『夕香、空き地の段ボールに捨てられた子猫がいるわ!! 拾いましょう!!』
「今は登校中だっての……。猫なんか別に飼う気ないし」
『な……!! あなたは命を何だと思ってるの!?』
「面倒見る気もないのに飼う方が問題でしょ。そういう人間が捨てたんだろうし」
『ぐ……じゃあせめて猫を抱え上げて”ウチじゃあ飼えないんだ……ゴメンね……”って憐憫に満ちた感じで善良さをアピールしましょう。はい、表情お願いしまーす!!』
「お前は命を何だと思ってるんだ」
「急げば間に合いそう。無駄に遅刻するのもアレだし滑り込むか……!!」
『学校の説明とか自己紹介とか、いるんじゃない? まず門の前まで移動してるし……』
「何で!? 私が遅刻するかが重要じゃない!?」
『門の教員に声をかけられ、手を振る朝霧夕香……。人懐っこい笑顔を見せる彼女は、少しおっちょこちょいな小学六年生……』
「人を勝手におっちょこちょいにするな」
『遅刻する時点で天真爛漫系のスキルツリーを伸ばすのが得策だからね。未知へのエンカウントも考慮して年100回までは遅刻していいわよ』
「それはもう不良だろ」
(だる……算数クソつまらん……落書きでもしてよ……)
『突然だけど、夕香は自分の固有色が橙色なのにコンプレックスを感じたことはない?』
「いや……ないけど……」
『橙って地味な色だものね……。赤や黄にまとめられちゃうこともあるし、地味で創作物での扱いも悪い。属性で言えば地属性並みの存在感。アイデンティティについて悩むわよね……』
「不満に思ったことないけど。むしろ今キレそう」
『大丈夫よ、夕香。私はあなたの味方。……それでコンプレックスは何? 家庭? 友人関係?』
「人をコンプレックス持ちに仕立てるな」
(だる……国語クソつまらん……落書きでもしてよ……)
『魔法少女用の小学校が用意されたのは、つい最近のこと――らしい。
そもそも魔法少女の興りは、一部の子供に空間を発光させる能力がある、と主張されたことによる。
当初は何の役に立つのか全く分からなかったが、各地で既に発見されていた未知の生物――モンスターを撃退するのに有効だったのだ。
少女が魔法少女に覚醒すると、髪が変色し、瞳の色も変わる。
小学校高学年から中学生にかけて見られるこの現象は、学生の多感な時期とも重なってトラブルの元になったのだとか。
また、魔法少女を学校に集めている理由のひとつは、大人たちが「妖精の声」を収集するのに都合が良いからだろう。
西暦2000年に起こったモンスターの大量発生では、妖精が少女たちに事前に警戒を促していたが、結局何の準備も行われず、甚大な被害が出た。
しかし当時の人間たちを責めることも難しい。
なぜなら妖精の声は魔法少女にしか聞くことができないからだ。
しかも、魔法少女ならどの妖精の声でも聞けるわけではない。
彼女たちはそれぞれ、自分に対応した妖精の姿しか見ることができないし、その声も聞こえないのだ。
だから西暦2000年の時も、少女達が言っていることはマチマチで、お互いに確認のしようもなかった。
周囲の人間たちはそれを、都市伝説の類で子供が遊んでいるのだろうと片づけたのだ。
そして西暦2020年、現在では妖精の声については厳重にチェックすることが決められている。
と言っても大人は妖精の声を聞くことができないので、魔法少女達に妖精の言っていることを毎日提出することが義務付けられたのだった……』
「……何で急にナレーションやってるの?」
『あなたの認識に刷り込むため。自分がいる場所とか時代背景とか認識している方が、襲撃された時に力が出るでしょう?』
「こわ……」
●
チャイムが鳴る。
教壇から授業の終わりが告げられ、私は大きな欠伸をした。
