秋月連也武芸帖   作:阿修羅丸

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11:天熾鳳墜つ

【1】

 

 木場祐斗が目を覚ますと、自分を覗き込む金髪の少女の気遣わしげな顔が目に入った。顔には絆創膏、手や首筋には包帯。それらの陰から火傷の痕が覗いている。

 アーシア・アルジェントだ。

 ここはリタイアした選手が転送される医務室で、自分はベッドに寝かされて彼女の《聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)》で治療されたのだとわかった。

 

「ご気分はいかがですか?」

「ああ、何ともないよ。ありがとう」

 

 祐斗の返答にアーシアは胸を撫で下ろし、安堵の息をついた。そしてふらつく足取りで自分のベッドに戻る。ベッドに上がって横たわると、そのまま穏やかな寝息を立て始めた。

 

「さすがに疲れたみたいですね」

 

 隣のベッドにいた塔城小猫が、そう言った。

 彼女の向かいのベッドには、姫島朱乃。

 

「私たちだけじゃなく、フェニックス眷属の人たちの怪我も治してたそうですよ。あっちは割りと軽傷だったみたいですけど」

「まずは自分を大事にしろと医療班の方から叱られてましたわ」

 

 朱乃がそう付け加えて、苦笑する。

 さっきまで敵対していた者同士を一室に押し込めては諍いが生じる。そのため陣営ごとに個別に医務室が用意されている。アーシアは己も全身に大火傷を負った身でありながら、自身への治癒はそこそこに、フェニックス眷属の医務室を訪れて彼女たちの治療に協力していたのである。

 

「他のみんなは……?」

「まだ戦ってますわ」

 

 ほら、と朱乃が指し示した大型テレビモニターに、炎の翼を広げるライザー・フェニックスと、木刀を正眼に構えた秋月連也の姿が映し出されていた。

 

【2】

 

 ライザーは右手を頭上に高々と掲げ、左手は緩やかに下げていた。

 一見胴体がガラ空きのようにも見えるが……、

 

(どうしたもんかね)

 

 連也は攻めあぐねていた。上下に開かれた両腕が、まるで巨大な獣の(あぎと)に思えてくる。

 攻め込む隙というものを、少年は『圧』で認識している。相手がいかなる体勢であろうと、防御が固められた部分からは強い圧が感じられ、逆に防御の薄い部分には圧が感じられない。

 そして今のライザーからは、その圧のない部分が全く感じ取れなかった。敢えて隙を作り、そこに攻撃を呼び込むのではない。どのような攻撃であろうと迎え撃つことが出来るということだ。

 

「気をつけて連也くん! ライザーは炎と風で相手の攻撃を相殺する技があるわ! 祐斗もそれでやられたのよ!」

 

 足下に兵藤一誠を横たわらせたリアス・グレモリーの校舎の屋上からの言葉に、連也は納得した。恐らくはあの上下に広げた両手から炎や風を放ち、相手の放った攻撃を撃ち落とすのだろう。そしてダメ押しが、さっき見たあの火の鳥という訳だ。

 

「リアスの言う通りだ。生半可な攻撃は通用しないぜ……さぁどうする? 回れ右してお家に帰るか?」

 

 しかしライザーは手の内をバラされたにも関わらず、余裕の笑みを浮かべていた。

 連也は彼の挑発に、敢えて乗った。制限時間はまだまだ余裕がある。しかしこのまま相手の出方をうかがっていては、本当に丸一日睨み合っていたところで、何の進展もない。自分はこの男と戦うために、この試合に加わったのだ。

 父の形見にして代々の念道家の念が宿る魂の木刀、聖剣『飛龍』から、連也自身の念も受けて、白い光輝が火炎の如く迸る。連也がその輝く木刀を斜め十文字に振り抜くと、念が光刃となって飛んでいった。

 同時に連也、地を蹴って駆け出す。二つの光刃で相手の防御を崩し、こじ開けた隙を突いて、接近しての直接攻撃で仕留める算段だ。

 

「甘いなぁ!」

 

 ライザーの右手から炎が噴き上がり、巨大な刃と化す。そして二つの光刃をギリギリまで引きつけてから、まとめて一刀両断!

 次いで左手が翻り、既に間合いを詰めていた連也の腹目掛けて、烈風をまとった掌打が放たれる!

