秋月連也武芸帖   作:阿修羅丸

2 / 11
02:堕天使

【1】

 

 駒王町に二年前にオープンしたステーキハウス『トリプル・ビーフ・ケーキ』は、グレモリー家が経営する店の一つである。

 リアス・グレモリーは店の奥に設けられてある個室で、たらこスパゲッティを食べていた。

 視線はチラチラと、テーブルを挟んで正面の席にいる相手に向けられている。

 秋月連也である。

 少々ぎこちない手つきでナイフとフォークを使い、自分の顔よりもまだ大きいステーキを、幸せそうな顔で食べている。

 はぐれ悪魔討伐に協力してもらう代わりに、現金一万円と食事を奢るという契約を結んで数ヶ月。

 こうして報酬を支払うのはまだ三度目でしかないが、未だにこの少年のキャラクターが掴めず、リアスはやや困惑気味である。

 ついさっき、『食事を奢るという条件はそのまま、賃金を十倍に引き上げても良い』と提案したのだが、連也は僅かに黙考してから、断った。

 

「あんまり貰いすぎると罪悪感あるし、何より変な欲が出て技に影響するんですよ。こうして美味い物食わせてくれれば、充分ありがたいです」

 

 そう言って、運ばれてきたステーキのサイズに小さな子供のように目を輝かせたのである。

 無理に清貧を貫いているのではなく、本当に心から、自身の技に金儲けの手段としての価値を感じていないように思えた。

 

(欲のない子ねぇ……)

 

 胸の内で、呟きながら、先週のはぐれ悪魔と連也との戦いを思い出す。

 全体が光で出来た弓矢を生み出す神器(セイクリッド・ギア)紫光矢(スターリング・パープル)》を操る転生悪魔だったが、神器の扱いに非常に長けていた。放った一発の光矢が複数に分裂した上に、それぞれが物陰に隠れた自分たちを追尾してくるのだ。

 対峙した連也にも同じやり方で、上下左右・斜め四方と正面からの全九方向からというデタラメな射撃を行った。

 連也、これに対して正面からの一矢を木刀で弾き、別方向から飛んできた光矢にぶつけた。その矢が別方向に弾かれてまた他の矢にぶつかり、その矢もまた別の矢へとぶつかって──その連鎖反応によって、放たれた矢のうち八本をその場から一歩も動かずに叩き落とし、残る一本を射手の右肩にお返しするという離れ業をやってのけたのである。

 それを見た《騎士(ナイト)》木場祐斗が、ハンサム顔が台無しになるくらいあんぐりと口を開けていた。後で同じ事が出来るか聞いてみたら、両手に剣を持てば出来ると答えたが、

 

「木刀一本で、しかもあんな風に打ち落とすのは無理です」

 

 とも言っていた。

 

「やっぱり、欲しいわね」

 

 眷属に迎えたい。そんな気持ちが、つい声に出た。

 すると連也は手を止めて、

 

「食べます?」

 

 と、ステーキのまだ手をつけてない部分をナイフで指し示しながら言った。

 

「違うわ。それの事ではないし、ただの独り言だから気にしないで?」

「はぁ」

 

 連也は苦笑するリアスに曖昧な返事をすると、食事を再開した。

 

(──まぁ、焦る事もないわね)

 

 いずれ気が変わるかも知れない。今はその気はなくとも、歳を取り老いていけば、どうなるかはわからない。無理に眷属にしようとした結果敵に回す愚を犯すよりも、その時が来るまで今の友好的な関係を維持していこう。リアスは自身にそう言い聞かせながら、ステーキをゆっくりと、噛み締めるように味わう連也の様子を眺めていた。

 口角が、知らず上がっていた。

 

【2】

 

 連也が二年生に進級した、あるのどかな放課後の事である。

 校舎を出た連也は複数の女子の怒号を聞き、思わず目線をやる。

 三人の男子が、女子の集団に追われていた。

 女子たちはジャージ姿の者もいれば剣道着をまとう者もいて、一様に竹刀を携えている。その中には、一年生の時に同じクラスだった村山と片瀬もいた。二人もまた、連也に気付く。