帰り際のよくわからん集会も流して、学校を出る支度を整える。
多くの者は速やかに下校をする。
他の学校やクラスは知らないが、こういう時に残って駄弁る連中は何かこう……独特だ。
下駄の音がカラカラと鳴る。
私は寄ってきた赤い髪の少女へと軽く手を振った。
少女が私へと声を掛ける。
「夕香ちゃん、一緒に帰るのです」
「朱里。あー、まだ今日の妖精のお小言まとめてないや」
『お小言とはなによ!! 私は夕香のことを思って例え火の中、水の中~』
朱里がくすくすと笑う。
無論、朱里には私の妖精の姿は見えないし、声も聞こえていない。
朱里の笑顔は、私に対してのものだ。
私と同じクラスで小学六年生。
魔法力の
実家は神社で、私の友達。
学年で一、二を争うくらい魔法力が高いが本人はどこ吹く風。
私も魔法力がどうとかには特に興味がないので、普段それに触れたりはしない。
下駄を履いているのは、その方が魔法力の
魔法力は本人の普段の服装でもかなり変動し、この学校では当然、高くなるような恰好が推奨されている。
多少の不服を感じながらも、我が友は不自由な履物で今日も過ごすのだった。
さて、朱里をあまり待たせるわけにもいかない。
さっさと用紙を埋めて提出してしまおう。
朝、出掛けるときアホみたいにテンションが高かった。
昼、授業のジャマをしてきた。
今、プンプンしてる。
三行だが、こんなもんでいいだろう。
教職員に怒られないギリギリのクオリティだ。
用紙には、「妖精がいつ、どんなことを言っていたかくわしく書こう☆」などとあるが、毎日のことなのだ。
真面目に書いている者などぶっちゃけおらん。
「朱里がうらやましいよ……。妖精、普段寝ているとかであんまり出てこないんでしょ?」
「うーん、三日起きて三日寝てるみたいな感じなのです。でも、自分は夕香ちゃんがうらやましいのです。ずっと出てこなかったら、消えちゃったかと勘違いするのです……」
そういうものか、と自分は返した。
まあ、こんな口うるさいのでもいなくなったら寂しくなるのかもしれない。
どの道、中学を卒業するころには消えているはずだが。
特に感慨もなく私はヨシ、と用紙を掲げた。
『親父ギャグね。ヨシ、とようし、を掛けた』
「黙れ妖精」
「また夕香ちゃんと妖精がエア喧嘩してるのです。夕香ちゃんと妖精さんは仲良しさんなのです。妬けてしまうのです」
……ヤケてしまう?
胸焼けするという意味だろうか?
朱里の言ってることはさておき、私は席を立とうとした。
その時だった。
教室に鳴り響くクソデカい笑い声が聞こえてきたのは。
「おーほっほっほ!! ごめんあそばせ!! ごきげんよう!! セーラーのタイが曲がっていましてよ、朱里さん、夕香さん~~~~!!」
むせ返るくらい過剰なお嬢様イメージを引っさげ、ご機嫌な表情で長く青いを揺らす少女。
更に声の主の後ろから、紫の髪の少女が顔をのぞかせた。
前髪の向かって左側は、片目が隠れるくらい伸びている。
「チッす、っす。瑠璃さまがお話あるので聞いてほしいっす」
「あ、瑠璃ちゃんに柴ちゃんなのです。……? どうしたのです夕香ちゃん? 机にうずくまって頭を抱えているのです」
景気の良すぎる高笑いを上げているのが
後ろで舎弟みたいなムーブをしているのが
この子らの説明は、これくらいでいいだろう。
私と朱里が二人組なので、授業などで何かの拍子に四人組を作らざるを得なくなった時、この二人と合併する、それだけ。
「ふふふ……今日の実技、お見事でしたわ朱里さん!! 流石は我が宿敵!! あんだけデカい魔法力を自在に制御するとは……!! 張り合いがいがありますわぁぁぁぁ!!」
瑠璃は朱里のことを目の敵……もとい、ライバルだと思い込んでいる。
アニメか漫画のごとく、モンスターが大量発生したら、その時は自分か朱里がヒーローになる……のだそうだ。
