秋月連也武芸帖   作:阿修羅丸

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07:それぞれの思惑

【1】

 

「あなたも参加するのよ、連也くん」

「ええぇぇええ~~~~っ!?」

 

 メチャクチャ嫌そうな声だった。

 

「……うーん……でも、まぁ、特訓に付き合うくらいなら……」

「何を言ってるの? あなたも参加するのよ、レーティングゲームに」

「ええぇぇええ~~~~っ!?」

 

 メチャクチャ嫌そうな声だった。

 

「何だよ、その嫌そうな声は!」

 

 秋月連也に噛みついたのは兵藤一誠だ。

 

「お前だって見てただろ! あの野郎、部長が嫌がってるのにしつこく求婚して来やがったんだぞ! 可哀想とは思わねえのか!」

「思ったよ、相手の方を」

「好きでもない男と結婚させられるかも知れない部長を助けたいとは思わねえのか!」

「でも貴族の義務とかそういうのの一環だって言われたら、終身名誉一般市民の俺には反論しようがないし……悪魔の人口問題って、よその種族を転生させなきゃならないくらい大変なんだろ? この結婚は少子化対策の一環ですって言われたら、なおさら人間の俺は口出し出来ないって」

「そんな事はどうでもいいだろ! 大事なのは部長の気持ちだ!」

「一誠もごく稀には良い事を言うわね」

 

 一誠の言葉に、リアスが賛同した。

 

「いかにもその通り。今大事なのは、ライザーとは結婚したくないという私の気持ちなのよ」

「…………部長さんとあの人の結婚って、少子化対策なんですよね?」

「そうよ。悪魔は寿命が長いけど出生率は低いの。うちは私の他に兄がいて、その兄も子供が一人いるわ。ライザーにも二人のお兄さんと、妹さんが一人いるの。出生率の高い血筋同士で交配させようという事でしょうね……だけど、嫌なものは嫌なの

 

 リアスはハッキリと断言し、何故か胸まで張る。99センチのバストがたゆんと重々しく揺れた。

 

「………………でも、俺、関係ないですよね?」

「ないけどあるわ」

「どっち?」

「それについては後で話すから、とりあえずもう少しここにいてちょうだいね。他のみんなは帰ってお泊まりの準備をしておきなさい。明日から十日間、山籠りの合宿をやるわ」

 

 リアスの言葉に従い、眷属たちは部室を出る。

 二人きりになると、リアスは連也をソファに座らせた。

 

「いったい全体、俺に何の関係があるって言うんです?」

「関係がというより、メリットがあると言うべきかしらね」

「どんな?」

「その前に、見てもらいたいものがあるわ」

 

 リアスは部室の隅に備え付けられたテレビの前に移動して、電源を入れた。

 テレビは棚の上に置かれてあり、その棚の中の上の段にDVDプレイヤーが、下の段には幾つかのDVDがある。彼女はそのうちの一枚を取り、ケースから取り出してプレイヤーに入れて、再生させる。DVDはどれも、レーティングゲームの試合を収めた記録映像である。

 

「レーティングゲームというのは、早い話が実戦形式で行う眷属自慢大会なの。そして今から見せるのは、ライザーの試合の公式記録映像」

 

 連也の隣にくっつくように座ったリアスが、説明する。

 テレビの画面に、ライザーとその眷属と思わしき女性たちの戦う様子が映し出される。剣を振るう者、徒手空拳で戦う者、棒術を駆使する者、魔力らしき光や炎を放つ者、果てはチェーンソーを振り回す者もいる。

 

「ライザーは公式で八試合行って、八試合とも全て勝利しているわ。もちろん眷属たちの頑張りもあるけれど、最大の理由は──これよ」

 

