ジム廃業して飛んでパルデア 作:あさいかくり
生徒が本に親しむきっかけを作りたい。
そんな同僚の要望により、無い頭を捻って考えたのは読み聞かせである。簡単な絵本を紙芝居のように見せれば、読書が苦手な子供でも楽しんでもらえるはず。
まあ告知出しても人が集まらなかったけど。
世の中そう上手くはいかないわな。
それでは、図書館に集まった物好きな数人のために始めるとしますかね。
「今日皆さんに読み聞かせする内容は、僕の故郷に伝わる昔話ですね。タイトルは『海の伝説』」
書庫から引っ張り出してきた古い絵本を、生徒に見えやすいように広げて持つ。
あー、あー。大丈夫? 声出てる?
「その昔、東の海に王子と呼ばれるポケモンがいた」
壮麗な挿絵には、輝く海で、数多のポケモンに囲まれて泳ぐ高貴な一匹の姿が描かれている。
古代の光景をそのまま切り取ったかのような幻想的な一頁は、それだけで観客の心を掴んだらしい。
「人の勇者は、海に住むポケモンたちに王子に会わせてほしいと頼んだ」
人間が浜辺から海に呼びかける一場面。水面から顔を出したポケモンの表情は様々で、関心を持つもの、見定めるもの、困惑するもの、厭うもの……実に感情豊かに、繊細なタッチで表現されている。いや芸術の良し悪しは俺には分からないけれど。
「タマンタ、ブイゼル、そして大きなトゲのハリーセンの三匹は、人の勇者を認め共に歩む」
王子の側近、あるいは勇者に連れ添う先導者。
丸い瞳のエイに似た青いポケモン。
浮き輪を膨らませるイタチのポケモン。
鋭利な棘を持つ機雷のような黒い魚のポケモン。
「勇者たちは夕暮れの海へ船を出し」
彼ら三匹の手を借りて、勇者は小舟に乗り込む。
夕陽を照り返して紅に染まる海を掻き分け、その両脇には大勢のポケモンが並んで道を作る。
「水面に聳える海の門をくぐる」
海面から突き出した歪曲する二本の角。
門をくぐる時、勇者は何かに気づいたのか目を閉じて耳を澄ましている。
「その知らせは王子の耳に届き、王子は海の小穴で出迎えた」
洞穴での王子との謁見に際して、人間の勇者は深々と頭を垂れて跪いている。その様子を三匹の側近と、王子に似た姿のポケモンが静かに見つめている……。
ぶっちゃけるとマナフィとフィオネなんだけどね。
これは前世の知識であり、口にしたら物語の余韻が台無しになるので説明はしない。
俺が黙って本を閉じると、パチパチと観客の人数にしては大きい拍手が起こる。楽しんでもらえたかな?
「『海の伝説』以外にも、シンオウ地方には多くの神話があります。興味が湧いたら調べてみると面白いかもしれませんね。古い文献は図書館にも所蔵されていますよ」
宣伝はするが無理強いはしない。人に強要されただけやる気は失われるものだ。特に子供は。こちらは選択肢を示して、受け入れ体制を整えればいい。
「もちろん、皆さんが暮らすこのパルデアにだって歴史や伝説が残されています。身近なところで言うとパルデアの大穴ですね。その辺は僕より、そちらにいるレホール先生がお詳しいでしょう」
でも突入するのはやめてな。危険地帯で立入禁止になっているから。生徒たちも理解はしているだろうが。
つーか何でいるんですか先生。あなた出張で数日は戻らないという話だったのでは?
読み聞かせの後、テンションがおかしいレホール先生をどうにか追い払った俺のもとに、一人の生徒が訪れた。いつも教室の隅で本を読んでいる目立たない子だ。
「あのね先生、わからないことがあって」
「質問ですか。どうぞ」
「さっきのお話の、勇者の仲間のポケモンなんだけどね。気になって調べたけど見つからないの」
「なるほど……蔵書目録ロトムを使ったんですね。おや、ブイゼルとハリーセンは調べられているじゃないですか。残りはタマンタだけですね」
パルデアでは聞き慣れないポケモンだから、名前をど忘れしたのだろう。
「検索ワードをこうやって入力して……この本がいいかもしれません。後はインターネットでも調べられますよ。使えるものは全部使っていいんですから」
「うん……」
「どうしました? まだ分からないところが?」
「このハリーセン、絵本のと違う。黒くないし、トゲも小さいよ?」
「そうですね。ひょっとすると、大昔のハリーセンは違う姿を持っていたのかもしれませんね。今で言うリージョンフォームというやつです。詳しくはジニア先生に聞いてみてはいかがでしょう」
俺が「大きなトゲのハリーセン」の落書きを渡したところ、生徒は喜んで生物室に向かった。
ジニア先生なら大昔のポケモンに関する研究についても知識があるはず。上手い事説明してくれるだろう。