【1】
教会に入り、聖堂へと続く扉の前に一行は立った。
秋月連也が扉に手を触れて、目を閉じる。そして数秒──、
「扉の向こうには、四人しかいないな。一人は人間で、この前の白髪の神父。他の三人は気配が人間とは違う感じだから、たぶん堕天使だろう」
と言った。
「それだけ? 他のはぐれエクソシストはいないのかい?」
「たぶんこの前の戦いで在庫切れなんだろうな」
木場祐斗との問答に、兵藤一誠が割って入り問い掛ける。
「アーシアはいないのか?」
「この向こうにはいないな」
「きっと聖堂の地下にいるんだと思う」
と、祐斗。
「この手の集団は決まって、聖堂の地下に隠し部屋を作って、そこで儀式をやるんだ。神や天使、それを崇める教会への当て付けにね」
「じゃあまずは、向こうにいる四人を片付けて、地下への入り口を探さなきゃならないって事か……」
「そういう事だな。敵は俺たちが引き受けるから、お前は入り口探すのに集中しろ。じゃあ行こうか」
連也は軽い調子で言ってのけると、先陣を切って扉を開けた。
途端に、短剣の形をした光が無数に降り注ぐ。
連也の右手には、いつの間にか木刀が握られてある。白い光輝を放つ木製の刀身が真横に振り抜かれると、太刀筋に沿って陽炎めいたモヤが虚空に浮かび上がり、壁となった。
光の短剣はその陽炎の壁に当たるや軌道を逸らして、周囲の床や壁に突き刺さる。
「なかなか器用だな」
聖堂の奥から、男の声がした。堕天使のドーナシークだ。その左右にカラワーナとミッテルトが立ち、彼等の前方にフリード・セルゼンがいる。
「空間を歪ませて、飛び道具を逸らす盾にするとは……
「コイツはただの木刀だよ。先祖伝来の逸品だけどね」
答えながら連也は、その先祖伝来の木刀『飛龍』の切っ先を敵へと向けた。
「あの金髪のシスターさんを渡してもらおうか」
「断る。そもそも貴様等悪魔にしてみれば、教会の人間が死んだところで、喜びこそすれ困る事などないはずだが?」
「ふざけんな! アーシアは俺の友達だ、儀式の生け贄にされて黙っていられるかよ!」
連也の後ろから一誠が飛び出し、怒鳴り付ける。
「それに、リアス・グレモリー様の管轄地で君たち堕天使が暗躍しているのを、僕たちグレモリー眷属が見過ごす訳にはいかないだろう?」
祐斗の言葉に、塔城小猫がコクンとうなずき、同意した。
「小僧。貴様はどうだ? 気配からして悪魔ではなく人間のようだが、何故そいつ等に加勢する?」
「人間だからね」
連也はドーナシークの問いに、即答した。
「そしてあのシスターさんも、俺と同じ人間だ。同族の危機とあっちゃあ見過ごせない。それだけさ」
「そうか……ではまとめて死ね」
ドーナシークが指をパチンと鳴らすと、そのフィンガースナップを合図に、ミッテルトが開いた右手を頭上に高々と掲げた。ゴスロリ衣装に身を包んだ小柄な体躯の周囲に、無数の光の短剣が現れる。先程の攻撃は彼女によるものだったようだ。
しかしその光の短剣が発射される前に、小猫が動いていた。並べられた長椅子を左右の手に一つずつ抱えて、野球ボールか何かのように軽々と投げ飛ばす。二つの長椅子がミサイルとなって、ミッテルト目掛けて迫る。
その長椅子の一つに紐状の光が巻き付いて、バラバラに寸断した。
もう一つの長椅子は、光で出来た大剣で切り刻まれる。
紐状の光は、カラワーナの右手に握られた光の鞭。大剣はドーナシーク。二人は背中の黒翼を羽ばたかせて、猛禽の如く襲い掛かる。
迎撃態勢を取る祐斗と小猫。
しかし連也は、床板に『飛龍』の切っ先を突き立てて、目を閉じた。木刀から生まれた光輝が、足元の影に吸い込まれて消える。連也が立ち上がり木刀を振り上げると、彼の影の一部が矢となって離れる。
「兵藤、そいつについていけ。俺の影が地下への入り口を探してくれる」
「わ、わかった!」
目の前で起きた怪現象に驚きつつも、一誠は意思ある者の如く動き出した影の矢を追った。
