【1】
時刻は深夜の一時を回っていた。
広々とした空間は、しかし埃っぽく、そして荒れ果てている。錆の浮かんだ機械類が散在し、窓ガラスは割れている。駒王町郊外の廃工場だ。
そこに複数の影があった。一見人間に見えるが、全員が悪魔である。それも主を持たぬはぐれであった。五十人はいるだろうか。
「みんな揃ったな。今から駒王町に乗り込むぞ」
「しかしあの話は本当なのか? 堕天使の言うことなんて信じない方が良いんじゃないか?」
リーダーらしき男に、別の悪魔がそう言った。それに対して、また別の悪魔が反論する。
「ドブネズミみたいに追っ手から逃げ回る生活よりはマシだろ」
「その通りだ。なぁに、標的は悪魔になったばかりのガキらしいし、これだけの数で行けば楽勝だろ」
「──詳しく聞きたいわね」
はぐれ悪魔同士の会話に、不意に混じった女性の声。
一同が振り向いたのは開け放たれた出入口。満月の明かりを背に、リアス・グレモリーが颯爽とそこに立っている。
「堕天使といったいどんなお話をしたのかしら。まぁ、だいたいの察しはつくけれど」
「教えてやる義理も義務もねえぜ、グレモリーのお嬢様よ。一人でノコノコやって来るとは良い度胸だ、ぶち殺してやるぜ!」
「あら、誰が一人で来たなんて言ったのかしら」
リアスが白い指をパチンと鳴らすと、壁をぶち破って何か大きな物が飛んできた。工場の外に放置されていたショベルカーだ。避けきれず、何人かのはぐれ悪魔が哀れ下敷きとなった。
穴の空いた壁の外にたたずむ小さな影は、グレモリー眷属の
次いで天井が外側から吹き飛ぶと、幾筋もの稲妻が降り注ぎ、はぐれ悪魔を焼き払う。
「あらあら、先を越されてしまいましたわね」
翼を広げて夜空に滞空する
かと思えば、ガラスの割れた窓を開いて、三つの影が飛び込む。
一誠は右手に金属バットを持ち、左腕に刺々しい外骨格を思わせる赤い籠手を付けていた。この籠手こそ、彼の中に眠っていた
『Boost!』
と音声が鳴り響いた。
「いっけぇええっ! ドラゴン・ショットぉおおおっ!」
『Explosion!』
籠手に覆われた掌から生まれた光が、球体となる。一誠の魔力を圧縮した物だ。それを軽く宙に投げ上げると、一誠は金属バットをフルスイング。打ち出された魔力球がはぐれ悪魔の群れに飛び込み──大爆発を起こした!
《
祐斗は自身の異能《
祐斗の戦い方を高速移動で敵を翻弄する疾風とするなら、連也はさしずめ鋭い動作で仕留めていく稲妻だった。手にするは、父の形見でもある魂の木刀『飛龍』。はぐれ悪魔が魔力で創造した剣を、斧を、槍を打ち払い、面を、胴を打って昏倒させる。破邪の念を宿し、清らかな白い光輝を放つ刀身は、放たれた魔力の熱線を実体ある物のように切り裂き、雲散霧消させていく。
小猫も小さな体で敵の群れに飛び込み、オープンフィンガーグローブと
朱乃は上空から工場内を俯瞰し、逃げようとするはぐれに容赦なく雷撃を放つ。
一誠は群がる敵の攻撃を必死に避け、金属バットを振り回して迎撃しながら、倍加を再開した。事前に倍加させた分は最初のドラゴン・ショットで使いきったのだ。十秒ごとに『Boost!』と音声が鳴り響き、その度に肉体に力がみなぎるのを感じる。
しかし次の倍加までの十秒間が、もどかしかった。
そこへ、不意に何かが喉元にくい込んだ。巨大な蟹のハサミだ。見れば全身に外骨格をまとった蟹人間とでも言うべき怪物が正面に立っており、右腕の大きなハサミで一誠の首を挟み込んでいた。
「このままその首、ちょん切ってやる!」
ハサミがどんどん肉にくい込んで、一誠は呼吸が出来なくなる。そのまま首が切断され、切り離された頭部が血の緒を引いて宙に舞い上がる様が、一誠の脳裏をよぎった時──、
「一誠、
リアスの叫ぶ声が聞こえた。
同時に、一誠の体内に宿る
「なにっ!?」
蟹男は、ハサミの手応えが突然硬くなったのを感じて、呻くような声を上げる。
一誠は両手でハサミを掴むと、
「おおおおおっ!」
雄叫びを上げて、腕力でこじ開けるのみならず、そのままハサミの爪を引きちぎる!
