宇宙開発企業なんですけど!?   作:明田川

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体調が戻らないので、合間にこの話でも…


第七十三話 重力制御機関

社長と秘書はある造船場に来ていた、本来であれば宇宙船以外の船は買う方針の彼らがこのような施設を完成させていたことは不思議に思うべきことだろう。

 

「地下ドックから丸一日かけて外まで運んだんです、初めて陽光を浴びてるんじゃあないですかね」

 

「…ああ、壮観だな」

 

目の前にあるのは船というより、歪な形をした宇宙船と言うべき存在だった。全身を覆うのは戦艦に使用されるような分厚い対熱対弾複合装甲であり、その表面には対熱塗装が何層にも重ねて塗布されている。

 

「例の事件の賠償にG元素を引っ張り出すなんて、社長もよくやりますね」

 

「代わりにG弾の研究とML機関の安定化には協力するんだ、良い落とし所だろ?」

 

そう、目の前の船は水上を航行する既存の艦艇とは訳が違う。ML機関を搭載し、尚且つそれを充分に制御可能な設備を詰め込んだ人類初の飛行艦なのである。

 

「…ここまで大型化するとは思わなかったけどな、コンピュータが脆いのなんの」

 

「量子コンピュータの完成はまだ先ですし、現状のマシンパワーでどうにか完成させられたのは僥倖と言うべきですよ」

 

レーザー照射や航行時の加速時にかかる負荷に耐えるための各種装備と、コンピュータに付随して肥大化した放熱機器はあまりにも巨大過ぎた。搭載を予定していた各種装備の試験を行うためにも大きな設計余剰は必要であり、結果として船型となったのだ。

 

「曲がりなりにも人型だった凄乃皇とはまるで違うなぁ…」

 

凄乃皇は装甲、武装、コンピュータ、センサ、ML機関にバッテリーをも詰め込んで130m程に収めている。対してこちらは巡洋艦と同程度の200mであり、凄乃皇と違って駆動する部位を持たないため、姿勢を屈めて全長を更に短くするといった芸当も不可能だ。

 

結局のところ、この船はハイヴ攻略のために生まれながらも突入に全くもって適さないという欠陥品なのだ。

 

「どうされました?」

 

「なんでもない、サッサと司令所に行こうか」

 

巡洋艦と同程度の大きさを持つ試作飛行艦は無人であり、ML機関も停止状態のままだ。外部からの電力供給によりコンピュータは万全の状態で待機しており、万が一の場合は造船所側に設置された司令所から停止が可能だ。

 

「様子はどうか?」

 

「社長、予定より少し遅れてはいますが概ね順調です」

 

「時間はある、ゆっくり行こうか」

 

「はい」

 

太いケーブルが造船所には張り巡らされ、膨大な電力が船に供給されていることが分かる。しかしその半分程は有事の際に使用されるスペアであり、ML機関の危険性が知れ渡ったことによる過度とも言える措置だった。

 

「今回の試験内容はあくまでML機関の制御だ、投入されるグレイ11はごく少数であるため…」

 

「た、ため?」

 

「失敗しても船の心臓部がごっそり消えてなくなる程度で済む。諸君、張り切って臨むぞ!」

 

ML機関なんざまた作ればいい、そう言い切れるのは彼だけだろう。米国から得た資料とHI-MAERF計画の試作機、衛星軌道上で確保したML機関の実機を元に自社製の炉を完成させてしまったのだ。

 

「この技術の実用化に成功すれば、人類の宇宙開発は新たな段階に到達する。我々は幾度となく手に入れて来た未来のための布石、その最たる物を手にしようとしているのだ」

 

地上から宇宙へと旅立つ際に最も邪魔をするのは重力に他ならない、ML機関はその問題を一挙に解決する希望の光なのだ。

 

「長くは語らん、全力を尽くしてくれ!」

 

そう言い終わると、司令所の人員が一斉に動き始めた。最後まで作業に当たっていたMMUもいつの間にか退避しており、起動の準備は万全というわけだ。

 

「ML機関にグレイ11カートリッジを挿入、続けて減速剤注入機構を解放」

 

「演算処理システム全て正常、温度変動許容範囲内」

 

「重力場センサは正常に動作中、ラザフォードフィールドを検知可能です」

 

秋津島開発の技術力を結集した船が動き始めた、ML機関にも燃料が投入され反応が始まるのを待つばかりだ。

 

「グレイ11反応開始、反応速度はステージ1」

 

「ラザフォードフィールドの発生を検知、波形は安定」

 

「演算処理は問題なく継続中、制御に成功しています!」

 

「船体への負荷は現状確認出来ず、ML機関からの余剰電力は現在船内蓄電区画へ投入中」

 

ラザフォード場を制御出来なければ、船体の何処かに歪みが生じてそこが壊れる。しかし今のところ異常はなく、最新鋭コンピュータはその性能でもって制御に成功していた。

 

「予定通り一定以上は蓄電に回さず船外に流せ、今回は荷電粒子砲も超電磁砲も撃たないんだ」

 

「反応は予定通り進行中、ステージ2に到達」

 

「ラザフォードフィールド、完全に船体を覆いました」

 

「尚も異常無し、負荷は想定以下です!」

 

実験は成功だ、秋津島開発はML機関の制御を成功させた。しかしそれは限られた状況下における成功に過ぎず、その制御が難しくなるのは移動時や光線の照射を受けた時のことだ。それに対応出来なければ実用化には程遠い。

 

「ステージ3、グレイ11の枯渇まであと20秒」

 

「制御は問題なく進行中、実験の目標を達成しました」

 

「燃料が切れたら機関は停止する、最後まで気を抜くなよ」

 

ディスプレイに表示されたラザフォードフィールドは段々と強く、分厚くなって行くが船体を覆う形になるよう制御されている。更に広がるかと思った矢先に燃料が切れ、ML機関は停止した。

 

「実験終了、各員は終了時の手順に従い点検を行って下さい」

 

あまりに地味な光景だったため、見ていた帝国の軍人や政府関係者は一部を除いて何が起こったのか分からない様子だった。

 

「停止状態での制御は米国も成功させた第一段階だ、移動させてからが本番だぞ」

 

「第五段階はあかつきへのドッキングでしたっけ?」

 

「そうだ、忙しくなるぞ」

 

この世界の人々にとって超電磁砲はまだ理解出来る兵器だった、あくまで質量を持った弾頭を飛ばすという既存の火器と変わらぬ法則で動いていたからだ。だが目の前の船は違う、全くもって異質な技術を用いて理解の及ばぬ領域にまで手を伸ばそうとしている。

 

「第二段階の実験は予定通り行う予定です、何かご質問などは」

 

そう言うと、政府側の人間であろうスーツ姿の男性が手を挙げた。

 

「社長殿、あの船を貴方はどう見ていらっしゃるのかお聞きしたい」

 

「人類の未来を乗せる播種船になる可能性を秘めた、現時点で最強の対BETA兵器ですよ」

 

秋津島開発は何処までも夢を追い続ける、そのためにBETAを滅ぼすのだ。




また間隔が開いてしまうと思うので、これとは別に短編小説も投稿しておきました。そちらを読んで小説更新をお待ち下さると幸いです。

季節の変わり目ということもあり、風邪を引いてしまいまして…

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