 これを連也、木刀で受け止めるが、爆発的な風圧が少年をサッカーボールのように軽々と吹き飛ばした。

 

「終わりだ!」

 

 ライザーの右手から、翼長三メートルを超える巨大な火の鳥が羽ばたいた。それは空中で身体を回転させてバランスを取った連也が着地する、まさにその瞬間に合わせて放たれた。

 

「ちょ、まっ……!」

 

 連也、咄嗟に火の鳥に向けて右手で木刀を掲げて防御体勢を取りつつも、何を思ったか左手をジャージのズボンのポケットに突っ込んだ。

 直後、火の鳥が少年を直撃し、大爆発が起きる。

 

「連也くん!」

 

 リアスが悲鳴にも似た声を上げる。

 だがライザーの顔に、勝利の喜びはなかった。リタイアを告げるアナウンスが、流れない。

 目の前で燃え盛る炎を見つめていると、その中に影があった。それが何やら棒状の物を振るうと、風が巻き起こり、炎を掻き消す。

 そこに立っていたのは、他でもない連也であった。ジャージの上やその下のシャツは炎で焼け落ちているが、引き締まった筋肉を包む肌にも、黒髪にも、焦げ目一つ付いてはいない。

 

「ほぉ……どんなイカサマだ?」

「人聞きの悪いこと言わんでくださいよ」

 

 連也は左手に持つ、赤いガラスの小瓶を掲げた。栓は抜かれて、足下に転がっている。

 

「えっ、どうして……!?」

「ユーベルーナから盗みましたわね!?」

 

 それを見た美南風(みはえ)が疑問の声を上げ、レイヴェル・フェニックスが非難の声を上げた。

 

「あのお姉さんが落としたのを拾っただけだよ!」

 

 盗人呼ばわりされて、思わず大声で弁解する連也。

 小瓶の中には『フェニックスの涙』と呼ばれる液体が入っていた。あらゆる負傷を瞬時に治すその液体は、フェニックス家が極秘の製造法によって生成するもの。レーティングゲームでも使用されており、今回も両陣営に一つずつ支給されていた。グレモリー眷属には白い小瓶、フェニックス眷属には赤い小瓶が。そしてこれだけは、所持しているプレイヤーがリタイアしてもフィールド内に留まる。テレビゲームで言うところのいわゆるドロップアイテム扱いなのだ。

 

「それでか……」

 

 ライザーは得心した。フェニックスの涙は言うまでもなく、使えば無くなる一度きりの回復アイテムだ。相手の持っているそれを手に入れることは、戦術的にも理に適っている。そうでなくとも、敵の残した武器や道具を回収して己の物とするのは古来からの戦場での習わしだ。

 

「レイヴェル! お前たちはリアスを見張っていろ!」

 

 再び両手を上下に広げた構えを取りつつ、妹にそう命令する。

 レイヴェルはその意を悟った。これまでに撃破したグレモリー眷属が自陣営の涙をドロップしてない以上、あちらに支給された涙はやはりリアスが持っている。その涙での回復をさせないようにしろ、という意味だ。

 

「さぁ続きだ小僧! 貴様の技などフェニックスの炎の前では無力だと、骨の髄まで思い知らせてやる!」

 

 背中から炎の翼を広げ、激烈なる威容となるライザー。

 連也は木刀を下段に落とし、滑るような足取りで接近していく。頭部はガラ空きで、「どうぞ打ってください」と言わんばかりだ。

 

「間抜けが!」

 

 ライザー、そのガラ空きの頭部に炎の手刀を繰り出す。

 木刀が跳ね上がり、ぶつかった。念によって鋼鉄すら上回る強度を持つ『飛龍』は、焼き尽くされることなく受け止めている。

 木刀を振り上げたことで隙が出来た連也の胴目掛けて、今度は烈風の掌打が迫る。

 少年の脇腹にそれが直撃した瞬間──しかしライザーの左手は弾き飛ばされた!

 体内に走る気の流通経路とも言うべき気脈を通して、連也は掌打の威力を、体内を一周させて被弾箇所から再度放出したのだ。ライザーの掌が脇腹から一ミリも離れないうちからの、刹那の早業であった。

 

「なっ──!?」

 

 攻撃の威力をそのまま跳ね返されて、ライザーは大きく体勢を崩す。火の鳥での追撃が不可能なほどに。

 

「エェヤッ!」

 

 裂帛の気合と共に、連也は手刀を防ぐために振り上げていた木刀を、渾身の力と念を込めて振り下ろす。念が白い光輝を放ち、ライザーの脳天からへそまでを一息に斬り割った──だが!

