「シュタージファイルは燃やされていたか、これで済むとは思わないけど」
「同感です」
クーデターの後、東ドイツは急速に建て直り始めていた。西側からの支持を得た彼らはシュタージを数ヶ月のうちに解体、クーデターにより失われた戦力をMiG-23と27でどうにか補った。
「通信機も残骸を回収したのみ、まあ重要な部品だけ抜き取って小さくしたんだろうけどさ」
「シュタージファイルの方もコピーをとった形跡が見つかっています、恐らく何処かの国が得たものかと」
「…いやー、案外立ち回りが上手な男が居たかもね」
オスカー中隊の格納庫襲撃についてはシュタージの崩壊により調査が困難になるかと思われたが、身の安全を確保したい彼らにとって最も価値のある物とは本来なら話してはいけない情報しかなかった。促してみれば出るわ出るわ、細かいことが明らかになるのは時間の問題だろう。
「ハインツ・アクスマンっていうシュタージのクソ野朗が居てさぁ」
「貴方がそこまで言うとは、珍しいですね」
「原さ…元の未来だと、CIAだったかアメリカだったかと接触して亡命しようとするんだよな」
最悪の場合東側だけじゃなく、西側にも秋津島開発の敵対者は多く潜んでいるのかもしれない。
「特にアメリカはHSSTの一件で起きた粛清祭りで各派閥が纏まりを無くしてる、他国の奴らと固まって反秋津島を掲げられると困るな」
「新たな勢力を産んでしまう懸念は確かにありますね、各戦線も安定の兆しを見せ始めたために余裕が出来ましたし」
「気持ちは分かるんだけどね、今も他国の宇宙開発事業からハイテク産業まで焦土にしてる真っ最中だし」
秋津島開発が新たに発表した次世代AI、SPFSSの登場は衛士達の歓喜の声と共に迎えられた。旧AIに比べて数十倍の思考能力を持ち、あらゆる面において旧式を上回る最強のソフトウェアが完成したわけだ。
「旧AIレベルを頑張って作ってた企業の株価が死んだぞ、そのAIを動かすためにコンピュータ作ってた会社も一緒に」
「全ての物が一瞬にして過去の物になる、その恐怖は確かに敵を作るでしょうな」
「秋津島の試作浮遊艦も理解出来る人間が少な過ぎて困るぜ、実用化の暁には大和だって宇宙戦艦に改造してやるってのに」
「それはちょっと…どうなんでしょう」
アイツがどれだけカッコいいかと語り始める社長に対し、良くも悪くも真っ直ぐな人だなぁと思う隊長であった。
ー
秋津島開発のコンテナが今日も東ドイツに届き、戦地だった場所にはMMUが闊歩していた。また無人有人を問わず強力な力を発揮出来る強化外骨格は救助に有用であり、ベルリンではここ数週間の間復旧作業が続けられている。
『新政府はこれまでの情報統制を廃止し、自由な報道を段階的に取り戻したいと述べています。その第一歩として世界各国で大きなシェアを持つ秋津島放送の衛星通信設備を導入したいとも公表しており、我々は遂にインターネットと呼ばれる新たな領域に…』
あの時国民を奮い立たせたラジオからは新政府の広報がニュースを読み上げる声が響き、物資配給を待つ国民達は徐に耳を傾けていた。
「アキツシマ、ねぇ…」
「戦術機とロケットの大企業だったか、凄い話だな」
「欧州の戦術機は隼が多いと聞くぞ、西も使ってるらしい」
市民達はシュタージから解放されたことを噛み締めていたが、ニュースで語られるような変化によって暮らしが楽になるなら万々歳だと話題に食いついていた。話に出た大企業からの救援物資も多く届くため、帝国と交流があった666中隊の面々が上手くやったのだろうと皆が思っていた。
だがその666中隊のテオドール少尉と言うと…
『通信機の破壊及び回収は出来なかった、そういうことだな』
「…ああ」
契約を交わして東ドイツに渡ったテオドールが、端末越しに隊長と話していた。クーデターを最短で成功させ、シュタージを崩壊させたのは良かった。だが通信機の重要部品が持ち逃げされ、持ち去った人間も見つからないというのが1番の問題である。
『…頭の痛い問題だな、秋津島の衛星網は未だ危機を孕んだままという訳か』
次いでの目標で良いとは言われていたが、あれだけの支援をして貰って何も返せていないというのは不味いだろう。しかし彼は衛士であり、この手の調査は専門外というのも加味するべきだ。
『まあまあ、気にし過ぎてもダメだって』
その通信に割り込んで来たのは一人の男性であり、声は若々しい。困った顔をした隊長の顔が映し出されていた端末の画面は暗転し、"sound only"とだけ表示される。
『お疲れ様、中隊のみんなに怪我はない?』
「は、はい」
『それは良かった、妹さんを大切にね』
向こう側で何か書類を漁るような音がした後、またその男性が話し始める。
『通信機のことはこっちで追うから、その代わりに色々とやって欲しいことがあるんだよ』
「なん…です?」
相手が何者か分からず、彼は無理矢理敬語に直した。
『そう畏まらないで、SPFSSの件だよ』
「アイツですか」
『うん、君はAIを育てるのが上手いみたいだからね』
東ドイツは今も昔も最前線であり、ここで更なる運用試験が行えるとなればSPFSSの進化も早まるというものだ。それに優秀な衛士がクーデターにより多く失われた現状、新兵のためにもAIや西側の戦術機といった装備は必須だろう。
『今回の契約は残念な結果に終わったけど、成果が無かったわけじゃない。シュタージからの情報はしっかり提供して貰ったし、残りの残骸は回収出来たわけだしね』
「AIを任せるのは次の契約、というわけですか」
『新生666中隊のために戦術機は必須だろうし、西側との融和をアピールするにはまたとない機会じゃあないかな。君からの提案とあれば、元隊長であるベルンハルト氏も断らないって思ったのもあるけど』
この後に欧州連合を対象に行う筈だった次世代AIの先行投入に東ドイツが参加することになり、彼らは西側諸国との連携を強くしていくことを対外的に見せた。
政治体制や国内情勢の正常化は終わっていないが、BETAは人間の事情などお構いなしに襲ってくる。彼は場所を変えて戦う仲間を守るため、前線に出向く覚悟など既に出来ているだろう。
『休む暇がないのも大変だろうけど、人との時間を大切にね』
「ああ、はい」
『いつでも転職はお待ちしてるからねー』
身も蓋もないことを言い残して男は居なくなり、通信も途切れた。一体誰だったんだと悩む彼だったが、外骨格の充電を終わらせたSPFSSがドアを開けて入ってきた。
『衛星通信中でしたか、社長と何を話されていたんです?』
彼は配給で回ってきた秋津島食品のカロリーバーを手から落とした。