晴れて自由の身になった666中隊はシュタージの暴走を止めるべく立ち上がり、協力者との接触を図っていた。しかしそこら中に内通者が居るために戦術機での移動は即座に通報されてしまい、不本意ながらも交戦することになっていた。
『ば、化け物っ!』
六本の腕から放たれる攻撃はSPFSSによる高度な火器管制の元稼働しており、多少ランダムに回避されたとて簡単に撃墜出来る。対人戦闘の経験があるであろう敵機は回避を試みたが、逃げた先に放たれた砲弾によって胸部を撃ち抜かれた。
『隼に…疾風だと、何故軍部にそんな戦力が!?』
「クソッ!」
相手もこちらも使用している砲弾は同じ、戦術機の装甲厚を考えればどれも致命傷になりかねない。新型機ということもあって相手の注意は疾風に集中しており、多対一を強いられていた。
『国連軍め、何が治安維持だ!』
「退けェ!」
放った36mm弾がMiG‐23の腕を削り飛ばし、それを見た彼は跳躍ユニットの出力に物を言わせて突撃する。装甲の薄い首の関節部からナイフを突き立て、衛士を絶命させてから機体を盾にする。
砲弾を受けた戦術機は首が千切れ、機体が吹き出た潤滑油を浴びる。それはまるで人の血のように見え、白と橙色という明るい配色も相まって恐ろしさを増した。
『もう少し丁寧に操縦して下さい、私の身体はこの一機しか無いんですよ?』
それを嫌がったのはSPFSSで、駆動系に油が入り込むのを気にしているようだ。
「…ああ」
『妹さんのことを引き摺らないで集中してください、今はこの戦争を終わらせることが最も彼女のためになることは明白でしょう』
「分かってる!」
彼の妹を捕縛し、話を聞いて分かったのはもう手遅れに近いということだけだった。演じていたからこそ常人かのように見えたが、実際はもう壊れかけてしまっていると言っていい。
『心ここに在らずですね、全く…』
妹を思う気持ちは未熟なSPFSSにも理解が出来たが、ここまでその感情に振り回されていることには納得出来ていないようだ。
「来るぞ、火器管制!」
『了解です』
兄である彼の存在が最後の砦、居なくなれば彼女は完全に壊れるだろう。妹をそれほどの状態にした秘密警察への怒りは留まるところを知らず、自らを律しきれずに戦い方が乱暴になって来ていた。
『思考制御の割合を落とします、少し落ち着いて下さい』
機体の動作が機械的な物に変わり、先ほどまでの鬼気迫る様な動きは抑制された。彼はナイフに付着した油汚れを直線的な動作で振り払い、部隊員の援護に向かうことにしたようだ。
「…悪かった」
『いえ、このような環境下では仕方ないケースです』
操縦は多少乱暴だったかもしれないが、彼の状況判断能力というのは全く鈍っていなかった。対BETAの最前線で培った精神力が残酷な現実を直視しても尚操縦桿を握らせ続けるのかもしれないが、少数での戦いを強いられる定員割れの666中隊では疾風の戦力は不可欠だ。
ー
衛士達の腕と、部隊員に供与されていた隼の性能もあってか勝利を収めた666中隊は、反シュタージ派の有力者との接触に成功した。元々アイリスディーナ氏と交流があったようで、彼女を旗印に決起を行うようだ。
『フランツ・ハイム少将との接触に成功した、これで本格的に動くことが出来るな』
正確には本人ではなく、少将との通信が可能な連絡員を通じて接触したそうだ。傍受の危険性は多分にあり、最低限の通信で話は終わったようだ。
『今は連絡員と交渉中だ、周囲の警戒を頼みたい』
「了解だ、外骨格の指揮権を貰うぞ」
隊長はSPFSSが警戒モードで配置していた強化外骨格の一つを遠隔操作に切り替え、周囲の機体を数体引き連れて警戒に向かう。特に怪しいのは周囲の建物であり、戦術機を用いて戦闘の後に秘密警察の人間が来ないわけがないとも言えた。
「隊長君、先程この建物には数人入ったようだよ」
周囲の監視を続けていた社長がたった数秒前の映像を彼に見せ、工作員の存在を告げる。
「やはり来ているというわけですか」
「一般市民であれば近づかずに逃げるはずだ、怪しいね」
666中隊からは見えなくとも、空からは見えるのだ。
本来ならBETAの振動を観測するための振動計を使えば微かな移動音も把握出来る、恐らくこの建物の二階だろう。窓から様子を伺うつもりだろうが、そうされる前に片を付ける。
「怪しい数人組が建物に入った、警戒してくれ」
『総員戦術機へ搭乗、生身を撃たれるな!』
「…コイツは人を撃つ兵器ではないんですが、仕方ありませんか」
「すまない、頼んだよ」
肩幅の広い機体を縦にしてドアを潜り抜け、対BETA用の機関砲を手に階段を上る。相手は部屋の中に隠れたようで、廊下には人影は見当たらなかった。
「振動計で位置は掴んだ、突入します」
「ああ」
力任せにドアを開け、工作員と目が合う。
相手は既に拳銃をこちらに向けていたが、こちらは機関砲を構えている。相手が想定外の存在に恐怖し、引き金を引けずにいる中で発砲した。工作員と思わしき男は一発目で顎から上が無くなり、二発目で拳銃を持っていた腕が吹っ飛んだ。
「…悪いが、武器を置いてもらえると助かる」
同じ部屋に逃げ込んでいた者達は凄惨な状態となった元仲間を見て、武器を手放した。