 

「残念だったなぁ!」

 

 ライザーは唐竹割りにされてなお、生きていた。

 傷口から炎を噴き上げて、斬割された部分が動画の逆再生めいてくっついていき──体内から溢れ出た白い光輝によって、再び裂けた。斬撃とともに打ち込んだ連也の念が、再生を阻害しているのだ。

 

「だったらぁ!」

 

 ライザーの全身から、業火が噴き上がった。

 否、彼の肉体そのものが炎となって、そして爆発した。

 咄嗟に飛び退いた連也だったが、それでも爆発の炎が全身を舐め回し、衝撃が襲った。

 あちこちを火傷しながら、フラフラと起き上がる連也の目の前で、燃え盛る火柱が人の形を取っていく。ライザーは斬り裂かれた肉体はおろか、着衣さえも再生させていた。

 

「大したものだよ小僧……相手の攻撃の威力をそのまま跳ね返す技……傷口に留まり、再生を阻害する力……どれも見事な……んん?」

 

 不意にライザーは変な声を上げた。視界が左右でズレているのだ。頭部がまだ完全には塞がっておらず、若干ズレていた。それを手で押さえて修正すると、今度こそ傷は完全に元通りとなった。

 

「だが! これでわかっただろう! 貴様がどんな技や力を奮おうと……この俺の……フェニックスの不死を破ることは出来ん! 足掻けば足掻くほど貴様一人が消耗していくだけだ!」

「そりゃあお互い様ですよ……」

「なに……?」

「汗かいてますよ。お疲れですか?」

 

 言われてライザーは、己の肌に汗が浮かんでいるのに気付いた。

 実際──ほんのちょっぴりだが──体が重い。

 

 過去の記憶が蘇った。

 ルシファー、レヴィアタン、ベルゼバブ、アスモデウス……四人の新たな魔王の前で行ったレーティングゲーム特別試合。対戦相手はトッププレイヤーたる兄ルヴァル・フェニックス。互いの眷属は全て撃破され、再生能力を存分に使った兄との一騎打ちの末に、ライザーは敗れた。

 この時に痛感したのだ。フェニックスの不死は決して完全無欠の能力ではないと。

 肉体の一部欠損程度ならば、たとえ失われたのが頭部や心臓であっても瞬時に再生出来る。だがそれも、何度も繰り返していけば、気力を消耗し、再生スピードも落ちる。

 全身再生を連続で二度もやった今もだ。だから頭部がズレたままくっつくなどという間抜けな状態になってしまった。

 

「……だからどうしたぁ!」

 

 胸中に生まれた不安。それを振り払うように、ライザーは叫ぶ。

 

「貴様に、ごり押し出来るだけの力は無い! たった一人で俺の技を掻い潜り、俺の不死を突破出来るほどの力はなぁ!」

「一人じゃねぇぜぇえええっ!」

 

 そこへ割って入る声。

 ライザーと連也が振り向くと、校舎の屋上、リアスの傍らに、一人の少年が立っていた。

 その左腕には、赤く輝く籠手が装着されている。

 

「イッセー復活!」

 

 そう叫ぶのは、さっきまで気絶していたはずの一誠だった。

 

【3】

 

 一誠に連也が念で施した治療は、あくまでも応急処置に過ぎなかった。まだ治りきってはいなかったはずのその火傷は完全に消えていたが、何故か両頬がかすかに赤い。

 リアスが、自身が持っていたフェニックスの涙で一誠の傷を治したのだ。そして往復ビンタで目を覚まさせたのである。

 

「とぉっ!」

 

 掛け声勇ましく屋上から飛び下りた一誠は、背中から広げた悪魔の翼を必死に羽ばたかせて、しかしそれでも落下スピードを軽減させるのが精一杯なのか、着地した拍子に勢い余って地面に顔面ダイブするという有様だった。

 

「兵藤……大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

 あまり説得力がなかった。

 立ち上がった一誠は気まずさを振り払うように咳払いしてから、ライザーをビシッと指差す。

 