 リアスはリモコンで映像を、ある場面まで早送りした。

 それは、ライザー・フェニックスが相手チームのリーダーらしき赤いマントの男と対峙している場面だ。

 赤マントの男は両手から魔力の閃光を放射する。

 ライザー、これをかわしもせずその身で受けた。胸に赤ん坊くらいなら潜れそうな大穴が空き──傷口から炎が噴き上がったかと思うと、穴は綺麗さっぱりなくなった。

 相手側リーダーは一瞬たじろいだが、リアクションがそれだけだったのを見ると、事前に知っていたようだ。両手の指を伸ばして手刀を作ると、魔力の光が手を覆って光の刃を形成する。そして魔力光の剣へと変化させた両手で、ライザーに斬りかかった。

 ライザー、これもまたかわしもせず、敢えて受ける。左右からの斬撃で首と胴を切断されて──やはり傷口から噴き上がる炎とともに、元通りになった。

 ライザーは相手の顔を鷲掴みすると、その掴んだ手から激しい炎を噴射。炎が意思あるものの如く相手の全身を包み込み、そして相手の男は緑色の光の粒子となって消滅した。

 直後、相手のリタイアとライザー・フェニックス眷属の勝利を告げるアナウンスが鳴り、試合は終了した。

 

「フェニックスという名前でだいたい察したと思うけど、ライザーを始め、フェニックス家の悪魔には桁外れの再生能力があるの。もっと凄いのもあるわよ」

 

 リアスはリモコンを操作してチャプター画面を開き、一番最後のチャプターを選択した。チャプターは各試合ごとで別れているらしく、選択した後でまた目当ての場面まで早送りする。

 またもライザーの戦闘シーンだ。

 対峙する鼻の大きな男は、左腕をライザーに向けて突き出す。両者の距離はおよそ十メートル。男の左腕全体が光を発したかと思うと、左腕がSF映画に出てきそうなメカニカルな見た目の大砲に変化。先端の砲口から轟音と共に熱線が放射された。

 まともに受けたライザーは、哀れ上半身が消し飛んでいた。しかし腰の断面から炎が噴き上がると、消し飛ばされた上半身が着衣まで含めて完全に再生された。

 相手の男は再度左腕の大砲から熱線を撃とうとしたが、その前に長い髪で顔を半分隠した女が上空から接近、手にした杖から放つ火炎球を浴びせる。大爆発が起き、男はリタイアした。

 

「──どう?」

 

 映像を停止して、リアスは隣の連也の顔を覗き込む。ついでに内股をズボンの上から撫でた。

 

「殺しても死なない男──はぐれ悪魔狩りでは到底出会えない相手よ。そんな相手との戦いは、あなたにとっても価値のある経験ではなくって?」

 

 身を擦り寄せ、豊満な胸を押し付けながら、耳元でささやく。

 それはまさに、悪魔のささやき。

 

「……人間の俺が、参加して良いんですか?」

「抜け道ならあるわ。期間限定で私と契約を結んで使い魔になってくれれば、試合に出られるの。仮登録という形でなら、転生しなくても眷属として認められる上に、駒の恩恵も受けられるけれど」

「…………」

 

 連也は目を閉じて、黙考する。

 確かにリアスの言う通り、あれほど強力な再生能力の持ち主など、はぐれ悪魔退治を手伝う程度ではまずお目にかかれまい。

 ライザーだけではない。彼の眷属たちの中には、何かしらの武術を修めた者たちがいる。

 念道は最強になるための技ではない。しかし武道を基盤としている以上は、実戦こそ最上の修行となる。

 目を開けた連也はリアスの方を向いた。

 思ったより近い位置に顔があった。

 泰然と微笑むその顔を見ていると、自分を呼んだのは気持ちを落ち着かせるためなどではなく、最初からこのつもりだったのではないかと思えてくる。

 

(──でも、それが俺に、何の関係がある?)

