「米国が秋津島開発に提供予定の軍事機密コンテナを載せたHSSTが暴走、現在予定軌道を外れて航行中だ」
あかつきの警備部隊が集められたのは未曾有の緊急事態によるもので、彼らは宇宙船を拿捕する能力を持つ精鋭だ。
「このままでは本来降下予定だった滑走路から大きく逸脱し、種子島の電磁カタパルト群に被害が出る可能性がある」
「ミサイルによる迎撃は?」
「…その迎撃が不可能になる可能性がある、今回の件は他言無用だ」
『よし繋がった、手短に話そうか!』
目の前のモニターに表示されたのは秋津島開発の社長、自分達の雇い主だ。事前に有識者からの説明があると聞かされていたが、まさかトップが出てくるとは彼らも思わなかった。
『この際だから全て話すが、アレは米国が開発した重力制御機関だ』
「重力?」
『画期的な技術だが、今回のように稼働状態で人の手を離れた場合…ざっくり言うと効果範囲の物全てが消し飛ぶ』
本当に危険だと社長は言い、そのままガラガラと音を立てながら用意していたであろうホワイトボードが引っ張り出されてくる。
『だが今は事前に用意されていた緊急時用の減速剤が使用されているためさっき言ったような現象は起こらない、だが問題はその減速剤が残りわずかなことだ』
「…マジかよ」
『暴走した場合全ての物を消し飛ばしながら落下するため既存の方法では迎撃不可能だ、落下すれば種子島に第二の琵琶湖が出来る』
そうなれば日本が持つ宇宙への影響力は大きく減少し、あかつきを維持するために送られている物資の半分以上を打ち出す設備の復旧には大きな時間が必要になるだろう。
「つまり減速剤を追加でブチ込む、というわけですか?」
『その通りだ、幸い実験用に用意していた減速剤があるんでソイツを投入してもらう』
「…その、どうやって?」
『提供予定だったML機関については資料がある、図面通りであれば外部から注入可能な緊急時用の注入口を使う』
しかし問題となるのはその注入口が使えるか否か、ML機関がどのような向きで格納されているのか不明なのだ。
『まあ中核となるグレイ11に到達すればいい、幸い構造は分かったんで最悪の場合には注射針みたくブチ込む』
既にあかつきの3Dプリンタが注射針を完成させ、彼らの機体に搭載していた。相当な博打だが、やらなければ彼らの家である宇宙港が危ない。
『特殊規格のコンテナに詰め込まれてるんで、MMUで作業するには外殻を引っ剥がす必要がある』
「…加速させ、地上に落とさず宇宙で起爆させると言う手は?」
『それも考えたんだが、爆発後に重力異常が残るっぽいんだよな』
ML機関についての資料をパラパラとめくる社長だが、カメラに向けられたページは殆どが黒く塗り潰してあった。
『調べてみたら真っ黒さ、重力異常が発生すれば軌道上の物体全てに影響が出る』
最悪の場合ルートを外れた衛星同士が衝突しデブリが指数関数的に増加、衛星軌道上の施設は全て穴あきチーズと化す。
「そんなことが現実に起こりうるのですか」
『起こる、これは最悪の想定だがな』
「で、では加速させて地球から遠ざければ!」
『それやるとML機関が加速に耐えられん、アイツら固定を滅茶苦茶緩くやりやがったんでコンテナの中を爆弾が転がって勝手に壊れる可能性がある』
担当者の一人が明らかにおかしいHSSTの整備要項を見て、怖くなったのか社員の一人に連絡があったそうだ。
「…米国の担当者は何を考えてこんなことを!?」
『多分だが種子島の発射基地を破壊することで、予定している落着ユニットの拿捕をなんとしても失敗させたいんだろう』
G元素を利用した兵器は既存の兵器に対して一方的に有利だ。
G弾は恐らくG弾でしか迎撃出来ないため、それを唯一保有する米国がどの国の首都も一瞬でクレーターに出来る状況が近いうちに訪れるだろう。
『G弾とML機関の動作原理はおおよそ同じだ、例えるなら原子爆弾と原子力発電の関係に近い』
「…まさか」
『ML機関の勉強をしてる秋津島開発がG元素を手に入れるのは、彼らの国防上見過ごせないってわけだ』
ML機関を作れるなら原理が同じG弾を作れてしまう、米国が危惧するのはそれだろう。社長の脳裏には少し先の未来でG弾ドクトリンやオルタネイティヴ5を推進する者達の姿が浮かんだが、流石にそこまで話すわけにはいかない。
『こんなことで港を壊されてたまるか、通信はこのまま繋いでおくのでML機関について何かあれば手助けが出来ると思う』
「社長殿はML機関の構造を熟知されておられる、その手を存分に借りさせて頂くぞ」
機体と船の準備が終わった彼らはブリーフィングを終え、格納庫へと向かう。秋津島警備と書かれた巡洋艦に固定された機体には社長が言っていた減速剤が装備されており、いかにも急増と言った雰囲気だ。
「推力が最も高いダンデライオンが強襲装備で目標に接触、彗星改は援護だ」
ダンデライオンと呼ばれたそれは既存の戦術機とは異なる外見をしていたが、フレームは確かにF-14のものだった。
彼らを乗せた船は宇宙港を出港し、母国と勤務先を守るための戦いが始まる。
それは壮大な船出だったが、音を伝えるものがない宇宙はやけに静かだった。