ジム廃業して飛んでパルデア 作:あさいかくり
俺が提出した授業計画をクラベル校長が読んでいる。
「本当にこれをやると」
「はい。生徒には必要です」
「他に手段はないのですか? ……ポケモンに生徒を襲わせるなど。いくらなんでも」
「代案はあります」
俺の返答にクラベル校長は眉を顰めた。ならどうしてここまで過激な内容を、と表情が物語っている。
実際やりようはいくらでもある。言葉で語って聞かせてもいい。軽い実習の形を取ってもいい。
「ですが、それではぬるい」
やるなら徹底的に。強烈な体験を刻み込む。
「……この安全対策とは、具体的に何を指しているのか説明していただけますか?」
「大前提として攻撃は生徒に当てません。最初に使うはかいこうせんは脅しです。まず『命の危険がある』と彼らに思わせる。これは派手な方がいい」
「誤射の可能性はないのですか」
「生徒がわざと射線上に飛び込んでこない限りは。ちなみに速度はモトトカゲ並みと仮定します」
「先生がそこまでおっしゃるなら、サーナイトさんの腕前はたしかなのでしょうが……」
「では次を。基本は変化わざを中心に生徒を翻弄します。威嚇や示威行為をしても直接危害は加えません。生徒にはわざの影響を防ぐおまもりを事前に配布しておきます」
地面にはグラスフィールドを展開。さらに必要に応じてアロマセラピー、いのちのしずくなどで支援を行う。グラウンドはひかりのかべとリフレクターで封鎖する。校舎の保護と、校内の生徒を守るためにな。
「動けない生徒が出てくるのでは?」
「声がけはしますが、無理だと判断した場合はテレポートでグラウンドの外に離脱させます。負傷者が出た場合も同様に。裏で医療従事者に待機してもらうつもりです」
方々を走り回って人数は揃えた。肉体面、精神面のケアは可能な限り行う。一人でも離脱者が出たらその時点で授業は即中止だ。
「理解はしました。たしかに危険地域に足を踏み入れる生徒に改めて注意喚起をすべきだという声が上がっています。しかしこれではウズ先生一人に負担を押し付けてしまう。現在ポケモンリーグと連携して対策を進めている最中です。事は一教師が抱える問題ではありません」
「長期的にはそれでいいでしょう。しかし体制が整うまで時間がかかる。……とはいえアカデミーが動いてくださるなら安心です。後顧の憂いが解消される。同封した書類をご覧いただけますか」
「こちらは?」
「辞表です。今学期が終わって……いえ、授業を終えたらすぐに僕はアカデミーを去ります。後任は目星をつけてあります。僕より優秀な人材です」
要するに自主的な首切りだ。
「おやめなさい。そのように自分を追い込むものではありませんよ。それとも、こう言った方がよろしいですか? このやり方はアカデミーの評判に傷がつく」
だから考え直せ、尻尾切りはさせたくないと。
たしかにそれは正論で俺に都合がいい言い訳となる。俺が普通の出自なら素直に頷いていた。クラベル校長、あなた悪役の演技も映えますね。
「過分なお言葉、痛み入ります。ですがお願いします。やらせていただけませんか」
グルーシャの苦言は耳が痛かったが間違いではない。できる事はやっておきたい。
その点、大人の目が届く『安全な危険』という状況は絶好の機会なんだ。
「彼らはここから、いつの日か訪れる“もしも”の備えを学び取ってくれるはずです」
想定より生徒の動きがいい。ハルトやネモといった腕利きのトレーナーが即座にポケモンを繰り出し、呼応する形で他の面々も俺の手持ちと対抗している。こちらはポケモンでなくトレーナーを優先的に狙うわけだが。
流石はこの世界の住人。数人は取り乱すか茫然自失になるかもしれないと考えていたが、これなら介入せずとも大丈夫かもしれない。
主力として暴れるのはゲンガー、ドククラゲ、ドラピオンの三匹。ロズレイドは繁茂する草むらという場を整えるため後方に置いた。クロバットは上空で全体を俯瞰する。ドクロッグとエルレイドは遊撃手として戦いつつ生徒を陰ながらサポート。あっちは普通に攻撃してくるからな。その余波で被害を出さないようにしないといかん。
彼らには回避しながらも的になれ、という非情な指示を出した。憎まれ役を任せた手持ちには申し訳ない。
「クロバットの合図……あちらが劣勢のようですね。サーナイト、テレポート」
俺とサーナイトも遊撃手を務める。
初手のはかいこうせん以降、二種類の壁張りと回復、そして万が一の避難係として働いてもらっている。大量の仕事を任せてすまんなサーナイト。
跳んだ先には二人の生徒がいた。
一人は以前、読み聞かせの際に落書きを渡した大人しい生徒。もう一人はリーゼント頭の渋い男性。
