大都会の喧騒は、今日も人が慌ただしく動いている証拠。
己の欲望を、渇望を、希望を、絶望を……そうしたものを原動力にして社会という名のゼンマイ仕掛けのカラクリは今日も廻り続けている。
でも、それだけでは疲れてしまうだろう。
だからこれから、あなただけにとっておきの秘密を教えちゃいます。
誰にも言わないでくださいよ……?
あ、前言撤回。
お客様がいないと困りますからほどほどに布教を頼みます。
しかし、伝えるのは本当に限られた人だけにしてください。
ここは、みんなにとっての隠れ家なのですから。
この町で一番大きな駅から北へ10分、東へ5分。
大通りから外れて脇道へ、南へ1分。
こじんまりとして、落ち着いたブラウンの外装の建物が見えたでしょう?
すぐに入っても構いません。
でも、どうかその場所の前に立って、外の世界で感じたことをいったん洗い流してください。
童心に帰って、好きだったこと、楽しかったことを思い出すのもいいでしょう。
隠れ家に、俗世のしがらみはナンセンスなのです。
息を吸って吐いて、看板を見れば書いてあるはずです。
『喫茶 てふてふ』
さながらここは、子供にだけ見える幻想の空間――。
「……。何すか、これ」
そうぽつりとつぶやいた自分のいた場所。
いくつかのテーブルと、レジが置いてあるカウンターと、奥には事務室(?)へと続く扉がある空間。
店内の色は暗めの茶系統で統一されており、棚には古風なカップやティーポットが整然と並べられていた。
平たく言えば私、柴
なぜそうなっているかは自分でもわからない。
椅子に座り、でこぼことした木のテーブルの上で、A4一枚の上半分に書かれた文字列を読んで、先の一言が出たわけだ。
昔から私は、しゃべってから考えるタチだ。
これを差し出した人物――店長の意図を読み取ろうかと考える。
……。
止めた。直接聞いた方が早い。
カランカラン!!
立ち上がろうとした瞬間にベルの音。
カラカラと下駄の音を鳴らしながら、扉から出てきたのは宮寺朱里。
「出たっすね、和風ロリメイド……!!」
真っ赤な着物の上に真っ白なエプロン、頭にはカンザシ。
長い髪を結っていて、おジョウヒンな感じを醸し出している。
どうやって準備したのか。
突っ込んでもムダな気がする。
「首尾は上々のようですね」
「それっぽい台詞を言うなっす!! 何すかこれは!! このA4一枚にしたためられたポエムみたいなのは!?」
「……それは喫茶てふてふの『理念』なのです。柴ちゃんもここで働くなら暗記しておくのです」
「暗記ぃ!? 大都会がうんぬんとか、いるんすかこのクダリ!?」
だからこそのA4一枚ということだろう。
私は紙をつかんでポケットに――エプロンのポケットにとりあえず入れた。
……その動作をしてから、思い出す。
ツッコミを入れる箇所は、山積みなのだ。
「何で私までこんな恰好してるっすかああああ!!」
「紫の着物、柴ちゃんにとってもよく似合っているのです」
屈託なく笑う宮寺の瞳に、身悶えしている自分の姿が映る。
ごりごりにカワイイ系の姿をした自分が。
柴歩道、12さい。
このままでは、和風ロリメイド喫茶で働かされてしまうっす。
「宮寺ぁ!! これは一体どういうことっすか!! 私達は時空船にいたはずっすよ!! 何でいきなり喫茶店にいるっすか!?」
「……。柴ちゃん、現実を受け入れるのです。あと私のことは店長と呼ぶのです」
「店長ぉ!? クソ失礼っすけど宮寺に経営者的才能はないと思うっす!!」
「む、今のは聞き捨てならないのです。……わかりました先に"びじょん"というものを見せるのです。この喫茶てふてふの"こんせぷと"を……!! 中央を見るのです!! 柴ちゃん!!」
「な……これは!?」
木造だったはずの床に裂け目ができ、穴が開く。
そして、舞台のステージのように下から何かがせり上がってきた。
「こ、これは……ゲーセンの筐体!?」
「そうです。この喫茶てふてふは複合喫茶。ケーキとお茶を楽しみながらもゲームを遊べる……そんな憩いの空間にするのです。大型筐体を中央に配置し、コーヒーを飲みながら"ぎゃらりー"として観戦できる……そんな狙いがあるのです」
