秋月連也武芸帖   作:阿修羅丸

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旧校舎のディアボロス編
01:契約


【1】

 

 リアス・グレモリーがまだ二年生だった頃の、二学期のある日のことである。一日の授業が終わり、眷属の拠点たる旧校舎へ向かうべく廊下を歩いていると、一年生と思わしき一人の男子生徒と鉢合わせた。

 するとその男子はリアスを険しい目で睨み、彼女を避けたのである。端から見れば上級生に気付いて道を譲ったように見えただろうが、リアスの目には明らかにこちらを警戒しているように見えた。

 通り過ぎるリアスの背後で、二人の女子生徒の声がした。

 

「アキヅキくん、一緒に帰ろー?」

「あの能書きがやたら長いメニューのデザート屋さん行こうよー」

「山形県天童市の菅原さんが愛情たっぷりの放し飼いのニワトリの糞を使った有機栽培で育てた完熟さくらんぼをふんだんに使った星空の下での初キスの味チェリーパイ580円そして幸せが訪れる……とか」

「岩手県盛岡市の吉村さんの牧場の太陽をいっぱいに浴びた牧草をたっぷり食べて育ったジャージー牛のミルクで作った甘くてほろ苦い青春のひとかけらクレーム・ブリュレ580円そして幸せが訪れる……とかぁ」

「図書委員の仕事があるからダーメ。てか君らよく覚えてんね、そんな長い能書き……」

「そーお? じゃあまた今度行こうねー」

「バイバーイ」

 

 そんな会話を、リアスは廊下の先の曲がり角に隠れて、悪魔の聴力で聞いていた。

 旧校舎の理事長室を改装した、オカルト研究部部室に着くと、まずはいつものようにシャワーを浴びる。

 汗ばんだ胸の下に温かい水流を当てて汗を洗い流している間、リアスは先程の女子たちが言っていた能書きがやたら長いメニューのデザート屋さんと、それ以上に奇妙な少年の事が気になった。

 

(何だったのかしら、あの子……)

 

 丸っこい目と小さめの鼻や口は、どことなく犬を思わせる穏和な顔つきである。しかし見覚えのない顔だ。あのような眼差しを向けられる覚えはない。

 

(もしかして、私が悪魔であることに気付いた……?)

 

 それならば納得だが、今度はいつ、どこで、どうやってそれを見抜いたかという新たな疑問が生まれる。

 駒王学園は今年度に入ってから共学化したばかりで、男子生徒の数は少ない。女子たちが言っていたアキヅキとは彼の名字で、恐らく『秋月』と書くのだろう。何にせよ、特定は容易いはずだ。

 入浴を終えると、姫島朱乃が用意してくれたタオルで身体を拭く。特に胸の下を念入りに拭きながら、明日辺りにでもあの少年の事を調べてみようかと考えたが、その必要は今夜のうちになくなることとなった──。

 

 

 その夜は眷属全員(一名除く)で、はぐれ悪魔の捜索に出た。

 全身を分厚い装甲のような外皮で覆った、サイ種獣人族出身の転生悪魔ライマンである。埋め込まれた悪魔の駒(イーヴィル・ピース)戦車(ルーク)。駒の恩恵により、ただでさえ高い防御力が更に鉄壁となっている。加えてライマンは人間とのハーフだったため、神器(セイクリッド・ギア)も有している。

 

閃熱の魔眼(ブラッディ・レイ)

 真紅の超高熱レーザーを照射する、眼帯型の神器(セイクリッド・ギア)である。

 

 単独行動は危険だ。リアスは騎士(ナイト)の木場祐斗と組んで、駒王町を南北に突っ切るように流れる盤内(ばんだい)川の東側を、朱乃が塔城小猫と一緒に西側を捜索することとなった。

 

「この前言っていた悪魔ハンターさんと出会した場合は、どうなさいます?」

 

