「…一体、何を買ったんです」
社長が突拍子もない物を買うのは今日に始まったことではないが、大抵は理由があってのことだ。秘書が怪訝な顔をする中、社長がニヤリと笑いながら答える。
「地面効果翼機」
秋津島開発の輸送船が遥々ソ連から持って帰って来たのは、巨大な船とも飛行機とも言える機体だった。航空機というと光線級の登場により衰退した兵器体系だったが、何故今になって日本へとやって来たのだろうか。
「地面効果翼っていうと、水面スレスレを飛ぶ高速艇でしたっけ?」
「強度に難があってな、色々と曰く付きの代物だよ」
この機体は地面から数メートルしか離れられず、それ以上高く飛ぶことが出来ないという航空機らしからぬ特性を持っている。高い積載量を持ち、ミサイルも搭載した低空飛行する高速機というと恐ろしい兵器に聞こえるが前述したように問題もあった。
「まあ開発自体は20年前で、幾つか作られたが事故ったりしたんで倉庫に眠ってたらしい」
「事故って、船と衝突でもしたんですか」
「強度不足が祟ってな、波に思い切り当たって尾が折れたらしい」
通常の航空機に比べて燃費と積載量に優れ、高速性も併せ持つ地面効果翼機は対BETA戦においても有効な兵器となるかと思われた。しかしその運用コストが高いこと、平らで障害物のない海上でしか使えないこと、海上戦力は継続的な火力投射が求められることなどを理由にお蔵入りとなったらしい。
「ソ連製エクラノプランは確かに当時の要求に応えられなかった、だが今は違う!」
「何が違うんです」
「ユーラシア大陸がBETAに均されて、平らになっただろ?」
「…あー、水面と同じく平面かつ障害物が無いと」
来るべき大陸の次期反攻作戦、その発動において問題となっていたのは戦術機の航続距離だ。長距離を侵攻し、橋頭堡を築き上げるには稼働時間が持たない。インフラは全て破壊されているため、前線を押し上げたとしても補給線の確保が難しいのだ。
「コイツに戦術機を乗せて飛ばしたい、高い積載量と高速性を活かせば強力な物資輸送手段としても利用可能だ」
「いや、強度に難があるんじゃあ」
「馬鹿言え、俺達は今まで何を研究して来たんだよ」
軽量かつ頑強な戦術機の構造材を利用すれば強度問題など簡単に解決出来る、エンジンも跳躍ユニットの転用で問題ない。戦術機に使われている技術が他の兵器に転用出来ないわけがないのだ。
「設計を済ませたら飛ばすぞ、そんで欧州に売る」
「何故急にこんなものを用意し始めたんです?」
「戦術機の航続距離を伸ばすっていう目標に対して増槽を付けること以外思い付かなかったからな、いっそ載せて飛ばすことにした」
欧州側は燃費の良いエンジンに載せ替えることで航続距離を増やしたが、投入された試作機に乗った衛士達は推力不足を訴えたらしい。従来通りのエンジンを搭載して燃費を削るか、推力を削ってでも燃費を取るかは意見が割れている。
「欧州の次期主力機開発ですか、そんな話もありましたね」
こうして、大陸の部隊にはカスピの怪物ならぬ陸上の怪物が少しずつ配備されることになった。常時低空を飛行出来るため光線級からの攻撃を受けにくく、輸送機でありながらある程度の防御力も備えることから生存率は高かった。
戦後は何もなくなった大陸の数少ない交通網として運用され、兵器ではなく人々を乗せて余生を過ごすのだが…それはまた別の機会に語ることにする。
ー
北海道は対ソ連と対BETAの双方を考える必要があり、本土の有事に備えて各種生産施設も建設が進むなど日本の重要拠点として要塞化されている。直近では超電磁砲を装備した疾風も一個中隊が配備されるなど、その戦力は日に日に増している。
「何故急にこんな寒い場所に来たんです!?」
防寒着を着込み、帝国陸軍からの出迎えを受けながら格納庫に向かうのは秋津島の社長と秘書だ。既に軍人達には要件は伝わっているようで、目当ての機体の元へと案内されている。
「視察だよ、沿岸部防衛用の改修機を見たかった」
自前の生産施設を持つと言うことは、独自仕様の戦術機を運用することが可能ということだ。隼とF-4が主力だった少し前の時代に設計、改修された機体をわざわざ見に来たのには理由がある。
「東南アジアの島嶼防衛用戦術機に転用出来るかと思ってな、隼改と入れ替えが進み始めて退役も迫ってるし」
「なるほど」
沿岸部防衛用に軍によって改修された旧隼は、胸部と肩部に分厚い追加装甲を備えていた。アンテナも分厚く破壊されにくい形状に変更され、跳躍ユニットには増槽が取り付けられている。脚部形状も変更され、足場の悪い沿岸部でもしっかりと踏み込むことが可能となっているようだ。
内部構造には手を入れず、外付けにすることで求められた性能を最低限の装備で得ることに成功している。
「増援が来るまでBETAの上陸を食い止め続ける、それがこの機体に求められた役割ってわけだ」
継戦能力は隼の中でもトップクラスだろう、運用が盛んな欧州ではもっと原型のないバケモンがうじゃうじゃ居るらしいが。改修ではなく改造が施されているのがミソであり、隼を名乗る何かは今日も何処かで頑張っている。
「機動性が求められる戦術機に装甲を足すというのは良くありませんが、状況によってはかなり有用な装備ですね」
「増設された箇所は上半身のみ、重心を上に寄せて重量増加による機動力の低下を抑えようとしてる辺り…設計した奴は相当優秀だよ」
旧隼の後継機である隼改の登場は二年前、それまで北海道を守って来た頼り甲斐のある戦術機だ。実戦を経験していないのが唯一の不安点だが、この機体は東南アジアのお眼鏡にかなうだろう。
「見て分かっただろ、俺が東南アジアの島嶼防衛機にコイツを推薦したい理由がさ」
「装甲の増設と接地部分の改修で済みますね、将来的に別の戦術機を運用する際にも住み分けが可能になる良い案かと」
「東南アジアの影響力確保は帝国の重要な目標だし断らんだろう、日本も俺達も油田からの供給は必要だ」
その後は軍部と共に東南アジア連合への改修提案にこの機体が提出され、見事採用を果たす。様々な改修案に比べて費用が抑えられ、シンプル故に整備性の悪化も最低限だったことが決め手となった。
それに際して退役した改修機は海を渡り、東南アジアの沿岸部で働き続けることになる。