隼を受領した666中隊は機種転換訓練のため、後方に下がって連日戦術機を飛ばし続けていた。あれから1週間のうちに隼は更に4機が到着し、ローテーションを組むことで濃密な訓練を行えていた。
『エーベルバッハ少尉、カーブへの侵入角度が浅いぞ?』
『ヘアピンも良いとこだ!』
『先導して手本を見せる、思う存分不時着してくれ』
初めての西側戦術機だというのに彼らはあっという間に慣れ始め、今では上級者でも難しいような飛行訓練メニューを熟している。
「良い腕だ、高度を落としての飛行は中隊の得意技か?」
ディスプレイに表示されるのは無人航空機によって上から撮影された戦術機であり、操縦する衛士は指定されたルートを出来るだけ早く通過するようにと言われている。
「基礎だよ、オスカー大隊の隊長殿」
そう返すのは666中隊の女隊長、アイリスディーナ氏だ。
二つの部隊の隊長は訓練場の一角にてパラソルを広げ、秋津島のロゴが入った炭酸飲料を開けていた。彼らの機種転換を手伝うのはオスカーの面々であり、隼系に乗り慣れた衛士として最大限のサポートを行っていた。
「大損害を受けて中隊に逆戻りさ、気慣れた奴らも怪我で本国に帰っちまう」
優雅に待ち時間を過ごす彼らを見れば東側の秘密警察が突撃して来るだろうが、この辺り一帯は秋津島開発が欧州連合から借りた試験場だ。欧州の部隊に納入される超電磁砲の訓練と試験もここで行われており、共産圏の人間が探りを入れられるような場では無い。
「やはりハイヴは地獄だったようだな」
「そりゃあな、出てきた時にアンタらが居たのは笑えない冗談だったが」
俺たちはトリアージ黒ってことかと思ったぜとアイリスディーナに笑いながら言い、炭酸飲料をテーブルに置く。これは彼らの部隊章の意味を知る者しか分からない、所謂内輪ネタというヤツだ。
「して、隼はどうだ」
「良い機体だ、特に足回りが」
「だろうな。アイツの型番を見たから分かるが、跳躍ユニットの更新が行われた最新型だった」
だがそれ以上言葉を続けることはなく、懐から秋津島の携帯端末を取り出した。急に雰囲気が変わった彼を不思議そうに見つめる女隊長だったが、表示された画像を見て飲み物を置いた。
二人でわざわざ同じパラソルの下に居るのは、まあ他人には聞かれたくない話をするからに他ならない。
「…そっちの家が良くない状況だと聞いた」
「西側の耳にも入る程とは、我々の諜報機関も落ちたものだな」
「ここなら聞かれない、何があった?」
「秘密警察内での勢力争いでな、不味い方向に加速している」
彼は彼女が半ば呆れたような顔で話すのを見て、得られた情報が間違いではなさそうだと考えた。本国への帰還が先延ばしにされている彼女らにこの話をするのは、ある訳があった。
「東ドイツでMig-23チボラシュカを装備するのは、シュタージとかいう秘密警察か」
「ああ」
「秋津島の衛星が国連の指令にない戦術機の動きを捉えた、Mig-21と23の輸送が行われている」
布で隠されているが、そのシルエットは確かにソ連製の戦術機だ。偽装のためか機体色は国連を示す水色に塗装されているようで、布を剥がして整備などを行う際に確認出来た。
「国連軍カラーのMig-23なんざこの戦線で見たことねぇ、何がなんでも怪しすぎるんでな」
「…確かにそうだ」
「そっちは隼が入り、こっちには補給で超電磁砲と疾風が入る予定だ。行軍速度から見てぶつけてくる可能性は大いにある」
アンタらには申し訳ないが東側の奴らは信用してないと彼は告げ、今度は書類を取り出した。
「訓練メニューを繰り上げて再編した、対人訓練をやりたい」
AI搭載型の1.5世代機であれば東ドイツの新鋭機乗り相手に戦える、それに襲撃された際に連携が取れれば万々歳だ。
「秘密警察と戦え、そう言っているように聞こえるが」
「ああ、言っている」
普通に考えれば自国の人間同士で戦えと持ち掛けられているのだから拒否するのが当たり前の筈だが、彼は彼女の目を見据えたままだ。
「嫌な予感はするが、貴女からはしない。俺は国の外では勘を信じることに決めてるんでな」
「それは個人的な判断なのか?」
「いや、強力な助っ人が賛成してくれてる」
そう言って指差したのは空、真上を人差し指で突いている。一瞬意味が分からなかった彼女だが、宇宙港と何故か異常に手厚い支援のことが脳裏に浮かんだ。
「…まさか」
「まあ名前は言えんが、なんでか信用出来るの一点張りでね」
内通者には気をつけろよと小言を貰ったことも付け加え、書類にサインするためのペンを彼は差し出した。ご丁寧に秋津島開発のロゴが入った上等な万年筆で、彼女はため息をついた後で名前を書いた。
「何処まで知っているのか気になるばかりだ」
「それは俺もだよ、これからよろしく」
自分達の目的を何処まで話していいものかと悩む彼女は東ドイツである騒動を起こそうとしているのだが、それに関しては原作と比べてどう捻れていくのか…。
「まあなんだ、アンタら側の人間が勝った方が良いって考える連中は多いんだとさ」
「本当に協力するべきかもう一度悩みたくなって来たな」
色々と隠し事の多い彼女らには嫌な言葉だっただろうが、目の前の人物が上に指示されて自分達を背後から撃つような人間ではないことは戦場で確かめられていた。だからこそ歪な協力関係は一時的に成立し、二人は握手を交わした。
「何、戦友は裏切らんから安心しろ」
何故かは分からないが、どうにもおかしな方向に進んでしまう気がしてならない。この後起きる一連の事件が一国を揺るがす事態では済まなくなるとは、この時は誰にも分からなかったのである。