「何を言ってるっすか!? ゲームバーとかゲームカフェは聞いたことあるっすけど……これは何か違う気がするっす!! 宮寺はゲーセンとかも行ったことないタイプっすよね!?」
「……。そこら辺は後で実地調査するのです。ゆくゆくは猫カフェ的要素も取り入れて更にお客さんを増やすのです」
「そんな紫の猫耳カチューシャを持ってドヤってもダメなもんはダメっす……!! ……紫? 私に付けるつもりっすか!! それ!!」
「柴ちゃん、カワイイのも似合うと思うのです……」
「そ、そうっすか……? じゃなくて!!」
私は頭を整理する。
喫茶店は脇に置いといて、もっと大事なことがあった。
「そんなことより瑠璃さまを探さないといけないっす!! こんなところで油を売ってる場合じゃないっす!!」
売っているのはコーヒー、というフレーズが頭に浮かんだがそれも脇におくっす。
話が進まないっす。
「柴ちゃん、そのことなのですが……私に任せてくれませんか? 夕香ちゃんのことも……」
「宮寺が……? 少なくとも喫茶やる意味なんてないと思うっすけど……」
「それは……説明できないのです。説明したら……、あ!! 何でもないのです!! とにかく今は信じてほしいのです。今は……こうするしかないのです……」
言いながら宮寺は紫の猫耳カチューシャをかぶせてきた。
ぽすっと頭にくすぐったい感触がある。
宮寺が手鏡を差し出すと、そこには神妙な顔をした猫耳の『柴歩道』がいた。
「……宮寺、今の言葉、本心っすね」
「はい、誓って」
ならば、シンプルでいい。
「じゃ、私も手伝うっす。経営は問題山積みだし法令はどうなってんだ? と思うっすけど。ま、それもおいおいっすね」
「柴ちゃん……!! 喫茶てふてふの理念に共感してくれたのですね……!!」
「勘違いするなっす、いや、本当に。店がどうこうじゃないっすよ。……何かこう、そういうアレっす」
友達が言ったことを信じたいと思った。
少し間を置いてから頭に浮かんだその一言は、口に出さず心のポケットにしまっておいたっす。
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「ではまずは、発声練習なのです!! 人間とお店は第一印象が大切なのです!! 元気よくいらっしゃいませ!! なのです!!」
「っしゃいませーーーー!!」
「柴ちゃん!! 省略してはダメなのです!! いらっしゃいませーーーー!! なのです!!」
「っしゃいませーーーー!! ……もっとやるべきことがある気がするっす。宮寺、コーヒー淹れれるっすか?」
……。
「柴ちゃん、私のことは店長と呼ぶのです」
「何すか今の間は? 沈黙だけが空間を支配したって感じだったっす」
「今日は喫茶てふてふの記念すべきオープンの日……お客さんに最高のオモテナシをして縁を作るのが大切だと考えているのです。そのためには……愛と笑顔なのです!!」
「精神論ではぐらかすの、宮寺の悪い癖っす」
「む!! お客さんの気配なのです!! 扉に向かって最高の笑顔でもてなすのです!! 扉に付いたベルが鳴って一二の三で挨拶なのです!!」
「ええい、どうにでもなれっす!!」
外への扉を見詰めると、確かに何かが入ってくる気配があったっす。
……まあ、従業員が小学生しかいないとわかったら、Uターンして帰るか通報される気がするっす。
カランカラン!!
「しゃいませーーーー!!」
「ククク……邪魔するっsu……」
「な、お前は……お前はーーーーー!?」
真っ黒なピチピチスーツ。
片側だけ長い前髪で、片眼を隠し、自分と同じ年頃の子供の姿。
というより、自分と同じ顔。
髪と瞳の色だけは、何の彩もない黒。
「そんな……どうして……」
宮寺ががっくりと膝をつく。
どうやら予想以上にショックだったらしい。
お客様第一号がこんなのでは、まあ無理もない。
当のお客と言えば、こちらを見て不敵な笑みを浮かべているのだった。
「お前は……ダーク柴とかいう奴っすね!! 西暦2000年で私がトドメを刺したはずっす!!」
「ククク……私はダーク柴じゃあないっsu……」
垂れ下がった髪を上げる。
もう片方の眼球があるはずの箇所は、すっぽりと抜けたくぼみ。
どこまでも、闇をたたえるような。
「私は……ネオ・ダーク柴っsu!!」
オープンから数分にして、波乱の予感っす。
――