秋月連也武芸帖   作:阿修羅丸

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10:決戦

【1】

 

『リアス・グレモリー様の女王(クイーン)、リタイア』

 

 ユーグリットのアナウンスを聞き、リアスは部室で唇を強く引き結び、喚き散らしたくなるのをこらえた。

 今は、この後のことを考えなくてはならない。

 自分がユーベルーナの相手をしているうちに、他の者たちをライザーにぶつけるか。はたまたユーベルーナは無視して自分とアーシアも前線に出て、ライザー一人に総攻撃を掛けるか。いずれにせよ、ライザーの側には二名の僧侶(ビショップ)が無傷で控えており、内一名はライザー同様の不死性を有するレイヴェルだ。

 リアスは暫し黙考すると、部室を出て二階へと上った。二階にはまるで道を塞ぐように『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープが張り渡されている。リアスはそれを乱暴に引き剥がし、奥の一室へと入っていった。

 教室を改装したその部屋にはパソコンやモニター、無線機やゲーム機などが所狭しと並んでいる。

 リアスはその部屋の窓を大きく開け放つと、室内中央にある一人用ソファに深々と腰を下ろした。

 ほぼ同じタイミングで、ユーベルーナが背中からコウモリの翼を広げて、姿を見せる。リアスはおもむろに足さえ組んで見せて、余裕の表情だ。

 

「朱乃を倒したのは見事だったわね。さすが、ライザーの一番のお気に入りだけはあるわ」

「それはどうも」

「遠慮せずお入りなさいな。大将首、差し上げても良くってよ? あなたの実力次第だけれど」

「それじゃ、お邪魔させてもらおうかしら」

 

 ユーベルーナはそう言ってあっさりと入ってきた。

 リアスの魂胆は読める。自分は爆裂系の攻撃を得意とし、『爆弾女王(ボム・クイーン)』と渾名されるほどだ。しかし狭い場所では自身へのダメージを恐れて、それは使わないと判断したのだろう。

 

(おあいにく様)

 

 心の中でほくそ笑む。自分には眷属同士での日頃の鍛練の中で鍛えた杖術がある。女王(クイーン)の駒による強化もある。

 加えて、リアスは、最悪(キング)同士の一騎討ちも想定し、ここで全力を出す訳にはいかない。しかし自分は逆で、存分に力を発揮し、何なら彼女を道連れに自爆という選択肢だってある。

 いろんな意味で、有利なのはこちらの方だ。そんな余裕が、ユーベルーナの豊かな胸の内を占めていた。

 リアスはテーブルを挟んで向かい合うユーベルーナを見上げつつ、襟のリボンを外して、制服のジッパーを下ろし、胸元をはだけさせた。そして露になった深い谷間に、たおやかな右手を差し込むと、小さなスイッチを一つ取り出た。

 赤と青の二つのボタンがあり、そのうちの赤い方を押す。

 すると窓が自動的に閉まり、雨戸が下りる。

 次いで青いボタンを押すと、天井のシャンデリアが強い光を発した。その光が左右の壁、リアスの背後のドア、ユーベルーナの背後の窓に、魔術的な紋様を浮かび上がらせる。シャンデリアは照明器具に偽装したプロジェクターで、投影されたのは悪魔を閉じ込める、悪魔封じの結界を構成する呪文である。

 しかしユーベルーナは落ち着いていた。悪魔がこの結界内から出ることは出来ない。自分も、そしてリアスもだ。ここで自分が彼女を仕留めれば、主君ライザーの勝利となる。やるべき事は何も変わらないのだ。

 杖を構えるユーベルーナの前で、リアスは落ち着いた動作で、再度自身の胸の谷間に手を入れた。次に取り出したのは、今では珍しいストレートタイプの携帯電話。

 ユーベルーナの杖が閃き、その携帯電話を叩き落とした。更に念入りに、床に落ちたそれを踏みつけ、破壊する。この携帯電話で眷属に合図を送り、自分だけをこの部屋から脱出させる何らかの手段を実行させるつもりだったのだろう──。

 

「あら、ありがとう。()()()()が省けたわ」

 

 それを阻止されたにも関わらず、リアスは涼しい顔で言った。

 

