【1】
アーシア・アルジェントは旧校舎の最上階にある教室の窓を開けると、自身の
「お願いしますね」
アーシアは両の掌中に生まれた小鳥たちに呼び掛けて、空へと放った。
その小鳥たちが向かった先に、姫島朱乃の雷撃によって破壊された体育館があった。あちこちから煙を噴き上げる残骸に、兵藤一誠は改めて彼女の力の恐ろしさを認識する。その顔は体育館内で戦ったフェニックス眷属の
その傍らに、少し距離を置いて立つ塔城小猫は、制服の袖をめくって、そこに出来たアザをペロペロと舐めていた。体育館内で戦ったフェニックス眷属の
「小猫ちゃん、良かったら俺の傷も舐めてく」
「近寄らないでください、セクハラで訴えますよ」
猫なで声で近付く一声に最後まで言わせず、小猫は冷徹な声音で言って、近付かれた分また距離を取った。
「セクハラ!? 近付くだけで!?」
「いえ、生きているだけで」
「ひどすぎない!?」
散々な言われようだがむべなるかな、一誠は体育館内で、三人の
そんなプチ漫才をやってる二人の元へ、今しがたアーシアが旧校舎から飛ばした二羽の小鳥がやって来た。そして頭上で泡が弾けるように粒子状に分解されて降り注ぎ、傷を癒していった。
《
「アーシアか、助かったぜ」
「先輩も見習ってください」
「見習うも何も、俺三人やっつけたんだけど!?」
「最低なやり方でしたけどね」
「ひどいよ小猫ちゃん! なんでそんなに俺に冷たくするの!」
「ていっ!」
小猫は答えず、詰め寄る一誠をドロップキックで蹴り飛ばす。
吹っ飛ばされた一誠が起き上がり、抗議の声を上げようとしたが、それは爆音によって掻き消された。小猫のいた位置で、突如爆発が起きたのだ。
「小猫ちゃん!」
土煙を掻き分けて爆心地に駆け寄った一誠が見たのは、制服のほとんどを吹き飛ばされ、華奢な裸体を半ば晒して倒れる小猫だった。あらわになった肌のあちこちを火傷している。一誠が震える手で抱き起こすと、
「……後は、お願いします……頑張って」
小猫はただそれだけを言い残し、光の粒子となって消えていった。
『リアス・グレモリー様の
審判を勤めるユーグリット・ルキフグスのアナウンスが、響き渡った。
いったいどこから、如何なる攻撃が襲って来たのか。それを確かめようと一誠は周囲を見回すと、瓦礫の山の影から、杖を携えた女が一人現れた。ウェーブの掛かった紫色の長髪で顔を半分隠し、ローブとマントを身に纏っている。
フェニックス眷属の
「……テメェッ、よくも小猫ちゃんを!」
新たな敵に怒声を上げる一誠。拳を握り、襲い掛からんとするところを、しかし朱乃の一条の稲妻に阻まれた。一瞬の煌めきと轟音と共に、細い閃光がジグザグに走って足元の地面を抉った。
驚き立ち止まる一誠の元に、朱乃はゆっくりと下りてきた。
「ここは私が引き受けます。あなたは新校舎へ向かいなさい」
「出来ません! 目の前で小猫ちゃんをやられて、黙ってるなんて」
パンッ!
