慌ただしい作業員たちの声が聞こえるここは、秋津島開発が軍から借りた射撃場の一角だ。
「冷媒流出!流路破断!」
「主電源切れェ、パイプも元栓締めて停止かけろ」
「分かりました、緊急停止手順を実行します」
目の前で凍りついてしまったのは試作品の荷電粒子砲であり、あまりの反動に冷媒である液体窒素が漏れ出たのだ。だが発射自体は成功し、標的である射撃場近くの山にはクレーターが出来ていた。
「やっぱり反動はどうしようもないか」
そう言うのは試射を見に来ていた社長と秘書だ。
「ですが撃てるものが出来たのは万々歳ですよ、秘密兵器の主砲が完成しつつあるってことですから」
「それはそうだがな…」
毎回毎回撃つたびにぶっ壊れる大砲など主砲として運用出来ない、固定砲台がいいとこだ。以前から開発を進めている秘密兵器、空中機動要塞で運用するつもりなのだが課題は多い。
「大型の200mm超電磁砲も未だ試作段階、それに肝心の主機もないんじゃあお手上げだよな」
「ですねぇ、米国からの動力炉提供は今週でしたっけ?」
「…G弾が完成しちまうからな、用済みになっちまったってことだ」
米国で進められていたBETA由来のG元素利用型の新兵器、それは技術的なハードルの高さとG弾という別種の兵器が出現したことによって未完のまま終わることになる。
「そのG元素がなんでもありなのは分かりましたけど、そのG弾とは?」
「そこら辺を説明するのは難しくてな、まあ順を追って解説するか」
彼は個人用の端末を取り出し、その液晶に資料を表示させて秘書へと見せた。
「米国が独占するG元素のうちグレイ11ってヤツは抗重力反応を持つ物質で、それをムアコック・レヒテ理論ってヤツで動かすと重力制御装置になる」
「話の内容がフワッフワなんですけど、詳しい原理とかは…?」
「そのML理論を提唱した人間ですら知らんよ。元素の構造もよく分かってないらしいし、重力制御もやり方が分かっただけで何故そうなるのかは不明だ」
「は、はぁ!?」
そう、詳しいことは何も分からないまま使い方だけ覚えてしまったのだ。
「ML機関は現状レーザーを無効化出来る唯一の方法、航空機動要塞なんていう陸上戦艦を人の手で作り上げられる希望の光だった」
HI-MAERF計画で製造されたそれは、確かに人類を勝利に導けるポテンシャルを十二分に秘めていた。
「自らを浮かせ、光線級をものともせず、ハイヴとBETAを薙ぎ払う…筈だったんだが」
「例の問題ですね」
「ああ、ML機関の制御が出来なかったんだ」
戦闘の際に行われるであろう機動を試してみたところ、コックピット内に重力偏差が発生しテストパイロット12名全員が死亡した。その重力偏差を抑えることが出来れば兵器として運用可能だが、それを可能とする演算処理能力を持つコンピュータなどこの世に存在しなかったのだ。
「戦闘機動どころか通常機動でさえ安全性が担保出来ない欠陥品が完成し、ここ最近は計画が停滞していた」
「成る程」
「だがまあ問題はここからで、そのML機関の臨界制御を行わずに放置するとグレイ11がなくなるまで球状の力場、ラザフォード場が拡大し続ける」
ラザフォード場に触れれば最後、パイロット12名を殺傷した重力偏差が襲いかかり分子レベルでバラバラに引き裂かれて死ぬことになる。
「ぶ、分子レベルで?!」
「だもんでまあ、障害物だとか装甲だとかは全く通じない」
効果範囲内に居れば生身だろうと戦術機だろうと皆同じ末路を辿ることになる、防御不可能な五次元効果爆弾とはよく言ったものだ。
「この効果に着目し、グレイ11をML機関としてではなく最初から無敵の爆弾として作り上げたのがG弾ってわけ」
「無敵って、その臨界が起こされる前に迎撃してしまえば…」
「減速剤を使って爆発するギリギリで留めると、レーザーも捻じ曲げるラザフォード場を形成出来るから迎撃不可能だぞ」
「は?」
「迎撃しようと近づいたミサイルは分子レベルで分解されちまう、放たれた時点で避難しかやることが無くなるんだよな」
おかしい、対BETA兵器を作っていた筈なのに対人類を考えると最強の爆弾が出来上がってしまったぞ。
「で、でもこの爆弾があればハイヴ攻略は!」
「効果範囲内にクソデカクレーターが出来るし、重力異常が発生するし、動植物が育たなくなって核並みかそれ以上にタチ悪いぞ」
複数のG弾を同時に使うとより被害が甚大になると言うオマケ付きだ。
「人類の国土を取り返すために使う兵器としては不適合ってわけだな、まあただ単にBETAを殲滅するだけなら使えるかもしれんが」
「そうなれば地球は不毛の大地になる、と」
「そゆこと、やっぱり秘密兵器を完成させてハイヴを攻略するしか道はないってわけだ」
前途多難だなあと項垂れる二人だったが、秘書はふと気になって現在公開されている資料を確認した。不思議そうにそれを見る社長に向き直り、不思議に思いたいのはこっちの方だと言わんばかりに口を開いた。
「ML機関についての資料にはそんな記載ないですけど、どうやって起爆実験を行ったことすらない新兵器のことをそこまで?」
「やべぇっていうタレコミが米国研究者からあってさ、黒塗りにされてた資料の原本くれたのよ」
それだけでは根拠にはならないが、それを事実に変えることが出来る鍵がその米国から送られてくるのだ。
「ML機関が届けばそれも立証出来るしな、起爆実験の前に危険性を指摘してやるさ」
そう笑う社長だったが、突然呼び出し音が鳴った携帯端末を見て二人は青ざめた。血相を変えて緊急連絡を受けた彼らは衛星軌道と通信を行うため、最寄りの施設へと走る。
「良いニュースと悪いニュースが…」
「簡潔にお願いします」
震える手で端末をポケットにしまい、秘書の方を向く。
「ML機関を乗せたHSSTが暴走した、このままだと種子島に落ちる」
「嘘でしょう!?」
「現実だ、恐らく偶然でもない!」