06:炎と風
【1】
秋月連也は、ふと目を覚ました。
部屋は豆電球の灯りでオレンジ色に照らされている。
時間を確認しようと、枕元のスマホに手を伸ばし掛けた時、被っていた布団がいきなり盛り上がった。
足下で出来た膨らみが、ゆっくりと頭の方へと移動してくる。
そして胸元まで来ると──、
「来ちゃった♪」
八重歯を覗かせて悪戯っぽく笑うリアス・グレモリーが、そこにいた。一糸纏わぬ全裸である。
一糸纏わぬ全裸である。
豆電球の薄明かりや布団の陰などものともせず、白い肌がくっきりと見える。
豊満な胸の膨らみも。
引き締まった腹部も。
肉感的なラインを描く太股も。
何もかもが。
くっきりと、連也の網膜に焼き付けられる。
だがしかし、
(全然嬉しくない『来ちゃった♪』が来ちゃったっ!)
連也からすれば、リアスにここまで気に入られる覚えは全くないのだ。相手がどれ程の美女であっても、明日からでもグラビアデビュー出来そうな裸体を惜しげもなく見せられても、まず嬉しさより警戒心や恐怖に似たものが込み上げてくるのは、無理からぬ事である。
だがリアスは後輩のそんな繊細な男心など意にも介さず、連也の上に真っ白な裸身を重ねてきた。
胸部に搭載された戦略兵器がムニュッと潰れて、ボリュームと柔らかさをアピールしてくる。
互いの呼吸が聞き取れるほど顔が近付き、燃えるような紅髪がヴェールのように垂れ下がった。何度か嗅いだ香水の匂いが、連也の鼻腔を優しく愛撫する。
「あ、あの、何か、御用ですか?」
「抱いて」
「はい?」
「抱・い・て」
耳元で、一文字ずつ区切って、リアスは復唱した。
「何言ってんスかアンタ! 変な色のキノコでも食べたんですか!?」
「良いじゃない、そんな事はどうだって」
「アンタは良くても俺は良くないんだよっ!」
「でも連也くんのココは、こんなになってるわよ?」
リアスは連也の上から横へと裸身をずらし、たおやかな手をズボンの中へと潜り込ませた。モゾモゾとズボンの、否、パンツの中で、手が妖しく蠢く。連也は思わず身悶えした。
「ふふっ、身体は正直ね……」
リアスは蠱惑的な笑みを浮かべ、更に激しく手をくねらせ、蠢かせる。まるで獲物に絡み付く毒蛇だった。
「ほら、連也くんも触って……私のお胸、好きでしょう? 好きなだけ弄んでちょうだい……」
そう言って連也の手を取り、自分の胸に押し当てる。白い膨らみに、指が簡単に埋もれていく。離れない。指が、手が、吸い付いて離れない。
(まずい……このままだと喰われる……っ!)
ある意味、人生最大の危機とも言える状況であった。
しかし連也、ここで不意に冷静に考えてしまった。
彼自身、この上級生の事は嫌いではない。これまでも、密着されて気恥ずかしい気持ちがあったが、同時に嬉しいという気持ちも、確かに感じていた。
何の前触れもなく夜這いされているこの状況、むしろ男を上げる最大のチャンスではなかろうか?
そんな風に考えている内に、リアスが彼の下半身へと移動した。
「それじゃ、貰うわね」
何を? と聞く前に、リアスの手が連也のズボンに掛けられ、そのままゆっくりとずり下ろして行き──、
ピピピピ! ピピピピ!