 

「秋月くん、そいつ等捕まえてー!」

「そいつ等うちの部室覗いてたのー!」

 

 二人の叫びに事情を察した連也だったが、空に目をやり太陽の向きを確かめると、こちらに逃げてくる男子三人組に道を譲った。すれ違う瞬間、三人の影が一つに重なり、連也の足下に伸びる形となる。それに合わせて、連也はその影を踏んだ。

 

「うおっ!?」

 

 異口同音に声を上げて、三人組は同時に前のめりに転倒した。突然足が動かなくなってしまったのだ。

 見る者が見れば、その時異様な事が起きているのに気付いただろう。三人組の影を踏む連也の足が、その影に掛かっていない。半透明の黒い敷物を踏んでいるかのように、彼の足は三人組の重なった影の上に置かれていた。

 剣道部の女子たちが追い付いて三人組を取り押さえると、連也は影から足を外す。

 

「ありがとう秋月くん」

「今度お礼するねー」

 

 村山と片瀬は連也に手を振り、部員たちと共に三人組を連行していった。三人組が一斉に転んだのも、一人が足を掛けられて転び、他の二人もその巻き添えを食った程度にしか思ってない。

 

「相変わらず魔法みたいな事するのね」

 

 そこへリアスが現れて、そう言った。彼女は連也の足が、影を敷物か何かのように踏んだのを見ていたのだ。

 連也はそれには答えず、ただペコリと小さくお辞儀をする。

 

「急な話で悪いのだけど、今夜は空いているかしら。お仕事を頼みたいの」

「ええ、良いですよ」

「ありがとう。それじゃあ詳しく説明したいから、部室に行きましょうか」

 

 安堵の笑みを浮かべたリアスは、連也の右腕に自分の腕を絡ませ、寄り添うようにして歩き出した。

 

「──先輩、離れてくれません?」

 

 腕に押し付けられる柔らかな感触にざわつく気持ちを抑え、連也は言う。

 

「あら、どうして?」

 

 リアスにはそんな事を言われる理由が本当にわからないらしく、子犬のように小首を傾げる。

 

「周りの目を考えてくださいよ」

「考えてるわよ。私たちが知り合いで仲も良いと思わせておかないと、部員でもないあなたがちょくちょく私たちと一緒にいるのを怪しまれてしまうでしょう?」

「こんなにくっつかれたら、違う意味で怪しまれそうなんですけど」

 

 それで言わんとする事を察したリアスは、しかしクスクスと笑うだけだった。

 

「もう、心配性ね。これくらい普通でしょう?」

「普通じゃない! 全っ然普通じゃない!」

 

 思わず敬語を忘れる連也は、以前木場祐斗から言われた事を思い出した。

 

「部長はちょっと距離感がおかしいから、気を付けてね」

 

 祐斗いわく、何度か一緒に寝よう、一緒にお風呂に入ろうと誘われた事があったらしい。

 悪魔はほぼ半永久的な寿命を持ちながら、出生率は極端に低く、兄弟間でも数十歳、ともすれば百歳以上の年齢差があるとも聞いた。だからリアスも、自分や祐斗をせいぜい小学校低学年以下の男の子くらいに思っているのかも知れないが、恥ずかしい事この上なかった……。

 

【3】

 

 深夜一時。

 ジャージ姿の連也は軽いストレッチをやっていた。

 場所は町外れの、使われていない古い教会。

 グレモリー眷属も集まっている。全員制服姿なので、連也はちょっぴり疎外感を覚えたが、黙っていた。

 今夜の相手は、はぐれ悪魔ではなく堕天使である。

 連也の知る限りでは、悪魔と堕天使は同一の存在なのだが、リアスいわく実際は違うらしく、悪魔は堕天使やその元である天使と有史以前から争い合っているという。

 

「と言っても、過去の戦争で三種族とも大きく疲弊してしまったため、今は冷戦状態なのだけどね」

 

 と、リアスは部室で連也に説明した。

 しかし堕天使が駒王町に侵入し、この教会を拠点に活動しているらしい。退去するように警告したのだが、一週間が過ぎてもそれが受け入れられた様子は見られないため、今夜実力行使に出る事にしたのである。

