降下準備に入ったコンテナの内部にて、テオドール少尉は操縦桿を握り締めて待機していた。ただ重力に逆らわず落ちているだけの状態であるため、出来ることがないのだ。
「本当に大丈夫なのか?」
『冷戦時の弾道弾迎撃設備があるため、最悪の場合は撃墜されます』
BETAは空を飛ばないために対空設備の更新や近代化は遅れているが、それでも監視を怠る国はないだろう。
『そのためコンテナからは早期に脱出、機体は減速を規定より遅く行います』
「コンテナを囮にする訳か」
『超電磁砲があればミサイル自体を迎撃出来たのですが仕方ありません、狙われた際は36mmでの迎撃を試みます』
しかしここまで言った後で、SPFSSはあっけらかんとした態度で言い放つ。
『ですが秋津島開発のコンテナが東ドイツに落下すると言う情報は流してあります、中身が欲しい彼らならミサイル発射に踏み切る可能性は五分五分ですね』
「お前、わざわざバラしたのか!?」
『大規模な破壊工作があったんですし、東ドイツが勝手に勘繰ってくれると思われます』
機体が落下し始め、話す余裕が段々となくなる。ガタガタとコックピットが大きく揺れ、操縦者の全身を浮遊感が襲う。
『舌を噛みますから、話さないことをお勧めします』
コンテナ内ということもあり、視界もセンサも遮られていて外部を認識することは出来ない。コンテナ側に取り付けられている高度計だけが頼りだが、その数値は目紛しく変動している。
『規定高度、コンテナから脱出します』
機体のセンサーが復旧するが、レーダー照射を受けているという警告音が即座に鳴り響く。しかし飛来物は見つからず、地上には戦術機の噴射炎が幾つか確認出来る。
「下に居るぞ!」
『逆噴射をかければ相手は警戒してしまいます、油断させている内に一機目を』
「無茶を言いやがる!」
彼は反射的に舌打ちをしようと思ったが、あまりに激しい落下の中では思うように出来ない。しかしそんな不完全燃焼感を味わう暇はなく、SPFSSの言う通りに接近して来る機体へと突撃砲を向けた。
『相手へのロックオンはギリギリまで待ちます、あと5秒』
「…うぐっ!」
体勢を変えたことで風の抵抗を受け、機体が傾く。しかし操縦桿は離さず、トリガーに指はかけたままだ。何度も激戦は潜り抜けて来た、BETAの居ない戦場などぬるま湯に等しいと自己暗示をかける。
『撃ってください』
六門の突撃砲が一斉に火を吹き、大量の36mm弾がばら撒かれる。のんびり直進していた機体は突如飛来した弾丸の雨に打たれ、穴だらけになって落伍する。
「吹かすぞ、良いんだな!」
『どうぞ』
疾風の跳躍ユニットからは機体全長と同じほどの噴射炎が噴き出て、一気に機体を上に押し上げる。秋津島開発のロケット工学は明らかに過剰とも言えるのではないかと思えるような推力を発揮させることに成功しており、少尉は急な減速に視界が真っ赤になる。
「がッ!?」
『匍匐飛行に移行します、気を失わないで下さい』
意識が朦朧とする中で、彼の手の中にある操縦桿が勝手に傾いた。ただ単に減速しただけの機体は即座に跳躍ユニットの向きを変え、敵と距離を取るように低空を飛び始めた。
「ハーッ、ハーッ、ハー…」
『追って来ますよ、砲撃用意!』
「分かって、る!」
突撃砲を有する背部兵装担架が後ろに銃口を向け、砲弾を放つ。
しかし流石は対人戦経験のある秘密警察シュタージというべきか、あっさりと回避されてしまう。
『120mmを使って下さい』
そう言われた彼が即座に120mmを発射すると、そこからは散弾が発射された。小型種掃討用のものとは毛色の違うそれは、タングステン製の弾頭を敵戦術機が回避した先に撃ち込んだ。
軽い金属音の後、機体前面に散弾を浴びたMiG-23はセンサが一気に死んでパニックになったのか、墜落して爆散した。
「…二機、撃墜」
『次が来ます、動きが良いのがひとつ』
恐らく分隊なのだろう、二機が果敢に突っ込んでくる。散弾は見られたようで、片方は回避機動を取りやすくするためにリスクを承知で高度を取っている。
『鈍い方から落とします、集中砲火を』
六門の突撃砲を前に向けて展開、一機に向けて撃ち放つ。回避しようにも、弾幕の濃さに絡め取られて撃墜された。
『もう一機に向け砲撃を…』
「待て!」