今時、こうした英雄願望も珍しいのでそこは大したものだと思う。
「瑠璃さまの矢印を一身に受けるなんて……!! ずるいっす!! これじゃあ私は片思い悲恋系百合になるっす……。 ……。でも最後には瑠璃さまが私の気持ちに気づいて、両想いカプになるんすよね……うへへ……」
柴はいつもこんな感じだ。
知識プールがえらく偏っている。
控えろ。
「夕香ちゃん、やじるし……とはいかなるものなのでしょう? 『ゆり』は最近わかってきましたが……」
「……。朱里は知らなくていいと思う」
この二人のことを別に嫌ってはいないが、そろそろ帰ろうかというタイミングで話しかけられたのは運の尽きとしか言いようがない。
何か面倒ごとに付き合わされるに違いない。
瑠璃が虚空に向かってふんふんと頷いている。
どうやら彼女の『妖精』に意見を伺っているらしい。
「単刀直入に言いますわ!! ここ最近、学校の裏山にはぐれモンスターが出ているかも? という噂は知ってますわよね!? 私達でその原因を突き止め、あわよくば倒してしまおうという相談ですの!! 今日、今すぐに!!」
「……うわ、やっぱ面倒なやつ」
「思いっきり聞こえてますわよ!? 夕香さん、あなたは私や朱里さんほどではありませんが魔法少女の高い素質があるはず!! 何でその力を活かそうとしませんの!?」
「今日び、目立っても良いことなんてないでしょ……。問題が起きたら批判のマトになるだけじゃないの?」
「夕香さん、キンキンに冷えた現代人ですわ~~~~!! おーほっほっほ!!」
なおも上機嫌に笑い声を上げる瑠璃に変わり、柴が顔を近づけた。
私と朱里に耳打ちをする。
「瑠璃さま、意気込んでいるのは良いけど、実は私と二人じゃ不安だった感じで……。それで妖精に相談したら朝霧と宮寺の二人を連れて行こうってなったっす。私からもお願いするっす!!」
柴が頭突きかと思う勢いで頭を下げる。
私と朱里は目を合わせた。
「……どうしよっか?」
『行ってみるべきね。何かが起こるんなら二人だけに任せるのは危険だし、起こらないにせよ交流は深まるわ』
「私は朱里に聞いてるの」
「うーん、私は門限までなら大丈夫なのです。少し寄り道をする程度でしょうし」
なるほどと頷いた。
自分と朱里の家は同じ方向だ。
大したロスにもならないし、散歩がてら行くのも悪くないかもしれない。
「じゃ、私も門限までなら」
「決まり……ですわね!!」
瑠璃が一回転して、ポーズを取る。
魔法少女において、こうして大見得を切る人間は珍しくない。
「これよりはぐれモンスターの捜索、および殲滅を開始いたしますわ!! 総員、無事を祈りますわ!! おほ!! おほ!! おほ!! おーほっほっほっほっほ!!」
一瞬、痙攣したのかと思ったが、どうやらテンションがカンストしたらしい。
やたらと嬉しそうな声が教室内でこだまする。
『相変わらず元気ね姫小路さん、見習った方がいいわよ』
「これを真似るくらいなら学校休む」
友人の高笑いの中でもしっかり聞こえる妖精の声に、ぞんざいに返事をする。
門限までに帰れるなら、まあ問題はないだろう。
……門限までに帰れるなら。
『ちょっとちょっとぉ。門限までに帰るのが目標なんて魔法少女としてココロザシが低いんじゃあないのお? いやー、まあでもいいかあ。門限、門限ね、うふふ……。じゃ、私がカウントしておいてあげる。あはは!!』
「何がおかしいこのクソ妖精ーーーー!!」
「おーっほっほっほ!! 夕香さんが独りでダンシングしていますわーーーー!! それではみなさん、行きますわよーーーー!!」
「行くっす!!」
「行くのです!!」
異なる三種の敬語を聞きながら、私は溜息を吐いて諦めるのだった。
――