「──切る?」

「ええ。それ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 答えるリアスの足下に召喚魔法陣が浮かび上がり、光を放つ。そして彼女は、ユーベルーナに手を振りながら光の中に消えていった。

 

「それじゃあ、ごゆっくり」

 

 と言い残して。

 次の瞬間、リアスは最上階に控えるアーシアの元に転移していた。

 

「部長、ご無事だったんですね!」

 

 アーシアは安堵の声を漏らした。「通話が切れたらチラシを使って召喚して」と召喚用のチラシ共々あらかじめ与えられていた、通話中のままの携帯電話から物凄い音がして通話が切れたので、心配だったのだ。

 リアスはそれには答えず、強引に彼女の細い腰に腕を回して抱き寄せると、窓を開けて飛び立った。

 

「ぶ、部長!?」

「そう簡単には出られないでしょうけど、かと言っていつまでも閉じ込めておけるものでもないわ。今のうちに敵陣に突入し、決着をつけます。飛ばすからしっかり掴まってなさい!」

「は、はい!」

 

 アーシアは答えて、両腕をリアスの腰に回してしがみつく。互いの体が密着して、上級生の豊満な胸に顔をうずめる形となってちょっぴりドキドキしたのは内緒だ。

 リアスは背中から広げた黒翼を羽ばたかせて、森の上空を突っ切り、新校舎へと飛んでいく。眼下では木場祐斗、兵藤一誠、そして秋月連也の三人が、やはり新校舎目指して走っていた。

 

 ドォォンッ……!

 

 不意に背後から、爆音が響いた。

 見れば火柱が上がり、旧校舎が吹っ飛んで──否、消し飛んでいた。ここはレーティングゲーム用の疑似空間であり、あの旧校舎も魔力で創造した偽物。ルールの面でも、無くなったところで何の影響もないが、建物一つを丸ごと消し去るとは……火柱の中から姿を現したユーベルーナのその魔力に、リアスは脅威を感じた。

 ユーベルーナは遠くに見えるリアスに向けて、杖をかざす。その先端に充填された魔力の光球が、小型の太陽めいて獰猛に輝いていく。

 

「落ちなさいッ!」

 

 叫びと共に放たれた魔力球が、炎の緖を引きながらリアスに迫り──突如地上から巻き起こった一陣の風によって跳ね上げられた。狙いを外した魔力球はそのまま、リアスの更に上空で爆発して雲散霧消する。

 

「連也くん!?」

 

 リアスが見下ろせば、上空に向けて木刀を突き上げた姿勢の連也の姿。

 一瞬、彼と目が合った。

 

「ユーベルーナは任せたわ、連也くん!」

 

 リアスは大声でそう言うと、一誠と祐斗についてくるよう命令して、新校舎へと向かう。

 連也は木刀を小さく振って、承諾の意思を示すと、森を突っ切って飛んでくるユーベルーナを見据えた。

 ユーベルーナも、連也の頭上辺りにまで来ると、そこで静止して地上の少年を見下ろす。

 どことなく犬を思わせる、丸っこい顔立ちの少年だ。確かリアスの使い魔として登録されていた。駒の恩恵を受けてないからといって油断するなとライザーは試合前に言っていたが、今しがた必殺を期した攻撃を阻止されて、ユーベルーナは主君の言葉を改めて重く受け止めるべきだと感じた。

 

(ここで叩いておくべきね)

 

 旧校舎諸共に悪魔封じの結界を吹き飛ばしたものの、魔力にはまだまだ余裕がある。ユーベルーナは杖をサッと振るうと、そのワンアクションで、連也の周囲に大量の魔力球を発生させた。更にその外側に、箱状の光壁を魔力で構築する。朱乃を仕留めた手である。フィンガースナップを合図に、結界内で魔力球が一斉に爆発した。

 炎と煙が結界内に充満し、連也の姿を隠す。

 

「──?」

 

 ユーベルーナは訝しんだ。少年のリタイアを告げるアナウンスが発せられない。彼はまだ無事ということか……?

 

(嘘でしょう……土塊(つちくれ)の坊やが、あの爆発に耐えられるはずが……)

 

 そう思いながら、地上に張った結界をじっと見つめていると、その結界が内側から砕け散り、一筋の白光が飛んできた!