 散開前に、朱乃が尋ねた。

 一年ほど前から、町内に逃げ込んだはずのはぐれ悪魔がそのまま消息を絶つというケースが確認されている。ほんの四件だけだが、人間よりも強靭な生命力と様々な能力を持つ悪魔が、事故や病気で人知れず死ぬとは考えられない。自分たちとは別に、はぐれ悪魔を狩る者がいるのではないか……グレモリー眷属はそう考えていた。

 

「ケース・バイ・ケースだけど、どんな相手であれ交戦は避けてちょうだい」

 

 リアスはそう指示した。

 天使や堕天使、或いはそれ等の勢力に属する者ではあるまい。一年前から敵の陣地に潜入していながら、わざわざこちらの業務を代行するとは考えられない。

 恐らく、戦闘向きの神器(セイクリッド・ギア)を覚醒させた民間人が腕試しをやっているのだろう。その能力次第では、眷属として迎え入れたい。

 リアスはそう考えていた。

 

【2】

 

 捜索と言っても闇雲に歩き回る訳ではない。事前に潜伏先と思われる場所をピックアップしており、それ等を見て回るのだ。ライマンは身長が四メートルにも届く巨体を誇るので、隠れられる場所も限られてくるはずだ。

 最初に向かったのがスクラップ置き場だ。廃車となったバスもそこに捨てられてある。しかし、そこは空振りに終わった。

 次の候補地は、大きな雑木林のある公園だった。昼間は人通りもあるので潜伏先としては考えにくいが、隠れられない事もない。

 そこへ向かう途中、リアスは不意に足を止めた。

 前方のT字路を横切る人影が、一つ。駒王学園高等部のジャージを着て、深夜のウォーキングといった風である。その横顔は、放課後の廊下ですれ違ったあの少年であった。

 

「お知り合いですか?」

「違うわ、全然知らない子……あなたたちには明日にでも話すつもりだったけれど、今日の放課後、あの子と廊下で出会したのよ。そうしたらあの子、私を明らかに警戒したの。それでちょっと気になってね」

「部長が悪魔だと見抜いたかも知れない、ということですか?」

「他にそんな態度を取られる理由は、私には思い付かないわね」

 

 幸い向かう方角が同じなのもあって、二人は少年を尾行する事にした。

 もしやあの少年こそ、この町に潜む悪魔ハンターではないか……そんな疑念が頭をもたげたのもある。

 しかし夜空に浮かぶ満月を見上げながら『おぼろ月夜』を口ずさむ様を見てると、その疑念は早くも萎んでいった。

 少年は公園にまで到着すると、そこで一旦足を止めた。回り道するかこの公園を突っ切るか、そんな事でも考えていたのだろうか。しかし黙考も束の間、スタスタと公園に入っていく。

 リアスと祐斗も続いた。

 公園内の雑木林には、石畳の遊歩道も設置されてあり、外灯で煌々と明るく照らされている。

 しかし、静か過ぎた。秋の夜特有の虫の声が、全くしない。

 二人はその異変に気付いたが、前方を行く少年はそうでもないようで、のんびりした足取りに変化はない。

 はぐれ悪魔の捜索は当たりを引いたようだが、あの少年の方は外れのようだ。彼がこのまま無事に公園から出るのを見届けてから、敷地内を捜索しよう。

 そんな風に考えていた二人の傍らで、雑木林が動いた。

 否、高さ四メートルにも達する巨大な陽炎が、意思あるもののように動いたのだ。地面から十センチほどの高さに浮いて、スーッと宙を滑るように二人の背後へと回り込む。

 瞬間、二人は突き刺さるような殺気を背中に感じて、その場から跳び退いた。一瞬遅れて、二人が立っていた場所に見えない岩のような物が叩き付けられた。

 二人の目の前で、陽炎が消えていく。

 現れたのは、鎧めいて分厚い外皮に覆われた、巨大な拳だった。

 そこに居たのは、巨大なサイだった。

 ただし、二本足で立っている。

 分厚い外皮に覆われた巨体に、鼻先から伸びる長い角。

 まさにサイだ。

 しかし二本足で立っている。

 その立ち方も、人間のそれと同じ立ち方だった。

 

 ──チッ!

