第八十四話 船と部隊再建と
秋津島開発の試作艦はあれから試験を重ね、有人での飛行試験に踏み切っていた。多忙を極める社長と秘書の姿は残念ながら管制室内にはなく、今日も何処かを駆け回っているだろう。
「第七次飛行試験は問題なく進行中、どうですか乗り心地は」
そう聞くのは管制官であり、試作艦に乗る通信士はそれに笑いながら答える。
『次の瞬間ミンチになるかもしれない乗り物でそれを聞きますか、まあ前例を抜きにするなら頗る良いですがね』
高度な重力制御により船が加減速を行ったとしても搭乗員がGを体感することはない、まるで航空機のような挙動を見せる試作艦の中に居ようとも彼らはいつも通りだった。
「重力異常が発生した場合は有人区画を丸ごと脱出させる仕組みになってる、その場から離れるなよ」
ごく限られた場所以外は全て秋津島開発の無人外骨格が人間の代わりに活動しており、人員が有人区画から離れる必要はない。
『船員も機械になる時代とは、考え物ですよ』
元々重力場に囲まれているため非常時の退艦が難しい特性があるため、従来通りに人間での運用は人道的に認められなかった。原作の凄乃皇のように無人(というと語弊があるが)で運用出来れば良かったのだが、船の形に寄せて作られた外装であることと、納入先が帝国海軍ということもあってそうもいかなかった。
「ML機関は非常に安定しています、ただ艦隊に追従する以外にも様々な運用が可能なことが立証されましたね」
「話に出ていた荷電粒子砲によるハイヴ周辺のBETA殲滅か、光線属種からの攻撃を唯一無効化出来るコイツにしか無理な作戦だな」
本来なら米国のHI-MAERF計画で実現する筈だったその空中機動要塞は、秋津島開発の手で実現された。しかし問題は全てが解決したわけではなく、新たな分野の兵器ということで扱いに困っているそうだ。
「撃沈されれば即座にG弾と化す危険過ぎる代物だ、帝国軍が大規模な作戦にこの艦を投入するかどうかは分からんがな」
後退を続けるアジア戦線への特効薬として派遣することが帝国軍では議論されているが、現状では運用に必要なG元素を米国からの提供に頼らざるを得ないという点から却下されている。
「単艦でハイヴに存在するBETAを撃破可能なんでしたっけ、恐ろしい話ですね」
「理論上はな」
試作艦は予定通り高度を上げ始め、衛星軌道を目指す。今回の目的は宇宙港とのドッキングであり、補助推進器を使用しない単艦での大気圏突破が必要だ。
『上昇速度は規定値通り、ラザフォード場も問題なく船に追従している』
「船への負荷はどうか」
『加速による負荷も無し、嫌になるくらい順調!』
試作艦はぐんぐんと高度を上げ続け、数十秒で人の目では見えなくなりつつあった。管制室の人々は予定通りのルートで上昇する船を満足そうに見届け、外の作業員達やMMUは次世代の技術を目の当たりにして騒いでいた。
「年甲斐もなくはしゃいじゃってまあ…」
「我々も最初に見た時は同じ反応だったじゃあないですか、達観したような目で見るのは良くないですよ」
大気圏を突破するのに時間はかからず、目的の宇宙港は目前だ。補給を待つHSSTや巡洋艦、戦艦といった宇宙艦隊はその巨艦に目を丸くし、誰もが信じられないといった態度を隠せなかった。
『相対速度調整完了、続いてドッキングに移行する』
「あかつきの様子はどうだ?」
『秋津島の社員ですら信じられないって顔してやがる、そりゃそうだ』
重巡洋艦クラスの艦艇が自力で重力を振り切って現れたのだ、既存の物理法則を元に考えれば不可能なのは間違いない。だが目の前に浮かぶ船は、重力という存在を味方につけた常識はずれの代物だったのだ。
「…社長が躍起になるわけだ、G元素の安定供給が可能になれば世界が変わるぞ」
「効率的かつ大規模な物資輸送が可能になりますね、軌道エレベーター構想にも応用出来そうです」
「だなぁ、それに遠心力に頼らない真の人工重力も発生させられる」
皆が話すのは兵器としての利用方法ではなく、あくまで民間企業としての平和的な技術の使い方だった。ここに居る彼らが戦後をいち早く迎え、我こそは宇宙を我が物にすると決めた強欲かつ真っ直ぐな人材だからそう考えるのだろう。
「この加速力ならスイングバイも目じゃありませんね、ラザフォード場の対デブリ性能もあって長距離航行時の速度は考えられないほど早くなる筈です」
「ラザフォード場が有れば地球のデブリ問題も一気に解決ですね、デブリの予想到達地点にML機関を置いておけば一網打尽ですよ」
惑星の開拓にも大いに役立つだろう、宇宙での資源採掘にも有用だ。社長が戦後のためにラグランジュポイントで移民船の試作を続けていると言うが、G元素があれば従来の宇宙船など塵芥同然だ。ML機関搭載船の建造能力を持つものが戦後の宇宙開発を制する、それを分かって研究を進めているのだろう。
「…ML機関を今手に入れておけば未来で大き過ぎるアドバンテージになるわけか、地上で船を作ると言われた時はどうしたのかと思ったが」
「やっぱり社長さんは勢いで生きているように見えて、重要なポイントはどれも抑えてきましたからね。流石は魑魅魍魎が集ったと言われる戦後の宇宙開発競争を生き抜いた方ですよ」
管制官の一人がそう言うと、殆どの社員達が強く頷いた。しかしごく一部の者達は本当の社長を知るあまり、勢いで生きてるぞと心の中で突っ込みを入れた。
「そう言えば先日打ち上げた宇宙用戦術機の強化パッケージ、評判は…」
一人が話していた途中で警報が鳴り響き、誰もがディスプレイを凝視した。それには監視衛星がBETAの着陸ユニットを捉えたと表示され、捕獲作戦の即時決行が事前の取り決め通りに行われた。
「遂に来たか、G元素の塊」
「現時刻を持って秋津島開発の打ち上げラインは全て変更、指定された物資を最優先!」
「地上で打ち上げ待ちだった奴の予定を繰り上げろ、演習通りにやればいい!」
秋津島開発の夢と人類の勝利を賭けた一大作戦、国連宇宙軍をも抱き込んだ落着ユニットの捕獲作戦は突如始まったのだった。