宇宙開発企業なんですけど!?   作:明田川

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第六十四話 事後処理と罪状と

「今回のHSST暴走事件について各国は国際的な捜査と原因究明に力を入れている訳ですが、今回の事件を今一度整理してみたいと思います」

 

地上波放送のニュース番組では、連日核の爆発まで起きた例の事件で持ちきりだ。秋津島放送が事件直後に様々な情報を開示したと言うこともあり、各放送局はそのネタに飛びついていた。

 

「米国から飛び立ったHSST、再突入駆逐艦と呼ばれるシャトルが宇宙に辿り着きます」

 

「この時点でもう異常が見つかっていたんでしょうか?」

 

「はい、応答が無いなどの…」

 

 

ふと電源を入れたテレビから見慣れた事件の報道が流れたため、もう一度ボタンを押して画面を消す。だから見るなと言ったのにと言いたげな秘書を尻目に、社長はリモコンをテーブルに置いた。

 

「…吐きそう」

 

「会見やらなんやらで忙しいんですから、食べて下さいよ」

 

用意してくれていた握り飯を渋々口に運び、少しずつ食べる。宇宙港の完全な復旧は難しいが、最低限の機能回復は明日にでも行えるという報告があったために少しだけ心は軽くなった。

 

「調べたところ関係者に指向性タンパクの使用が確認されています、思いの外闇が深いですよ」

 

指向性タンパクとは暗示と合わせて人間に特定の行動を取らせたり、記憶を操作したりする厄介な物質だ。この物質が大量にばら撒かれたため、容疑者の絞り込みが難しくなっている。

 

「米国の影響力低下を狙っての犯行、俺達はとばっちりか?」

 

「ここまで大規模な手口となると米国内の組織も関わっていそうですがね、兎に角現政権が起こすような事件じゃあないです」

 

現在の宇宙開発で覇権を握る西側への攻撃となると、東側の手によるものと考えるのが自然だろうか。

 

「更に関係者の一部は自殺やら自爆やら…宗教関係者の関与も疑われるなど、現場は混沌としているようです」

 

「あかつきの爆発は?」

 

「アレは調べたところ完全に事故ですね」

 

核弾頭を狙撃するために電力を掻き集めたら格納庫が機体ごと吹っ飛びました、後悔はしてないと報告書にはあった。

宇宙港の被害は国連への被害、この無茶については流石にやり過ぎではないかと一部から苦言を呈されている。

 

「あの中で良くやってくれたよ、ホントに」

 

人類の危機を救ったのは確かだ、そのことに関しては各方面から賞賛されている。しかし賞賛に比べて非難と言うのは悪目立ちするもので、総数は賞賛の言葉が優っていても社員達は俯きがちだ。

 

着陸ユニット拿捕作戦に参加してもらう筈だったF-14改修機のうち二機が大破してスクラップになり、彗星改を有する部隊も同じく大損害だ。特に宇宙での使用を前提に開発された唯一の超電磁砲が失われたのは痛い。

恐らくこの被害も社員達が気負う原因なのだろう、施設への損害は他にも発生していることを考えると無理はないが。

 

「洋上の合成食料プラントが電磁波で止まりましたけどね、後方からの食糧供給に頼る前線国はよく思いません」

 

米国の洋上プラントは電磁波により機能停止、現在は復旧作業中だそうだ。暫くは備蓄分で賄えるそうだが、撃墜を急いだ秋津島の失態ではないかと非難されている。

秋津島開発のプラットホームは米国との競合を避けるため通常通りの生産方法を採用しているため、生産量では合成食料に遠く及ばない。今諸外国の食料事情を支えているのは間違いなく合成食料なのだ。

 

「じゃあ何処で撃ち落とせば良いんだよ畜生、ハイヴの上とか?」

 

BETAの手に堕ちたユーラシア大陸中央で撃ち落とせば良かったのだろうが、残念ながら都合の良いルートを飛んでいるわけではなかった。

緊急事態ということもあり関係各所には連絡が行われていたため被害は小さかったが、電磁波による航空機の墜落は発生していた。

 

