少女が駆ける。
橙の輝きを放ちながら。
手を振り、呼吸を乱し、汗をにじませ。
小さな体を埋め尽くすのは、正義感か。
あるいは身を焼く焦燥感か。
魔法少女、三吉夕花は公園へと着いた。
そこで待ち受けていたものは――。
「やっと来たっすか、魔法少女」「待ちくたびれたっすよ、魔法少女」「ようこそ、ここがお前の終着点っす」
親友と同じ顔を持つ、大量の敵。
「……」
夕花は何も答えず敵の数をかぞえあげる。
20は超えているが、30には満たない。
相手はまるで軍隊のように整然と並んでいる。
こいつらは敵だ。
よりによって、自分の友達の姿で無差別に辺りを破壊する。
それが、何よりも許せない。
拳を構える。
橙の手袋で覆われたそれを。
「この数と戦うつもりっすか?」「ケンカっすか? やるっすよ?」「どうやらおしゃべりは嫌いみたいっすね、魔法少女」
「友達の顔で暴れまわるのが、そんなにつらいっすか?」
「夕花ビーム!!」
拳はやめだ。
たった今しゃべった一個体に光線を発射する。
攻撃を受けた敵は空中で数回、捻りを入れるように回転し、着地する時には狼の姿へと変貌していた。
これが開戦の合図となった。
「魔法少女に目にモノ見せてやるっす!!」「数の暴力、見せてやるっすよ!!」「全員を相手にできると思ってるっすか!!」
「友達と戦うのがそんなに楽しいっすか? 魔法少女!!」
少女の光が、いっそう増した。
●
「ううう……魔法……syou……じょ……」
「お前で最後よ」
人の姿を維持できなくなった獣に、裏拳を叩き込む。
ヒットの瞬間に拳に凝縮された魔法力は、狼の体を砕き、そのまま霧散させる。
モンスターの大群を、一人の少女が全滅せしめたのだ。
夕花は黒い霧が消えていくのをぼうっと眺めていた。
そこに実利的な、確認の意味合いはない。
胸にあったのは――。
「あの時のことを思い出してたんすか? 魔法少女!!」
「……!!」
目の前に現れたのは、一周り大きい陰。
夕花よりもその背丈は大きく、160センチはあるだろう。
そしてやはりというべきか、夕花の友人の姿をしている。
「お前は……!!」
「そっす。あの時の狼っすよ。アンタの油断に助けられた、あの時の狼っす!!」
決して悟られぬよう、歯ぎしりをする。
思わず拳に力がこもる。
だが、今までの敵のボス――上位個体は間違いなくこいつだ。
こいつを倒せば、一連の敵は消える。
こいつを倒しさせすれば――。
「あなた達が何人……何体いたって私は負けない!! この町の平和は私ひとりでも守る!!」
「おやおやあ? 何
うるさい。
うるさいうるさいうるさい。
うるさい。
「だまれーーーー!!」
燃料を燃やして噴出するように。
スカートから橙の光をまき散らしつつ最高速までの加速。
一瞬で距離を詰め、拳で――。
拳が、空を切った。
「……!!」
「あはは、パーティーはこれからっすよ!! 魔法少女!!」
敵は数メートル後ろに下がっていた。
読まれている、いやそれよりも、どうやって回避した?
敵は獣だ。
存在する力を無作為に振り回すことしかできなかったはずだ。
柴の姿を借りて、糸の能力だけは真似ているが、それ以外はできないはずだった。
――真似。
――こいつ、もしかして。
「ドレスが何でできているか、知ってるっすか魔法少女?」
ダーク柴の体から、大量の黒い糸が湧いてくる。
それらがまるで、繭のように敵の体を包んでいく。
繭がその形を変える。
自分とそっくりの、真っ黒なドレスへと。
漆黒の手袋、漆黒のリボン、漆黒のフリル。
この姿はまるで――。
「これがダーク変身っす。これからは、この恰好で暴れるっすよ。魔法少女の姿で町を破壊するっす!!」
「……これ以上」
少女が咆哮した。
「柴をバカにするなああああぁぁぁぁ!!」
橙の巨大な弾丸と化した少女が、拳を突き出す。
最速の勢いで、最大まで拳に力を込め。
最強の一撃を敵に――。
パシッと乾いた音が響いた。
「叩き込めてないっすよ? 魔法少女?」
「え……?」
拳は、敵の片手に収まっていた。
まるで万力で抑えつけられたように、びくとも動かない
「これが反魔法力のコントロールっすか」
「この……!!」
手がダメなら足で!!