……あれ、クラベル校長じゃね。
俺は近くの茂みにテレポートして、クラベル校長にだけ聞こえる声量で話しかける。
「(何してるんですか校長)」
「(校長? 今のオレはネルケだ。そういうことで一つ、よろしく頼むぜ。忍者マスター)」
「(人違いです)」
授業を実施する条件として、クラベル校長が腕利きを寄越してくれるという話は事前に聞いていたし、スカタンクみたいな頭のコワモテが数人潜り込んでいるのは確認していたが……あなたもですか。正直助かりますけど。
「(こちらの状況は)」
「(数箇所を見て回ったんだが、この子が怯えてしまっている。続けさせるのは酷だ)」
「(分かりました。離脱を……ッ!?)」
草むらが揺れて現れるのはドラピオン。どうやら生徒の反撃を受けて後退した様子で、俺たちに気づいて振り返った。そして怯える生徒と視線を合わせてしまう。
「こいつはマズイぜ……! 頼むヤレユータン、この子を安全な場所に」
巨大な化け蠍を前に生徒は限界を迎えていた。クラベル校長は手持ちに指示を出して生徒をドラピオンから、この恐ろしい空間から逃がそうとする。
だが、それは叶わなかった。
『チュララ』
「……え?」
ボールから飛び出したタマンチュラが、怯える生徒を庇うように立ち塞がったからである。
隙だらけで頼りない立ち姿。戦いは不慣れらしい。トレーナーと同じで大人しい性格なのかもしれない。
「タマン、チュラ」
『チュラ』
それでも。生徒の目から怯えが消える。
「っ……いとをはく!」
張り巡らされた糸がドラピオンを縛る。相手を拘束した一人と一匹は力強く立ち上がった。震えていた子供はもうどこにもいない。前に進もうと駆け出していく。
「ネルケさん、こっち! 今のうちだよ!」
「あ、ああ。すぐに追いかけるぜ。オレのことはいいから先に行ってくれ」
生徒を見送った後、俺とクラベル校長は顔を見合わせた。
「……厳しいと思ったのですがね」
「僕も同じ判断でした。あの子は相棒を見る直前まで心が折れかけていた。ですが、あれなら大丈夫でしょう」
「では私は他を見て回ります」
「お願いします。クラベル校長」
「ふっ、オレはネルケ。学生のネルケだ。それ以上でもそれ以下でもないぜ」
「それまで。皆さん、お疲れ様です。そして謝罪を。怖がらせてしまい申し訳ありません」
離脱者ゼロ。負傷者無し。
理想的な結果だ。ただし幸運に恵まれたというのは忘れてはいけない。一歩間違えれば大事である。
生徒を集めて休息を取る。水と軽食も用意してあるぞ。肉体的にも精神的にも疲労が激しいだろうからな。
「これで少しは理解していただけたでしょうか。皆さんの命はひとつしかない。危険には遭わないのが一番いい。避けられるなら避けるべきだということを」
落ち着いた頃を見計らって俺は口を開く。
……ただ、脅しすぎてもいかん。
この辺りの塩梅は難しい。
「いいですか皆さん。ポケモンは怖い生き物です」
火を吹く。電気を放つ。毒を吐く。岩を砕ける膂力があれば、大きな身体と体重は人を簡単に押し潰せる。
当たり前のように人間の生活圏で暮らしているが、その生態も、正体も、ポケモンという生き物は未だ謎に包まれている未知の存在だ。
「ですが同時に、僕たちに勇気と元気をくれる存在でもある」
人を簡単に殺せる生き物が、それでもこの世界で共存できているのは、ポケモンが決して奪うだけの存在ではないからに他ならない。彼らは人間を尊重して、人間もまたポケモンを尊重する。そうやって助け合いながら生きてきた歴史の積み重ねで今がある。
「皆さんにとってのポケモンとは何でしょう?」
「仲間? 友達? 家族? どれも正しい。この問には、人それぞれの答えがある」
「先程、危険は避けるべきと言いましたが……どう足掻いても避けられない危機がやってくるかもしれません。あなた方の大切な家族が、友達が、危険に晒されてしまうかもしれません。その人たちを守るために、あなたは苦難に身を投じなければいけないかもしれない」
「その時に、そばにいてくれる存在のことを覚えていてほしい。あなたは一人じゃない」
「皆さんの隣にはいつだってポケモンがいます。その意味をよく考えて、あなたが感じた答えを忘れないようにしてください」
「そしてポケモンとよりよい関係を築くために、僕が教えた技術を役立ててほしい。知識や技術は決して万能ではない。使いようによっては毒にも薬にもなり得る。だからこそ、皆さんは正しく有効に活用してください」
「……これで僕の授業は終わりになります。皆さんの活躍と健康を祈っています」
グッバイ、アカデミー。
つづく