その一誠目掛けてミッテルトが光の短剣を複数発射する。しかし連也が『飛龍』を横一文字に振り抜くと、突風が生まれて短剣を薙ぎ払った。太刀筋に沿って生まれた微かな空気の流れを念で増幅させて破邪の疾風に変える、念道剣《太刀風》! 巻き起こった強烈な風がミッテルトすら呑み込み、壁に叩きつける。
連也、更にダメ押しとばかりに、ミッテルト目掛けて両手突きを放つ。彼女とは数メートルの隔たりがあるが、木刀から念の波動が放射され、小柄な肉体を直撃して失神させた。
連也はそれを確認し、ドーナシークと斬り結ぶ祐斗、カラワーナの光の鞭を軽快にかわす小猫の両方にも視線を走らせた。二人とも今のところ、加勢は必要無さそうだ。
「──待たせちゃったかな」
『飛龍』を別の方向へ向ける。そこにいるのは、フリードだ。白いコートと黒い上着を脱ぎ捨てて、黒のタンクトップ姿となっている。腰の左右に革製のホルスターを下げており、そこに短剣を差し込んであった。
「いいや、こっちも準備してたとこだ」
フリードの口調が、この世の全てを舐めくさったような、いつものおどけたものでは無くなっていた。
表情も消えている。能面のような顔だが、その下に鋼鉄のような暗く冷たいものがあった。
「この前言った通り、手間隙掛けてじっくりなぶり殺しにしてやるよ」
静かな口調でいい、腰のホルスターから短剣を抜き取る。刃渡り50センチほどの刃は『く』の字に曲がり、先端が大きく膨らんでいた。『グルカナイフ』或いは『ククリ』とも呼ばれる武器だ。フリードはこれを左右の手に構え、腰を落とした。
【2】
(コイツ、マジだな)
連也は思った。この前戦った時のフリードは、相手に恐怖を与えようと、オーバーアクションでいたずらに威嚇するような動きをしていた。今の彼からはそんな『おふざけ』が全く感じられない。純度100パーセントの殺意が冷徹な意思となって、この男を突き動かしていると感じた。
連也、木刀を正眼に構える。相手に迂闊な接近を許さず、どの方向からの攻撃にも素早く対応出来る、防御の構え。
フリードの前後に開いた足──膝の向きにも注意する。後ろ足の膝が、横を向いていた。相手の攻撃を誘い、サイドステップでかわして後の先を取る構えだ。
二人はじっと睨み合った。
かといって全く動かない訳ではない。ほんの少しだけ、構えている武器を上げたり下げたりして、自然な隙を敢えて作り、相手を誘う。
不意に、大きく重い物が動くような音がした。
連也がチラリと視線をやると、一誠が奥にあった祭壇を動かしている。そうして出来たスペースに身を躍らせると、彼の姿は地面に吸い込まれて消えた。あの祭壇の下に隠し階段があり、連也の放った影矢が探り当てた地下への入り口だったのだろう。
そこまで確認した瞬間、連也は真横に跳んだ。殺気が冷たい風となって身体を叩き、また視界の端に、藪から飛び出す猛虎めいて接近するフリードの姿を捉えたからだ。
連也がいた場所で、フリードの両手のククリが低い位置で『X』の軌跡を描いた。回避が遅れれば両足を切り裂かれていただろう。
連也、フリードの横から、首筋目掛けて『飛龍』を振り下ろす。
フリード、床を蹴って身体を回転させつつのサイドステップで、これを回避。
瞬間、連也の顔目掛けて走る銀光一閃! フリードが回避しながら投げつけたククリだ。
首を傾げてよける連也の腹目掛けて、更にもう一本のククリが投擲される。これも身を捻りかわした──つもりだった。しかし避けきれず、ブーメランめいて回転する曲刃が、脇腹をかすめた。
「勝負ありだ」
フリードがニタリと笑った。
「もうそれ以上動かねえ方がいいぜ……毒の回りがそれだけ早くなるからなぁ!」
毒。
その言葉に、連也はゾッとした。そして何故フリードが武器をククリに──更に言うなら実体刃に──換えたのかを理解した。なるほど、光で出来た刃に毒は塗れない。銃は光弾を打ち返され、光刃剣も光の刀身を切断された。そうしてフリードが新たに選んだのが、毒の刃だったという訳だ。
(毒を塗った武器とか、悪役の定番だってのに……!)