解放された一誠は、倍加によって高められた力を解き放った。
『Explosion!』
籠手の宝玉が目映い光を放つ。
一誠は籠手で守られた左拳を握り締めて振りかぶり、蟹男の胸板目掛けて思いきり叩きつけた。倍加と
敵の陣地内で
「そろそろ投降してはどうかしら」
リアスははぐれのリーダーに促す。
リーダーのはぐれ悪魔バイロンは、しかし余裕の態度だった。五十人はいた仲間のほとんどを失い、もはや数えるほどしか残ってないと言うのに。
バイロンの右手に、光が生まれた。その光が物質化して、何かを形作っていく。
バイロンは右手を頭上に掲げた。その手には短い杖のような物が握られていた。長さ四十センチほどの柄の両端に刃渡り五センチほどの刃と、それを囲むように四本の爪が生えている。仏具の
朱乃は咄嗟に身を捻って直撃は避けたが、広げた翼を太い電光で射抜かれて、落下していく。
咄嗟に祐斗が落下地点に駆け寄って、彼女を抱き止めた。
「
「その通り。稲妻を放射する《
バイロンが杖を横一文字に振り抜く。先端から放射された稲妻が長大な刃となって、周囲を薙ぎ払う。グレモリー眷属は咄嗟にその場に伏せてかわしたが、他のはぐれたちはリーダーの行動に驚いて回避が遅れた。
紫色の電光が彼等を撫で斬りにしようとした瞬間、
「エヤァッ!」
鋭い気迫と共に、白い光が走って紫電の刃を切断した! それは連也の放った『飛龍』での一刀だった。
「雷を斬っただと……何だ、その棒っきれは!」
「良いだろ?」
連也はおどけるように言った。
「ガキが!」
バイロンはその態度に怒り、連也へと神器を突きつける。轟音と共に稲妻が放射されるが、連也、これを『飛龍』で受け止める。
すかさず二度三度と立て続けに稲妻が放たれるが、柄巻きを施した木刀はこれを全て受け止め、しかし焼き尽くされる事も砕け散る事もない。そして、まるで電光を吸収して己の糧としているかのように、白い光輝を強めていく──否、実際に『飛龍』は、神器から放たれる稲妻を吸収していた。
連也は吸収したエネルギーに自身の念を上乗せし、八双からの打ち下ろしと共に放出した。
念道剣《
破邪の念を帯びた白い電光が、バイロンを直撃した。
「こんな、馬鹿、な……」
バイロンは一声呻いて、その場に倒れた。
【2】
廃工場内での戦いを、遠くから見つめる影が、四つ。
帽子とコートを身に付けた鷲鼻の男。
もう一人は髪の長い女で、ジャケットとタイトなミニスカート。インナーは身に付けておらず、ジャケットの襟から深い谷間があらわになっている。
三人目は黒いゴスロリ衣装をまとう金髪の少女。
そして四人目の、ビキニ風ボンデージを着た黒髪の女。
いずれもその背中から、漆黒の翼を広げている。
堕天使レイナーレとその部下たちである。
「レイナーレ様、アイツ等やられちまいましたよ? あんだけ大勢いたのにマジ使えねぇ……」
ゴスロリの少女ミッテルトが、呆れたように言った。
「良いのよ、最初から期待してなかったから。あくまでも兵藤一誠の
「どうなさるおつもりで?」
とは鷲鼻の男ドーナシークの問い掛けである。
「上手く誘惑してこちらの陣営に引き込みたいところだけど、もう悪魔に転生しちゃったし……
レイナーレは親指で喉を掻き切る仕草をした。言うまでもなく『殺す』という意味だ。
「しかし、それではせっかく捕捉した《
もう一人の女カラワーナの指摘にも、レイナーレは平然としている。
「捕まえてから抜き取ればいいじゃない。そうすればそのまま死ぬから手間も省けるわ──誘き出す餌も幸いこちらにあるしね」
そう答えて、微笑む。
悪意に満ちた、氷の微笑だった。
【3】
気が付くと兵藤一誠は、草木も生えぬ荒野に立ち尽くしていた。
赤茶けた大地が果てしなく続き、空は曇っている。
彼自身はと言えば、パジャマ姿で足は裸足だ。
(あれ? 俺、なんでこんな所に……)
と考え、記憶の糸を手繰り寄せても、出てきた答えは一つだけだった。
「そうか、これは夢だ!」
試しに自分の足の裏を見てみるが、全く汚れていない。パジャマも同様だ。自分の足で歩いてくるなり何者かに拉致されたのなら、それらしき痕跡があるはずだが、そんな物は全く無かった。
「あーあ、どうせなら巨乳で美人で巨乳のお姉さんに囲まれる夢が良かったぜ」
「何故『巨乳』を二回言うんだ」
不意に声が響いた。
周囲が陰る。
思わず声のした方を振り向いた一誠は、
「なっ、何だぁーーっ!?」
