「何だか久しぶりな気がするっすね、あの虫」
柴の一言で私も思い出す。
そもそも、私達がどうしてこんな状況になったかを。
「ええ、西暦2020年の普通の世界で暮らしていた私達は学校の帰り道、裏山にいるモンスターを狩りに行った……そこで小型のモンスターを狩った後にあいつと遭遇したのよね……!! 私達は全く太刀打ちできなかったけど、私の妖精が唐突に真っ白な人型サイズになり、あいつに白い光線を放った。結果、私と朱里は西暦2000年の世界に飛ばされ、その後で柴と合流してこの無人の時空船に到着し、現在にいたるのよね……!!」
「クソ長い説明っす!!」
「夕香ちゃん、わかりやすいのです」
そうかな、と照れながら頭をかく。
しかし悠長な反応を返している場合ではない。
あの虫は脅威度9.99。
脅威度は1上がる度に30倍の強さになる。
今の私が精々脅威度5の相手と互角だから、その30の5乗、24300000倍程度の強さはあるということだ。
要するに、私達では絶対勝てない。
何とかして、逃げる方法を模索しなければ。
ふんばれ、夕香。
私は自分で自分に言い聞かせる。
こんなところで脱落なんて、絶対にしない――。
●
「私に策があるのです」
透明になった外壁を眺めながめていると、朱里が口に出した。
黒い巨虫は真っ白な空間で、こちら目掛けてまっすぐに進んでいる。
何か逃げるための良い案があるのだろうか。
そう思っていると――。
「迎え撃つのです、今、ここで」
「はあっ!?!? う……ごほごほ!!」
「朝霧、驚きすぎてムセてるっす」
まさか朱里からそんな発言が出るなんて。
これが瑠璃だったらノリと虚勢で言いそうなんだけど。
「あ、朱里!! 本気で言ってるの!?」
「……本気、なのです。ここでやつを仕留めなければ後顧の憂いが残るのです」
「でもでもでもでも!! ワープルームからどこかへ逃げる手も……!!」
「それではこの船が破壊されてしまうのです。こんな船がいくつもあるとは思えません。元の世界へ帰れなくなってしまうのです……」
「う……」
確かにこんなトンチキな場所がいくつもあるとは思えない。
ここに来れたのもたまたま柴がここに飛ばされたから、というだけだ。
迂闊に逃げれば、門限どころか、一生、元の世界には戻れない――。
確かに、覚悟を決めなくてはいけない。
最初からそうするしかなかったのだ。
朱里はそれを一瞬で判断したのだ。
私達がワチャワチャしている間に黒い虫は迫って来ていた。
もう、猶予はない。
私も、腹を決めた。
「この位置から攻撃できるのは、私しかいない……!! 二人とも!! 下がって!!」
「夕香ちゃん!?」
「朝霧、急にやる気を出したっすね。どうするつもりっす?」
やることはシンプルだ。
謎ビームで蹴散らす。
「はあああぁぁぁぁ!!」
再び、変身をする。
橙の光が娯楽室を満たしていく。
両手を前方へと重ねて、深呼吸をした。
思えば、必殺技なんてものに憧れをいだいたことはない。
最初から放てよ、などという手垢の付きまくったツッコミ、私もしていた覚えがある。
だからこそ、今、その疑問に自分自身が答える。
最初から、思いっきりぶっ放す――!!
「夕香ビィィィィム!!」
放たれた極大のゲロビ。
変身による魔法力コントロールで、両手に魔法力を集中させ、威力を増大させた。
透明な窓ガラスを貫通し、私の家くらいの大きさのゲロビが、高層ビルくらいの大きさの巨虫へと突っ込む。
くらいやがれ、そう念を込めて。
ぺち。
ああ無残。
橙のフルパワービームは巨虫の腹に弾かれ、一瞬で掻き消えた。
私の家がもう少し大きければ……そう思わずにはいられない。
「くそ……!! やっぱり必殺技なんていきなり撃つんじゃなかった……!!」
「夕香ちゃん……!! 無理したらいけないのです!! 私が言い出したから……!!」
「この船がなくなったら瑠璃さまも探せなくなる……それはダメっす!! 帰れなくなるにしても瑠璃さまと一緒がいいっす!!」
何やらずれたことを言ってるが、どうやら本気らしい。
その証拠に柴は頭を下げていた。
「大丈夫なのです、柴ちゃん。……みんなは帰れるはずなのです」
「……朱里?」
「長距離必殺技は……まだあるのです!!」
朱里が手を掲げる。
黒い虫は、ガラスのもう目の前。
パニックものの映画だったら、数秒後にガラスがはじけ飛んで阿鼻叫喚になるやつだ。
でも、朱里に長距離の必殺技なんて――。
「うおおおおおおおぉぉぉぉなのです!!」
巨大な刀が、娯楽室の天井を突き抜ける。
朱里の視線がこちらへと向く。
その瞳はどこかで寂しげで。
こう言っているようだった。
『夕香ちゃん、さよならなのです』
――ダメ!! 行っちゃだめだ!!
