意して承認させ、拡張がなされた暁には首都機能を即時移転可能な設備と避難民を大量に受け入れ可能な居住地を持つ要塞都市へと姿を変える。
「有事への備えは確かに必要ですが、ここまで大規模なものとなると…」
「何のために衛星通信網を整備して配信業を始めたと思ってる、今や国民が最も視聴してるのは秋津島の放送だぜ」
全く新しい事業形態でもって報道業界に参入した秋津島開発だったが、最初はあくまで自社のニュースに絞った報道しか行わなかったために競合他社とはなり得なかった。
しかしそれは我々の策略なのである。
「半導体事業でトップを走る我々が作り上げた個人用端末はいつでもどこでも衛星を通じてサービスを受けられる、映画も小説も報道も定額で楽しめるようになった俺たちは誰にも止められん!」
個人用端末の普及が進んだ頃を見計らって報道サービスを展開、他の報道では語られない或いは語れない内容を政府のお墨付きで報道出来るのは他にはない強みだ。
「…うっわぁ、政府と仲良くて助かりましたね」
BETAの危険性について最前線で取材を行うという身の危険と隣り合わせの報道番組も不定期で更新されており、モザイクで隠されたBETAの死骸をバックに血塗れの戦術機を放送した回は伝説となった。
「うん、話通してなかったら絶対に潰されてた」
しかしまあ皺寄せが来るのは当たり前で、端末とMMUという新製品の量産を抱え込んだ秋津島開発はまたもやキャパオーバーである。
「やっちまったよな、また」
「社員が増えたのにこのザマとは、抱え込み過ぎましたね」
「どれも手が抜けない、後回しに出来ないってのが辛い」
過去最大級の土木工事が行われる東京ではMMUの集中投入によってその工期を短縮しており、秋津島開発の用意した生産ラインが悲鳴を上げるほどの大量需要を発生させているため手が離せない。
「…やっぱり量産には向かねえな!俺らは!」
「する暇がないですからね、補給機の方も需要を満たせているとは思えませんし」
またもや利権の塊を放り投げられ量産しろと言われた国内三社や他国企業は嬉しい悲鳴を上げることになるのだが、秋津島開発の発明品で瞬く間に需要が生まれていく様は後に秋津島特需と呼ばれることになる。
「この工事が成功すれば各国の用地問題を少しだけ解決出来るようになるが、これまた環境問題と隣り合わせなんだよな」
「劣化ウラン弾をばら撒いてる時点で環境もクソもないでしょうに」
「当事者以外が五月蝿いんだよ、意外とな」
俺たちはMMUを作るだけで実際に工事には携わらないんだがなと社長は笑うが、既に秋津島開発宛の郵便物には環境活動家からの有難いお手紙が混ざるようになっていた。
「海の向こうにはBETAが居るってのに、お気楽なもんで」
「妨害工作の一貫かもしれませんね、調べてもらいましょうか」
「そうしてくれ、確認する社員が気の毒だよ」
確かに環境への負荷はあるんだがなと秘書に言い、社長は計画の資料を渡した。その紙の束には東京湾の埋め立てについて纏められており、話にあった計画のものであることが分かる。
「計画の名前はバビロン・プロジェクト、まあ壮大な名前だよな」
「バビロンというと古代メソポタミアの…何故それが?」
「上申したら通った、前世では有名でね」
「またまた、最近はそういうのに凝ってるんですか?」
この突拍子もない計画は会議中に社長が溢した与太話が元になっていると言われるが、真偽は定かではない。しかしこの時期を皮切りに、秋津島開発はより多くの分野に手を伸ばしていくことになるのだった。