 

 そんな舌打ちが、サイの口元から聞こえてきた。

 

「思ったより勘がいいじゃねえか」

 

 サイは、そう言った。

 

「はぐれ悪魔ライマンね」

 

 リアスが問い掛ける。

 同時に、感心もしていた。

 恐らくは魔力で、光を屈折させる力場のようなものを造り上げ、身を包んでいたのだろう。いわゆる光学迷彩だ。そうやって雑木林の中に擬態して隠れていたのだ。

 そのアイデアと、まさかこんな所に……という心理的盲点を突いて、昼間は人通りもあるこの場所を敢えて隠れ家に選んだ度胸、そして実際に今の今までバレずに隠れ通したその忍耐力に、感心していた。

 

「グレモリー公爵家の名において、あなたの討伐に来たわ。おとなしく投降すれば、悪いようにはしないわよ」

「悪魔の言うことなんぞ、誰が信じるかよ。景気の良い話に釣られて転生してみりゃ、奴隷とほとんど変わらねえ待遇だ。逃げ出したら逃げ出したで、故郷(くに)はとっくの昔に滅ぼされちまって帰る場所もねえ……悪いようにはしねえってんなら、俺の家族を、故郷を、人生を返せってんだ!」

 

 ライマンは叫び、巨岩めいた剛拳を振り回す。

 リアスと祐斗はその暴風のような攻撃をかわしつつ、ライマンの目元に注目した。

 彼が所有しているはずの神器(セイクリッド・ギア)はまだ顕現していない。

 能力を使われる前に仕留めんと、祐斗は駆け出した。一瞬のうちにライマンの懐に飛び込む。その時既に、空だったその手中には一振りの長剣があった。彼が持つ神器(セイクリッド・ギア)魔剣創造(ソード・バース)》によって創造された魔剣である。

 狙うは胸元の外皮の隙間。そこから心臓を貫き通さんと剣を繰り出すが、切っ先が巨体に届く前に、一条の赤い閃光に太股を射抜かれて、祐斗はその場にぶっ倒れた。

 ライマンの目元に、眼帯は依然現れていない。

 ただ、黒い左目と違って右目のみが、血のような赤色に輝いている。

 

「まさか、《閃熱の魔眼(ブラッディ・レイ)》……?」

「よく知ってるな」

 

 リアスの呟きに、ライマンはニタリと笑った。

 

神器(セイクリッド・ギア)には亜種も存在するんだったよな? 俺の《閃熱の魔眼(ブラッディ・レイ)》もそうだったらしくてな。ガキの頃に仲間と喧嘩して角で右目を抉られた時に、義眼として顕現したのさ」

 

 ライマンは足下に倒れた祐斗に視線を下ろすと、赤い右目から閃光を二発放ち、彼の両肩を撃ち抜く。

 

「さぁーて、続きと行こうかお嬢ちゃんよ」

 

 そしてレーザーで撃ち抜かれた痛みで気を失った祐斗の頭を掴んで持ち上げ、自分の正面に盾のように掲げた。

 リアスは、動けなかった。

 自分の滅びの魔力なら、いかに強固な外皮で守られていようと関係なく消滅させられる。しかし祐斗を盾にされては、それも出来なかった。しかも今の彼は盾であり、人質でもあった。ライマンの怪力を以てすれば、その頭を握り潰すなど容易い事だ。

 何とか祐斗を助け出さなくては……歯噛みしつつ思案するリアスの横から、呑気な声が聞こえてきた。

 

「あのー、そいつ、うちの学校の生徒なんですよ。今夜のところは見逃してもらえませんか?」

 