 教会周辺には、既に人払いと消音の結界を張ってある。誰かが近くを通りかかっても、近付こうともしないし、意識すらしない。戦闘によって発生する物音も結界の外へは全く漏れない。

 そして、いざ多方向から同時に突入すべく散開しようとした時、何を思ったか連也は姫島朱乃の腕を掴み、乱暴に引き寄せた。

 直後、閃光が走り、彼女が立っていた場所に何かが突き刺さった。

 全体が光で出来た、長さ一メートルほどの槍だった。

 連也が、槍の飛んできた方を見やると、月明かりに照らされて、電柱の上に立つ女が一人。黒い革製と思わしき、ビキニ風のボンデージ衣装を纏った、長い黒髪の女だ。その背中から、鴉のような漆黒の翼を広げている──堕天使だ。

 

「こんな時間に何の用かしら、悪魔のみなさん」

 

 問い掛けながらも、その堕天使──レイナーレ──の視線は連也に注がれていた。

 誰一人気付かなかった自分の攻撃を唯一察知して、仲間を守るとは……ほんの少しだけ、プライドを傷つけられた。

 

「それは本気で聞いてるのかしら? 先週、ここは悪魔の領地だから出ていってほしいと言ったのに、一向にその気配がないから、実力行使に来たのよ。普通の理解力があれば、それくらいわかりそうなものなのだけれど?」

 

 リアスが、敢えて嫌味たらしい口調で答える。

 

「あらそう……なら見せてもらおうじゃないの、その実力とやらを」

 

 言うなり教会の玄関の扉が独りでに開き、レイナーレは翼をはためかせ、宙を滑るように中へと入っていった。

 グレモリー眷属と連也も後を追うようにして、入っていった。

 自分たちの事がバレていた以上、内部には相応に兵を配置しているはずだ。多方向からの同時突入は、分散したこちらの戦力を各個撃破される恐れがある。そう考えたリアスは、全戦力を一点に集中させる作戦に切り替えた。

 扉を抜けて玄関ロビーに出ると、背後で扉が独りでに閉まった。

 不意に連也が、その場にしゃがみ込んで、床板に手を当てる。目を閉じて、そのまま数秒──、

 

「この先に広い部屋があって、そこに大勢の気配があります」

 

 立ち上がりながら、リアスにそう告げた。

 

「ありがとう秋月くん。みんな、私の後ろに下がって」

 

 リアスはそう指示して、自らが先頭に立ち、ロビーの先にある扉を開けた。

 そこは信徒が集まって祈りを捧げる聖堂で、神父風の服装をした人間たちが大勢いた。堕天使に付き従うはぐれエクソシストだ。悪魔への憎しみが強すぎたり、神の名の元に悪魔を殺す事に快楽を見出だしたりなどの理由で組織のコントロールを受け付けず、追放された者たちだ。

 彼等は全員が拳銃を構えていた。かつては天使の、今は堕天使の有する光を宿した、悪魔殺しの武器だ。

 音もなく、銃口から一斉に光が走った。

 しかしそれよりも早く、リアスは己れの持つ滅びの魔力で壁を作る。銃から放たれた光の弾丸は、それを貫くには至らず、着弾したそばから消滅していく。

 銃撃が止むと、リアスの後ろから朱乃と塔城小猫が飛び出した。

 朱乃のたおやかな手から無数の稲妻がほとばしり、敵の持つ拳銃を撃ち抜いて、破壊していく。

 小猫は小柄な体格からは想像も出来ない怪力で、その辺にあった長椅子を野球ボールか何かのように投げつけて、はぐれエクソシストたちを薙ぎ払い、陣形を崩した。

 その隙に、祐斗と連也が突撃した。

 祐斗の両手には、《魔剣創造(ソード・バース)》で生み出した魔剣が一振りずつ握られている。

 連也もいつの間に、そしてどこから取り出したのか、柄巻きを施した木刀を手にしていた。

 はぐれエクソシストたちは、別の武器を取り出して迎撃体勢を取る。一見、金属製の筒に見えるが、その筒の先端から光の刃が発生した。堕天使の光を刃に変えているのである。

 祐斗は疾風となって敵陣へ躍り込むと、はぐれエクソシストたちに二刀を振るった。漆黒の刀身には稲妻を思わせる金色のラインが走っており、その刃で手足を斬りつけられたエクソシストたちはビクンと震えたかと思うと、その場に昏倒してしまう。電撃を放って相手を気絶させる、剣型スタンガンとでも言うべき武器だ。