 

 リアスの思惑がどうあれ、確かにこれは己れの念道を極めるための、またとないチャンスだ。

 連也はリアスの目を見据えて、返答した──。

 

【2】

 

 グレモリーとフェニックスの両家にレーティングゲームの件を報告したライザーは、自分の屋敷に戻った。

 広いリビングに眷属たちが集まっていて、思い思いにくつろいでいる。本を読む者、対戦ゲームに興じる者、談笑する者など様々だ。

 片隅の小さなテーブルで、双子と思わしきそっくりな顔つきの二人組の少女が、金髪を左右で縦ロールにした少女とトランプをやっていた。

 ドアに近い者から順に、ライザーの入室に気付いて立ち上がる。ライザーは小さく手をかざして、構わずくつろいでいるようにと示した。

 

「お帰りなさいませ、お兄様」

 

 金髪縦ロールの少女が、そんなライザーの前にトコトコとやって来る。

 

「ただいま、レイヴェル」

 

 ライザーは彼女の頭を優しい手つきで撫でてやった。

 

 レイヴェル・フェニックス。

 ライザーの妹で、フェニックス家の末っ子である。

 

 ライザーがソファに座ると、レイヴェルは当たり前のように、その膝の上にチョコンと腰を下ろした。

 

「それで、首尾はいかがでしたの? リアス様は承諾してくださいまして?」

 

 兄の外出先とその目的を聞かされていたレイヴェルは、期待に目を輝かせている。兄の事は好きだが、それはそれとしてやはり歳の近い姉も欲しい。見目麗しく、名門グレモリー家の令嬢でもあるリアスが『お姉様』になってくれるのは、レイヴェルにとっても喜ばしい事なのである。

 眷属たちも手を止めて、主君に注目していた。

 

「かくかくしかじか」

「まるまるうまうまという事ですか……では、あと十日の辛抱ですわね」

「まだわからないよ、レイヴェル」

 

 兄の勝利を信じて疑わぬ妹に、ライザーは真面目な声音で返した。

 謙遜ではない。

 ライザーもまた、多くのレーティングゲームの記録映像を目にしている。試合会場に足を運んで、直接観戦した事もある。番狂わせがいくつもあった。中にはジャイアントキリングと呼ぶにふさわしいものもあった。何より、トッププレイヤーとして活躍する兄でさえ、時には無念の惜敗を喫する事があったのだ。

 

 ──フェニックス家伝来の再生能力は、強みではあるが無敵ではない。

 

 そう痛感せざるを得ない。

 それでもなお、試合でその再生能力頼りとも言える戦法を取るのは、実戦を通して能力を極め、限界を把握しておきたいからだ。

 しかし、十日後の試合だけは別だ。そのような悠長な事はしていられない。何が何でも負ける訳にはいかない。家の面子がある。可愛い妹の願いも叶えたい。何より、他ならぬ自分自身がリアスを求めているのだ。

 ゆえにライザー・フェニックスは、膝の上の妹に告げた。

 

「レイヴェル。今度のレーティングゲームには、お前も参加してもらう」

「……はい?」

 

 レイヴェルが間の抜けた声を漏らした。

 

「わ、私に、お兄様の眷属になれとおっしゃいますの?」

「あくまでも仮登録だよ。本登録なんて駒の無駄遣いだからな……だが、仮登録でも眷属は眷属だ。だから出場は出来る。成人したらゲームに参加したいと言っていただろう? 実際の試合の空気、試合に臨む者たちの気迫や姿勢を肌で感じ取るのは、良い経験になるはずだ」

「……それは構いませんけれど、それだけですの?」

「それだけ、とは?」

 

 聞き返す兄の両膝をまたぐように座り直したレイヴェルは、両腕を兄の首に回して、顔を覗き込んだ。

 

「私、出場するだけで良いのですか? お兄様さえお許しくださるのなら、作戦立案も担当いたしますわよ?」

「少なくとも今度のゲームでのお前の役割は、ただ一つだ……だが、そのただ一つが勝負の決め手になるかも知れん」

「何ですの?」

「最後まで生き残れ」

 

 そう言って、主君とその妹君の会話を口を挟む事なく見守っている眷属たちを見渡す。

 