実際、漫画で何度も見た展開だ。なのにむざむざとくらった己れの迂闊さに、歯噛みする思いであった。
その間にも毒が回ってきたようで、手足が痺れてきた。連也はその場に力無く座り込み、目を閉じる。顔からは汗が流れ始めていた。顔だけでなく、ジャージの下の全身から、汗が流れ出している。
「さぁーて、いよいよお楽しみタイムだぜマイハニー」
連也の様子を見て嫌らしい笑みを浮かべたフリードが、腰の後ろに手を回すと、両手にはさっき投げたのと同じククリが握られていた。後ろ腰に予備を用意していたのだ。
「心配すんな、その毒は身体を痺れさせるだけで死にはしねえよ。足からじっくり切り刻んで挽肉にしてやるから、良い声で鳴いてくれよ?」
勝利を確信して、悠然たる足取りで近付いたフリードは、両手のククリを振り上げ、連也の足目掛けて振り下ろした。
瞬間、横殴りの
フリードの目に、信じ難い光景が映し出されていた。
動けぬはずの連也が立ち上がり、木刀を真横に振り抜いていたのだ。
「テ、テメェ、毒で動けないはず……」
「治った」
それだけ言って繰り出された両手突きが、フリードのがら空きになった胸に炸裂する。木刀の切っ先から放射された念がフリードの体内で爆発し、衝撃となって全身を駆け抜け、昏倒させた。
連也は全身を蝕む麻痺毒を、念の力で汗と共に体外へ排出させたのだ。もっとも、フリードが間を置かず止めを刺しに来ていたら、果たして解毒が間に合ったかどうか……相手をなぶりものにせずにはおれぬフリードの性格が、連也には幸いだったと言える。
一方、カラワーナはいつまでも小猫を仕留めきれず、苛立っていた。的が小さくすばしっこいのでなかなか光の鞭が当たらない。聖堂内に並べられた長椅子を軽々と持ち上げて盾にして防がれる。長椅子を破壊しても、小さな女悪魔が持つ黒い刀身の剣が、どういう訳か光の鞭を吸収してしまう。苛立ちから攻撃が雑になり、ますます当たらなくなっていく悪循環に嵌まっていた。
鞭での遠距離攻撃は埒が明かないと思ったのか、光を鞭ではなく槍に変えて、小猫の頭上から襲い掛かる。槍のリーチは相手の剣のリーチを上回っている。しかも槍は一本ではなく二本。あの黒い剣で吸収されても、その隙にもう一本の槍で串刺しに出来る。
「ていっ」
だが小猫は、上空から怪鳥めいて迫り来るカラワーナ目掛けて、黒い剣を投げつけた。
「何なんだ、
祐斗と斬り結んでいたドーナシークが、怒鳴るように問い掛けた。
小猫が使っていたのと同じ剣を、祐斗もまた使っているのだ。その黒い刀身に触れると、自分の光の大剣が吸収されて刃こぼれを起こしたようになってしまい、ついには消えてしまう。今ドーナシークが手にしているのは、その度に自身の光力で創造し直した物であった。
「
「
「ご明察」
祐斗は右手に携える黒い剣と同じ物を、左手にも出現させる。
光を喰らう魔剣の二刀流。
一本では捌ききれず、ドーナシークはもう一本光の大剣を生み出して対処する。
二本の魔剣と光剣が、鍔迫り合いの形となった。
かと思うと、祐斗はドーナシークの腹を蹴って後方へ飛び退き、距離を取った。
だがドーナシーク、どうした事か追撃をしない。力無く両手から滑り落ちた大剣は、粒子状に分解されて消滅した。
彼は腹部から──祐斗に蹴られた箇所から、血を流していた。流れ出る鮮血が、何かを形作っていく……それは、剣だ。全体が透明な剣が、ドーナシークの腹に柄まで突き刺さっている……!