 先程まで尾行していた、あのアキヅキという少年だった。戦闘の物音を聞き付けて戻って来たらしい。

 巨大な怪物を前にしても全く物怖じしない態度に、ライマンは目をしばたたかせた。

 

「……失せな坊や、お前に用はねえ。だから殺してないだけであって、殺したくない訳でも殺せない訳でもねえんだぜ」

「まぁそう硬いこと言わずに……もう勝負はついたようなもんじゃないですか」

 

 ライマンは努めて声に凄味を加えて恫喝するが、少年はどこ吹く風だ。

 

(何なんだ、このガキは……)

 

 普通なら、ホラー映画よろしく悲鳴を上げて逃げ出すはずだ。なのに全くこちらを恐れていない。かと言って威圧的な態度に出る訳でもなく、媚びへつらい、おもねる訳でもない。

 何というか、物凄く普通だ。

 だからこそ、かえって不気味だった。

 

(──殺しとこう)

 

 そう決めると、真っ赤に輝く右目から閃光が走る。

 赤い閃光は、しかし少年の前でバッと弾けて散った。

 直後、少年の背後の雑木林の木が二本、レーザーによって幹に穴を穿たれた。

 

「へっ?」

「なにっ!?」

 

 リアスは間の抜けた声を、ライマンは狼狽の声を漏らす。

 少年は眼前に、一振りの木刀を真っ直ぐ立てていたのだ。

 その木刀でレーザーが切り裂かれ、左右に軌道を逸らされて、背後の木に当たったのだ。

 先程まで、彼は確かに素手だったはず……いったいどこに、全長一メートルはあるこんな木刀を隠していたのか……。

 否。

 そもそも、何故木刀でレーザーを切り裂けるのか?

 

「ちいっ!」

 

 ライマンは二度三度と立て続けに魔眼からレーザーを照射する。

 だがそのことごとくが、木刀で防がれた。狙いを付けた箇所にレーザーを発射した瞬間には、既にその軌道を木刀が遮っているのだ。

 そして、どう見てもただの木刀でしかないのに、レーザーに撃ち抜かれる事なく受け止めている。

 挙げ句、額を狙った四発目のレーザーは、()()()()()()()()()()()()()()()()()、ライマンの右目に命中した。

 

「ぐあっ!」

 

 苦悶の声を上げるライマンの懐に、少年はいつの間にか潜り込んでいた。

 ライマンは咄嗟に、祐斗を盾にする。

 構わず霞の構えから繰り出された一突きが、祐斗の身体を貫いた。

 

 ズドンッ!

 

 砲弾の炸裂にも似た轟音と共に、ライマンは数メートル後方へと吹っ飛ばされる。

 祐斗の身体は木刀で串刺しにされたままだった。

 少年が木刀を引き抜き、倒れる祐斗を受け止めて優しく地面に寝かせてやる。

 駆け寄ったリアスは、我が目を疑った。

 祐斗の身体には、木刀で貫かれた痕が全くなかったのだ。そしてライマンの魔眼レーザーで撃ち抜かれた傷も、半ば以上塞がっていた。

 

「ふざけやがって……!」

 

 右目から煙を噴き上げながら、ライマンが立ち上がる。打ち返されたレーザーの直撃を受けて、《閃熱の魔眼(ブラッディ・レイ)》は機能を停止している。何日かの間は使用不能だろう。

 だが、自分にはまだ武器がある。この巨体と、そこから繰り出される剛力だ。

 ライマンは少年目掛けて突進した。

 丸太よりも太い右腕で破城槌めいたストレートパンチを放つ。

 少年は迫る巨拳を木刀で受け流した。

 軌道を逸らされて伸びきった右腕が、突然ダラリと垂れ下がった。

 ライマンが動かそうと力を込めても、ぴくりとも動かない。腕は確かに繋がっているのに、まるで消えてなくなってしまったかのように動かせなくなっていた。

 そこへ少年の横殴りの木刀が、膝を打った。

 途端にライマンの身体は、重さなどなくしたかのようにクルッと宙で回転し、うつぶせになって地面に落ちる。

 

「まだやりますか」

 

 木刀を八双に構え直し、距離を取りつつ、少年は尋ねる。

 

「……いや、もうやめとこう」

 

 ライマンは顔を伏せて、答えた。

 答えながら、左腕と両足にありったけの力を込める。

 

「テメーを串刺しにしてなぁ!」

 

 そしてたわめた力を一気に解放し、少年目掛けてロケットめいて突っ込む。頭から──否、鼻先の長大な角から!