「俺の可愛い眷属たちなら、十中八九負けはしないだろう。だが、残りの一や二で負ける可能性はある。最悪の最悪、互いの駒が全滅するなんて事だって、決して無いとは言い切れないんだ──そこで、お前だ。わかるね?」

「ええ。そうなれば、こちらは私とお兄様、あちらはリアス様。2対1でこちらの判定勝ちという事ですわね?」

「そういう事だ」

 

 ライザーは笑って、妹の頭を撫でてやる。

 レーティングゲームにも時間制限がある。ルールによって試合時間は変わるが、その制限時間を過ぎても両陣営の(キング)が残っていた場合は、眷属の残存数で勝敗を決めるのだ。兄妹はその事を言っているのである。

 

「それはわかりましたけれど、それでは私に作戦立案を任せてくださらない理由にはなりませんわよ」

「それはまだ早い」

 

 ライザーはキッパリと答えた。

 

「さっきも言ったように、お前はまず実際の試合の空気を体感しろ。それを知らない者が講じる策は、どこまで行っても机上の空論だ」

「むぅっ……」

 

 レイヴェルはプウッと可愛らしく膨れっ面をする。

 

「ライザー様。そろそろレイヴェル様の、バイオリンのレッスンのお時間です」

 

 仮面で顔を半分隠した女性が、割り込んで来た。

 戦車(ルーク)のイザベラだ。レイヴェルの護衛も兼任している。

 

「だとさ。さぁ行っておいで、レイヴェル。先生を待たせてはいけない」

「ハァーイ」

 

 レイヴェルは渋々ながら兄の膝から下りると、イザベラを伴って退室した。

 

「時間とイザベラに救われたぜ……」

 

 ライザーは大きく息を吐いた。

 

「恐れながら、私もレイヴェル様と同意見です」

 

 と言ったのは、長い黒髪を頭頂部で結んだ、目付きの鋭い女性。騎士(ナイト)のシーリス。

 

「レイヴェル様には軍師の才があります。ゲームの記録映像を見ながら述べる作戦はどれも的を射た物ばかり」

「だからダメなんだよ」

 

 食い気味にライザーは否定した。

 

「何故です?」

 

 長い髪で顔を半分隠した女性が、ライザーの隣に座って尋ねる。女王(クイーン)のユーベルーナだ。今は薄い白絹のローブを緩く身に纏っているため、豊満な胸が今にもこぼれ落ちそうだ。

 ライザーは着衣の中に手を潜り込ませ、その下の豊かな膨らみを鷲掴みして、指を食い込ませる。ユーベルーナは「んっ……」と声を漏らして、ピクンと震えた。

 ライザーは側近の胸を揉みしだき、捏ね回しながら答える。

 

「アイツの立てる作戦はどれも、情け容赦の無いガチガチのガチだ。プロレスってものがわかってない。レーティングゲームは興行としての側面もあるからな。接戦を演出した上での勝利が一番望ましいんだ。客も喜ぶし、相手側の面子もある程度は立つ」

「ですが……んっ……今回のゲームは、非公式、なのでしょう……?」

 

 ハァハァと息を荒げ、頬を赤く染めながら、ユーベルーナは尚も問う。その痴態を、レイヴェルとトランプをしていた双子や頭から猫耳を生やした少女たちが、やはり顔を赤らめつつも面白そうに眺めている。他の眷属たちも大同小異、似たような反応だ。

 

「関係ない。何も出来ずに負けてしまえば、『何かの間違いだ、こんなはずはない』と思ってしまうが、正々堂々戦い、全ての力を出し尽くした上での負けならば、案外スッと受け入れてしまうものさ──何より、アイツのためでもあるしな」

