ジム廃業して飛んでパルデア   作:あさいかくり

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 ひとつ、昔語りをしよう。

 

 俺はコトブキシティの裕福な家庭の生まれだ。

 それなりに歴史を重ねてきた家で、血筋を辿るとシンオウを開拓した入植者がご先祖様にいるのだとか。

 家には骨董品だのが飾られていて、全部売ったら俺一人ニートしても一生養ってもらえるくらいの価値があった。だけど当時の俺はポケモンの世界に転生した興奮で引きこもるという選択肢すら浮かばなかった。

 

 夢は当然ポケモントレーナーだ。

 この世界の子供と同じように、その誰よりも熱烈に、俺はポケモンと触れ合うことを切望した。

 

 転機は六歳の頃だったか。

 ポケモンをもらうのは十歳になってから、というのが両親との約束だったのだが、成熟した知恵を持つ悪ガキは辛抱堪らずに野生ポケモンを自力で捕まえようとした。

 俺、なまじ先祖返りで大人よりも動けたから。六歳まで待ったのは……流石に肉体がいうことを聞かなかったからだな。ポケモンと渡り合える段階まで待つくらいの分別はあった。今考えると超おばか。

 

 年確のゆるい店でおこづかいを貯めて買ったモンスターボールを握りしめて、街に近い草むらに入った。

 自分のポケモンを持っていないのに草むらに入ってはいけない。不用意にポケモンに近寄ってはいけない。この世界じゃ、物心がついたら最初に教わることだ。

 でも俺は前世の知識がある。だから大丈夫。

 

 過信した。慢心だった。無知で愚かな行為だった。

 

 ……だから、罰を受けた。

 

 俺がズカズカと足を踏み入れた草むらは、周辺のムックルたちが集まる餌場だった。

 想像してほしい。野生動物の縄張りに入ったら。

 当たり前だが襲われる。彼らにとって、俺は生活圏を脅かす外敵でしかないからな。

 ムックルは群れを作る。一匹なら大したことのないポケモンも、数が増えれば暴力の嵐だ。

 

 あの時は死を覚悟した。

 生きてるから笑って話せるけどさ。しばらく鳥ポケモンがトラウマになりそうだったレベル。今はもう克服しているが、急に来られると多少はびっくりしますよ。

 

 俺を助けてくれたのは祖父(じい)さんだった。

 祖父さんは変わった人で、俺と同じ先祖返りの身体能力を持っていた。だけど得体の知れない雰囲気で俺は普段からできるだけ近寄らないようにしていた。

 そんな人が生身でポケモンと対峙するものだから、最初は自分を棚に上げて馬鹿だと思った。

 

 でも音爆弾(ばりばりだまという名前は後で教えてもらった)ひとつでムックルを追い払い、無言で俺に拳骨を落として、何も聞かずに家に連れ帰ってくれた。

 帰ってからの方が大騒ぎだったな。傷だらけの俺を見て両親は気絶しそうだったし。

 

 この時の怪我で、俺は右目の視力を失った。

 全く見えないわけじゃない。今は至近距離でぼんやり輪郭が分かる程度。傷跡は残っていないから、黙っていれば誰にも気づかれない。慣れるまでは苦労したが。

 ちなみに義眼ではないぞ。うっすら見えてるからね、切除はしたくなかった。

 

 傷が回復した頃に祖父さんがやってきた。

 

『今日から稽古をつける』

 

 首を傾げる俺に、祖父さんは訥々と、我が家に伝わる話とやらを語った。

 

 祖父さんの何代か前、ご先祖様の一人は神隠しにあったことがあるそうな。ある日突然消えて、突然帰ってきた。だが帰ってきたご先祖様は頭がおかしくなっていた。

 時代錯誤な服装、獣のような身のこなし、一風変わった姿形のポケモンを引き連れて。

 

 ご先祖様は一族から煙たがられたが、親族でただ一人、ご先祖様の話を信じ、無碍に扱わない者がいた。その人は俺や祖父さんのような先祖返りだった。

 神隠しにあったご先祖様は、自らの技術と知識の全てをその人に託した。

 

 それからだ。先祖返りの身体能力を持つ者にご先祖様の教えを継がせるしきたりが生まれた。

 

 いやそれ何の娯楽小説。

 祖父さんの圧で頷くしかなかったけど。

 最初から祖父さんと両親の間で話はついており、本来なら稽古に耐えられる肉体になるまで、そしてポケモンを仲間にするまで……つまり俺が十歳の誕生日を迎えてから伝えるつもりだったらしい。

 

 何で早めたの? と聞けば、

 

『……お前はもう大人だ』

 

 という答えが返ってきて若干焦った。転生のことは隠し通せたと思うが、どうだろうな。あの祖父さんだけは察していたのかもしれん。

 

 それから祖父さんが天寿をまっとうするまでの五年間、俺は祖父さんを師と仰いで教えを乞う。

 

 いろいろとためになる内容だったよ。特に助かったのは近接素手捕獲法と調薬の二種類だ。

 

 右目の視力が低下して、俺はまともに遠投の狙いをつけられなくなっていた。ボールが的に当たらない。なら近づいてボールを叩きつければいいという寸法よ。

 今ではコツを掴んで、二投目以降を修正する小技も身につけたが……背後を取って当てた方が早い。

 

 調薬はクラフトの発展形として学んだ。野草やポケモンの体の一部、毒液まで利用する手法は古い技術だが、個人が薬を作るなら機械を使うより手軽なのだ。

 右目の手入れというか、視力維持と偽装を兼ねた目薬のレシピを最初に教わったな。眼球が動かないと不自然に思われる。膜を張って、光の加減で視線が合っているように見せかけるのよ。

 

『お前を傷つけたのはポケモン。だが、お前を助けるのもポケモン。忘れるなウズ。全ては扱い方次第だ。毒が適量であれば薬に変わるように』

 

 一連の出来事がきっかけで、俺はどくタイプを使うようになった。もともとの素養も大きい。やっぱりタイプの得意不得意があるらしいよ。全タイプを満遍なく育てられるトレーナーはほんの一握りだ。

 

 祖父さんが亡くなった後?

 教員免許を取るために学校に通ったよ。俺みたいな目にあう子供が一人でも減ればいいと思ったから。あと前世で少し憧れてたんだよね、学校の先生。

 ジムリーダーと兼業する羽目になったが、次第に右目の視力が落ちてきて厳しくなってたからなあ。やっぱり少しは見えるのと、ほとんど見えないの差は大きい。薬で誤魔化すにも限度があった。まあ、それはさておき。

 

 ……そうだよな。そうなんだよ。

 俺の原点はここだった。

 忘れるなと言われたのに。

 クラフトだのきのみ栽培だの、それよりも先に教えないといけないことがあった。

 

 ジムリーダー時代もそうだったろう。

 心を鬼にしろ。情けをかけるな。

 俺は嫌われても毒教師でもいい。

 

 一人でも多く、教訓を得てくれるなら。

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