ジム廃業して飛んでパルデア 作:あさいかくり
職員室で授業内容を思案する。
技術の六回目、最後に教えるのは何がいいか。
前期から引っ張ってクラフトの応用、あるいは栽培と続けてきのみプランターの自作、機械情報の分野でスマホロトムに関する説明を行うのもありだよな。
あーでもないこーでもないと計画を立てつつ、俺は先生たちの雑談に耳を傾ける。どうやらセイジ先生を中心に旅行の話をしているようだ。
と、同僚の一人がこちらに話を振ってきた。
「そういえばウズ先生は以前、アローラ地方を訪れたいと仰っていましたね」
「ええ、一度機会を逃してしまって。長期休暇が取れたら行ってみたいですね」
楽しそうよな、ナマコブシ投げ。
あと甘味が豊富だそうで。財布落とした時は通販でやけ買いしたけど、本場の味も食べたいじゃん。
「オー、それはナイスね。ならセイジの特別レッスン! アローラ地方の挨拶をレクチャーするよ」
「いえ、今は仕事が」
「ほないくで! アローラ! これは『こんにちは』『ごきげんよう』という意味の言葉ね。はいリピートアフターミー、アローラ〜!」
この有無を言わさぬ流れよ。
まあいいか。どうせ考えてばかりで作業は全く進んじゃいないのだ。セイジ先生の気遣いを受け取り、ブレイクタイムと洒落込もう。
「アローラー」
「ウズ先生、キープスマイリングよ! 笑顔はワールドワイドでっしゃろ。表情とミブリムテブリムは、言葉を使わなくても気持ちを伝えることができるんだな」
おお、いい事言ってる。流石は言語学の教師。
そんなこんなでアローラアローラと連呼していると、慌ただしい足音が廊下に響く。
「大変です! 1–Aのアオイさんがポケモンに襲われて病院に……!」
……………………は?
「ふぁれ? ふぇんふぇー」
アオイはお見舞いの果物を頬張っていた。
全然元気じゃねーか。
大勢で押しかけても迷惑だろうと、まずはご家族や友人を優先した後、俺は遅れて病室を訪れた。そしたらこれである。命に別状はなく、後遺症や傷跡も残らないとは聞いていたが……聞いてたけどさあ……。
「具合はいかがですか?」
「もうバッチリ元気です! お医者さんにも大丈夫のお墨付きもらってます!」
念には念を、の方針だな。数日は要経過観察で入院コースだ。本人は退屈していそうだが。
「ナッペ山で遭難したと聞きました」
「いやいや、それ話が膨らんでますよ。私はちょっと二、三日修行してただけです」
「雪山で野宿とか正気の沙汰じゃありませんからね」
慣れた山男でも下手すりゃ死ぬぞ。
「だ、だって! 食材と道具は買ったし、火はホゲータが起こせるし、ミライドンもいるし、それに困ったらクラフトでいろいろ作れるじゃないです、か……あの、先生? もしかして怒ってます?」
「怒り半分、後悔半分です。いいですかアオイさん。僕は無茶無謀をさせるためにクラフトを教えたわけではありません。その逆です。野外で物資が足りない、困窮した状況に陥ってしまわないようにする言わば次善の策。今後危ない真似は控えてください。いいですね?」
「はい……ごめんなさい」
説教は親御さんや友人からもされて聞き飽きただろう。深く反省しているようなのでこれ以上は言わない。
……なんだかアオイは変わったな。以前は全能感溢れる天才児の気迫を漂わせていたが、張り詰めた雰囲気はどこへやら、年相応の表情を取り戻したように見える。
「あ、そうだ。もうひとつ謝らないと。前におまもりをもらったじゃないですか。実はあれ、失くしちゃって」
話を聞く限りだと野宿は順調だったらしい。
だがバトルの特訓で野生ポケモンを刺激してしまい、大規模なニューラの群れに襲われた。
アオイは応戦してこれを退けたものの、わざの流れ弾が頭を掠めて負傷。ミライドンに乗って身を隠せる場所まで避難した。そしてスマホロトムの信号を受信したトレーナーに救助されて今に至る。
「たぶん、怪我をしたときに慌てて落としたと思うんですけど……」
「別に構いませんよ。簡単に作れるものですし、おまもりなんて所詮は気休めですから」
後半は嘘である。俺が渡したのはあんぜんおまもり、所有者の身の安全を守る効果を秘めている。
渡しておいてよかった。いや本当に。生徒に俺と同じ目には合ってほしくないからな。
さて、彼女は体調が万全ではない。長居は無用。
「そろそろお暇しますね。ゆっくり休んでください」
お見舞いのヨウカンを置いて病室から出る。
扉を閉めて廊下を見やると、えらい厚着の男性が立っていた。いや男性……女性? どっちだ分からん。
うわ睫毛なっが。髪サラサラ。
「あんたがウズ?」
そうだ思い出した。彼はグルーシャ、パルデア最強と名高いこおりタイプ使いのジムリーダーだ。担当はナッペ山。話に聞いた特徴とも一致する……もしかしなくてもアオイを救助したトレーナーは彼だったか。
でだ。俺、睨まれてない?
「たしかに僕はウズですが」
「じゃあクラフトを広めてるのもあんただ」
「ええ、まあ」
「今回の件。アオイは無事だったけど、どこかで道を踏み外していたら、取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。ほんと甘い。雪山を舐めすぎ。……アオイの危機意識を薄れさせているのは何だか分かるかな」
「全てはクラフトを過信した結果だと?」
「そこまでは言ってない。アオイは無鉄砲だった。でも、アカデミーの教師なら教えてあげなよ。雪山の、自然の恐ろしさってやつを。それがぼくたちの役目だから」
「……」
「サムいこと言った……じゃ、ぼくはお見舞いするから。そこどいてくれる」
一人になってからも、俺は廊下で立ち尽くして、グルーシャの言葉を反芻し続けていた。
はは……笑えねーわ……。