 一方の連也、祐斗のような素早さなど望むべくもないが、四方八方から迫るはぐれエクソシストの攻撃を、常に事前に察知して、回避していた。そして攻撃の後の隙を突いてのカウンターで、堅実に仕留めていく。不思議な事に、木刀は敵の肉体を透過していき、その度にやはりエクソシストたちは昏倒してしまうのである。

 小猫は小猫で、長椅子のみならずそうやって倒れたはぐれエクソシストの足を掴んで、棍棒代わりに振り回す。

 総勢三十人ほどいたはぐれエクソシストたちは、瞬く間に全滅した。

 

「ずいぶんとだらしのない部下たちね」

 

 朱乃と共に堕天使レイナーレと対峙したリアスが、それを見届けて言った。

 レイナーレはギリッと歯軋りする。

 

「……こ、こんな事をして、ただで済むと思ってるの? 下手をすれば堕天使と悪魔とで全面戦争に発展しかねないというのに……!」

「そうね。だからこそ早く出ていきなさいと文書で警告して、一週間の猶予も与えたのに、あなたたちはそれを無視した──非はそちらにあります。全面戦争が嫌なら、あなたたちこそ早く立ち去る事ね」

 

 リアスは広げた右手に滅びの魔力を充填して、レイナーレに向けてかざす。

 

「ヒャッハアーッ! 隙ありぃいいー!」

 

 突然叫び声がしたかと思うと、倒れていたエクソシストの一人が起き上がった。

 その両手には光の弾丸を放つ拳銃が握られていた。この男だけ、さっきの一斉射撃には加わわらず、死んだ振りをしてやり過ごしていたようだ。そして温存してあった銃から、リアスと朱乃目掛けて光弾が発射される。

 しかしその射線上に、既に連也がいた。

 木刀『飛龍』は念を注ぎ込まれ、炎めいた白い光輝を放っている。

 

「エヤアッ!」

 

 気合い一閃、木刀を真横に振り抜くと、二発の光弾が真っ直ぐに打ち返されて、エクソシストの持つ拳銃を撃ち抜いて破壊した。

 

「はぁあああっ!? 何だよそれ、手品か何かか!?」

「その何かの方だ」

 

 連也は答えつつ間合いを詰めて、木刀を打ち込む。

 エクソシストはいち早く懐から取り出した光刃剣を起動させ、光刃でその一撃を受け止めた。

 

「──フリード、撤退するわよ!」

 

 レイナーレが吐き出すように叫ぶと、フリードと呼ばれたエクソシストはチッ! と舌打ちしつつ、懐から大型のスプレー缶を取り出す。

 ──否、それはスプレー缶ではない。フリードは連也と鍔迫り合いのまま、上部のピンを歯で抜いて放り投げた。

 閃光と爆音が轟き、連也もグレモリー眷属も、その凶暴さすら感じる眩しさと音量に、行動不能となってしまう。

 光が収まると、レイナーレとフリードの姿はなかった。

 

「どうしてエクソシストが閃光手榴弾(スタングレネード)なんて持ってるのよ……」

 