「さっきはよくもやってくれたな! 今度は俺が相手だ焼き鳥野郎! 毛ぇむしってビーフステーキにして食ってやるぜ!」

「鳥なのか牛なのかどっちだよ」

 

 連也、何故か律儀にツッコむ。

 

「いいからここは俺に任せろ。俺があの野郎の技をどうにか潰して、お前に譲渡するから、トドメはお前に任せたぜ!」

「え? あっ、ちょ……」

 

 どうやって? と聞く前に、一誠は雄叫びを上げて駆け出していた。

 その走る姿が、一瞬だけ光を放った。

 目の錯覚ではない。

 一誠の走るスピードが爆発的に上がった。

 

『Boost!』

 

 左腕に赤く輝く《赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)》が、一誠の力を倍加させる。

 距離を詰めた一誠に、ライザーは炎の手刀を繰り出した。

 一誠、これを籠手で受け止める。

 ライザーはしかし、籠手で受けられたことを差し引いても硬すぎる手応えに目を見張った。

 倍加前の突然のスピードアップ、そしてこの防御力の高さ……。

 

女王(クイーン)にプロモーションしたのか!」

「そういうことだぁあああっ!」

 

 一誠は声を張り上げ、籠手に覆われた左手をライザーに向ける。その掌中に光が生まれ、球体を形作った。その光球から感じ取れる凄まじいエネルギーの圧力……先にプロモーションで地力を上げることで、一度の倍加で得られるパワーを高めたのか。

 

(コイツをくらうと、まずい!)

 

 ライザーは至近距離から放たれた光球を、掌打で弾き飛ばす。

 そして一誠本人も、次いで放った火の鳥で吹き飛ばした。

 大爆発が起こり、火達磨となる一誠。その体が、緑色の光の粒子となって消えていく。

 

『リアス・グレモリー様の兵士(ポーン)、リタイア』

 

 アナウンスが響いて、一誠はその場から完全に消えた。

 だがライザーは、その顔が笑っていたことに気付いた。

 そして消える寸前、奇妙な仕草をしていたことに。

 一誠は、右手の親指を立てていた。サムズアップだ。

 不意に、先程弾き飛ばした光球のことが思い浮かんだ。

 それが飛んでいった方角へと目をやると、そこには連也。全身から火炎にも似た光を迸らせている。

 

(あれは俺への攻撃ではなく、奴への譲渡だったのか!)

 

 さっきからやたら大声を出していたのは、譲渡の詠唱を掻き消し、悟られないようにするためだったのだ。

 連也の全身から迸る光輝が、木刀に収束していく。

 太陽にも似た激烈なる輝きを放つ木刀を、少年は大上段から振り下ろした。

 木刀から光が放たれる。

 白金色の光の奔流は龍となって飛翔し、全ての技を出し終えて無防備となったライザーの身体を貫いた。そしてそのまま、彼の全身に巻き付き、締め上げ、そして焼き尽くしていく。

 

「ぐううっ! こ、こんなもの……こんな、ものぉぉおおおっ!」

 

 ライザーは三度、自爆した。

 この攻撃さえ凌げば、もはや奴に打つ手はない。

 あと一度だけならやれる、そしてこのエネルギーの拘束から脱出する。

 だが、光の龍はライザー決死の自爆でも消えることなく留まり続け、再生した彼の五体を締め上げ続ける!

 

「うぉぉぉおおおおおおッッ!!」

 

 妹のレイヴェルも、眷属として何度も共に戦った美南風ですらも初めて聞く、それはライザー・フェニックスの苦悶の叫びだった。

 それでもライザーは全身から炎を噴き上げ、可能な限り肉体を再生させていく。だが念によって形作られた光の龍は、再生したそばからライザーの体を焼いていく。

 彼の身体が、やがて緑色の光の粒子へと分解されていった。

 そして自らが噴き上げた炎をその場に残し、ライザーは消えていった。

 

『ライザー・フェニックス様リタイア。只今を持ちまして、リアス・グレモリー様の勝利とさせていただきます』

 

 試合終了を告げるアナウンスが響く中、標的を失った龍は咆哮にも似た轟音と共に天に昇り、そのまま雲散霧消した。

 

【4】

 

 ──パチパチパチパチ。

 