 

「エヤアッ!」

 

 鋭い声が響いた。

 白光が走った。

 少年の打ち下ろした木刀がライマンの角とぶつかり合い、そして突進の勢いそのままに、幹竹割りに斬割した。

 左右に斬り分けられたライマンの身体が、黒い塵となって消滅した。

 少年は左手で木刀の刀身を拭うと、切っ先を左掌に当ててグッと押し込む。すると、木刀は左手を貫くでもなくスルスルと掌の中に消えていった。

 少年はライマンが居た辺りに向けて、そのまま手を合わせ、口の中で小さく念仏を唱えた。

 

【3】

 

 翌日の放課後。

 リアスは部室で、少年と向かい合って座っていた。

 少年は朱乃が用意してくれた紅茶や茶菓子を味わって、よほど美味しかったのか目を丸くしている。

 そんな様子を見ていると、昨夜のあの戦いは夢か何かだったのではないかとさえ思えてきた。

 

 高等部一年D組、秋月(あきづき)連也(れんや)

 

 昨夜少年は、リアスの自己紹介をしてからの誰何(すいか)にそう答えた。そして『事情を説明したいので明日の放課後に旧校舎に来てほしい』という要望にも、あっさり応じたのである。

 彼の経歴は眷属のギャスパー・ヴラディに調べさせて、プリントアウトされた調査結果は昼休みの内に目を通してある。

 

『愛と奇跡の子』

 

 この秋月連也なる少年は、かつてそのように呼ばれていたのだ。

 二年前、雪山登山をしていた父子が、雪崩に巻き込まれてしまった。懸命な捜索も空しく二ヶ月が過ぎ、親族でさえもはや生還を諦め始めた頃、父子は発見された。

 父親は衰弱が激しかったが、強く抱き締められた十四歳の息子の方はいたって健康であり、発見時には穏やかな寝息すら立てていた。

 そして父子の足下には、まだ時期ではないというのに花が咲いていたという。

 父親の愛に守られた奇跡の子供として、秋月連也は暫しの間マスコミを賑わせていたのだ。

 ──だが、しかし。

 今テーブルを挟んで向かい合うこの少年からは、そんな雰囲気は微塵も感じられなかった。

 ライマンを苦もなく捻り、消滅させた異能の剣士でもあるとわかっていても、あまりにも普通な佇まいに、何だか気が抜けてしまう。

 

「……とりあえず、まずは改めてお礼を言わせてもらうわ。祐斗を助けてくれて本当にありがとう、秋月くん」

「気にしないでください。アイツが怪我したのは、半分は俺のせいだし」

「どういうこと?」

「先輩たちが後をつけて来るもんだから、公園に隠れてたあのでかいのと鉢合わせてその隙に穏便に逃げるつもりだったんです。まさか敵同士とは思いませんでした」

「……気付いてたの?」

「そりゃあ、先輩たちの気配は独特ですから」

「つまり、私たちが人間でないという事にも、気付いてたの?」

「はい。一学期の時にたまたま遠くから見物してた時に」

「見物って……動物園のパンダじゃないんだから……」

 

 リアスは苦笑した。自分は外国人留学生という設定なので、確かに珍しいと言えば珍しいのだろうが……。

 紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着けると、リアスは自分たちの事情を説明する。

 