思わず叫んだ。
目の前に、巨大な赤いドラゴンが立っていたのだ。
「何だとはご挨拶だな、小僧。貴様の呼び掛けに答えてやったというのに」
「……って事は、おま、いやあなた様が、俺の
「そう、
「おおっ!」
一誠は思わず歓喜の声を上げた。
グレモリー家の調査でわかった事だが、先日捕らえたはぐれ悪魔バイロンとその一党は、一誠の殺害を堕天使から依頼されていた。報酬は、身の安全。仕事に加わったはぐれ悪魔全員を堕天使の組織『
身の危険を感じて動揺する一誠にリアスは、『自分で身を守れるくらい強くなるしかない、そのためには一刻も早く神器の扱いに習熟するのが一番早い』と言い、
「《
と付け加えた。
そこで一誠、ホームセンターで買った段ボールで小さいながら神棚を作り、そこにやはりホームセンターで買った紙粘土で製作した龍の像を祭り、お供え物までして、左腕の神器に祈りを捧げたのである。
しかしまさか、その日の晩の内に応じてくれるとは思わなかった。
「ありがてえ! まさかこんなに早く答えてくれるなんて! お願いします、今すぐ俺を超強くしてプオッ!?」
いきなり顔面に何かが叩きつけられた。
見ればそれは、雑誌である。
「おい小僧。これは何だ?」
「何って、俺の秘蔵のエロ本とかグラビア雑誌ですけど」
「何故これが、あの下手くそな像の前に置かれてあったんだ?」
「なんでって、お供え物だからに決まってるじゃないっスか」
「……小僧。俺はドラゴンだぞ。人間の雌の裸なんぞを見て喜ぶと思ったのか? 貴様が犬猫の交尾とか見ても嬉しくも何ともないのと同じだぞ?」
「はぅあっ!」
一誠は指摘されて、何か変な声を上げてその場に膝をついた。
「な、何てこった……おっぱいは、おっぱいは種族の壁を越えられないって言うのかよッッ!! こ、こんな事が……こんな事が許されていいのか……ッッ!!」
「それは割りと越えちゃいけない壁だと思うぞ」
悔しげに拳で地面を叩く一誠の背中に、ドライグは引き気味にツッコミを入れた。
「──で、だ。あんな下手くそな神棚に下手くそな像を祭って、こんなトンチキな捧げ物まで用意して、この俺に何の用だ?」
「かくかくしかじかっ!」
「まるまるうまうまという訳か……ふん、良いだろう。貴様は気に入った」
「マジっスか!?」
「ああ、大マジだ。これまでの所有者の中にも俺の存在に気付き、コンタクトを取ってくる奴等がいた。大抵が何をトチ狂ったのか戦いを挑んで来る阿呆だったが、中には
「あざます&おなしゃすッッ!!」
一誠はドライグに深々と頭を下げた。
それからドライグは、籠手の基本的な機能や使い方、弱点、そして更に上の段階に至るまで事細かに説明した。
「──とまぁ、だいたいこんな感じだ。理解出来たか?」
「ピンクのカバさんがお空を飛んでます」
一誠は鼻血を出して倒れた。どうやら脳の処理能力が情報量に追い付けなかったようだ。夢の中ゆえか、漫画チックに額から煙まで出ている。
「……本当に知恵熱と鼻血を出して倒れた奴も、初めて見たな」
ドライグは呟き、さてどうしたものかと思案して……。
翌日の放課後、祐斗が部室に入ると、一誠がソファに座ってノートを必死に読み込んでいた。
「兵藤くん、それは?」
「《
「取説ってあるんだ……」
「籠手の中のドラゴンが書いてくれた」
「書いてくれるんだ……」
「朝起きたら何故か机に向かっててさ、左手でシャーペン持ってて……で、このノートに書き込まれてたんだ。オカルトで言う自動書記ってやつだと思う」
「そして、それを読んで勉強中って訳だね」
「まぁな」
一誠はそう答えて、黙り込んだ。かなり集中している。
それにしても、昨日の今日で神器に封印された存在と接触出来るとは……、
(ひょっとして、
そんな風に思わずにはいられない祐斗であった。
【4】
それから二週間ほど過ぎた、ある日の夜。
連也はジャージ姿で、一人歩いていた。
住宅街を出る辺りで、素っ頓狂な声が響く。
「秋月ぃいいいっ!!」
一誠がこちらに向かって全力ダッシュしてくる。制服姿だが、悪魔の『部活』が深夜にまで及ぶ事くらいは既に知っているので、そこは特に驚いたりはしない。
「よう、兵藤」
「頼む、助けてくれ! アーシアを助けるためにお前の力を貸してくれぇえええっ!!」
そう懇願すると、一誠は息を整えてから詳しく説明し始めた。
今日の放課後、街で再びアーシアと出会った一誠は、彼女に街を案内してやり、楽しい時間を過ごした。