「それも僕の《
「──ハッ」
祐斗の説明に、ドーナシークは短く笑って、そのまま仰向けに倒れた。
二人の堕天使の死に様に、連也は思わず眉をひそめた。
立場上敵対してはいたが、彼個人が怨みや憎しみを抱いていた訳ではない。背中の黒翼を除けば、見た目も人間と
かと言って小猫や祐斗に文句を言える立場でもない。
胸の中のモヤモヤした気持ちを紛らわせるかのように、ジャージの上とその下のグレーのTシャツを脱いだ。シャツを絞って、吸った汗を搾り出すと、大きく深呼吸。
「フッ!」
腹に力を込めて息を吐き出しながら、広げたシャツを大きく振った。
シャツと連也の上半身から、飛沫が飛ぶ。
肌に浮かんだ汗はそれですっかり引いて、濡れていたシャツも乾燥機に掛けたみたいに乾いていた。
シャツとジャージを着直した連也は、未だポッカリと口を開けている地下への階段を、祐斗たちと共に降りていった。
【3】
階段を駆け下りながら、一誠は《
『Boost!』
赤い籠手が倍加を告げる音声を三回鳴らす頃、前方に扉が見えた。ドアノブを掴んで、回す。鍵は掛かってない。
扉を開けて中に飛び込むと、そこは殺風景な部屋だった。
奥の壁に大きな十字架が設置されており、そこに白いネグリジェ姿のアーシア・アルジェントが、鎖で磔にされている。そしてその正面に堕天使レイナーレが立ち、彼女を見上げていた。
「アーシア!」
一誠は叫び、駆け出していた。
ここは悪魔の敵である堕天使の本拠地。ならば使えるはずだと自身に言い聞かせ、己れの内なる駒に意識を集中させる──選択したのは、
地を蹴って跳躍すると同時に、倍加して蓄積された力も解放する。
『Explosion!』
そして全身にみなぎる力の全てを、右足に集中させた。
「ヴァイパぁぁあああっ! ジャイロぉぉおおおっ!」*1
特撮ヒーロー『覆面ヴァイパー』の必殺技たる跳び回し蹴り。しかし今の一誠が放てば、ただの物真似ではなく本物に近い必殺技となり得る。振り向いたレイナーレの横っ面に、横一文字に振り抜かれた一誠の右足がぶち当たり、彼女をサッカーボールめいて吹っ飛ばした!
壁に叩き付けられて倒れるレイナーレには目もくれず、一誠はアーシアの下に駆け寄る。
「イ、イッセーさん?」
「大丈夫かアーシア! 助けに来たぞ! 今下ろしてやるからな!」
アーシアに呼び掛け、彼女を拘束する鎖を外そうと手を伸ばすが、そこへ光の槍が飛んできて、一誠の左太股を貫いた!
「ぐぁああああっ!」
激痛に叫び、一誠はその場に倒れてのたうち回る。まるで濃硫酸を細胞一つ一つに注入されたような痛みだ。自身が上げる叫び声で、かろうじて意識が保てている。悪魔にとって天使や堕天使の光は猛毒。ただ刃物で刺されるのとは別次元のダメージなのだ。
「薄汚い悪魔の分際で、よくも私の顔を足蹴にしてくれたわね……!」
レイナーレが屈辱と憤怒に顔を歪ませ、幽鬼の如く立ち上がった。
「しかもその悪魔が元は
両の手に光の槍を生み出すレイナーレ。
一誠は遠退く意識を必死に繋ぎ止めながら、籠手に覆われた左手で、突き刺さっている槍を掴んだ。
「がぁぁああああっ!」
野獣めいた叫びを上げて、槍を引き抜く。傷口から鮮血が溢れ出し、凄惨な光景にアーシアは思わず顔を背けた。
「へぇ、さすがは
『意味もない』と言おうとしたレイナーレの言葉が、途中で止まった。
一誠の左手を覆う籠手。以前グレモリー眷属とはぐれ悪魔集団とが戦った時と、形が違う。あの時よりもより刺々しくなっている。
『Boost!』
その形状変化している籠手から、倍加を告げる音声が響く。そして──、
『Transfer!』
「はぁ?」
レイナーレの知らない音声が響き、思わず間の抜けた声が漏れる。
(
うろたえるレイナーレの前で、籠手の宝玉が輝き、その輝きを受けて左手に握られたままの光槍が倍近い大きさに膨れ上がった!