スマホのアラームが鳴り響いた。
ハッと気付くと、リアスの姿はない。
今しがた脱がされ掛けたズボンも、元のままだ。
スマホを手に取り、アラームを止める。画面に表示された時刻は、午前4時。
「……夢か」
吐き出すように、連也は呟いた。
振り返って考えると、リアスの裸体がハッキリと見え過ぎていた。そもそも、熟睡していても家の中に侵入者があれば、気付かないはずがない。その程度には鍛えている。
夢とわかって安心すると同時に、しかしどこか残念なような、そんな気持ちもあった。
不意に、股間に違和感を覚えた。
状態を確認した連也は、パンツを穿き替えてからジャージに着替え、叔父夫婦を起こさぬよう静かに家を出た。
【2】
連也は毎朝4時に起きて、鍛練を行う。
まずは走り込みである。と言っても、普通に道を走るのは最初だけだ。公園に入ると、人目のないのを確かめてから、公衆トイレの屋根の上に跳躍する。
そして、時に塀を、時に民家の屋根を、果ては電線の上などを走る。
傍迷惑と言えば言えようが、バランス感覚や反射神経を養う事が出来る。
父が健在だった頃は、山の中を朝な夕な猿のように駆け回り、跳び回ったものだ。
そうやって住宅街の外周をグルリと回ると、駒王町を縦断する
日の出前の薄暗い河原で、背中から愛用の木刀『飛龍』を取り出し、素振り稽古を始める。
面。
胴。
小手。
袈裟。
逆袈裟。
突き。
各種の打ち込みを、
正眼。
八双。
霞。
脇構え。
各種の構えから繰り出していく。
それが一通り終われば、木刀を右太刀から左太刀に構え直す。つまり、右手を上・左手を下にする持ち方から、左手を上・右手を下にする持ち方に替えるのだ。
そして再び、同様の素振りを行う。
それが終わる頃には陽も昇り、川面が鏡めいて空模様を映し出した。
連也は深呼吸をしてから、木刀を正眼に構え、目を閉じた。
──動かない。
彫像めいて動かない。
そばで見ていると、立ったまま眠っているのではないか、それどころか呼吸をしているのかすら心配になってくるほどの不動であった。
やがて、一羽のスズメが飛んできて、木刀の上に止まった。
そして少しの間羽繕いをして、再度飛び立とうとした──が、飛ばない。木刀の上で翼をばたつかせるだけである。
飛ばないのではなく、飛べないのだ。
よくよく観察すれば、連也の木刀が時折、かすかに上下しているのがわかるだろう。
連也はスズメが飛び立つために足下を蹴ってジャンプしようとする時の、そのかすかな圧力や意思の動きを感じ取り、木刀を下げているのだ。そのためスズメは踏ん張りが効かず、飛び立てなくなるのである。
だが、スズメは少しして、すぐに飛び去ってしまった。連也が視界の端に紅色を捉え、それが何であるかがわかって集中力を欠いたのだ。
川原に設けられたベンチに、リアス・グレモリーが腰掛けていた。組んだ足の上で頬杖をつき、連也をじっと見つめていたが、
「あら、ごめんなさい。お邪魔しちゃったかしら」
木刀の上に止まっていたスズメが飛び去り、連也が驚いたようにこちらを向いたので、リアスはてっきりそう思い、謝った。
「いや、ちょうど終わったところです……」
連也は答えながら、木刀の切っ先を左の掌に当てて、押し込む。全長1メートル近くある木刀が、左手の中にスウッと消えていった。
平静を装いつつも連也、さっきの夢を思い出して気まずい気持ちである。
リアスはベンチの端に身をずらし、空いたスペースを手でポンポンと叩いて、座るように無言で促す。謹んで辞退したいところだが、変に意識してると思われるのも嫌なので、連也は平静を装い彼女の隣に座った。
「連也くん、いつもここでお稽古しているの?」
「いつもはもっと家に近い場所でやってます。今日はちょっと気分転換に遠出しただけです」
「ああ、それで……私、時々ここに来るのだけれど、今まであなたの姿を見掛けた事がなかったからビックリしちゃったわ」