「と……おっしゃいますと……?」

「アイツのそういう面が知られたりしたら、怖がられて嫁の貰い手がなくなるかも知れないだろ。そうなったら、俺はどの面下げてアイツに詫びればいいんだ? レイヴェルはこれからも深窓の令嬢でいれば良いんだ……レーティングゲームなんて、暇潰しのお遊び程度に関わっておくのが良いんだよ──ところでユーベルーナ。お前、また大きくなったな」

 

 最後の一言が胸の事だとわかって、ユーベルーナは耳まで真っ赤になりうつむいた。

 

(とは言ったものの……)

 

 ライザーは、さっきのリアスとの会見を思い出していた。

 レイヴェルには、あまりレーティングゲームに関わらせたくない。それは本心だ。それでもなお、『絶対に取られない不死身の駒』を増やして判定勝ちの可能性を高めるのは、木刀の一振りで炎を掻き消した──否、()()()()()あの少年……。

 リアスとはどういう関係なのか、それはわからないが、あの場に同席させていたからにはそれなりに親しい間柄であろう。眷属候補としてキープしているのか。そうでなくとも口八丁手八丁で眷属に引き入れるかも知れない。彼が悪魔転生に乗り気でなくとも、期間限定で仮登録や使い魔契約で出場させる事は可能だ。

 他にも二人ほど新顔がいたが、ライザーにはあの木刀の少年が、どうにも引っ掛かる存在であった。

 

【3】

 

 秋月連也とオカルト研究部は、旧校舎前に集合していた。全員がジャージ姿で、宿泊用の荷物を持っている。

 朱乃が大型の転移魔法陣を展開し、一同を山中のロッジに転移させた。

 拓けた場所に森を背にして建てられた、木造の二階建てロッジだ。ちょっとしたホテルとしてもやっていけそうな大きさである。この別荘のみならず、山全体がグレモリー家の所有地である。

 

「お待ちしておりました、お嬢様」

 

 若い男が一人、正面玄関の前に立ってうやうやしく一礼する。グレモリー家に雇われている悪魔で、別荘の管理人だ。

 

「掃除は終わらせてあります。こちらが鍵でございます」

「ありがとう」

「それでは、くれぐれもお怪我の無きようお気をつけくださいませ」

 

 差し出した鍵束をリアスが受け取ると、管理人は転移魔法陣で帰っていった。

 一同は二階の部屋に自分の荷物を置くと、早速特訓開始となった。

 一誠とアーシアは、リアスと朱乃の二人から体力強化と魔力操作の指導を受ける。まずはランニングだと言われて、二人に追い立てられるように、森の中へと続くハイキングコースを走り出した。

 

「それじゃあ秋月くんは、僕たちと手合わせしようか。それでお互いの手の内をもっと深く知っておこう」

 

 別荘の前の拓けた草地で、祐斗は自身の神器(セイクリッド・ギア)魔剣創造(ソード・バース)》で、刃引きされた簡素な長剣を生成しながら言った。

 小猫もオープンフィンガーグローブとレガースを身に付ける。

 

「んー」

 

 連也はのんびりと返事をしながら、右手をサッと横に振った。袖まくりした右手から、シュッと柄巻きを施した木刀が生えてきた。代々の念道家の念を宿した魂の木刀、聖剣『飛龍』。それを正眼に構えて、祐斗・小猫の二人と対峙する。

 祐斗も剣を正眼に構えている。

 小猫はキックボクシングの試合で見られる、アップライトスタイルだ。

 三者ともに構えを取ったものの、誰も動かない。

 

(本当に大丈夫かな……)

 

 祐斗も小猫も、同じ不安に駆られていた。連也から一切の殺気や闘志の気配が、全く感じられないのだ。ただの手合わせとはいえ、これから戦おうというのに、そんな気配が微塵も感じられず、このまま攻撃を仕掛けるのが(はばか)られてしまう……。

 そんな、ほんの僅かな心の隙を察知したかのように、連也が動いた。

 まるで草の上を滑るようにして祐斗へと歩を進め、正眼からの面打ち。祐斗がこれを咄嗟に剣で受け止めると、そのまま横へ体移動して体重を掛け、木刀で剣を押さえつける。そしてガードの空いた顔面目掛けて木刀を振り抜く。