一誠の抗議を遮るように、乾いた音が響いた。朱乃が彼の頬を叩いたのだ。
「少しは目が覚めたかしら。いいですか、仲間の仇討ちとかそういうのがどうしてもやりたいのなら、ゲームの後で個人の自由でおやりなさい。私たちは今、レーティングゲームの最中なのですよ。ゲームにおいては、
「小猫ちゃんの……ように……」
「そうです。あの子が何故あなたを庇ったのか、その意味をよく考えることね。わかったら、早くお行きなさい」
一誠は一瞬黙り込んだが、すぐに踵を揃えて朱乃に一礼した。
「あざしたっス! この場はおなしゃす!」
そう言って、ユーベルーナを迂回するようにして走っていく。
ユーベルーナはそれを目線で追うことすらしなかった。
「あらあらウフフ、ずいぶんと余裕ですわね」
一誠を追うどころか、先程の会話の最中にも攻撃してこなかったユーベルーナに対し、朱乃は朗らかに笑う。仮面のような笑顔だった。
「主の勝利のために貢献する心……その一言につい感心してしまったのよ。うちの馬鹿どもにも、もう少し見習ってほしいものね」
チームメイト、特に二人の
「それはそれとして、まだまだこちらには手駒が充分残ってる。心配は御無用よ」
──何より、あの坊やでは仮に
ユーベルーナは胸中で付け加えた。
「あなたは他人ではなく、自分の心配でもしてなさい」
「……それこそ心配御無用ですわ。
直後、雷鳴と爆音が轟いた。
【2】
一誠は轟音に一瞬足を止めたが、すぐにまた敵陣たる新校舎へと走り出した。
走りながら、朱乃の言葉を胸の内で反芻していた。
「あの子が何故あなたを庇ったのか、その意味をよく考えることね」
そうだ。
小猫は何故自分一人だけ敵の攻撃を避けるのではなく、逆に我が身を省みず一誠を助けたのか。
それは一誠の方が、今後のゲームにおいて役に立つと判断したからではないか?
表向きの態度こそ冷たかったが、内心では一誠に期待していたからではないか?
その期待を裏切る訳にはいかない。
彼女の判断を後悔させる訳にはいかない。
彼女の犠牲を無駄にする訳にはいかない。
「やってやる! やってやるぜぇ!」
一誠は声に出して叫び、己を鼓舞する。
そして新校舎にたどり着くと、玄関前で秋月連也と木場祐斗の二人と合流出来た。敵の拠点である生徒会室は、この新校舎と渡り廊下で繋がった別棟にある。
「兵藤くん、朱乃さんは?」
「敵と戦ってる。この隙に俺たちで大将首を上げようぜ」
「そいつは無理な相談だ」
言ったのは連也──ではない。女の声だ。振り向くと、革製のジャケットと片側の裾を根本から切り取ったダメージパンツを身に付けた女が立っていた。顔の左半分を仮面で隠している。
他にも、頭に布を巻き、腰に剣を提げた女が一人。そして猫耳を頭から生やした、セーラー服姿の二人組の少女もいた。
「お前たちはここで終わるのだからな」
「上等だ、やってやるせ! 女の子相手なら俺は無敵だからな!」
と勇み立つ一誠の目線は仮面の女──
その間にも、朱乃とユーベルーナの戦いが巻き起こす轟音がここまで届き、校舎の窓ガラスをカタカタと鳴らしている。
そして、一際大きな轟音が響いた。
「……何か、やけに近かったな」
と連也が呟いた直後、今度は叫び声が響いた。
「たーおーれーるーぞー!」
「倒れるって何が?」
「倒れそうな木なんてどこにもねえぞ?」
祐斗と一誠が辺りを見回す。
異変に気付いたのは、連也だった。フェニックス眷属たちが先程の位置から更に後退している。そして、メキメキと何かが軋み、崩れていくような音がして──彼等の背後にあった新校舎が雪崩の如く倒れてきた!
『倒れるって、これか!』
三人は期せずして声を揃えて叫ぶ。
一誠は思わず両手で頭を覆い、その場にうずくまった。
祐斗はその一誠を連れて逃げようとして、行動に出るのが遅れた。
脱出の遅れた三人を押し潰すようにして、新校舎は倒壊した。
倒れた校舎の向こう側に、長い髪を頭頂部で結んだ女が一人、立っていた。身の丈ほどもある長い剣を、両手で構えている。
敵を一網打尽にした女剣士の手並みを讃えながら彼女の元へ駆け寄ろうとする仲間たちを、しかしイザベラは制止した。何か変だ。何かおかしい。
(──静かすぎる)
三階建ての校舎が倒れたにしては、音が小さすぎる。それに、敵のリタイアを告げるアナウンスもない。
よくよく見れば校舎は完全には倒れていない。まるでビデオの静止画像めいて、倒れきる直前で止まっている。
おお、何と!