 まだ目がチカチカするのか、何度も瞬きをしながら、リアスはぼやいた。

 スタングレネードは閃光と爆音で敵を行動不能にする非致死性兵器だと聞いているが、実際くらってみるとその触れ込みには疑問を覚える。それくらい強烈だった。

 レイナーレとフリードが同じ空間内でも逃走出来たのは、一定以上の明るさや音量を軽減する魔術か何かを施していたのだろう。

 辺りを見渡すと、眷属たちもうずくまって目を閉じ、耳を押さえていたが、各々が立ち上がって状況を確認している。

 連也は──その場に倒れていた。

 慌てて駆け寄ったリアスは、急いで体を調べる。どこも怪我をしてはいない。今のスタングレネードで気を失ってしまったようだ。

 相手の殺気・敵意を感知していち早く対応する彼の戦闘スタイルが、仇となった。非致死性兵器を投擲して逃げる時間を稼ぐ行為に、殺気がこもってるはずもない。フリードと鍔迫り合いをしていたのもあって、連也だけが対応が遅れたのだ。

 

「ごめんなさい、秋月くん……」

 

 リアスは申し訳ない気持ちでいっぱいになり、思わず連也を抱き締めた。

 

 

 グレモリー眷属は残ったはぐれエクソシストを拘束すると、家捜しを始めた。堕天使たちがここを根城に、駒王町内で何をしていたのかを調べるためだ。

 リアスは長椅子に横たわらせた連也に自分の肩掛けを掛けてやり、膝枕もしてあげる。

 外では朱乃の命を救われ、教会に入った後も彼の探知能力で難を逃れた。これまで念道の超常の技を目にしてきたのもあって、心のどこかに彼に甘える感情があったのかも知れない。彼なら何があっても大丈夫だという信頼が行き過ぎて、配慮がおろそかになっていた。

 リアスはそう思う。

 そして、そんな自分が許せなかった。

 

「部長、こんな物が見つかりましたわ」

 

 朱乃がやって来て、書類の束を渡す。

 ある人物に関する調査資料らしく、住所や電話番号、学歴、交遊関係に至るまで事細かに書かれてある。

 だが、リアスの目を引いたのは最初のページに書かれた文章である。

 

『未覚醒の神器(セイクリッド・ギア)所持。反応パターンからドラゴン系の封印型。神滅具(ロンギヌス)の可能性あり』

 

 なるほどと得心する。

 何かしらの機器、あるいは術式を用いて神器所有者を割り出し、味方に引き込むつもりだったのだろう。堕天使の長であるアザゼルは自他共に認める大の神器(セイクリッド・ギア)マニアだという噂を聞いた事もある。目論見が成功すれば気に入られて出世する事も可能だろう。あの女堕天使はそれが目当てだったと考えられる。

 

「よそでやってもらいたかったわね……」

 

 ぼやきながら、最初のページに載ってある顔写真と、その下に書かれた氏名に目をやった。

 遠くから隠し撮りしたためかやや画質は悪いが、駒王学園の制服を着た少年で、顔かたちも充分判別出来る。放課後に見た顔だ。

 写真の下にはこう書かれてある。

 

『兵藤一誠』

 

【4】

 

 連也は寝苦しさに目を覚ました。

 どうやらベッドの上らしい。ジャージを脱がされて、シャツとトランクスのみの格好で寝かされている。横たわったまま周囲を見渡しても、見知らぬ部屋だ。古びた天井や壁の雰囲気は、旧校舎を思わせる。

 しかし、ここはどこで、自分は何故ここにいるのかという疑問は湧いてこなかった。

 それどころではない。

 何故なら、同じベッドにもう一人いるからだ。

 その人物は、どうも着衣を一切身に付けていない、全裸のままで、自分に手足を絡ませている。

 押し当てられた、二つの大きくて柔らかな膨らみ。

 鼻腔をくすぐる髪の匂い。

 リアス・グレモリーが、何故か素っ裸で同衾しているのである。

 

 ──何やってんだアンタっ!