 咄嗟に身をひねり、直撃を避けたユーベルーナだったが、飛行のために広げていた翼に当たってしまう。

 

「──!?」

 

 直後、翼の感覚が消えた。同時に彼女の身体は重力に捕らえられ、地上へと落下していく。ユーベルーナは体を回転させてバランスを取り、着地した。

 着地と同時に、連也がいたであろう方向へと杖をかざし、魔力を変換した炎を噴射!

 火炎の伸びる先には確かに、あの少年の姿があった。しかし彼が木刀で空を薙ぐと、炎は見えない壁でも存在するかのように、少年を避けて散り散りになった。

 否、壁は実際に、そこにあった。連也の正面に、陽炎を思わせる揺らめきが壁となって確かに存在していた。

 念を込めた一振りで空間を歪め、飛び道具を逸らす盾としたのだ。

 ユーベルーナは先程の攻撃が何故少年を仕留められなかったか、理解した。あの陽炎のようなものを、自身の周囲三百六十度に渡って張り巡らせ、爆発から身を守るバリアとしたのだ。

 

「なかなかやるわね」

 

 簡素ながらも、称賛を口にした。

 自分の攻撃を防いだことだけではない。

 翼の感覚は依然として無く、飛行はおろか浮遊すら出来ない。地上からのあの白光の一撃で、飛行能力を司る翼が完全に機能不全に陥っている。地上戦を余儀なくされてしまった。そのことも含まれていた。

 

「いいわ、坊や……あなたの土俵で相手をしてあげましょう」

 

 ユーベルーナは半身になり、杖を構えた。

 

「お手柔らかに」

 

 連也は木刀を正眼に構える。

 父の形見でもある魂の木刀、聖剣『飛龍』は、彼の念を注ぎ込まれ、白炎を噴き上げていた。

 

【2】

 

 フェニックス眷属の拠点たる生徒会室がある棟を、リアスは上空から見下ろす。そこへ一誠と祐斗も地上から合流した。

 

「部長、準備完了です!」

 

 そういう一誠に、リアスは白いたおやかな手を伸ばした。一誠が《赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)》に覆われた左手でそれを握ると、

 

『Transfer!』

 

 詠唱と共に、事前に倍加して高めた力が、リアスの肉体に流れ込んだ。

 リアスが右手を天高く掲げると、掌中に滅びの魔力が充填され、巨大な赤黒い光球を形成する。

 リアスはそれを、眼下の校舎目掛けて投げつけた。鉄筋コンクリート製の校舎が、光球に触れるそばから分解され、消滅していく。魔力球が地面に到達して消える頃には、校舎の大半が刃物で切り取られたかのように綺麗に無くなっていた。

 

「すっげえ! さすが部長っス!」

 

 一誠はちゃっかり両手でリアスの左手を包み込むように握って、そのスベスベした感触を堪能しつつ称賛する。

 その両手を振りほどきつつも、リアスは眉根を寄せた。ライザーたちのリタイアが告げられないのだ。

 

「みんな、周りを警か──」

 

 警戒してと言う前に、アーシアが彼女と一誠を突き飛ばす。直後巨大な火の鳥が飛来して、彼女を直撃した。

 火達磨となったアーシアはそのまま地上へと落下していき、地面に激突する前に緑色の光の粒子となって消えていった。

 

『リアス・グレモリー様の僧侶(ビショップ)一名、リタイア』

 

 ユーグリット・ルキフグスの冷静なアナウンスが響いた。

 

「なかなか良い勘をしていたな」

 

 響く声に一同が振り向けば、先程消し飛ばした校舎と渡り廊下で繋がる別棟の屋上に、ライザー・フェニックスが立っていた。その両隣に、妹のレイヴェルと眷属の美南風(みはえ)が控えている。

 

「ライザー……どうして」

「どうして無事なのかって? この状況で俺がいつまでも拠点に引きこもるような間抜けとでも思っていたのか? 君が奇襲を掛けてくることを予測して、少し前から移動してたんだよ……なぁリアス」

 

 最後の呼び掛けは、小さな子供に言い聞かせるような、妙に優しい声色だった。

 