倒壊してきた新校舎全体を、片膝立ちした連也が頭上に垂直に立てた木刀一本で支えているではないか! 傍らにうずくまる一誠と祐斗も、その物理法則を無視した光景に驚き、あんぐりと口を開けている。
「エェーヤッ!」
連也が気合いの声と共に木刀を振り抜くと、新校舎はフェニックス眷属目掛けて飛んでいく。
しかし既に、シーリスが飛んでいた。急降下しながら繰り出した、大上段の打ち下ろしが、新校舎に無数の亀裂を走らせて、粉々に破壊する。新校舎は爆発するかのように砕け散り、瓦礫の雨を降らせはしたが、フェニックス眷属たちは魔力で光の壁を作って、各々が身を守る。
辺り一面が土煙に覆われる中、連也は自身に迫る殺気を感知し、その方向に向けて木刀を振った。木製の刀身とぶつかったのは、扇状の切っ先を持つ長い剣。
シーリスだ。
己の鋼鉄の剣を木刀で受け止められて、一瞬眼を見開いたものの、すぐさま次の攻撃に移る。左右斜め上の二方向から交互に繰り出される重量級の斬撃。単調な攻撃だが、速さ・鋭さ・重さ、どれも申し分ない。その申し分ない威力を保ったまま、絶え間なく打ち込みが続く。単調な太刀筋ゆえに防ぐのは容易いが、連也、さすがに反撃の隙を見出だせずにいた。
連也の援護に入ろうとした祐斗の前に、もう一人の剣士カーラマインが立ちはだかる。構えた長剣から炎を噴き上げながら斬りかかってきた。
祐斗、氷の魔剣《
「ニィ、リィ、そっちの坊やは任せた」
イザベラが指をパキポキと鳴らしながら、二幕同時に繰り広げられる剣劇の場に歩を進める。
「りょーかい!」
「おまかせニャー!」
指示を受けた猫耳の双子姉妹が、指先から爪を伸ばして、一誠に襲い掛かった。一誠は《
──しかし、それだけだった。攻撃をかわし、防ぐことは出来ても、反撃が出来ない。本物の猫以上のすばしっこさで、視界に捉えることすら覚束ないのだ。倍加は既に始めているが、このままでは高めた力を使うことも出来ない。
(おい小僧。真面目にやらんと赤毛の小娘に怒られるぞ)
不意に、頭の中に声が響いた。籠手の中に宿る龍『ドライグ・ア・コッホ』だ。
「真面目にやってるよ! やってるけど相手がすばしっこくて反撃出来ねえんだよ!」
(確かに素早いが、それだけだろうが。未だに貴様一匹仕留めきれんのは、爪も膂力も貧弱な証拠だ──ついでに、頭もな)
「へっ?」
(奴等の連携は正確だが単調だ。アタッカーの正反対に、もう一人が常に位置している)
「正反対?」
(来るぞ、右だ)
ドライグの声に、一誠はとっさに右方向にサイドキックを繰り出す。
「ぐえっ!」
そんな声がして、青い髪のニィの腹に蹴り足がめり込んでいた。
(左だ)
またもドライグの声に従い、今度は確信を持って、一誠は籠手に覆われた左手を伸ばす。開いた掌に、籠手越しにも柔らかな感触が伝わってきた。赤い髪をした、リィの胸を掴んだのである。
「ひゃあっ!」
リィは自分の胸を両腕で庇いながら、飛び退いた。
次はニィが動くはず。ドライグの助言とこれまでの経験から、一誠は自身の真後ろに、振り返り様開いた右手を伸ばした。今度はニィの胸の柔らかさが伝わってくる。
「ひぃっ!」
ニィもリィと同様、胸を庇いながら飛び退いた。戦闘中に殴り合いや取っ組み合いの果てに起きたアクシデントなどではなく、明らかに狙って自分たちの胸を触りに来た男に、生理的嫌悪感があった。しかもその男は、自分たちの胸を触った両手を見つめて、ニヤニヤと笑っていて、それが更に気持ち悪かった。
「ニィ!」
リィが呼び掛け、頭上で右手の人差し指をクルクル回した。その意を察したニィが「オッケー!」と答え、姉妹は一誠の周囲をグルグルと走り出す。そうやって相手を撹乱させてから、二人同時に攻撃を掛ける戦法だ。
しかし一誠は、二人の動きには全く目もくれなかった。
「ククク……悪いが君たちは、俺に触られた時点で既に負けている!」
そう言うと、右手を頭上に高々と掲げる。
「弾けろ! 《
パチィン!