リアスは納得して、コロコロと笑った。
「時々……時々ここに、何しに来るんです?」
「陽が昇る時の空の色が好きなの。冥界の紫色の空では絶対に見られない色なんだもの。だから帰りにここに寄って、色の変化を楽しんでるの」
「帰りって、『部活』の帰りですか?」
「まぁ似たようなものね」
と答えて、リアスは説明した。
いわくオカルト研究部、すなわちグレモリー眷属にはもう一人メンバーがいる。まだ兵藤一誠やアーシア・アルジェントにも会わせていない彼は、強力な
封印と言っても、要は『危ないから外に出るな』という程度のものである。実態は、旧校舎に軟禁されているだけだ。しかし本人が、自身の神器ゆえに迫害されたために対人恐怖症を患っており、住まいとして使っている空き教室から出たがらないらしい。
「それで、能力をコントロール出来るようになれば自信もついて、封印指示も解かれるのではないかと思って、夜の空いた時間に旧校舎の中で訓練に付き合ってあげているの」
と、リアスは締め括った。
「大変ですね……でも、立派だと思いますよ。その人も、その人に付き合う部長さんも」
心からの言葉であった。
対人恐怖症になるほどの迫害を受けながら、そんな自分を変えるために、迫害の原因となった自身の力と向き合うその眷属。
リアスもリアスで、その眷属から駒を抜き取って、もっと扱いやすい人材に使用するなり出来るはずだ。なのにそれを良しとせず、訓練に付き合ってやる姿勢には、好感が持てた。
「そうね、あの子は本当に立派だわ。怖がりだけど、それでも立ち向かう勇気を持つ立派な男の子ね……でも、私の方は大した事ではないわ。眷属の面倒を見るのは当たり前だし、何よりそれに見合うだけの価値がある逸材だもの」
リアスは言いながら、髪を掻き上げた。頬にちょっぴり、赤みが差している。
「それに、それを言うならあなたも立派だと思うわ。だって、毎朝こんな早くから起きてお稽古しているのでしょう?」
「ただの習慣ですよ。小さい頃から父さんに付き合ってたから、やっとかないと落ち着かないってだけです」
「小さい頃から……」
不意に、リアスの表情が曇った。
「それは、お父様に強制されて……の、事なの?」
事前調査で、隣に座る可愛い後輩が父を亡くしている事は、知っている。故人を悪く言うのは憚られたが、それでも聞かずにはいられなかった。
「まさか。確かに最初のうちは修行もきつかったけど、辛くはなかったですよ。むしろ楽しかったし。修行中に時々その辺の悪霊とか妖怪とかが寄ってきた来たりしたんですけど、それを木刀一振りで追っ払う父さんがカッコ良くて、父さんみたいになりたいってのもありますね」
これもまた、連也の心からの言葉であった。
雪の下に埋もれた中、念を注ぎ続けて自分を守ってくれた父。救助された時には父は衰弱しきっており、いくつかの病気を併発し、闘病生活の末に眠るように息を引き取った。
最期に息子に遺した言葉は、
「自由に生きろ」
だがそれは、連也が既に実行していた。父のようになりたい。念道を極め、父や先人が目指した『高み』に自分も至りたい。それは連也自身の自由意思による選択だ。その選択が、今も彼を突き動かしているのだ。
何より──、
「そもそも、『誰かのために』なんてそんなものでやれるようなものじゃないですよ」
連也は、軽い調子でそう言った。
リアスは目をパチパチとまばたかせる。
「ちょっと意外ね……『誰かのために』って、結構尊重されるフレーズだと思うのだけれど……」
「大事な事だとは思いますけどね。誤解を恐れず言わせてもらうと、『誰かのために』ってのは裏を返せば、『誰かのせいで』って事にもなるでしょ」
「極論ではあるけれどね」
しかし理解は出来る。