「今のが君の──いや、君たちの最大攻撃だった。それが不発に終わった以上、もはや結果は見えただろう? 君はよく戦った。何ら恥じることはない。これ以上眷属が犠牲になる前に、投了しろ」

「ふざけないで、まだこちらには」

「戦える駒は残ってる、か? だが、そこの坊やたちでは俺を倒すことは出来ない。君自身にもだ。それがわかってるから、上空から建物ごと消し飛ばす戦法を取ったのだろう? 君のことは好きだけどね、もう一度攻撃準備が整うまで待ってやるほど、俺は甘くはないよ」

「やってみなくてはわからないさ!」

 

 そう返したのは祐斗。両手に氷の魔剣を生成し、猛禽めいて飛翔して斬りかかる。

 

「やってみなきゃわからん時点で──」

 

 対するライザー、噴き上がる炎で右手を包み、炎の剣に変えた。その燃え盛る手刀の一振りで、祐斗の氷の魔剣は二本とも容易く溶断される!

 

(たか)が知れてるんだよぉ!」

 

 無防備になった祐斗の腹に、左掌打がめり込む。そこから烈風が噴出されて、少年の肉体を空高く打ち上げた。

 更にライザー、打ち上げた祐斗目掛けて右手をかざす。そこから巨大な火の鳥が舞い上がり、祐斗を直撃。爆発が起き、先のアーシア同様に火達磨となった祐斗は、光の粒子となって消えていった。

 

『リアス・グレモリー様の騎士(ナイト)一名、リタイア』

 

 ユーグリットのアナウンスが無情に響いた。

 

「そこのお前も焼却処分してやろうか?」

 

 ライザーはリアスの傍らに控える一誠に、冷徹な眼差しをやる。

 しかし、校庭から爆発音が複数響いてくると、そちらに目線をやった。

 

「君の使い魔もなかなか優秀だな、リアス。ただの土塊(つちくれ)がユーベルーナ相手にまだ粘ってるとは……だが、時間の問題だ。駒の恩恵すら得ていないのでは、ユーベルーナにその気が無くとも死んでしまうかも知れないぞ?」

「時間いっぱいまで逃げ回ったところで、やはり結果は見えていますわ。リアス様、ここは潔く敗北を受け入れた方が、グレモリー家の威厳を保てるのではありませんの?」

 

 レイヴェルも兄の後ろから降伏を促してくる。

 怒鳴りつけてやろうと口を開きかけたリアスの前に、一誠が進み出た。

 

「──部長。三十秒だけ、俺にください」

 

 そう言う彼の眼差しには、リアスが今まで見たことがない真剣さがあった。

 

「……わかったわ。存分に戦いなさい」

「あざっす!」

 

 一誠は威勢良く答え、屋上に降り立った。

 

「頼むぜ、赤い龍の帝王様!」

『前にも言ったが、サービスタイムは三十秒きっかりだ。それ以上は一ミリ秒も負からん。せいぜい使い潰すことだな』

「おう!」

 

 籠手に宿るドライグに答え、一誠は奇妙な構えを取った。

 両手は指先を曲げ、何かを鷲掴みするような形だ。

 左手を腰の横、右手は左上に真っ直ぐ伸ばす。

 ライザーは妹と眷属を後方に下がらせ、身構えた。

 一方のリアス、人間界のサブカルチャーにも触れてきたので、一誠の構えが特撮ヒーロー『覆面ヴァイパー』の変身ポーズだとわかった。しかし「真面目にやりなさい!」と叱ったりはしない。

 一誠の神器(セイクリッド・ギア)を初めて顕現させる際、リアスが『強い力を解放させるポーズを取ってみて』と指示すると、彼は漫画の必殺技を真似たのだ。ならばこれもまた、神器の更なる力を解き放つためのものに違いない……。

 リアスが見守る中、一誠は右手を左上から右上へと、ゆっくり回転させた。

 

「ヴァイパー……変っ身っ!」

 

 叫びながら、右手を腰に引き、入れ替わるように左手を右上に伸ばす。

 

Welsh Dragon Over Booster(ウェルシュ・ドラゴン・オーバーブースター)!』

 