フィンガースナップの音が響いた瞬間、ニィとリィの着ていたセーラー服が、下着もろとも千々にちぎれて消し飛ぶ!
「きゃあああああっ!」
「いやぁああああっ!」
思わず動きが止まった猫耳姉妹の羞恥の悲鳴が響き渡る中、もう一つの音声も聞こえた。
『explosion!』
それは、倍加して高めた力の解放を意味する。
一誠は自身を挟むように位置している双子の姉妹に向けて、左右それぞれの手を伸ばした。開いた掌に、光か溢れて、球体を形作る。
「くらいやがれぇぇえええ!」
二方向に放たれたドラゴンショットが、双子を直撃し、大爆発を起こす。
『ライザー・フェニックス様の
ユーグリット・ルキフグスのアナウンスが響き、双子は全裸のまま、緑色の光の粒子となって消えていった。
「ありがとうございましたぁ!」
消えていった二人に、一誠は踵を揃えて深々とお辞儀をする。おっぱい触らせてくれたことと、裸を見せてくれたことへの感謝を込めて。ふざけているようにしか見えないが、彼は本気の大真面目であった……。
【3】
──なんて最低な技なんだ。
双子と一誠の戦いを見ていたイザベラは、心の底からそう思った。
(とりあえず、殺しておくか)
拠点である生徒会室には、ライザーだけでなく
イザベラは地を蹴って駆け出し、未だ双子の裸体と胸の感触の余韻に浸っている一誠の脇腹に、鋭いボディフックを突き刺した。拳がめり込み、一誠の口から酸素と一緒に少量ながら血も吐き出される。
イザベラは更に、顔面目掛けて左右のフック。一誠が今更ながらに両腕で顔面をガードすると、ガラ空きになった腹にボディアッパーを叩き込まれる。一誠の体が『く』の字に曲がり、一瞬宙に浮いた。
そのまま一誠はたたらを踏みながら、後退する──というより倒れるのを防ぐ。
イザベラは開いた距離を瞬時に詰めて、右拳を振りかぶり、渾身のストレート!
しかし、これが空を切った。
避けられたのではない。一誠が膝から崩れ落ちたタイミングと重なってしまい、狙いが外れたのだ。
一誠は意識を失いかけていたが、完全に倒れる前に両足に力を込めて立ち上がり、目の前のイザベラにしがみついた。本能だった。
本能だった。
しがみつくや否や、イザベラの胸の谷間に顔をうずめて、豊かな膨らみの感触を顔中で確かめ、匂いまで嗅ぐ始末だ。
「ひっ……は、離れろぉっ!」
イザベラは一誠の頭を両手で掴み、渾身の力で引き剥がす。しかし一誠、未練がましく両手でイザベラの胸を鷲掴みして揉みしだく。プロモーション前の
しかし一誠、空中でクルリと回転して、落ち着いた動きで着地すると、
「おっぱいありがとうございました」
と、イザベラに深々とお辞儀をした。
イザベラはそんな一誠の様子に、ある違和感を覚えた。
「貴様……傷が治ってないか?」
彼の顔に刻まれていたはずの、双子やイザベラに受けた傷が、先程より少なくなっている。
「はい! あなたのおっぱいのお陰でちょっとだけ治りました! あと元気も出ました!」
一誠は元気良く答える。
(……私の胸を触ったり匂い嗅いだりしたら傷が癒えたとでも言うのか? どういう体質をしてるんだ、コイツは……ッッ!!)