 室内に、拍手の音が響いていた。

 ソファから立ち上がり、モニターに向けて惜しみない拍手を送るのは、一組の男女。ライザー、レイヴェル兄妹の両親であった。

 魔王を輩出したグレモリー家との繋がりを得ようという算段は、これで完全に露と消えてしまった。

 しかし、それに対する不満や怒りはなかった。

 最後まで戦い抜いた息子たち。そして不死身のフェニックスを相手に戦い抜き、勝利すら勝ち取ったグレモリー眷属への純粋な敬意だけが、夫妻の胸を満たしていた。

 

 ──パチパチパチパチ。

 

 別室でも、やはり拍手が鳴り響いていた。

 グレモリー夫妻である。

 こちらもソファから立ち上がり、満たされた表情であった。

 フェニックスの涙という財源を持つフェニックス家と子供同士の婚姻で縁を結ぶのは、グレモリー家に取っても良い話だった。それがこうして白紙に戻ったことになるが、今はただ、我儘を押し通した娘と、その娘のために戦い抜いた眷属たちへの称賛の気持ちだけがあった。

 

 ──パチパチパチパチ。

 

 拍手はまた、遠く離れた別の場所でも響いていた。

 簡素なソファとテーブルがある質素な部屋。

 試合を中継していたテレビに向けて、立ち上がって称賛の拍手を送るのは、黒い髪の大男だった。着ているシャツとスラックスは、その下の筋肉によってはち切れんばかりだ。首周りが太すぎて襟元のボタンは留めることが出来ないでいた。

 サイラオーグ・バアル。

 リアスの従兄弟に当たる青年悪魔である。親戚があの不死身のフェニックスと戦うと聞いて、興味を覚えて観戦していたのだ。

 その足元に、全身が金属で出来た一頭の獅子がうずくまっていた。

 

 彼等のみならず、その日、このレーティングゲームを観戦した誰もが、両陣営に拍手を送っていた──ただ一人を除いて。

 その人物は、試合が終わるとグレモリー夫妻に一言断りを入れてから、退室していた。

 向かったのはレーティングゲームのモニタールームである。そこに今回の審判を務めた弟がいる。

 

「ユーグリット」

 

 ちょうど部屋から出てきた弟に、グレイフィアは声を掛けた。

 

「おや姉上。いらしていたのですか」

「今のはどういうことですか?」

「とおっしゃいますと?」

「ライザー様のリタイアを何故早めたのかと聞いているのです。あの方ならまだ耐えられたはず。早計だったのではありませんか?」

「私が強制リタイアさせたと、リアス・グレモリー様に肩入れしたと、そうおっしゃりたいのですか? 姉上こそライザー・フェニックス様に肩入れなさっておられるのではありませんか? あなたはグレモリー家の家宰を任されている身のはずですが……」

「ライザー様の勝利は、そのグレモリー家の、ひいてはリアス様のためにもなるはずだったのですよ。あなたも今回の試合に至る経緯は知っているはずです」

「知っていますが……それが何か?」

 

 ユーグリットは小首を傾げた。皮肉や嫌味ではなく、本当にわからないという風だった。

 

「それはあくまでもグレモリー・フェニックス両家の間の問題です。私はサーゼクス様から今回の審判を任されたのでそれを務めた。そしてレーティングゲームはあくまでも、ルールに則って行われる競技です。審判は選手の安全こそを最優先しなくてはなりません。それだけのことですよ。思い通りに行かなかったからと、私に八つ当たりするのはやめていただきたいですね」

 

 ユーグリットはそう言うと、「では失礼」と背中を向けた。

 グレイフィアの目に、鋼鉄のような暗く冷たいものが浮かんだ。

 弟へと一歩踏み出した瞬間──、

 

「いけませんよ、姉上」

 

 ユーグリットは右手の人差し指を、姉の額に置いていた。

 いたずらっ子をたしなめるような軽い仕草だったが、グレイフィアは拳銃で撃ち抜かれたかのような錯覚すら覚え、その場にペタンと尻餅をつく。

 

「お互い、もう喧嘩をするような歳ではないでしょう。それにあなたが私に勝てるはずもなし……それとも、()()()()()()()なら勝てるとでも思っていましたか?」

 

 ユーグリットはにこやかな表情を崩さず、姉を助け起こした。

 

「あなたに何かあってはグレモリー家に迷惑が掛かるし、サーゼクス様が、そして何よりもミリキャスが悲しむ。もっと慎んでいただかなくては困りますよ、姉上」

 