「俺もそうです。『誰かのためにやってる事』が『誰かのせいでやらされてる事』になっちゃったら、続くものも続きませんよ。俺は念道が好きで、俺自身のために念道を極めたい。ただそれだけです」
彼の言わんとする事は、自分の行動に伴う責任を誰かに押し付けたくはないという事なのだろう。そのように、リアスは解釈した。
それにしても、よくもまぁ『自分のため』などと、こうもあっけらかんと言えたものである。戸惑いはしたが、不快感はなかった。
「何はともあれ、信念を持ってやれるのは立派な事だと思うわ。頑張ってね、連也くん」
そう言うと、リアスは連也の肩に手を回して抱き寄せ、内股を──と言うより、足の付け根を撫で回しながら、頬に口づけをした。その位置が唇のすぐ横だったため、連也は夢を思い出したのもあってついすくみ上がってしまった。
【3】
ある日の放課後、木場祐斗に案内されて、連也は旧校舎へ向かっていた。
またはぐれ悪魔退治の協力要請かと思った連也だったが、どうも違うらしい。
「実はこれから来客の予定があるんだけど、部長はその人の事を毛嫌いしてるんだ。とはいえ相手も名門だからね。万が一にもトラブルが起きてはいけないから、部長の精神安定のために、君に同席しててほしいんだよ。その場にいるだけで良いから」
「お前は俺を何だと思ってるんだよ」
「副部長の提案で、部長も承認した事だし……僕に言われても……」
「お前等は俺を何だと思ってるんだよ」
ぼやきはするが、回れ右して帰る訳でもなく、連也は祐斗についていく。祐斗が言ったように、その来客とやらとトラブルが起きた時にその責任を問われたくないからである。
「来てくれたのね連也くん。嬉しい……」
部室に入るなり、リアスがソファから立ち上がり連也を抱き締めて、彼の顔を胸にうずめた。ついでに髪の匂いもスンスンと鼻を鳴らして嗅いだりもする。
連也は早速、さっきの自分の判断を後悔した。
「部長」
姫島朱乃がたしなめるように呼び掛ける。
「何よ、良いでしょうこれくらい。この子を抱いてると心が落ち着くのよ」
「人前ではおやめください」
「つまり人前でないならいくらでも抱いて良いって事ね──ちょっと保健室でこの子を抱いて来るわ」
「もうすぐお時間ですよ」
いつもの朗らかな笑顔はそのままに、朱乃は微かに声を震わせる。
リアスは不満げに唇を尖らせ、渋々ながら連也を解放した。
「大丈夫かい、秋月くん」
「死ぬかと思った……」
「本当にごめんよ、今度ラーメン奢るから」
「約束だぞ」
祐斗の言葉に、連也はちょっとだけ機嫌を直した。
部室の片隅で、「お前ばっかりズルいぞチクショウ!」と声を上げる一誠を、塔城小猫が芸術的なジャーマンスープレックスで黙らせる。
隣の給湯室で紅茶を沸かしていたアーシアが、その音を聞いて溜め息をついた。
【4】
ソファに座ったリアス。
壁際に並んで控える眷属たちと連也。
一同が見守る中で、部室の床にまずグレモリー家の紋章が浮かび上がり、光を放った。その光の中から、銀色の髪を三つ編みにしたメイド服姿の女性が現れる。
次いで、今度は別の紋章が浮かび上がった。鳥を思わせるデザインの紋章から、こちらは光ではなく炎が噴き上がる。その炎を、腕の一振りで振り払い、赤いスーツを着た金髪の男が現れた。
鋭い目付きと、彫りの深い顔立ち。
連也の脳裏に、『
「愛しのリアス、会いたかったぜ」
男はリアスと向かい合って座るなり、そう言った。
「私は会いたくなかったわ」
リアスは冷たく返すが、相手の男は小さく肩をすくめただけだった。
給湯室にいた朱乃が、先程アーシアが沸かしてくれた紅茶を、茶菓子のクッキーと一緒に運んできた。
「嬉しいじゃないか。そんな俺のために、こうしてお茶まで用意してくれるなんてね」
「お礼ならグレイフィアに言ってちょうだい。取り成した
リアスはジロリと、最初に現れた銀髪のメイドに視線をやった。