「くらいやがれぇええっ!」
一誠はその巨大化した槍を、レイナーレ目掛けて投げ付ける。槍は閃光となって駆け抜け、レイナーレの頬を掠めて背後の壁に深々と突き刺さった。傷の痛みで体勢がわずかに崩れて、的を外したのだ。
「ふ……ふふっ……あっはっはっはっはっ!」
一瞬死を覚悟したレイナーレだったが、九死に一生を得て、笑いが込み上げてきた。
「ほぉーら言わんこっちゃない! 倍加以外に能力があったのは驚きだけど、結局あなたが雑魚でそれを活かせてない以上、恐るるに足りな──ん?」
またもレイナーレの言葉が途中で止まった。
自分の腕に、細い糸のようなものが巻き付いている。よく見ると腕だけでなく全身に──もっと言えば、彼女のビキニ風ボンデージに絡み付いている。そしてその糸は、一誠の右手に繋がっていた。
「見せてやるぜ……《
一誠は右手を高々と掲げる。その手とレイナーレの服を繋ぐ糸の正体は、最初の『ヴァイパー・ジャイロ』の際にくっつけた、彼自身の魔力。そして魔力とは、イメージのままにあらゆる現象を引き起こす万能の力でもある。例えば姫島朱乃はこの魔力で、自身の制服を巫女服へと瞬時に作り替える事が出来るのだ。
「弾けろ!
パチィイインッ!
一誠のフィンガースナップが鳴り響く。
それが合図であったかのように、レイナーレのボンデージ衣装が千々に千切れて弾け飛ぶ!
大きく膨らんだ胸。
その先端の桜色。
引き締まった腹部。
肉感的な曲線を描く脚。
何もかもが、丸出しになった。
予想外にも程がある事態に、レイナーレは思わず固まった。
アーシアも顔を真っ赤にしつつ、あんぐりと口を開けている。
「よっしゃあああっ! 大・成・功ぉぉおおおっ!」
一誠だけが、歓喜の雄叫びを上げていた。今だけは傷の痛みすら忘れて、レイナーレの真っ白な裸身を凝視している。
「何するのよぉぉおおおっ!」
その一誠の顔面に、瞬時に距離を詰めたレイナーレの前蹴りが突き刺さり、めり込んだ。
「土塊生まれの転生悪魔風情が、よくもよくもよくもこの私を! この私に! こんな、こんな、こんな事ぉぉおおおっ!」
裸体を隠しもせず、一誠の腹と言わず背中と言わず、怒りに任せて蹴り、踏みつける。
「アザゼル様にしか見せるつもりのなかった私の裸をよくもぉぉおおおっ! お前みたいな色餓鬼、光で焼き殺すのも汚らわしいわっ! このまま虫けらみたいに蹴り殺して踏み殺してやる! 死ね! 死ね! 死ね! 地獄の底で百億万回死ねぇぇえええっ!」
怒りと羞恥で《
「ありがとうございます! ありがとうございます! おっぱいプルンプルン揺らしながら踏んでくれてありがとうございます! 綺麗な脚で踏んでくれてありがとうございます! 大事な所おっ広げながら踏んでくれてありがとうございます!」
一誠は頭を両腕でガードし、負傷した左足も左半身を下にしてうずくまる事で守り、それでもレイナーレの裸身からは目を逸らさない。そして何故かお礼まで言う始末である。それがかえってレイナーレの怒りを激しく燃え上がらせた。
「まだ言うかぁぁあああッッ!!」
渾身の力と怒りのこもったストンピングが、一誠の右脇腹に突き刺さった。枯れ枝が折れるような感触が、足裏に伝わってくる。
そしてその足首が、一誠の右手でガッチリと掴まれた。
「──本当にありがとうよ、時間いっぱいまで待ってくれてなぁ!」
一誠は、笑った。
『Boost!』
《
レイナーレは、自分がまんまと相手の策略に嵌まっていた事に気付いた。黒翼を広げて逃げようとするが、
『Explosion!』
「吹っ飛べクソ堕天使ぃぃいいいっ!」
起き上がるや否や、一誠は左手から三回の倍加で高めた全魔力を解き放った。それは光の激流となってレイナーレを呑み込み、吹き飛ばすと、そのまま天井を貫いて地上へ続く大穴を空けた!
