状況は変わった。
多数の芋虫の群れは、少数の蝶へと変貌を遂げた。
でかい蝶をまじまじと眺めて、柴がつぶやく。
「脅威度4程度の集団ってところっすか。ま、そこそこじゃないっすか?」
「私達が協力すれば、なのです!!」
「言うっすね、宮寺。ここまでの相手、初めてじゃないっすか? 学校なら逃げろって言われるところっすよ?」
「私も、不良だったのかもしれないのです」
柴が満足そうにケタケタと笑った。
それを隙と見なしたか、蝶のうち、一匹が突っ込んでくる――。
「
娯楽室の天井を突き抜けた赤い塊が、漆黒の虫へと振り落とされる。
蝶は羽根やその他モロモロのパーツを散らし、そのまま消滅した。
「私だって力になるのです……!! 夕香ちゃんや柴ちゃんの目的を叶えるために!!」
朱里が高らかに宣言する。
何というか、この数時間で朱里もたくましくなったなと思う。
「宮寺のやつ、強くなってるっすね。朝霧は何かないんすか? パワーアップ的なの?」
「あるよ。……変身できるようになった」
「は? 変身……変身!? 朝霧が?? 昔の魔法少女みたいに????」
驚くのも無理はない。
私も数時間でそうなるなんて思わなかったのだから。
変身の要領は、もう掴んでいる。
「はああああ……!!」
体が橙の光に包まれる。
ぴっちりと、包み込むイメージで。
朱里はジャージを褒めてくれたが、満足してはいけない。
オシャレセンスをそこから一歩進化させる。
そもそもインナー以外の衣装は飾りだと夕花も言っていた。
だったら最低限でいいだろう。
掛け声が終わった時には、私は橙のローブを羽織っていた。
なんか中世チックなファンタジーは良くこういう恰好をしている気がする。
……どうだろう。
「え~。もっとキラキラのドレス着ろっすよ~。それか舞台装置みたいに巨大化してほしいっす!!」
「シンプルな出て立ちも似合っているのです!! ふん!! どりゃあ!! せい!!」
朱里、褒めてくれるのは嬉しいが戦うのに集中してほしい。
それにしてもまたも朱里に褒められてしまった。
私のセンスも捨てたもんじゃない。
自信を持った私は漆黒の巨大蝶へと突っ込み、手刀(夕香チョップ)を放つのだった。
羽根をへし折るつもりだった、が。
「Giiiiiiiii……」
「げ、結構強い……!!」
「何やってるっすか!?」
援護に入った紫の鉄球が蝶の腹部に当たった……と、思ったらあっさり弾き飛ばされた。
「何やってんのよ」
「こいつけっこう強いっす!!」
「そう言ってるでしょ!!」
まずい。
額に汗がにじみ出す。
私と柴、二人がかりで互角程度の相手。
このままでは、残り全部を相手にしている朱里が――。
「ふん!! ふん!! どりゃあ!!」
「……!! まったく苦戦してない!?」
「……宮寺のやつ、強すぎないっすか?」
相性、というものだろうか。
突っ込んでくる蝶を右へ左へばったばったとなぎ倒している。
刀が直撃した敵は体が砕け、霧散している。
ダーク柴の時は、相手が距離を取り不用意に近づかなかったのが大きかったのだろうか。
だが、敵も朱里の脅威に気が付いていた。
朱里を取り囲む残った数匹が、全員で一斉に、四方八方、上下左右から飛びかかる。
「ああ!! あれじゃあ回転斬りでも対処できない!!」
「こっちに集中しろっす朝霧!! 宮寺ガチ勢っすか!!」
瑠璃さま瑠璃さまと連呼している人間に言われたくない。
私は蝶の一体をがっちりホールドし、柴はそれを殴りつけている。
つまり、どっちも手が離せない。
「大丈夫なのです、夕香ちゃん……。私、わかってきました。ここは娯楽室、それなら……」
すうっと朱里が息を吸った。
「"げーむせんたー"に置いてある大型
「え!?」「は?」
私と柴の声が重なる。
大型キョウタイ……?
キョウタイって何だ……?
「たぶん台のことっすよ。格ゲーとかの」
それを聞いてわかった。
アミューズメント施設とかにありそうな、中に入ってゾンビを撃ったりするあれか!!