「どうしてグレイフィアがあなたと一緒に来たのかは、わからないけれどね」
「婚約破棄された男が、婚約破棄した相手に会いに行くんだ。グレモリー家の家宰*2としては気にもなるだろう。こうして同行してもらったのは、俺に
その言葉を肯定するかのように、グレイフィアと呼ばれたメイドは丁寧なお辞儀をした。
「──それで、その婚約破棄されたあなたが、婚約破棄した私に、今更何の用?」
「プロポーズだよ」
男は答えて、リアスの足下に恭しくひざまずき、その手を取った。
「今度は家同士の都合なんて全く関係ない。ライザー・フェニックス個人の、リアス・グレモリー個人に対する心からの望みだ。リアス。俺と、結婚してくれ」
「嫌よ」
1ミリ秒の間も置かず即答しながら、リアスはライザー・フェニックスと名乗ったその男の手を汚らわしいと言いたげに振り払った。
「前にも言ったでしょう? 私、あなたの顔が気に入らないの。『何でも思い通りになるし何でも思い通りにしてやる』っていう傲慢さの滲み出た顔がね」
「ククク、相変わらずひどい言われようだな。まぁ事実だからしょうがないけど」
本当にひどい言われようなのに、ライザー・フェニックスはむしろ嬉しそうに笑う。
一方グレイフィアは、眉根を寄せた。
「しかし……やっぱり嬉しいね。フェニックス家の家名抜きに、俺一個人を評価してくれる──そしてその評価も、実に正確だ。惚れ直しちゃうなぁリアス」
「ありがた迷惑ね。いえ、ありがたいとも思わないから普通に迷惑だわ」
「でもね、リアス……そこまで俺の事がわかっているなら、俺がちょいと顔つきを貶された程度で諦める男じゃないって事もわかるだろう? 俺は実際に、何でも自分の思い通りにしてきたんだ。まだ思い通りになってない事柄はたくさんあるが、それも一つずつ変えていくさ。まずは、君だ」
ライザーの顔に暗い色が浮かび上がり、もう一度リアスの手を掴む。まるで猛禽の鉤爪が獲物を捕らえるかのように。
「俺個人が諦めきれないってのもあるけどね。ここまで言われてスゴスゴと引き下がったんじゃあ、尚更フェニックス家の名折れってもんだ。フェニックス家の面子にかけても、君を俺のものにするぜ……ここにいる君の眷属全員を焼き殺す事になってもなぁ!」
ライザーの背中から、翼が現れた。コウモリに似た悪魔の翼ではない。紅蓮の業火が噴き上がり、翼を形作ったのだ。
炎の翼からほとばしる熱波が、それ以上に、火勢とは裏腹の凍てつくようなライザーの殺気が、部室の中を吹き荒れる。
「エェヤッ!」
しかし炎は、鋭く響いた声と共にパッと消え失せてしまった。
一同が声のした方を見ると、それは連也。
グレモリー眷属から少し離れた位置で、木刀『飛龍』を振り下ろしていた。
「古い木造校舎なので、火気厳禁でお願いします……」
そう言って、飛龍を左手の中にしまった。
「……ほぉ」
ライザーの口から、感嘆の声が漏れた。
己れの巻き起こした炎に触れるどころか、あの木刀から何かが放たれた訳ではない。それにも関わらず、ライザーは確かに
そしてその不可思議な一太刀が、自身の中で膨れ上がっていたものを鎮めた事も。
まるで春風がフワリと吹き込んだかのように、室内の雰囲気も穏やかなものに変わっている。
転生悪魔ですらないただの人間である事は気配から察していたが、その『ただの人間』が何故この場に同席を許されているのか……ライザーは何となく理解したような気がした。
立ち上がり、元の席に戻る。
背後に控えていたグレイフィアに、咳払いと共に目線をやった。
連也に険しい眼差しを向けていたグレイフィアはその『合図』に気付いて、口を開く。
「リアスお嬢様。実はライザー様から両家に向けて、提案がございました。本日の話し合いでも交渉が決裂した場合、レーティングゲームで決着を付けようと」
「交渉も何も、ずっと前に彼との婚約は破棄したはずだけれど」