【3】

 

 連也とユーベルーナは、得物を構えたまま、しばし睨み合っていた。お互い、打ち込む隙を探っている。

 連也はその睨み合いの中で少しずつ、さり気なく間合いを詰めていく。飛行能力を封じたとはいえ、相手には遠距離攻撃がある。こちらも念の光刃を飛ばすなどの飛び道具がないこともないが、念の消耗や彼女以外にも敵が残ってることを考えれば、接近して直接叩きたかった。

 こちらに向けて突きつけられたユーベルーナの杖の先端が、キラリと光った。

 直後、轟炎が噴き上がり連也を襲う!

 横に転がりかわす連也に、杖から放たれたソフトボールほどの大きさの火球が次々と撃ち込まれた。

 

「エェヤッ!」

 

 連也は木刀を振るい、太刀筋に沿って空間を歪ませて、火球を逸らす。狙いが外れて、火球は彼の周囲に着弾して爆発。炎と煙が視界を覆った。

 その煙幕を切り裂き、間合いを詰めたユーベルーナの杖一閃! 横殴りの打撃を、木刀で受け止めた連也はさすが!

 しかしてそのまま膠着状態とはならず、先程までの静かな睨み合いから一転、得物を用いての激烈なる打ち合いが始まった。相手の喉笛目掛けて噛み合う野獣のごとく、わずかな隙を縫って鋭い打撃を繰り出し合い、そして防ぎ合う。

 十数合に渡る打ち合いの末に、鍔迫り合いの状態となった。

 

「なかなかやるわね坊や……接近戦にも自信があったのだけど」

「ども、あざます」

「こうして見ると可愛いお顔ね……私の使い魔にならない? 毎日可愛がってあげるわよ?」

「謹んで辞退します」

「強がっても無駄よ。どの道勝負は見えているもの……あなたたちでは、ライザー様の不死は破れないわ」

「お言葉ですけど、死なないことと負けないことは別ですよ」

「……口の減らない坊やね」

 

 ユーベルーナの唇が、サディスティックに歪んだ。口の減らない坊やを屈服させたい欲望が、豊満な胸の内を熱く満たす。

 鍔迫り合いの形のまま、ユーベルーナは杖の先端から再度火球を複数生成して発射した。火球は一度四方八方に散ったあと、弧を描いて旋回して、連也に襲い掛かる。

 連也、やむを得ず後方に大きく飛び退いて、これを回避。

 それを追うように、ユーベルーナの杖から轟炎が放たれ、毒蛇めいて連也へと伸びた。

 連也は木刀を体の正面に立てて、これを受け止める。木刀は紅蓮の炎に焼かれることなく、逆に炎を吸収して、木製の刀身から白い光輝を放つ。

 

「エヤァッ!」

 

 気合と共に放たれる、念道剣『波濤返し』! 振り抜いた木刀から、吸収された炎と連也の念とが融合した白光がほとばしる!

 ユーベルーナ、すかさず魔力の障壁を作り、これを受け止めた。魔力と念、二つのエネルギーがぶつかり合い、烈光がユーベルーナの視界を覆った。

 魔力障壁がガラスめいて砕け散り──しかし連也の波濤返しを見事に防ぎきった。

 その時既に、連也は相手の懐に飛び込んでいた。

 咄嗟にユーベルーナは杖で鋭い突きを繰り出す。

 その一撃が木刀を霞に構える連也の胸を貫いた──否、すり抜けた!

 連也はその場に、片膝をついてしゃがみんでいた。最短・最小限の動きで回避していたのだ。ユーベルーナの突きは、残像をむなしく貫いていたのである。

 そして霞の構えから繰り出された木刀での一突きが、彼女の鳩尾に柄まで突き刺さった。

 しかし、背中を突き破るはずの刀身は、切っ先さえも覗かなかった。

 

「エェヤッ!」

 

 鋭い掛け声と共に、木刀から流し込まれた念がユーベルーナの体内で爆発した。

 

「はぁああんっ!」

 

 体内で荒れ狂う熱を孕んだ衝撃に、ユーベルーナは恍惚とした声を上げて、連也に覆い被さるようにして崩れ落ちる。

 その拍子に、少年の顔が豊満な胸にうずもれた。

 ユーベルーナの両腕が巻き付いて、連也を抱き締める。

 