固定されてるのを利用して、反動を付けて蹴りを――。
「じゃ、私も足でガードっす!!」
「!!」
足と足がぶつかる。
勢いを付けて蹴った。
だが、弾かれるのは夕花の方だった。
固く握られた手が、その強さを増す。
痛みからか、夕花の表情が歪んだ。
「今度はこっちからいくっす!! そうれ!!」
「きゃっ……!!」
手をぶんと、振り回す。
ドレスを纏った体が、弧を描くように公園の地面へと叩きつけられた。
砂ぼこりが巻き上がる。
「ぐ……うううう……!!」
衝撃の瞬間、背中へと魔法力を集中させクッションにした。
だから、見た目の痛々しさほどのダメージはない。
だが――。
「どうしたっすか魔法少女? そんなところでオネンネして。そんな派手なドレスで大の字なんて無様っすね~」
にやけた顔が、上から覗き込む。
大切な人が、絶対に浮かべないような嘲笑を。
「く……!!」
「おっと危ないっす!!」
放った光線が避けられる。
その隙に、魔法力を後ろへと回す。
飛び上がるように地面へ着地して体勢を立て直す。
5メートルは離れた先にいる、余裕たっぷりの笑みのそいつが声を放つ。
「魔法少女、悟ったんじゃないっすか? 自分は勝てないって」
耳を傾けるな。
集中しろ。
夕花は勝てる道筋を探した。
それがどんなに、か細くても。
一度、広範囲の光線で相手の相手の防御姿勢を崩す。
力の制御を覚えたところで、広範囲の攻撃をしのぐには、広範囲に力を散らすしかない。
それと同時に拳を一点に叩き込む。
飛び道具と打撃の連続。
これなら――。
「あ……!!」
「まだわかってないっすか、魔法少女」
夕花の足には、黒い糸が巻き付いていた。
「お前にできる程度のこと、こっちだってできるんすよ!!」
力を吸われるような感覚が足に襲う。
攻撃を受けてる箇所に力を回さざるを得ない。
そして――。
「そのリボン、邪魔じゃないっすか?」
「あ……」
距離を詰めての正面への同時攻撃。
「きゃあああ!!」
漆黒の突きが魔法少女の体を捉える。
魔法力と反魔法力が、反発をするようにバチバチと白黒の火花を散らした。
人の姿をしたモンスターが、リボンへと手をかける。
次の瞬間には橙のリボンは、宙を舞っていた。
リボンは砂場へと落ち、そのまま形を維持できなくなり、消えていった。
「っ……!! そんなことをしたって私の心は折れない!! 私は絶対に諦めない!!」
「はは!! 何を言ってるっすか? 心を折ったなんて一言も言ってないっすよ? それとも自分に言い聞かせたっすか?」
「そ、そんなこと……!!」
「ちょうど良かったじゃないっすか。リボンは魔法少女の愛と勇気の証なんすよね? 自己満足の愛と、ハリボテの勇気……リボンがない今の姿、お前にピッタリっすよ魔法少女!!」
夕花は自らの顔が赤くなるのを感じた。
耳を傾けちゃ……ダメだ。
まだ諦めない。
諦めなければきっと何か希望が――。
「ここからが本番っすよ。これこそが対変身魔法少女の攻略法……」
ダーク柴の両腕が、夕花の体を締め付けるように抱く。
「ただの抱きしめ攻撃っすーーーー!! ギャハハハハっす!!」
「え……? きゃああああぁぁ!!」
橙のドレスを着た魔法少女が、漆黒のドレスを着たモンスターに抱きしめられる。
異様とも言えるその光景は、魔法少女にとっては絶望的な状況だった。
「気づいてたっすよ魔法少女。お前の魔法力はそれほど高くないって。それを頑張ってやりくりしてたっすよね」
「うぐう……ああああ……」
魔法少女は、何も答えない。
否、答える余裕などない。
「じゃあ、こうやって全身を攻撃すればどうなるか? 全身に魔法力を万遍なく行き渡らせるしかなくなる……つまり単純な力の総量で勝負が決まるっす」
「ん……ぐううう……」
「何も答えれないっすか? ただの抱きしめ攻撃に負けて情けない魔法少女っすね~」
余裕の笑みを浮かべる怪人と、苦悶の表情を浮かべる魔法少女。
両者の表情の差が、何よりも状況を物語っていた。
「良かったじゃあないっすか? 友達の顔をしたモンスターと戦うの、つらかったすよね? いっそ負けちゃえばいいんじゃないっすか? もともと弱っちい魔法少女で、言い訳なんていくらでもできるじゃないっすか。一人で戦う~って友達や町の人のためじゃなくて罪悪感っすよね? 自己満足でヒーローを気取ってるけど、お前は自分の心にウソをついてる弱虫っす!!」
うう……ぐす……。
「あれ? あれれ~? もしかして泣いてるっすか魔法少女!! こんな泣き虫に町が守られてたなんて傑作っす!! やーい!! ザコザコよわよわ泣き虫魔法少女~!!」
夕花は己の不甲斐なさに涙した。
そして、何も言い返せなかった。
怪人の罵倒を、ただただ耳に入れるだけだった。
最初からわかっていたのかもしれない。
後ろめたさがあって、それを指摘されれば、自分は心をたもてないと。
だから、この結果はある意味、必然だった。
「うう!!ぐす……!! わたしはあ……!! ぐす!! ごめんねしば……!! ひっく!!」
「あはは!! もう何を言ってるかわかんないっす!! ほらほら~頑張らないと変身が解けちゃうっすよ魔法少女~」
顔を赤くして泣きじゃくる少女。
それに呼応するかのように、橙のドレスと手袋に異変が起こる。
先がほつれて、ヒビが入るように破け、少しずつ蒸発するように消えていく。
少女が、理解が追いつかないまま悟った。
――ああ、そっか。
――私は完全に負け……。
その時だった。
赤い斬撃が、宙から降ってきたのは。
「ちい!! っす」
「あ……」
危険を察知した怪人が、拘束を解き後ろへ飛ぶ。
振りほどかれた少女は、力なく倒れ込もうとしていた。
その体が、同じ顔をした少女に支えられる。
「はあはあ……やっと追いついた……」
「……なのです」
「あなた達は……」
朝霧夕香と宮寺朱里。
少女が今日、知り合ったばかりの二人だった。