「……顔が気に入らないなどという理由が通ると、本気でお思いですか?」
「だって一番目につく所でしょう? 結婚したらその気に入らない顔が終始視界に入るなんて、物凄いストレスじゃない。ライザーが私と一緒にいる時は紙袋とか目出し帽とか被って顔を隠してくれるのなら、話は別だけれど」
遠慮の無い物言いに、ライザーはクスッと笑い、グレイフィアは何かをこらえるように唇を強く引き結んだ。
「でも、まぁ良いわ。そのゲームに勝てば、今度こそ正式にあなたと縁を切れるって事ね」
「そして俺が勝てば、君は晴れて俺のお嫁さんという訳だ」
「晴れて? 曇っての間違いでしょう?」
「俺にとっては晴々しい話だよ」
「とにかく、受けて立つわよライザー。で、試合はいつ行うの?」
「そうだな……」
ライザーは壁際に控えるグレモリー眷属と連也に視線を向けた。
「十日後に試合をやろう。君にはゲームの経験も、眷属の質も量も足りてない。準備期間が必要だ」
「……良いでしょう。猶予を与えた事を後悔させてあげるわ」
「期待してるよ、リアス」
ライザーは立ち上がり、グレイフィアを伴って、現れた時と同じようにしてその場から消えた。
【5】
ライザーとグレイフィアが去った後、一同は新たに用意し直した紅茶と茶菓子で、お茶会を開いた。
「──で、いったい全体何がどうなってああなったんですか?」
クッキーをポリポリかじりながら、連也がリアスに尋ねた。
「かくかくしかじか」
「まるまるうまうまって訳ですか……うん、まぁ、さっきの会話でわかった通りって事ですね」
リアスの返答に、連也は半ば呆れた。
「確認しますけど、婚約破棄した理由って本当に顔だけなんですか?」
「他に何があるの?」
リアスは小首を傾げて聞き返した。
朱乃の朗らかな笑顔が微かにひきつり、祐斗は苦笑い、小猫は窓の外の夕焼け空に視線をやり、あからさまに我関せずを決め込んでいる。一誠とアーシアは全く悪びれる様子の無いリアスの態度に、引いていた。眷属一同、事前に経緯は聞かされていたが、改めて主君の傍若無人ぶりを知って言葉もない。
「さっきも言ったけれど、結婚したら彼の気に入らない顔が四六時中私の視界を汚す事になるのよ? どう考えても夫婦生活に支障を来すレベルのストレスでしょう? 婚約は純血悪魔の血筋を絶やさないためでもあったけれど、それだけの生理的嫌悪感を催す相手と結婚したところで、子供なんて出来る訳ないじゃない」
「で、それを、相手さんにハッキリ申し上げちゃったりしちゃったんですか?」
「当たり前でしょ。向こうの親御さんも憤慨して婚約破棄になったと思ったのに、今度は個人的な求婚をしてくるなんて……根性は認めるけれど、嫌なものは嫌よ」
「…………」
連也、思わずソファの背もたれに突っ伏した。
「秋月……引いてんのか?」
「引いてない引いてない、ちょっと立ち眩みがしただけ」
「お前座ってるじゃねーか」
「それで、どうするおつもりですか部長」
一誠と連也のプチ漫才を無視して、祐斗が尋ねた。
「ギャスパーくんがいてくれれば勝算もありますが、彼はまだ動けないんですよね?」
「そうね。身も蓋もない言い方をすれば、これは私とライザーの個人的な喧嘩だし、特別に例外として認めるなんて事はないでしょうね」
「本当に、どうなさるおつもりなのですか?」
朱乃が朗らかな笑顔を顔に貼り付けたまま、尋ねた。ティーカップを持つ手が、微かに震えている。彼女自身ライザーに良い感情は持ってないが、それとこれとはまた別の話なのだ。
「決まってるでしょう。特訓よッ!」
立ち上がり、力強く宣言するリアス。
「頑張ってくださいね。じゃあ俺はこれで……」
そそくさと、逃げるように立ち去ろうとする連也──の肩を、リアスががっしと掴んだ。
「あなたも参加するのよ、連也くん」
「ええぇぇええ~~~~っ!?」
メチャクチャ嫌そうな声だった。