「素敵よ、坊や……」

 

 そんな呟きを残して、ユーベルーナの肉体はその緑色の光の粒子となって、消えていった。

 

『ライザー・フェニックス様の女王(クイーン)、リタイア』

 

 ユーグリットのアナウンスが響く。

 連也は足下を見た。何か硬い物が地面に転がり落ちる音を聞いたのだ。

 音の正体は、赤いガラスの小瓶であった。

 

【4】

 

Welsh Dragon Over Booster(ウェルシュ・ドラゴン・オーバーブースター)!』

 

 籠手が詠唱と共に、(はげ)しい光を放った。その光は無数の鱗となり、重なり合って溶け合い、装甲を形成していく。

 光が収まった時、そこには緑色の宝玉を各部に埋め込んだ赤い全身鎧に覆われた一誠が立っていた。背中からは龍の尻尾が生え、さながら人型のドラゴンとでも形容すべき威容であった。

 

禁手化(バランス・ブレイク)か……」

 

 ライザーが吐き捨てるように呟く。見るのは初めてだが、この劇的な変化はそれ以外に考えられない。

 神器の能力を高めることで到達出来る領域。その力は世界の均衡を崩しかねないほど強力であるが故に、『禁手(バランス・ブレイカー)』と呼ばれる。この力の解放及びそれに伴う神器の変化を『禁手化(バランス・ブレイク)』と呼ぶ。

 全ての神器に眠る可能性ではあるが、簡単に到れるものではない。ましてや目の前の小僧は、事前調査によると神器を覚醒させてまだ一ヶ月程度しか経ってないはずだ……!

 

「行くぞこの野郎ぉぉおおおっ!」

 

 一誠が吼え、背中に備わる推進器から炎を噴き上げ、ミサイルめいてライザーに突撃する。

 ライザー、右手から火の鳥を放ち迎撃するも、炎は鎧によって防がれた。

 轟炎をくぐり抜け、一誠はライザーにタックル。両腕でガッチリとライザーの胴体を捕らえると、そのまま宙に躍り出た。

 飛翔する先には──何もない。学園の敷地とその外を隔てる壁があるのみ。

 これが一誠の狙いだった。フィールドの外に出れば撃破(テイク)扱いとなる。無理に倒す必要はない。

 ライザーは一誠の腕を振りほどこうともがくが、外れない。魔力で筋力を強化しても、一誠の腕を引き剥がすことが出来なかった。

 

『BoostBoostBoostBoostBoost!』

 

 倍加の詠唱が連続して響き、ライザーの耳を打つ。禁手化した《赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)》は、十秒ごとのタイムラグが取り払われて、連続倍加が可能となるのだ。

 ライザーを拘束したまま、一誠はフィールドの外へと飛び出した──りは、しなかった。

 フィールドの外縁部に、目視では捉えられないほど細い霞網か張られていた。しかしその細さに反して頑強で、一誠の突撃を受け止めて、破れる気配はない。

 

「残念だったな。俺とレイヴェル、美南風の三人分の魔力で補強してある。本物のミサイルでもなければまず破れんぜ」

 

 ライザーが笑った。

 

「な、なんでこんなのが……!」

「事前に張っておいたんだよ。お前たちが俺を倒せるとしたら、場外負けを狙うしかないだろう?」

「だったら!」

 

 一誠は方向転換して、別の場所から場外へ出ようとする。

 しかしライザー、突如として全身から炎を噴き上げた──否、自爆した。己の五体そのものを炎に変えて爆発させ、その圧力と衝撃で一誠の拘束を振りほどいたのだ。爆風で、一誠は無惨にも校庭の地面に叩きつけられた。

 

『ライザー・フェニックス様の女王(クイーン)、リタイア』

 

 爆発四散した肉体を再生させなから、ライザーはユーグリットのアナウンスを聞き、目を見開いた。あの木刀使いの少年がどれほどの実力者であれ、よもやユーベルーナが敗れるとは……。