 

 と叫ぶ前に、リアスが連也の顔を引き寄せて自分の豊かな胸にうずめた。寝ぼけてヌイグルミでも抱いてるつもりなのだろうか。

 裸の美女と寝床を共にし、その豊満な胸に顔をうずめるというのは、本来なら実に嬉しいシチュエーションである。しかしそこに至るまでの経緯がまるでわからないのでは、全く喜べないどころか、色んな意味で恐怖すら覚える。

 連也は、何とかこの天国のような地獄から脱け出そうともがいた。

 

「──あんっ」

 

 鼻息で胸をくすぐられて、リアスが艶かしい声を上げて、目を覚ました。

 

「ああ、良かった……目が覚めたのね。体の具合はどう? 目はちゃんと見えてる? 耳はちゃんと聞こえてる?」

「アッハイ、ダイジョーブデス」

 

 連也の返答は機械的だが、それでもリアスは安心したようだ。

 

「それなら良かったわ……ごめんなさいね、私が至らないばかりに……」

 

 そう言って、更に強く、深く、連也の顔を胸にうずめた。

 

「あの……なんで俺たち同じベッドにいるんですか?」

「はぐれエクソシストのスタングレネードで、あなたは気絶してしまったのよ。それで旧校舎の保健室に運んで休ませていたの。だけど一人で寝かせておく訳にもいかないから、こうして添い寝していたのよ」

「なんで先輩は裸なんですか?」

「私、裸でないと眠れないの。だから気にしないで、もう少し休んでいるといいわ」

「気になるよ! 気になって眠れねえよ!」

 

 思わず叫ぶ連也だったが、リアスは構わず彼を抱き締めたまま、また穏やかな寝息を立て始めた……。

 

【5】

 

 二、三日して、連也は姫島朱乃に先導されて旧校舎へ向かう。

 道中で朱乃は先日の教会での礼を言い、こんな質問をした。

 

「部長が何かご迷惑をお掛けしませんでしたか?」

 

 その一言であの時の悪夢のような目覚めを、連也は思い出してしまった。

 それが面に出たらしい。朱乃が小さく溜め息をついた。

 

「何があったの?」

「……起きたら部長さんが裸で一緒に寝てました」

「やっぱり……ごめんなさい秋月くん。部長はお父上や兄君に猫可愛がりされていたらしくて、年下へはああいう風に接するものだと思い込んでる節があるの。私から改めて注意しておきますから、許してくださる?」

「はぁ、先輩がそこまで言うんなら……で、今日は何の用なんです?」

 

 あまり思い出したくないので、連也は強引に話題を変えた

 

「実は昨日、新しく部員が増えましたの。ですから秋月くんにもご紹介しておこうと思って」

「部員……って事は、眷属でもあるって事ですね」

「そうね。能力面では、かなり将来有望ですわ──能力面では」

 

 そう言って、朱乃はまたもや溜め息をつく。

 その理由は、部室に入るとすぐにわかった。

 

「あーっ! お前はこの前の!」

 

 入るなり連也を指差して叫ぶのは、二、三日前に剣道部の女子に追い回されていた三人組の一人だったのだ。

 

 兵藤一誠。

 

 一年生の頃から、二人の仲間とあちこちで覗きをやっていた『変態三人組』の一人である。

 

(──それでか)

 

 先程の朱乃の溜め息の理由が、わかった。

 女子たちが噂してるのを小耳に挟んだ程度だが、朱乃は男嫌いらしい。連也も、はぐれ悪魔討伐に協力し始めた頃は一歩距離を置かれてるように感じていた。そんな彼女からすれば、悪名高い男子生徒など、如何に有能でも入部はご遠慮願いたかったのだろう。

 

「一誠、お座り」

 

 部室中央のソファに座っているリアスの声に、兵藤一誠はすくみ上がり、祐斗の隣に縮こまるように座った。

 入れ替わるように席を立ったリアスは、連也の前まで来ると両手を彼の頬に添えた。

 

「いらっしゃい秋月くん。あれから具合はどう?」

「はい、何ともないです」

「そう……何かあったらすぐに言ってちょうだいね」

 

 リアスはそう言うと、連也を抱き寄せて顔を胸にうずめるように抱き締める。

 

「部長」

「何よ朱乃。良いじゃない、これくらい。ただのスキンシップでしょう?」

「日本では行き過ぎですわ」

「関係ないわよ。それにこの子可愛いし、結構抱き心地良いのよ?」

「そういう問題ではありません」

 

 二人の会話の間、連也は羞恥と息苦しさで死にそうだった。

 そして兵藤一誠は、そんな連也を嫉妬の眼差しで睨み付けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。