『貴様にしては上出来だ』
床の上に大の字に転がった一誠の、左手の籠手から声がした。赤龍帝ドライグである。
「ちょっと予想外の展開もあったけど、ま、結果オーライってやつさ」
一誠は籠手に向かってそう返す。
ちなみに一誠の予想では、全裸に剥かれたレイナーレは恥ずかしさのあまりその場にうずくまるなりどこか物陰に隠れるなりして裸を隠すはずだった。その隙に奴を吹っ飛ばせるレベルにまで、倍加で魔力を高めるつもりだったのである。
「兵藤!」
そこへ連也たちも駆け付けて来た。
「よう、お前等……俺一人で、バッチリ決めてやったぜ……」
一誠は三人に向かって右手でサムズアップすると、
「悪いけど、アーシア頼むわ……俺もう限界、おやすみ」
そう言って、気を失った。
【4】
一誠が目を覚ますと、傍らにアーシアがいて、顔を覗き込んでいた。
「イッセーさん……良かった……!」
アーシアが感極まって抱き付いてくる。
ふと見れば、足の傷は無くなっていた。彼女の
脇腹の痛みも消えてるので、折られた肋骨も治してくれたようだ。
改めてアーシアの力に、感嘆の思いが込み上げてくる。
周りを見渡すとここはさっきの地下室で、連也と祐斗……そして朱乃に、リアス・グレモリーもいた。
「ぶ、部長!? それに朱乃さんも!? ど、どうしてここに……」
「後始末」
リアスが簡素に答えた。
そこへ小猫がやって来た。肩に引っ越し荷物めいて、ミッテルトと全裸のレイナーレを担いでいる。レイナーレは黒髪も黒翼も端々が焼け焦げ、白い裸体のあちこちにも火傷の痕があった。一誠の魔力波で地上まで吹っ飛ばされて、まだ消滅せずに生きていたのだ。
「部長、持ってきました」
「ありがとう小猫。ご苦労様」
堕天使二人を床の上に無造作に転がす小猫を労いつつも、
(なんでこっちは裸なのかしら……)
と疑問に思わずにはいられないリアス。恐らくは一誠の魔力攻撃をくらい、服が消し飛ばされたのだろうと結論付けておいた。それは他の者たちも同様で、やはり同様の推論をした。
一同が『
朱乃がレイナーレとミッテルトに手をかざすと、たおやかな手から放出された魔力が光輪となって、堕天使を拘束した。
それと前後してアーシアが駆け寄り、レイナーレの傷を神器の指輪で治していく。
「アーシア、そんな奴ほっとけよ!」
「そうよ、アーシア・アルジェントさん。その女はあなたを殺そうとしていたの。助ける理由なんて無いはずよ」
一誠に続くようにして言ったリアスは、手にしていた書類をアーシアに差し出す。
そこには、人間の体から
「恐らく彼女はあなたから
「レイナーレ様には、恩があるんです」
アーシアはハッキリと、そう答えた。
「追放されて行く当ての無いあなたを引き取った事? たとえあなたを殺すためだったとしても?」
「……私は以前、教会に忍び込んだ悪魔の傷を癒した事があります。そのために教会は私を魔女と呼び、私の力を悪魔の力と言って、私を追放しました。だけど、そんな私に、この方はこう言ってくださったんです……『種族の分け隔て無く、傷付いた者を癒すその力は、まさに主の果てしない慈愛の象徴だ』って……」
「そんなの、アーシアを騙すために言ったに決まってるだろ!」
一誠の言葉を、アーシアは首を横に振って否定した。
「そんな事はどうだって良いんです……私は、そう言われた事がとても嬉しかった……だから、その一言のために、私はレイナーレ様を治します。ただ、それだけです」
震えてはいるが、強い意思を感じさせる声色だった。そう言われた時の事を思い出したのか、目尻に涙の粒が浮かんでいた……。
レイナーレの治療を追えると、アーシアはリアスの顔を見上げた。
「あの……皆さん、悪魔の方々なんですよね? お二人をどうなさるおつもりなのですか……?」
その問いにリアスは、手刀で自分の首を切る仕草で答えた。そこに込められた意味を察してアーシアは青ざめ、堕天使たちを庇うように両手を広げ、リアスの前に立った。