ライザーも節操の無い女好きだが、ここまでイカれてはいない。一誠に対する不気味さと嫌悪感がますます募るばかりである。
「元気をくれたおっぱいにこんなことをするのは心苦しいのですが、勝負とあらば是非もなし! いきます、《
一誠は右手を掲げて、フィンガースナップ。それに応えるように、イザベラの服が千切れて弾け飛ぶ。一誠は両目をカメレオンめいて見開き、露になった裸身を拝見せんとするが──、
「シッ!」
鋭い呼気と共に、拳がその顔目掛けて飛んできた。
一誠の意思とは関係なく左腕が動き、その拳を受け止めた。ドライグが左腕を操作したのだ。
しかし矢継ぎ早に拳の弾幕が叩き込まれて、一誠は顔と言わず腹と言わず滅多打ちにされる。そして最後に、ロケットを思わせる強烈なアッパーカットで顎を打ち抜かれ、宙を舞った。
もはや勝負ありかと思われたが、一誠すかさず屋根から落ちた猫めいて体を回転させてバランスを取り、四つん這いに似た姿勢で着地。地面で頭部を強打することを免れた。
双子を倒した時点でアーシアが飛ばした癒しの小鳥が、一誠の頭上に止まり、先程のように傷を癒す。
しかし一誠はそれどころではなかった。イザベラが全裸に剥かれながらも、それを気にも留めずに攻撃をしてきたのが意外だったのだ。
(まさかレイナーレみたいに、怒りで恥ずかしさとかがぶっ飛んでんのか?)
立ち上がり、イザベラの姿を改めて見てみると、彼女は全裸ではなかった。黒のタンクトップとショートレギンスを装着している。
「そんな……俺の《
(来るぞ、左に跳べ)
ドライグの声が頭の中に響き、一誠は反射的に従った。さっきまで彼がいた位置を、イザベラの拳が通り抜ける。
イザベラ、拳を振り抜いた勢いそのままに、追撃のローリングソバット!
一誠、十字に重ねた両腕で咄嗟にこれをガード。しかし蹴りの威力は凄まじく、大きく後ろに吹っ飛ばされる。
「くっ……何故だ、なんで裸になってないんだ!」
(奴の格好をよく見てみろ。さっきまであんな物を着ていたか?)
言われて気付いた。
さっきまでのイザベラの服装は、胸元を大きく開けた、丈の短いレザージャケットと、片側の裾を根本から切り取ったダメージパンツ。タンクトップとショートレギンスを最初から着ていたのなら、これまでの攻防の最中にも見えていたはずだ。
「ええっと……つまり……?」
(裸に剥かれたのは確かだが、すかさず新しく服を作ったんだ。悪魔の魔力なら、それくらいは可能だからな)
「……それがわかるってことは……テンメェエエッッ!! 見たのか! あのお姉さんの裸を見たってことかぁぁあああッッ!!」
(ほんの一瞬だ。それにメス悪魔の裸なんぞ見ても嬉しくも何ともない)
「そういう問題じゃねえんだよぉぉおおおっ! よこせぇぇえええっ! その記憶を今すぐ俺によこしやがれぇぇえええっ!」
一誠は左腕ごと籠手を掴んで激しく揺さぶる。
突然の奇行に、イザベラは気味が悪くなって、思わず攻撃の手を止めた。
「真剣勝負の最中にすまないが」
連也と斬り結んでいたシーリスが、横目でその様子を見ながら尋ねた。
「なんでお前の仲間はいきなり自分の左腕と口喧嘩始めてるんだ?」
「ごめん、俺セークリッドギヤーのことはよくわかんなくて……それより」
連也は連也で、別方向に視線をやった。その先には、炎の剣を振るうカーラマインと斬り結ぶ祐斗。氷の魔剣では太刀打ち出来ないと判断したのか、彼女と同様に炎を刃から噴き上げる新たな魔剣を創造していた。
「木場! 俺たち
連也の叫びに、シーリスとカーラマインの顔がひきつった。剣劇の最中にも横目で見た、仲間の双子が全裸にひん剥かれる光景が脳裏をよぎる。
(まさかコイツ等も同じ技を使えるのか!?)