「周回軌道上のアーテミシーズが有する衛星は10機、早期の核弾頭排除が成功したお陰で失われたのは一機のみ…大丈夫なんですか?」

 

「あー、シャドウ自体は健在だからな」

 

「シャドウと言いますと、迎撃衛星群の総称ですか」

 

対宇宙全周防衛拠点兵器群"シャドウ"、アーテミシーズもその一つだ。

月面のハイヴから飛来する着陸ユニットを迎撃する工程は使われる衛星によっておおよそ三段階に分けられ、アーテミシーズは最後の三段階目を担当する。

 

「迎撃で1番大切な地球と月の間に位置する核投射プラットフォーム、スペースワンは無事だからな」

 

 

【挿絵表示】

 

 

月の衛星軌道上に位置する衛星と監視ステーションの二つで構成される"リド"が着陸ユニットの発射を監視する、これが第一段階だ。そして前述したスペースワンが地球に到達する前に核で攻撃、軌道を逸らして落下を阻止する。アーテミシーズはあくまで最終防衛ライン、迎撃自体はスペースワンで充分可能だ。

ちなみにこれは原作の規模と同等である。

 

「なるほど、迎撃自体は最初から二段構えと」

 

「だがまあ問題になるのが俺達の拿捕作戦だよ」

 

拿捕作戦においては月と地球の間での行動が求められるため、スペースワンでの迎撃が行えないのだ。そのため失敗してしまった場合はアーテミシーズでの迎撃が必要となるのだが、今回の事件でそれが綻んでしまっている。

 

「拿捕作戦までに衛星を復旧させなきゃ国連からのGOサインは出ない、コイツは参ったな」

 

「我々の妨害も目的の内、ということですかね?」

 

「目的が多すぎるし証拠隠滅のやり方も派手だ、どうにも纏まってないように見えるがな」

 

秋津島開発の拡大を妨害したい勢力、米国か現政権の影響力を下げたい勢力、G元素獲得を妨害したい勢力、ML機関の譲渡を防ぎたい勢力、人類の救済と言う名の滅亡を画策する勢力…兎に角多くの者達が互いに利用してやろうと動いた結果だろうか?

 

「複数の勢力ですか」

 

「最近で言うとユーラシアの難民キャンプで色々と過激な宗教が流行ってるって話がある、まあロクでもないことに関わってそうだ」

 

キリスト教恭順派、BETAによる人類滅亡を是とする者達だ。原作より戦況が良いとはいえ、それでも滅んだ国は少なくない。その後戦況が好転し人類は未だ戦線を維持していることを考えると、難民達が宗教に流れるのも無理はない。

 

「希望になるようなものでもあれば、難民をカルトになんざ傾倒させなかったんだろうがな」

 

「失われた娯楽を取り戻すために衛星放送を始めたんじゃあないですか、そう落ち込まないで下さいよ」

 

最近はごく一部の人物や組織に限り動画の投稿権を与えており、秋津島放送の動画投稿プラットホームは賑わいを見せ始めた。今までは秋津島開発のニュースを纏めるだけのものだったが、有志達の存在で多角的な方面の動画が投稿され始めたのだ。

 

「母国を失っても誇りを捨てず楽器を持って演奏する楽団、忘れられないために故郷の工芸品を作る職人、異郷の学校に通う子供達…どれも彼らには必要な希望達ですよ」

 

「眩すぎる希望は毒にもなるさ、俺達はどうしてこうじゃないのかってな」

 

人の心とは複雑なものだ。

戦場で戦う兵士のために精神を弄る様々な方法が生み出されたが、本質の分からないものを不用意に触っているだけである。深く傷ついたもの、壊れてしまったものを治す手段など、まだ確立されていないというのに。

 

「せっかく人工音声ソフトも公開したんだし、アレを使って動画を作ってくれる奴は居ないもんかねぇ」

 

「それなら居ましたよ、それも面白い方が」

 

どれどれと端末の画面を見てみると、前世で見慣れたフォーマットがそこにはあった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「前世は俺と同じ地球産まれかもな、コイツ…」

 

ゆっくり解説というジャンルがこの世界で生まれた瞬間だった、立ち絵を表示する文化はまだ無いらしい。

 


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