夢を見ていた。
正確には今、見ているものが夢だとわかった。
だってそうだ。
目の前に黒い、大きな獣が、鋭い牙を見せつけるように私の前にいた。
きっとそれは狼に近い種なのだとわかった。
夢というのは不思議なものだ。
自分が酷い目にあったり、怪我をしたり、死んだりする。
その様子をまるで第三者が見ているように、じっと眺めることができる。
だから私に危機感というものは全くなかったし、むしろいつ「その時」が訪れるのだろうと半ば興味を持って周囲を観察していた。
薄汚れた壁が右、左、後ろ。
私を取り囲むようにそびえ立つ。
どうやら路地裏のような場所で、逃げ場はないらしい。
獣は予備動作もなく、私へと飛びかかった。
黒い爪が、牙が私へと食い込む。
驚くくらい簡単に、人は死ぬのだなと思った。
否、恐らくは生が連続していることこそが奇跡なのだ。
あまたの生物が私の知らぬところでひっそりと死ぬように、私もそうなる。
客観的事実がそこにあるだけだ。
目の前の、人間よりも強い種によって。
黒い爪が、赤いものが飛び散らす。
私はじっとそれを見ているだけ――。
の、はずだった。
刹那、大きな光が獣を貫いた。
貫いた、というのは手ぬるい表現かもしれない。
直径にして子供の背丈くらいはあった橙の光線が、獣の半身をくり抜いていったのだ。
当然、獣はドクドクと脈打つように、のたうち回った。
やがて、獣は細かく砕け、最後には霧のように消えていった。
生物らしからぬ消え方だな、と思ったが夢なのでお咎めはなしだろう。
多少のご都合主義は夢には付き物だ。
光線を撃った存在――助けてくれた少女が手前側から中へ、視界へと入り込む。
夕陽かと見間違うような、綺麗な橙のドレスを身に纏った少女が。
どうやら光線は少女の手から放たれたようだった。
かつかつと、少女の履いたヒールの音が暗がりにこだまする。
少女が、少女を抱き上げる。
さっきまで襲われていた方の少女も、これで助かるのだろう。
無垢なる一般市民たる少女は、不思議な力を持つフリフリのドレスを着た少女に助けられましたとさ。
めでたしめでたし。
……。
これだけなら後は目を覚まして終わりのはずだった。
ちょっとグロい夢を見たなあ、目覚めが悪いなあと悪態をついて、その後は軽く引かれるのを覚悟で友達と話すネタにするか、程度の出来事だった。
でも、ひとつだけ気になることがあった。
私は襲われているのが自分だと思い込んでいた。
が、視界の手前から出てきたのは助けた側の少女だった。
(銃をパンパン撃つFPSなら手前がプレーヤー、つまり自分自身だろう)
助けられたのが私だったのか、助けたのが私だったのか。
答えが出ぬまま、私は――。
ブルブルと震えるスマホを握っていた。
「うるさ……」
うつ伏せに寝たまま、手を無造作に動かす。
指の動きに合わせて振動が止まるのを確認すると、そのまま放り投げる。
まったく誰だ、こんな小癪なアラームをセットしたのは……。
今日はクソ不愉快な夢を見たから、もうひと眠りすることにしよう。
人が死にかけてる時点でアレなのに、魔法少女がフリフリのドレスを着て、自分より大きな、牙をや爪を持った敵を倒すなんて馬鹿げている。
魔法少女は――。
『さっさと起きないと遅刻するわよ、
布団をかぶった私に、握りこぶし程度の橙の光がちらつく。
わざわざ布団を貫通して耳元で囁いてくれるのは、ご苦労様としかいいようがない。
「遅刻でいいよ……死ぬわけでもあるまいし……」
『また、そういうことを言って。はいはい起床起床~』
「ああ!! 目の前でチカチカするのやめて……!!」
私はしぶしぶと布団から出て着替えを始めた。
橙色のセーラー服に袖を通す。
『今日は魔法力の実技テストがあったわね。準備は?』
「何もしてないよ。魔法力とか体育の次にキラいだし」
『またそういうことを……あなたは素質はあるんだしもっと真面目に――』
「あーはいはい、その手の子供をその気にさせるヤツ、結構だって」
朝ご飯を食べて、そのまま外へと出る。
便宜上の挨拶を口に出して。
「いってきまーす……」
『もっと元気に!! 元気の良さでは
「いちいち、うるさいなあ……」
……そうそう、まだ途中だった。
魔法少女が大型のモンスターを倒すのなんて馬鹿げている。
魔法少女に倒せるのは精々、自分と同じくらいのサイズの敵だ。
ちなみにフリフリのドレスなど、今日び着ない。
他にできることと言えば……。
罰ゲームとしか言いようがないのだが――。
『またそうやって悪態をついて……魔法少女の毎日はもっとキラキラしてなきゃあいけないの!! そんな中でも今日は特別な一日になるのよ!! ドキドキとワクワクの大冒険の扉が今開かれる!! こんなにハードル上げちゃって大丈夫か妖精~? そうとも、とびっきりの日常と非日常が、あなたを待っているわよーー!! レッツゴォォォォ!! ハローアサヒ!! ブゥンブゥン♪』
やかましい妖精の発言が、耳に入ってくるくらいなものだ。