「お、お願いです! お二人を許してあげてください! 私に出来る事なら何でもしますから!」
「良いでしょう。あなたがそこまで言うのなら、この場は見逃してあげます」
リアスはあっさりとそう言った。あまりにもあっさりと言うものだから、皆が皆、我が耳を疑った程である。
「いつまで寝たふりをしているの、堕天使レイナーレ。聞こえたでしょう? アーシアさんに免じてあなたたちをこの場で処分するのは止めにします。あなたたちの身柄は魔王庁を通じて『
リアスの言葉に、レイナーレの裸体がビクッと震えた。かと思うと、目を開けて起き上がる。連也の念を受けたミッテルトは、まだ失神したままだ。
「言っておくけれど、『
その『破門状』をレイナーレに突きつけて、リアスは鋼鉄のような暗く冷たい眼差しを向けた。
「私の領地に土足で踏み込み、眷属を狙った所業は万死に値する……け・れ・ど、今言ったように、アーシアさんに免じてこの場は許してあげましょう」
そしてレイナーレを強引に立たせると、ミッテルトを小脇に抱えた朱乃が床に魔法陣を展開した。悪魔の棲む世界『冥界』に通じる転移魔法陣だ。
リアスは部員たちに、アーシアを今夜は旧校舎に泊めるよう指示すると、堕天使二人を引っ立てて、朱乃と共にその魔法陣の中へと消えていった──去り際に、連也へ可愛らしいウインクをして。
ちょっぴり頬が赤くなる連也であった。
【5】
三日後、連也は祐斗の案内で旧校舎に呼ばれた。新入部員を紹介したいらしい。察しはついたが、行ってみればやはり、新入部員とはアーシアの事であった。駒王学園の制服に身を包み、ソファの上に一誠と隣り合って座っていたが、連也の姿を見るとパタパタと駆け寄った。
「この前は助けていただき、ありがとうございました」
と、やけに流暢な日本語でお礼を言う。
(──ん?)
初めて会った時は英語で喋っていたはずだが……疑問に思った連也は、恐る恐る尋ねる。
「なんか、スッゴい日本語お上手に聞こえるんだけど、もしかして……」
「はい。部長さんの話だと、悪魔に転生すると相手のわかる言葉に自動的に翻訳されるそうです。悪魔って凄いんですね」
アーシアは朗らかに笑い、背中からコウモリに似た翼を広げてみせた。
連也は奥に座るリアスを、ジロリと見やる。
「だって、彼女が何でもするって言うから」
視線の意味を察して、リアスは悪びれる風もなく答えた。
今一釈然としない連也だが、そんな彼の心中には構わず、朱乃と小猫がケーキと紅茶を運んできて、そのままお茶会が始まった。
リアスの隣(そこしか空いてなかった)に座って、切り分けられたケーキをつつきながらも、連也は浮かない顔だった。
「どうしたの連也くん。お口に合わなかったかしら」
リアスが顔を近付け、ズボン越しに内股を撫でながら聞いてくる。
「いや、アイツ等どうなったのかなって……」
「堕天使の事? まだ私の方には連絡は来てないしするかどうかも怪しいけれど、どうせ『
その『どちらでも』には、アーシアの嘆願を無視してあの場で自分が手を下す事も含まれているのだろう。
つまり結果として、半ばアーシアを騙したような形になる。思うところが無くもない連也だったが、かと言って自分にアーシアの面倒など見れるはずもなし、行く当ての無い彼女が路頭に迷うよりは良いのだろうか……。
気になる点が、もう一つ。
教会での戦いを終えて帰ろうと地上の聖堂に戻ると、ドーナシークとカラワーナの死体はあったがフリードの姿が無かった。ミッテルト同様、半日は目を覚まさないレベルの念を打ち込んだはずだが……グレモリー家のスタッフを動員して探させるとリアスは言っていたが……。
考えを巡らしながら、連也がチラリとアーシアの方を見ると、彼女は一誠と仲睦まじくケーキと紅茶に舌鼓を打っている。
(……まぁいいか)
彼女の明るい笑顔に、何となくそう思う連也であった。
──ちなみに、一誠が部室に残した退部届。
「手書きの退部届なんて受理される訳ないでしょう」
と、リアスが呆れ気味に破ってゴミ箱に捨てておいたとの事である。