 祐斗、地を蹴って仰向けに倒れながら、これをかわした。かわしつつ背中から翼を広げて宙に浮き、刃引きした長剣をもう一本創造して、連也の腹目掛けて突く。

 連也、バックステップで回避。同時に木刀を振りかぶるように背中へ回すと、そこに小猫の回し蹴りがぶち当たる。

 こちらの様子をうかがう素振りは全く見られなかったのに、まるで背中に目がついてるかのようなタイミングだ。小猫は蹴り足を引きながらも目を見開く。

 こちらに向き直った連也の向こうで、祐斗が地面に立ち、体勢を立て直していた。それを捉えるなり、正眼に構える連也の木刀目掛けて、手刀を繰り出した。ガードをこじ開けて懐に飛び込む気か。

 連也、木刀を小さく上げ下げして、手刀の連擊を紙一重でかわし、ガードを崩さない。

 小猫が小さな拳をグッと握り、脇に引き絞った。

 

「フッ!」

 

 息を吐くような気合いと共に、弾丸のような鋭い右ストレート!

 連也はこれに合わせて、体を独楽のように一回転させて木刀を振り抜いた。

 

 ──どすっ!

 

 拳が腹にめり込む、重い音がした。

 

「ごほっ!?」

 

 息を吐いたのは、連也の背後から二刀流で斬りかかろうとした祐斗だった。

 連也の太刀筋に沿って、空間に陽炎めいた揺らぎが生じた。小猫のストレートパンチはこの揺らぎに乗って、まるで飴細工のように腕が伸びて連也を避けて、その向こう側の祐斗に届いてしまったのである。

 

「ほい、一本」

 

 怪現象によって引き起こされたフレンドリーファイアに、思わず動きが止まる小猫。呑気な声と共に、その頭にコツンと木刀が打ち下ろされた。

 

「お前も一本」

 

 連也は次いで、『く』の字に曲がった体を、片方の剣を杖代わりに支える祐斗の頭もコツンと打った。

 祐斗はその場に座り込み、小猫は構えも解いてぼんやりと立ち竦み、そして二人とも目をパチクリさせていた。

 今の短い攻防でそれなりに上昇していた精神的なボルテージが、まるで冷や水を掛けられたかのようにすっかり冷めきって、穏やかな気持ちになっていた。

 

(まるで魔法だな……)

 

 祐斗はそう思った。空間をねじ曲げて小猫のパンチを背後に誘導した技の事ではない。打ち込みの軽さに反して、自分たちの闘志をあっさりと掻き消した最後の一撃の事だ。もし自分たちが本当に敵同士で、実戦の最中にこれをくらったらどうなるだろうか? 闘志を挫かれて隙だらけになったところに、致命的な一撃を受けていたのではないだろうか? そう思うと、ゾッとした。

 

「まぁ、だいたいこんな感じだけど……少しはわかったか?」

 

 連也が飛龍で肩をトントン叩きながら、尋ねる。

 

「……君を味方に引き込んでくれた部長に、心から感謝してるよ」

 

 祐斗は苦笑いして答え、小猫も無言でうなずいた。

 (はた)から見ただけではわからない。実際に対峙してようやく、二人は連也の強みを理解した。

 悪魔特効とも言える念道の性質。

 昨日ライザーの炎を掻き消し、今しがた小猫のパンチを背後に誘導した、物理法則を無視した力。

 これらは言わずもがな、一番の強みは『普通さ』だ。得物を構えてなお、普段と変わらぬ佇まいだ。「そんなの反則だろ」と言いたくなるような奇策で同士打ちを誘発されたというのに、悔しいという気持ちが全く湧いてこないのだ。

 勝てるかも知れない。

 そんな予感に、祐斗の口角は知らず上がっていた。

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