私の頭の中で何かが鳴る。
まるでスピーカーの音量設定をミスったみたいに、反射で体がビクつく。
「
巨大な刀が、振り下ろされる。
黒い巨虫と真っ向からぶつかる。
どす黒いと、赤の光が干渉し、弾け、視界を包む。
――無茶だよ朱里!!
その声は、既に声になっていなかった。
この空間自体が、別の何かに変質していってるのだろう。
足元はぐねぐねと揺らぎ、体が伸びたり縮んだりする感覚。
ともかく、いくら朱里でも脅威度9.99の敵を相手にするなんて――。
「グギャアアアアアアアアアアアアアア!!」
「た、倒せてるううううぅぅぅぅ!?!?」
赤い刀が、黒い虫へとめり込む。
私より24300000倍強いはずのその敵が。
ここから導かれる結論はひとつ。
朱里は、私の24300000倍以上に、強い――。
「うおおおおおおおぉぉぉぉなのです!!」
虫が、正面からチーズのように裂けていく。
中身も真っ黒なのでそんなにグロくはない。
どちらかといえば、放心状態だ。
朱里に、こんなことができたなんて――。
本当か?
現にできてるじゃないか。
おかしいだろう。
そんなこと言われても知らない。
あの子はなんなんだ?
あの子は――。
あの子は、私の友達だ。
「朱里!!」
気付いた時には、もう遅かった。
半分に裂けた巨虫が、二つの塊となってこの船と衝突する。
柴が身を屈める。
私が駆け出す。
朱里は――。
私のかけがえのない友達は、窓へと突貫していた。
恐らくは虫の破片に追い打ちをかけるために、ひとりで。
「どおおおおりゃああああ!!」
変身して、足で力を爆発させる。
朱里めがけて、私は飛び込んだ。
だが――。
「こっちに来たら駄目なのです……夕香ちゃんは門限までに帰らないといけないのです……だから」
「だから朱里ひとりで!? 門限なんて、どうでもいい!!」
どうでもよくはない。
だが、私はそう口走っていた。
だって、当然だ。
「みんな揃って門限までに、でしょ!? 朱里が帰れなかったら意味ない!!」
「夕香……ちゃん……」
こんなやり取りをゆっくりしている時間はあるのだろうか?
もちろん、ない。
既に巨虫の破片は衝突済みであり、大きな振動が船全体を包んでいた。
私達の会話は、その最中に行われていたのである。
柴の叫び声が後ろで聞こえる。
瑠璃の名前を呼びながら、傾いた娯楽室の床を滑り落ちてるのであろう。
私は気を取り直して、目の前の朱里へと向き直る。
「早く朱里!! 手を取って!! 私なら変身である程度浮遊できる!! 戻って朱里!!」
割れた窓へ向かう親友へと、私は叫んだ。
朱里が何をするつもりかは、わからない。
でも、止めなければ。
もう一生、朱里に会えない気がした。
「駄目……なのです。私がいっしょにいたら、夕香ちゃんは……」
「朱里がどう思ってようが関係ない!! いっしょに家に帰ろう!! 門限までに!!」
「夕香……ちゃん」
私は手を伸ばした。
もう少し。
もう少しで。
朱里の肩に手が――。
その瞬間、船が割れた。
「あ”!?」
「夕香ちゃん!?」
私の体は斜めに落ちていき、そのまま――。
船から放り出された。
「うわああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!」
「夕香ちゃーーーーん!?」
発光しながら謎パワーで浮いていた朱里に見下ろされ、私の体は落下していった。
なんだ、朱里は飛べたのか。
それじゃあ全部、私の杞憂だったワケだ。
――これじゃあ、門限までに帰れないよ。
白い空間を落下しながら、頭によぎるのは妖精のせせら笑いだった。
もし奴がいたら、こんなことを言っていたのだろう。
あなたは物語から脱落ね、と。
――