だが、最後に公園で一緒にソフトクリームを食べた後、アーシアは不意にこう言ったのだ。
「実は、イッセーさんとこうして遊べるのも今日で最後なんです」
「えっ、どうしてだよ?」
「実は、その……ま、また、別の教会に移る事になったんです……」
「そんな! この前来たばっかりだろ!?」
「そ、それは、その……本当は別の教会に行く事になってたんですが、手違いでこちらの教会に行くようにと指示されて……今までその確認に時間が掛かってしまって」
「──嘘だ」
一誠は彼女の説明を否定した。
「本当は誰かに脅されたんじゃないのか? もう俺と会っちゃダメだとか、そんな風に」
「そ、そんな、事は……」
アーシアは語気も弱々しく、目線を逸らす。そんな彼女の両肩を、一誠は強く掴んだ。
「……アーシア。俺、本当は知ってるんだ。君が堕天使と一緒にいる事……そいつ等に脅されたんだろ? 本当の事を言ってくれよ! 俺に出来る事があれば何でもするから!」
「あら、威勢が良いわね」
その声に振り向くと、ビキニ風ボンデージを着た黒髪の女が立っていた。その背中からは黒い翼が──コウモリに似た悪魔の翼ではなく、鴉のような翼が広がっている。以前リアスから教わった、堕天使の印である黒翼……。
「アーシアは今夜私たちの教会で行う大事な儀式の生け贄なのよ。返してくれないかしら?」
「儀式の生け贄だと? ふざけんな! そんな事言われてハイどうぞって渡す訳ねえだろ!」
と言った一誠の足下に、光の槍が突き刺さった。
「じゃあ死んでくれる? どうせあなたも殺す予定だけど、今ここではまずいという訳でもないし」
「やめてください、レイナーレ様!」
次の光槍を手中に生み出したレイナーレの前に、アーシアが一誠を庇うように飛び出した。
「勝手に教会から抜け出したのは謝ります、儀式にもきちんと参加します! だからイッセーさんを傷付けないでください!」
「良い心掛けね。それじゃあこっちへいらっしゃいアーシア」
槍を消して、レイナーレは手招きする。
アーシアは背後の一誠に振り向くと、
「イッセーさん、色々ありがとうございました。短い間だったけど、凄く楽しかったです」
そう言い残して、レイナーレに連れ去られたのだった。
一誠は旧校舎へ向かい、リアスにアーシア救出の助力を請うも、堕天使とのいさかいを今は避けるべきと、いつにない厳しい態度で断られた。
そして悩みに悩んだ末、部室に『退部届』を置いて、連也に協力してもらうべく彼の住む住宅街へと向かう途中だった──という事だった。
「頼む! アーシアを助けるために力を貸してくれ! もうお前以外に頼れる奴がいないんだ!」
一誠は連也の前で土下座した。
連也の答えは、
「いいよ。一緒に行こう」
即答であった。一誠を立たせながら、そう答えた。まるで最初からそのつもりであったかのように。
「……あ、ありがとう秋月ぃぃいいいっ! ありがとォォオオオオッ!!」
感極まった一誠、思わず連也に抱き着くのだった。
「良いって事よ。最初からその予定だったし」
「へっ?」
「さっき部長さんに頼まれたんだよ、LINEで」
「部長が?」
「あの人にもあの人なりに立場ってもんがあって大っぴらに動けないとか、そんなんじゃないかな。だから悪魔じゃない俺に頼んだんだろうな」
「そ、そうだったのか……」
一誠はリアスの配慮に感心した。
教会へ向かう途中、二人を待つ者たちに出会った。
祐斗と小猫だ。
「やぁ、遅かったね」
「お疲れ様です」
「お、お前等なんでここに?」
「僕たちも加勢するよ。部長命令だしね」
一誠の問いに、祐斗が答えた。
「部長と朱乃さんは? やっぱり来てくれないのか?」
「別行動。どこへ何をしに行くとまでは言わなかったけど、今回の堕天使の件に関する事なのは確かだろうね」
「……秋月先輩は、やっぱり部長の頼みですか?」
「半分はね」
「もう半分は?」
「俺自身のためさ」
連也は見上げる小猫にそう答えた。
「ここで部長さんの頼み断ってあのシスターさん見殺しにしちゃ、俺の心にわだかまりが残る。それは俺の技を鈍らせる原因になるからな。そんだけ」
「はぁ……」
小猫は曖昧な返事をした。言わんとする理屈はわかるが、それにしてもこうもあっけらかんと『自分自身のため』と言い切ったのが意外だった。
「よぉーし行くぞみんな! 待ってろよアーシア、今助けるからな!」
やる気満々の一誠を先頭に、一同は教会へと乗り込んで行った。