恐怖にも似た思いが、両者をそれぞれの相手から距離を取らせた。
その隙に祐斗は炎の魔剣を捨て、疾風めいて駆ける。そして依然自分の左腕(の中のドライグ)に食って掛かる一誠の顔面に飛び膝蹴りを叩き込んだ。
「いってぇな、何しやがる!」
「ふざけてないで、一気に仕留めるよ! 譲渡!」
「ふざけてなんかいねぇよ! 俺はいたって真剣だ!」
一誠は反論しつつも、祐斗の背中に左手を添えた。
『Transfer!』
イザベラに殴られてる間も、ドライグと漫才をやってる間も、倍加は行われていた。そうして高め、蓄積された力を、祐斗に流し込む。その力は、祐斗の神器《
連也、その間にシーリスを真横から木刀で打つ。練り上げられた念が込められ、白い光輝を放つ一撃を、大剣を掲げて防いだシーリスだが、その体は体重が消えたかのようにフワリと浮き上がり、一直線にカーラマインへと飛ぶ。ぶつかり合った両者は、勢いを減衰させることなく、別方向にいたイザベラの元へと飛んでいった。
物理法則を無視して三者が一ヶ所に固まった瞬間、祐斗は両手を地面についた。
──直後、無数の魔剣が間欠泉めいて地面から発生する! 爆発的な勢いと量は、まさに魔剣の大噴火! 防御も回避もままならず、三人の女悪魔は哀れ串刺しとなり、緑色の光の粒子となって消えていった。
【4】
『ライザー・フェニックス様の
ユーグリットのアナウンスを、朱乃は空中で聞いていた。纏う巫女装束はあちこちが焼け焦げて崩れ落ち、その下の素肌にも火傷の痕が見られる。
後輩たちの健闘に頬を緩ませる余裕は、無かった。
眼下の地上に立つユーベルーナは、泰然とした笑みを浮かべながら、こちらを見上げている。
フェニックス眷属の悪魔たちは皆が皆、炎や風を操る力と強靭な生命力を授かるという。特に最強の駒たる
朱乃の放つ稲妻が、魔力の盾で防がれる。手にした杖から放つ火球は、魔力の盾で防いでもなお強烈な衝撃と熱を朱乃の体に叩き込む。避けたら避けたで、ユーベルーナの意思で自在に爆発させられるらしく、やはり爆風と熱波の餌食となってしまう。強引に距離を詰めようとすれば、杖による鋭い打撃で打ちのめされて、突き放される。攻守ともに隙が無いのだ。
侮れぬ強敵だが、焦りは無かった。フェニックス眷属はユーベルーナを除けば、あとは
視界の端に、光るものがふと見えた。アーシアが癒しの小鳥を飛ばしてくれたのだ。彼女のこのアシストで、ダメージの蓄積は免れた。もちろん無尽蔵に出せるものではないが、それでも心強い。
朱乃は癒しの小鳥の方へと手を伸ばした──が、その伸ばした先で爆発が起こり、小鳥たちが消し飛ばされてしまう。
ユーベルーナだった。
「戦場をそんなにのんびりと飛んでいる方が悪いのよ」
ユーベルーナは言いながら、杖から火球を次々と放つ。十を越える数の火球が朱乃の周囲を取り囲んだ。一つ一つはソフトボール程度の大きさだが、その爆発力がどれ程のものかは、すでに骨身に染みている。
更に、その火球の外側に、魔力で光の壁が生成され、前後左右上下に張り巡らされる。朱乃はもはや、籠の中の小鳥も同然であった。
「それじゃあ、さようなら」
ユーベルーナは杖で足下の地面を突いた。
瞬間、爆発が起きる。火球が次々と爆発し、しかも魔力で形成された結界によって、爆風も熱波も逃げ場がない。朱乃は全身を魔力の膜で包み込み防御するが、気休めにしかならなかった。
爆発が止み、ユーベルーナが結界を解くと、立ち込めていた爆煙の中から、気絶した朱乃が力なく落下していき、林の中へと落ちていく。巫女服は跡形もなく消し飛び、白い裸体に火傷の痕が痛々しい。リボンも消し飛び、ポニーテールにまとめていた黒髪もほどけていた。
無惨な裸身が樹木に激突する前に、朱乃は緑色の光の粒子となって消えていく。
『リアス・グレモリー様の
ユーグリットのアナウンスが、無情にも響いた。