「でもそんなものあった覚えは……!!」
漆黒の蝶が、でかい台へとぶつかる。
いつの間にか『大型筐体』は朱里をガードするように360度がっちり配置されていた。
隙間なく配置されているので、少々いびつな積まれ方をしている。
「はああああぁぁぁぁ!? あんなのあったぁ!?」
娯楽室の床に落ちた蝶が、じたばたともがく。
ただぶつかったにしては、ダメージが大きそうだ。
「"げーむ"の歴史は"げーむせんたー"の歴史でもあるのです……。私はいつか、広い画面で"よこしゅーてぃんぐ"を遊んでみたいと思っていました……!!」
「いつか広い世界に飛び立ちたいみたいな言い回しっす」
筐体の座席のひとつから朱里がすっと立ち上がった。
そんなところにいたのか、朱里。
「
動きを止めていた蝶が一体ずつ粉砕されていく。
朱里を襲っていた全てのモンスターは、朱里ひとりにより殲滅された。
「よっと。こっちも終わったすよ」
「つ、疲れた……」
体重を預けていたモンスターが消えていき、私はその場へするするとへたり込む。
無事かどうか、朱里の姿を確認すると、愛おし気な目で大型筐体を見ているのだった。
「こんな使い方をして申し訳ないのです……。後で修理して、どこも悪くなかったら……改めて遊びたいのです。あ……」
筐体がキラキラと光り、消えていく。
まるで朱里を守るのが最後の使命だったかのように……。
「さようなら……大型筐体さま……。勝手なことばかり言いますが、またいつか会いたいのです……」
筐体は赤い光となり、消えた。
「朱里……」
声をかけることもできなかった私はとりあえず変身のローブとインナーを解除する。
……正直あまり活躍できなかったが、今回の敵は強かったし、しょうがないはずで――。
「おかしくないっすか?」
それを口にしたのは、すぐ隣にいた紫の少女だった。
何がよ? と少し食って掛かると、柴はいぶかし気に答えた。
「私と朝霧が二人がかりで互角の相手っすよ? 私だってパワーアップして自信があったのに……。それを宮寺はひとりでほぼ倒したっす」
「嫉妬してるの? もともと朱里は学年で上から数えた方が早いレベルだったでしょ。瑠璃がライバル視してただけで朱里の方が遥か上だったってだけでしょ」
「む……。瑠璃さまはゆくゆくは大物に大成するっす。私はそれを信じてるからいいっす。しかしこの部屋は何なんすか? あんなものを『出せる』なんて」
『出せる』
そうだ、その通りだ。
やっぱりこの部屋に大型の台なんてなかった。
どこかから出てきたのだ。
朱里の声に呼応するように。
朱里はこの船の奇妙さを気にしていた。
何か秘密を掴んだ、ということだろうか。
朱里に聞くべきか。
聞いてみてどうする?
自分もゲームでも、お菓子でも出してみせるのか?
さながらお伽噺のメルヘンの世界。
非科学的で原理不明な『魔法』のように。
例えばこの船に不思議な力場が働いていることも考えられる。
だから、それに気づいた友人と情報を共有するのはきっと正しい選択なのだろう。
しかし、気づくことができた朱里は何なのか。
聞いてしまうことで、私達の関係――というより朱里の存在が揺らいでしまう。
奇異な思い込みは、されど私の胸を覆いつくし、塞ぎ、閉じた。
私はただそこに佇んでいた。
「宮寺、今の何っすか? どうやって出したっす?」
おい。
「柴、あんた……!!」
制止する私を気にも留めず、柴は朱里の前へと進んだ。
対して朱里は、バツの悪そうに困った顔を浮かべている。
「宮寺~どうやったか教えるっす。瑠璃さまを探すのに役立てれるかもしれないっす」
「柴!! あなたちょっとね……!!」
「ちょっと何っすか? はっきり言えばいいっす。朝霧も様子が変っすよ。変に気を遣う方が変っす」
やっぱり柴は根本的に別グループだったかもしれない。
瑠璃とはさぞ性格が合うのだろう。
そんな風に思っていたら、朱里が口を開いた。
神妙に。
朱里の様子は堅苦しいその言葉をイメージさせた。
「……ここは船なんかではないのです。恐らくは私達の認識が折り重なってできている空間。だからこそ物質的な枷が外れ、それに沿った行動ができるのです……」
「は??? ちょっと何を言ってるっすか???」
私はごくりと唾を飲んだ。
「私達の声……正確には『発言』が外界との擦り合わせの手段なのでしょう。恐らくそこで辻褄合わせが起こっているのです」
「朝霧~、宮寺の言ってることワカランっすよ。翻訳してほしいっす」
「つまり朱里……私達はここには『いない』?」
「迂闊にそれを言ってはいけないのです、夕香ちゃん。辻褄合わせが起こります」
「……確かに。私達はここにいると認識しているけど、その事実を担保しているものはない、か……」
「は??? まともにしゃべってほしいっす。瑠璃さま早く見つかんないっすかね~」
私にもわかってきた。
朱里の言わんとしていることが。
ここは娯楽室。
だから、娯楽にまつわるものなら置いてある『可能性』があるということだ。
「まあ何でもいいっす。いろいろ試せばヒマ潰しくらいにはなるっすよ」
「……」
「……朱里?」
「いえ……口に出すのは……しかし気づいてしまったのです!! 前言撤回なのです……!! 認識を形作るのは思考……そして自己の思考は無意識に形成され、制御できないのです……!!」
「朱里!? すごい汗……!! いったいどうしたの!?」
「宮寺、少し横になればいいんじゃないっすか? 医務室も探せばあるっすよ、たぶん。あ、船に聞けばいいっす。ヘイ!! フェアリィ!! 医務室はどこに――」
『緊急事態発生!! 緊急事態発生!!』
「!? どういうことっすか?」
「弾かれてしまったのです!! 私の意識で!! 微妙な位置にあったボールが落っこちてしまったのです……!!」
「落ち着いて朱里!! 何を言ってるのかわからないよ!!」
本当はわかっていた。
私達の意識が敵を呼んでいると。
この場所では、私達の意識が形になる。
『大型のモンスターが迫っています!! すぐに脱出をしてください!!』
「大型ぁ? ヘイ!! フェアリィ!! ちなみに脅威度はいくらっすか?」
『9.99999999999999……』
「ぶふっ!!」
つばでも詰まらせたか、柴がせき込む。
奴がきたのだ。
「脅威度9.99……トリプルナインが……!!」
「何すかその呼び方? でかい虫っすよね?」
「それもそうね。よく考えたら呼びにくいわ」
「二人とも、ごめんなのです……芋虫の大群をみて、親玉の姿がないと思ったら、あいつの姿を思い出してしまったのです!! だからきっと私の思考に呼び寄せられて……!!」
申し訳なさそうにする朱里をなだめる。
まだ、何も確証のないことを謝る必要はない。
それより今度こそ決めなければいけない。
逃げるのか、戦うのか。