 同時に、相手兵士(ポーン)のリタイアが告げられないことにも驚いていた。

 見下ろせば一誠は、鎧は消滅し、その下の制服もあちこち破れている。露出した肌には火傷の痕が痛々しく刻まれ、今のライザーの自爆の衝撃で内臓をやられたのか、口から血を吐いていた。

 

「う……ぐっ……まだまだ……!」

 

 しかし、生きていた。それどころか、立ち上がろうとしている。

 ドライグが言った『サービスタイム』とは、禁手を維持できる制限時間。その制限時間間際に、鎧は身を守るという本来の役割を果たして、一誠をこの場に繋ぎ止めていた。

 一誠はどうにかこうにか身を起こして立ち上がり──膝をついた。

 

「ド、ドライグ……もう一回だ……!」

『サービスタイムは三十秒と言ったはずだ。どうしてもと言うなら、あと二十四時間待つんだな』

「試合終わっちまうじゃねえか……!」

『こればっかりはどうにもならんな。恨むなら、己の弱さを恨め』

 

 ドライグの声色は冷たかった。彼にしてみれば、ここで一誠が本当に殺されてしまったとしても、全く困らない。また別の人間の元に転生するだけだ。

 

「なかなかタフだな」

 

 炎の翼を広げて、ライザーが校庭に舞い降りた。

 一誠は動けないまま、それでも尽きぬ闘志を込めた眼差しでライザーを見据えた。

 

「大したものだよ。神器に目覚めて一ヶ月かそこらで禁手(バランス・ブレイカー)に到るとはな……そこだけは褒めてやろう」

「な……なんで……俺のこと……」

「調べたに決まってるだろう、間抜け。俺が十日間の間、家に引きこもってゲームばっかりしてたとでも思ったか? リアスへの忠誠心か、それとも才能か……いずれにせよ、放っておくと何をしでかすかわからんからな。この場で華々しく散らせてやる!」

 

 ライザーは右手を頭上に掲げた。掌中からほとばしる炎が、火の鳥を形作る。

 

「終わりだ!」

 

 振り下ろした右手から、火の鳥が飛び立った。

 瞬間、一誠の背後から、白い光刃が飛んできた。

 それは一誠の体を──傷はおろか痛みさえ与えず──通り抜けて、火の鳥を切り裂き、雲散霧消させる。

 

 トントン。

 

 突然のことに呆然とする一誠の肩を、棒状の物が叩いた。思わず肩越しに振り向いた一誠が見たのは、こちらを見下ろす連也の顔。

 次いで木刀が彼の首筋を透過すると、一誠は目を閉じた。

 

「部長さん、パス」

 

 連也はそう言って、校舎の屋上に立つリアス目掛けて、一誠の体を木刀で突いた。無造作な軽い一突きにもかかわらず、一誠は体重などなくなったかのように宙高く飛び上がり、リアスの元へ飛んでいく。

 それを受け止めたリアスの両腕には風船を受け止めた程度の軽い手応えしかなかった。

 そして一誠は、穏やかな寝息を立てて、安らかな顔で眠っていた。火傷の痕も、大半が癒えていた。

 

「荒っぽい応急処置だな」

「あんまりアイツに力を割くわけにもいかないんで」

 

 ライザーの皮肉に、連也はそう答える。

 

「この前のもそうだったが、つくづく不思議な力だな……いや、技というべきか、『愛と奇跡の子』よ」

「…………」

「それにしてもわからんな。何故使い魔になった? 悪魔転生に忌避感を抱くのはわからんでもないが、仮契約なら期間が過ぎれば人間に戻れるし、契約期間中でも駒の恩恵は得られる」

「……俺は自分の力と技を、念道を高め、極めるために戦っています。この試合に参加したのも、そのためです。イーヴィル・ピースだかグリーンピースだか知らないが、あんな物は不純物どころか、俺の心に甘えを生む邪魔物でしかない」

「あくまでも人間のままで戦い、人間のままで強くなりたいということか……健気だな」

 

 ライザーは背中の炎の翼を大きく広げた。

 

「いいだろう、小僧。フェニックスの炎、その身に存分に味わわせてやる!」

よろしくお願いします(よっしゃす)

 

 連也は呑気に答えながら、木刀を正眼に構えた。

 

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