 立ち上がったグレイフィアは、しかし弟の手を穢らわしげに払い除けた。

 

「……混ざり物が」

 

 吐き捨てるようなつぶやきに、ユーグリットは泰然と微笑んだままだった。

 

「その通り。混ざり物の私だからこそ、サーゼクス様の眷属となれたのです。筋違いの嫉妬は醜いですよ姉上」

 

 姉から向けられる憎悪にも似た眼差しを受け流し、ユーグリットは恭しく一礼して去っていく。

 グレイフィアはその背中をいつまでも睨みつけていた。

 

【5】

 

 フェニックス眷属にあてがわれた医務室を、連也は訪れていた。

 戦いで受けた火傷はアーシアに治してもらい、今は医務室にあった患者用の病衣を着ている。

 ドアを少しだけ開けて、隙間から中を覗き込もうとすると──、

 

「何か用かしら、坊や」

 

 ユーベルーナがドアを大きく開けて、声を掛けてきた。思わずすくみ上がる連也。

 

「あ、いや、えーっと」

「立ち去りなさい土塊(つちくれ)風情が! お兄様に近寄らないで!」

 

 連也の言葉を遮って怒鳴りつけたのは、レイヴェルだった。目は赤く充血し、頬には涙の痕がある。さっきまで泣いていたのだ。

 

「よしなさいレイヴェル」

 

 ベッドに横たわっていたライザーが、妹をたしなめた。

 

「ですがお兄様……!」

「ですが、は無しだ。仮契約とは言え、お前はまだ俺の眷属だからな。俺のために怒ってくれるのは嬉しいが、試合が終わった以上恨み辛みはフィールド内に置いていけ」

「いくらお兄様の命令でも引き下がれませんわ! だって」

「だっても無しだ。俺に恥をかかせるな」

 

 兄の強い口調に、レイヴェルは口を噤んだ。

 それでも兄を倒された腹立たしさは消えないのか、連也に向かってイーッ! と歯を剥くと、ベットの傍らの椅子に乱暴に腰を下ろした。

 

「妹が失礼した。で? 何の用だ坊や」

「まぁ、たいしたことじゃないんですが、お見舞いというか、様子を見に来たというか……」

「だったら心配無用だ。ここに転送されてから、あっという間に傷も癒えた。さっきより調子が良いくらいだ」

「なら良かったです」

 

 連也は安心した。

 念の大元は気、生命エネルギーである。それがフェニックスの再生能力と相まって、回復を早めたのだろう。

 とはいえ、己の使う念が悪魔にとっては苦手なものらしいこともわかっているので、やはり心配だったのである。

 

「用件はそれだけか?」

「ええ、まぁ」

「それじゃあさっさと出て行ってくれ。これから可愛い眷属たちと慰めあ、もとい、反省会なんでな」

 

 シッシッと手を振るライザーの様子を見て、本当に心配なさそうだと判断した連也は、ペコリと一礼してから背を向けた。

 

「──あ、待て」

 

 それをライザーが呼び止めた。

 

「最後に一つ、聞いておきたいことがある。なぁ、坊や」

「はい」

「不死身のフェニックスの相手は、キツかっただろう?」

「はい、死ぬほど」

「そうか」

 

 ライザーはニッと笑った。

 

「それだけ聞ければ充分だ。さ、出て行ってくれ」

「失礼します──お相手、ありがとうこざいました」

 

 連也はそう返してもう一度お辞儀をすると、今度こそ退室した。

 見送るユーベルーナの妙に熱い視線に、ちょっぴり身の危険を感じながら……。

 

「お兄様……」

「放っておけレイヴェル。これからあの坊やは、もっとキツい思いを、いやでもすることになるだろうからな」

 

 ライザーは慰めるように、妹の金髪を撫でてやった。

 

 今回のレーティングゲームも、冥界の各地で中継された。

 不死身のフェニックスを倒した男となれば、どの悪魔も眷属に迎え入れたくなるだろう。しかしあの少年は、リアスの眷属ではないのだ。やり方などいくらでもあるだろう。

 

(せいぜい守り抜くことだな、リアス……)

 

 元婚約者に、ライザーは胸中でそう呼び掛けた。

 

──戦闘校舎のフェニックス編・完

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