宇宙開発企業なんですけど!?   作:明田川

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第七十七話 空の眼

「…国連の動きが早いな、BETAの心配をしなくていいのは助かるが」

 

オスカー中隊の隊長は宇宙港の一室を貸し切り、東ドイツ上空を飛ぶ衛星を使って情報収集を始めていた。既にBETA群は撃破されつつあり、引っ張り出されて来たA-10がガトリング砲をぶっ放している。

 

「A-10、初めて見たのは初陣の時だったか」

 

今では製造元のサポートが終わってしまい、隼改や疾風に置き換えられている。今回のような事態においては超電磁砲を持ち込めないため、久しぶりに陽の目を浴びたのだろう。

 

「ソ連軍も少数だが介入している、国連軍とは衝突してないが…何が目的だ?」

 

「失礼するよ、シュタージファイル辺りだと思うがね」

 

そう言って薄暗い部屋に入って来たのは秋津島開発の社長だ。今回の騒動に手を出すことを決めた張本人であり、最新鋭機を敵陣営の領土に放り投げる作戦も彼が提案したものだ。

 

「シュタージファイルとは?」

 

「各国上層部の弱みを掻き集めたものだ、流出すれば欧州の政治体制は混乱を極めるだろうな」

 

「そこまでの物があの国に存在するとは」

 

「諜報能力は高いからな、案外俺達のスキャンダルもあったりするやもしれん」

 

本来であれば数年前に発生していた筈のクーデターが何故ここまで遅れたのかは不明だが、裏で手を引いていたソ連側にも何か思惑があったのかもしれない。例えば今回のような事件を起こした際、全ての責任を擦りつけるためというのも理由の一つだろう。

 

「そのファイルを確保するために様々な部隊が動いている、というわけですか」

 

「通信機もプラスでな、面倒なことになったよ」

 

他に何か厄介な物でもあったのだろうか、今のところは思いつかない。しかし相手の真意を限られた情報で探るのは無理がある、今は突入したテオドールの支援を行わなければ。

 

「基地の制圧は強化外骨格で行う、コンテナが迎撃されなかった以上兵力は十分だ」

 

「666中隊の隼に搭載されているものも起動を待っています、疾風が基地にまで辿り着けば始められます」

 

「奴らは衛星通信アンテナを折っておくべきだったな」

 

AI用の強化外骨格には小型種対策として、手持ち式の機関砲が用意されている。人間が喰らえば即時致命傷に繋がる威力であり、基地を占拠しているであろうシュタージの構成員が持つ装備では太刀打ち出来ないだろう。

 

「人間用のライフルでアイツらを倒そうと思ったら、おおよそ弾倉が50は要るからな」

 

「なるほど」

 

隊長は疾風のSPFSSに強化外骨格の制御権を渡し、起動キーを送信する。瞬く間にMiG-23の小隊を殲滅した疾風の性能と少尉の腕前は素晴らしいものだが、どうにも揉め事を抱え込んでいるらしい。

 

「…一つ質問があります」

 

「なんだい」

 

「何故ここまで彼に手を貸すのですか、帝国にとっても秋津島にとっても有益とは言えません」

 

「未来への投資だよ、クーデターは成功するからな」

 

社長はそう言い放ち、隊長はその次の言葉を待つ。

やはり自分達が知り得ない情報を彼は持っている、そう隊長は認識した。勘が鈍る前から社長に対して、何か違和感を感じていたのだ。

 

「貴方には何が見えて、いや何を知っているのです」

 

そう言う彼は真剣な様子であり、社長がのらりくらりと避けられる雰囲気ではなかった。返答に詰まる社長に対し、隊長は目を逸らさない。

 

「彼を、いえ彼らを使って何かを成そうとするならば私は貴方を許せないでしょう」

 

「…まあ、そう見えるか」

 

短い間とはいえ戦場を共に駆け抜けた衛士達だ、結束は固い。軍人として許せないであろう一線を超えていると勘違いされるのは、今後の活動において大きな障害になる。

 

「君は勘が良過ぎる、だから他の並行世界には居なかったのかもしれないな」

 

「並行世界?」

 

バレてしまっては仕方ないとブツブツ言いながら、社長は話し始めることにしたようだ。この世界の未来、第五計画の末に生まれた地獄のことを。

 

「…つまり貴方は、BETAによって滅んだ世界を知っていると」

 

「ああ」

 

「その世界の秋津島は何をやっていたんです、そんなチャチな宇宙船で貴方の夢とは程遠い計画を実行する筈が!」

 

隊長は戦後に光り輝いていた秋津島に目を焼かれた1人だ、だからこそ結末に納得出来るはずが無かった。

 

「居ないんだよ、俺も秋津島開発も」

 

「何故です」

 

「俺は本来なら存在しない人間だからだ、他の世界から送り込まれて来た」

 

それを裏付ける証拠は何一つないがなと言うが、彼の脅威的な開発能力が全てを物語っていると言っていい。彼は人類史において狙い澄ましたかのようなタイミングで生まれ、企業を立ち上げてBETA戦の初期から戦い始めたのだから。

 

「…信じます、信じるしかない」

 

「助かるよ、東ドイツと666中隊に関する話に戻っても?」

 

「どうぞ」

 

「あの部隊にはクーデターの旗頭になれる人材が二人居て、シュタージと真っ向から戦争することになる」

 

その結果道筋にもよるが、多くの死傷者が出る。あの女隊長や少尉の妹、他の部隊員も犠牲になるだろう。

 

「犠牲を減らすには幾多の障害を軽々と突破出来るだけの機体と、不安定な精神状態でも最低限の判断を後押しするAIが必要だった」

 

後はコンテナに積んだ医療機器もだなと付け加える、最悪の場合は外骨格を遠隔操作して衛星中継オペを始めなければならないだろう。

 

「…ではクーデターに手を出したとしても、秋津島に利益は」

 

「無いねぇ!これっぽっちも無い!」

 

ハハハと笑う彼は疾風一機分すら回収出来ないだろう、寧ろ大幅赤字だねと付け加える。つまり東ドイツで動き回っている国々とは違い、シュタージファイルなぞ最初から視界に入っていなかったのだ。

ただ単に若き衛士を生き残らせるため、強いて言えば見てしまった結末を変えたいという社長自身の欲とエゴだ。

 

「彼らは十分傷付いた、よく耐えてくれたとも言っていい。最後ぐらい逆転ホームランを打ってほしいと思うのは良くないかね」

 

「…いえ、同感です」

 

「共感してくれて嬉しいよ、これで我々は運命共同体というわけだ」

 

社長の秘密を聞いた以上やっぱりやめますとは言えない、隊長は暫く引退出来そうにないなと心の中で呟いた。

 

「おっと、時間か」

 

疾風と共に降下したコンテナの一つが独りでに開き、中から強化外骨格が次々と現れる。四角形の格納状態で納められていた彼らは、SPFSSの指示の元で基地を目指し始めたようだ。

 

「この作戦で我々が使える人員は私と君だけだ、長丁場になる上ハードだぞ?」

 

「二人と言いますと、秘書殿はどちらに」

 

「社長業放り投げて来た、今頃本社で空を見上げながら仕事中さ」

 




滅茶苦茶評価数が増えててびっくりしました、皆様ありがとうございます。
頑張って完結させたら、社長が失敗してしまい地球が放棄されたデイアフター編とかやりたいですね。

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