ジム廃業して飛んでパルデア   作:あさいかくり

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「わ、渡したいものがあるんです」

 

 そう言って、アオイは紙の束を差し出した。

 随分と分厚い。異なる筆跡でびっしりと書き連ねてある名前はどれも見覚えがある。

 

「名簿……いえ。署名ですか?」

 

「アカデミーを回って集めました」

 

 集めたって、これ相当な数だぞ。少なくとも技術の全受講者より多いのは間違いない。生徒のほか、先生や見知った職員方の名前もちらほらと見受けられる。

 

「ウズ先生が去られた後、アオイさんは皆さんに声がけをして署名活動を始められたのです」

 

「これを一人で?」

 

「私だけじゃ全然……どうしたらいいか校長先生に相談して、みんなに手伝ってもらったんです」

 

 それにしてはアオイは浮かない顔である。もっと「すごいでしょう!」みたいに胸を張ってもよさそうなものだが……待って、この感じ滅茶苦茶覚えがあるぞ。具体的には某こおりジムリーダーのような。

 

「ウズ先生が辞めたのは私のせいだから」

 

 どうしてそうなる。いや、今は分かるよ。俺の行動でそう思わせてしまった。

 

「ちゃんと先生は教えてくれてた。私はそれを無視したせいで怪我をしたのに、先生は同じ事が起こらないようにって授業をしてくれた。ナッペ山とエリアゼロ、二回も助けてくれた」

 

 おまもりの効果にも気づいていたのか。

 たぶん最後の授業で察したんだな。

 

「私があんなことをしなかったら、もっと慎重でいたら、先生は学校を辞めなくてよかった。先生がいなくなって、みんなが悲しむこともなかった。……ごめんなさい」

 

 アオイはどれだけ自分を責めたのだろう。

 グルーシャもそうだった。自責の念に苛まれていた。

 あるいは周囲に心無い言葉を向けられたか。直接告げられたのでなくとも、何気ない噂話や不満を耳にして追い詰められてしまったのだとしたら。

 原因の一端は俺が配慮に欠けていたからだ。これではクソ恩師呼ばわりされても文句を言えない。

 

「謝罪は受け取ります。ですから自分を責めるのはよしてください。アオイさんと生徒の皆さんが無事なら、今後も気をつけてくれるなら、僕はそれでいい。あとは会見で経緯を説明すれば皆さんも分かってくれると思います……それ以降も好き勝手に騒ぎ立てる連中は捨て置きなさい。あなたが気に病む必要はない」

 

「それでも先生は非難されちゃう。過去は変えられない。タイムマシンでも使わない限り」

 

 そうだな。既に起きた出来事は変わらない。

 人生は不可逆でなければならない。

 

 感情が昂ったアオイの目に涙が溢れる。

 

「……泣いてないです。泣かない。私が泣くのは違う。先生を困らせるだけでしょ……同情を誘うな」

 

 小声で自らを叱咤した彼女は目元を拭う。

 わずかに掠れた声で、少女は己の決意を表明する。

 

「考えました。どうすればいいのか。考えて考えて、私は決めたんです。――未来なら変えていける」

 

「そのために署名を?」

 

「はい。これ、ウズ先生に辞めないでほしいって思う人のリストです。授業内容の正当性と責任の所在について……みたいな感じにするより、単純な方がインパクトがあるってアドバイスをもらって」

 

「その辺りはアカデミー側の役割です。アオイさんには生の声を集めていただきました。答弁では有効な手札になるでしょう。数の力は侮れませんからね」

 

 クラベル校長が眼鏡をクイッとする。

 レンズが反射して光るのといい、わずかに上がった口角といい、もうそれ軍師か黒幕の風格なんですよ。

 

「これを渡すか、すごい迷いました。本当はもう嫌になったのに、この署名を見せたら重荷になっちゃうかも、無理に引き止めちゃうかも、って」

 

「……」

 

「でも校長先生に言われました。教師を続けるか、辞めるか、ウズ先生は自分で決断ができる人だって。私たちの気持ちを知ってもらって、行き過ぎな批判から先生を守るために、この署名は役に立つって。だからこれは先生にあげます。えっと、『正しく有効に活用して』くれると嬉しいです……なんちゃって」

 

 おどおどと躊躇いがちに、しかし俺が気負わないように冗談を混ぜる生来の強かさと度胸を添えて、アオイは署名の束をこちらに押しつけた。

 

 本当に……本当にさあ。

 この世界は厳しいけど優し過ぎるのよ。

 

「クラベル校長。手前勝手で申し訳ないのですが、その辞表に不備があるので返却をお願いできますか」

 

「ええ、どうぞ」

 

 辞表カムバック。

 そしてこいつを、こうして、こうだー!

 

 辞表は死んだ。

 シュレッダーなぞ生ぬるい。一瞬で十七分割にしてやったわ。ゴミは自分で回収しています。

 

 俺は深々とクラベル校長に頭を下げてお願いする。

 

「――もうしばらくここで働かせてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 え、まずは反省文?

 待ってタイム先生。百枚って何枚よ。ナンマイダ。




ひとまずこれにて、物語の一区切りとさせていただきます。約一ヶ月間、お付き合いいただき本当にありがとうございました。

至らない点ばかりではありましたが、毎日更新を継続できたのは読者の皆様のおかげです。寄せられた感想にはすべて目を通しております。

とはいえ、まだ語れていない内容、描写不足の箇所があるかと思われます。今年中にここまでやろうと駆け足気味になってしまいましたので。

今後の方針と致しましては、不定期に小話のようなエピソードを更新したいと考えています。
感想で言及されたなかで、これはと思う題材があれば拾わせていただくかもしれません。

それでは皆様、よいお年を。
あるいは、明けましておめでとうございます。

あさいかくり
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