「──昨夜のあの怪物も、そのはぐれ悪魔の一人だったの。悪魔の世界における犯罪者といったところね。だから、それを退治したからといってあなたが責められるような事は全くないから、そこは安心してちょうだい」

「じゃあなんで、昨夜(ゆうべ)後をつけてたんです?」

「だって、廊下ですれ違っただけで知らない男の子に警戒されたら、気になっちゃうでしょう? ライマンの捜索中に潜伏先の候補地にあなたが向かっていたから、余計に心配になって……」

「ああいう手合いをかれこれ四匹くらい倒しちゃったから、俺の方こそ先輩に警戒されてんじゃないかって思ってましたよ」

「お互いがお互いを誤解していたってところかしらね」

 

 何とも締まらないオチだ。リアスはまたもや苦笑してしまう。

 

「ところで、今度はあなたの事を聞かせてもらえないかしら? ライマンを倒したあの力は、いったい何? 神器(セイクリッド・ギア)ではないようだけれど……」

「せーくりっどぎゃー?」

 

 秋月連也は間の抜けた声で返した。どうやら神器(セイクリッド・ギア)そのものについても知らないようだ。リアスが説明すると、

 

「ああ、だったら違います。あの木刀は『飛龍』といって、ただの木刀です。先祖伝来の逸品だけど、ただの木刀ですよ」

「それなら尚更知りたいわね。そのただの木刀で、どうしてあんな事が出来たのか」

「そういう修行をしてきましたので」

「修行? つまり訓練によって得た力ということ?」

「はい」

 

 うなずくと、秋月連也は己れの振るう力について説明した。

 曰く、生物に宿る“気”は極限まで高める事で、物理法則すら超越した霊的エネルギーへと相転移する。これを“念”と呼び、その“念”を“武道”に応用した技術を“念道”と呼ぶ。

 話を聞きながら、リアスはこの秋月連也という少年に魅力を感じ始めていた──戦力という意味でだが。

 昨夜見せた、物理の法則を無視したような技の数々のみならず、尾行していた自分たちや公園に隠れ潜んでいたライマンの気配さえ察知し、両者を鉢合わせさせてその隙に逃げようとするなど、頭も回る。眷属に加えれば、きっと心強いだろう。

 

「ねぇ秋月くん。あなた、私の眷属にならない?」

「嫌です」

 

 即答された。一瞬我が耳を疑うくらい迷いのない即答で、断られた。

 

「念道は人間が生み出した人間の技です。俺は人間のままで、念道を極めたいんです」

「……そ、そう……?」

 

 取り付く島もないとはこの事か……しかし、そう言われて『アッハイ、ソーデスネ』と引き下がる気もない。手離すには惜しい人材だ。

 

「じゃあ眷属の件とは別に、うちに入部してもらえないかしら? はぐれ悪魔の討伐に協力してくれるだけでも、とても助かるわ。あなたにとっても、何かしら経験として役に立つ事だと思うのだけど……」

「うーん……入部かぁ……悪魔の部活に入部……」

 

 考え込む連也だが、あまり乗り気ではなさそうだ。なるほど、悪魔の集まりの中で自分一人だけが人間、というのは居心地が悪いだろう。そう察したリアスはまた別の案を出した。

 

「まぁあなたにもあなたの都合があるでしょうしね。それじゃあグレモリー眷属の協力者として、あなたを雇用するというのはどうかしら? お仕事は今言ったはぐれ悪魔の討伐にのみ協力する事。報酬は一件につき一万円と……あとは、私が食事に連れていってあげるわ。焼き肉とかステーキとか」

「不束者ですがよろしくお願いします!」

 

 力強く答え、連也はリアスの手を取って一方的に熱い握手を交わした。

 

「あ、ありがとう……」

 

 男の子なら肉料理とか好きだろうとフッと思い付いて言った言葉が、少年の心に福音めいて響いたようだ。変わり身の早さに戸惑いつつも、貴重な人材を確保出来て一安心するリアスであった。

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