「有力者との接触に成功したと聞きましたが、東ドイツの現状でどれだけ成功率があるのか…」
そう怪訝な顔をする隊長を見た社長は、複雑怪奇な東ドイツについて説明する必要があることに気がついた。
「内乱に関して詳しく説明してなかったな、ここでしておこうか」
「頼みます」
「軍人だものな、詳しい内情は伏せられるか」
まあ私も正式なルートで教えて貰ったわけではないがと付け足し、ホワイトボードに向かい合いペンのキャップを外した。
「まず内乱と連絡が入った段階で一度目のクーデターが発生するも、それはシュタージの手によって鎮圧された」
「そうだったのですか」
「ややこしいんだが実態はシュタージ内で西側と協力したいベルリン派と、逆に東側と協力したいモスクワ派での抗争だな」
秘密警察同士での潰し合いであり、結果としては既にソ連から戦術機の提供など支援を受けていたモスクワ派が勝利した。
「モスクワ派閥が勝利した後はソ連の息がかかった保安局長官、エーリヒ・シュミットって野郎が東ドイツの議会を掌握した」
つまり東ドイツでのゴタゴタというのは、おおよそシュタージが元凶である。原作と比べて内乱の発生が数年遅れている件については情報が足りないが、難民が比較的少なかったことによる秘密警察の組織拡大の遅れが要因の一つだろうか?
「ソイツはソ連の諜報組織KGBの人間でな、まあソ連のために東ドイツを完全な隷属下に置くことを目論んだ」
「社長が見た未来ではどうなるんです?」
「部下に裏切られてあっさり死ぬ、トップが死んだことでモスクワ派のシュタージが実権を握るわけだ」
権力の持ち主が二転三転している、なんとも複雑で不安定な国内情勢だろうか。社長は描き終わったホワイトボードを隊長に見せ、誇らしそうな顔でペン先にキャップを被せた。
「これだけ滅茶苦茶なら、我らが666中隊が動けば支持を搔っ攫えそうだろ?」
「それはそうですが…」
「東ドイツ内で大事件になった将校達のクーデター未遂事件の真実を知る首謀者の妹、戦術機が無い時代でBETAと戦った英雄の娘の二人が居るんだよね」
「…は、え?」
そう、666中隊は旗頭になれる人材の宝庫である。これだけでも強いのだが、なんと本人達は東ドイツ最強の戦術機中隊なのだ。
「シュタージを倒し、ベルリンの壁をぶっ壊す!…ってのにも現実味が生まれて来ただろう?」
「ええ、まさかそこまでの人物だったとは知らず」
「知らずにあそこまで踏み込めたのは本当に凄いよ、君が築いてくれた信頼のお陰で支援を継続出来るんだから」
秋津島開発製の戦術機に乗り続けてくれているのがいい例で、そう易々と相手を信用出来るような環境では無かった筈だからだ。衛星による監視もそうだ、自分達が裏切っていれば彼らの居場所は常に露見するのだから。
「取り敢えず基地に駐留してる外骨格に妹さんをしっかり監視させなきゃな、従来のAIでメンタルケアを試みても逆効果にしかならないだろうし…」
ううむと社長が悩むが、その数秒後に内線電話が鳴る。即座に受話器を取って数回受け答えをした隊長は、そのコードを伸ばして社長に投げ渡した。
「オスカーの将校からです」
「なんだい?」
『送った疾風が早くも国連に露見しました、奪還するために動き始めています』
「…想定の範囲内、大丈夫!」
そう言うと現在配置されている各勢力の戦力配置を確認し、何度か独り言を呟いた後に別方面にも電話をかけ始めた。
「カタパルト使えそう?」
そう、電話をかけた先は強奪事件を演出したマスドライバーを管理する秋津島開発の社員達だった。彼らは勿論ですと答え、国連からの調査も上手く切り抜けたことを教えてくれる。
「よし、オスカーで疾風は出せる?」
飛散した破片と炎上した少尉の隼のお陰で稼働出来る機体は少なかったが、どうにかパーツをやりくりして疾風を稼働状態まで持っていったことをオスカー中隊の将校から報告される。
懐かしい試作装甲まで引っ張り出され、被害が出た作業員の仇を取ってやるという気迫で格納庫は満ち溢れているそうだ。
「塗装はオスカー仕様、オレンジと白のままでお願いします。超電磁砲もありったけ出しちゃって大丈夫!」
『まさか社長殿、666の援軍に出るおつもりで!?』
「そのまさかだよ、睨みを効かせるだけになるかもしれないけど」
あくまで治安維持という名目だが、欧州連合を中心とした国連軍はBETAの殲滅と共にシュタージの妨害も行い始めている。これ以上西と東で動きが加熱する前に、一刻も早い内乱の終結が必要なわけだ。
666中隊が動いてクーデターを成功させるのが我々にとってベストな着地点だが、同じカラーリングの彼らが居れば成功率は上がるだろう。いわば囮である、撃てば即国際問題に発展する特大の地雷を抱えているのがミソだ。
『勿論です、戦友を戦地で孤立させるほど薄情じゃありません!』
光線級吶喊はハイヴに次ぐ極限状態での行動となる。彼らが戦地で感じた絆というのは見ていただけの社長には計りきれないものだったが、それを聞いた彼は嬉しそうに、そして何処か羨ましそうに頷いた。
「帝国陸軍は私が動かそう、666中隊の疾風は良いようにエピソードを盛るさ」
工作員の手により東側に持ち去られるよりも、比較的西側寄りのクーデター部隊が持っていた方が幾分かマシなのは間違いない。それに彼ら666中隊に関しては交流がある以上、オスカー中隊派遣にはある程度の合理性がある筈だ。
「持てる装備を全て使ってくれて構わない、部隊員に犠牲が出れば撤退か強硬手段に移行されてしまうと思ってくれ」
『死なずに目標を達成しろ、そういう訳ですか』
「ああ、コンテナによる降下になるぞ」
『少尉にやらせたんです、我々も苦じゃありませんよ』
帝国は秋津島開発の欧州支社が全面的なバックアップを確約したこと、鹵獲された疾風とは衛星通信により交信が可能なこと、内乱中ではあるものの交渉は不可能ではないことを理由に派兵を決める。
そして欧州も製造元である帝国が落とし前をつけるとあれば譲ると言ったことで、オスカー中隊は東ドイツへ飛ぶことになるのだった。