ある程度の距離まで近付いて来た敵機は、突撃砲を兵装担架に納めた。手には何もなく、ただその場に留まっている。仲間が三機も撃墜されたと言うのに、全くもって不可解だ。
『通信が来ています、繋ぎますか?』
「ああ」
彼の脳裏には最悪の状況が思い浮かべられていた、こんな状況で武器を納めて話をしようとするシュタージの人間など居ない筈だからだ。その想定は半ば確信めいたもの、今までそんなことは無いと思い込もうとしていた過去の想いも重なって信憑性を高めていた。
「リィズ、なのか」
『…なんでここに居るの、向こうに居てくれれば良かったのに』
彼女は部隊に補充要員として来た自身の妹であり、幼い頃生き別れになっていた。シュタージのスパイなのではないかと疑いの目がかけられていたが、その真実は残酷だが明らかになってしまった。
『お兄ちゃんは巻き込みたくなかった、なんで戻って来たの?』
その言葉から察するに、彼の戦術機に細工をしたのは彼女なのだろう。
「俺は仲間を」
『あの女でしょう、そのために来たんだよね』
彼が密かに想いを寄せる相手というのは666中隊の女隊長、アイリスディーナ大尉だ。過去に身内を秘密警察に売ったという経歴を持つが、その身内が彼女を生かすために売らせたというのが事の真相だ。
「それは…」
まるで自分の心がその場に無いような、気丈に振る舞っていても何処か儚い彼女を彼は守りたいと思っているのだ。
『この国はもう終わり、一緒に逃げようよ』
「見捨てるっていうのか!?」
彼は妹への返答にやるせない想いを込めてぶつけるが、それは全く響いていないように思えた。響くというより、もう響くものが無いというのが実情に近いのかもしれないが。
『国連とソ連の部隊が入って来てる、その機体は目立つだけだよ』
「駄目だ、俺は基地に行く」
『…どうして』
彼女の戦術機は今まで微動だにしていなかったが、操縦系統が何かしらの思考を読み取って動き始めた。機体はゆっくりと右腕を上げ、ナイフを引き抜いた。
『どうして分かってくれないの、私がお兄ちゃんのことを1番心配してるのに』
「リィズ、俺は」
彼の言葉が詰まる、どう話せばいいのか分からないのだ。
SPFSSもこの手の話は専門外のようで、正にお手上げといった風に黙り続けていて頼りにならない。
『そのためには何だってして来た、何もかも!』
「やめろ、やめてくれ!」
双方が武器を向けざるを得ない距離にまで接近してしまった時、今まで動かなかったSPFSSが彼に囁いた。それはAIが考えた文言ではなく、誰かの手により予め設定されていたものだった。
『彼女を生きた状態で捕縛しましょう、それで解決しませんか?』
「どうやって!」
『この機体の射撃精度はご覧になったでしょう、対象を無力化します』
突撃砲は彼女の戦術機に向けられているが、この距離になっても彼は引き金を引けていない。AIの提案を聞いて驚いたものの、その操縦桿を握る手にはしっかりと力が入っていた。
「やれるのか」
『四肢を吹っ飛ばします。まずは一人目、救いませんか?』
彼の決意を乗せた指先は、今まで引けなかった妹への引き金を引かせた。まさかここまで来て撃たれるとは思わなかった相手の機体は次々と砲弾を受け、バラバラになっていく。
『誰が乗っているのか分かるほどの観察能力、流石というしかありませんね』
SPFSSは火器管制を続けながら、得意げに話し始めた。
『ですがこの機体はマスターの1人乗りではありません、この私が居ますので』
腕と足を失い、跳躍ユニットも基部を破壊された戦術機は宙を舞う。その機体へ突撃砲を捨てて飛び付いたテオドールは、妹の乗った機体を地面に落とすことなく確保した。
「リィズ、お前は…」
『申し訳ありませんがそれは後で、666中隊の皆様が待っていますよ?』
衝撃の再会を飲み込む暇もなく、状況は動き続ける。
彼の妹が言っていたことが確かなら、この国は西側と東側の部隊すら入り乱れる地獄と化しているからだ。
「ああ、分かってる」
しかしそれは彼らの理想を叶えるのに千載一遇の好奇とも言えるのだが、今は仲間を助け出さなければ。彼は機体を飛ばし、基地へと向かうのだった。
口調が心配なので、GWを使って柴犬アニメを見直して来ます。
そのため、台詞などを後で変更するかもしれません。