「さあ、みなさま行きますわよ~~~~!! この私、姫小路瑠璃の魔法少女伝説の1ページ目が!! 正体不明のモンスターの捜索と討伐をもって記されようとしているのですわ~~~~!! 現代の神話の生き証人になる準備はよろしくて、みなさま~~~~!!!! ……ぜえぜえ」
「さすがの掛け声のデカさです瑠璃さま!! ああ……、流れ出る汗も素敵っす……。……はあはあ」
柴の息遣いが別の意味で荒くなってる気もした。
が、スルーして私は横を歩く朱里に声をかけることにする。
「朱里、下駄で歩くのきつくない?」
「ゆっくり歩いているので大丈夫なのです」
私達がいるのは学校のすぐ近くの山。
山、と言っても遊歩道は整備されていて近隣の住民も訪れるハイキングコースだ。
ところどころ植物の名前が書かれた看板があったり、遊具が設置されたり遊べるスペースもある。
本来はまっすぐ帰るべきだろうが、目の前をチカチカする発光体(妖精)はこう言っていた。
『たまには寄り道をして遊ぶべきよ。でなければ、何も起こらない』
……別に妖精の言うことを聞いたわけではない。
私は私の意志で、たまには友人達に合わせるのもいいかと思って、ここにいるだけだ。
先を行く、青い髪を持つ少女の、後姿に声をかける。
「でも本当にこんなところにモンスターがいるの? 本当にいたら騒ぎになるなり誰かが既に駆除しているはずでしょ?」
「だ・か・ら!!!! それを今から確かめるのですわよ!! 千里の道も一歩からですわよ夕香さんーーーー!!!!」
「ええ……」
これは選択をミスったかもしれない。
この場に机と椅子があれば突っ伏して頭を抱えているところだ。
私は朱里が追いついてきてるか気にしつつ、端末をポケットから取り出した。
私用のスマホではなく、魔法少女全員に支給されるやつだ。
今の魔法少女は、こうしてサポート用のアプリをいくつか入れたものが用意されている。
ほとんど無意識に近い動作で、タップをする。
"モンスターかむかむ"
「かむ」は英語のcomeという意味合いらしい。
「かむ」を二回重ねるネーミングは割と好きなのだが、クラスではもっぱらダサいと評判なので口にしない。
このアプリは近くにモンスターがいないかを探してくれると同時に、モンスターの強さを「脅威度」という数値になおして表示してくれる。
端末を通じて魔法少女から発した魔法力をレーダーの要領で探知する……ので、魔法少女にしか使えない。
画面の上半分、自分を中心にした円のグラフには、何の反応もない。
「やっぱり何もいないじゃん……」
「まあまあ、ゆるりと行くのです。……私はみんなと遠足に行ってるみたいで楽しいのです」
「あーうん、朱里が楽しいならいいけど……」
後ろからカラカラと音を鳴らして付いてくる朱里は、屈託のない笑みを浮かべている。
朱里は家が厳しいとかで、ゲーム機やスマホも買ってもらえないらしい。
「どうぶつが出てくるゲームがしたいのです……」と前に寂しそうに言っていたが、まあリアルな山を楽しんでもらえたら、まあ……という気分になる。
「朱里さ、成績も良いんだし中学に上がったらゲーム機ねだったら? したいんでしょ、どうぶつとスローライフを送るやつ」
「……? すろーらいふも良いですが、私は大きなどうぶつの角とか尻尾を破壊するゲームがしたいのです」
「……。そっちの動物だったか」
「ほらほら、置いていくっすよ~!!」
柴の声が前方から聞こえる。
完全に前を行く瑠璃と、少し後ろの柴。
更に10メートルは引き離されて私と朱里という構図だ。
私の横で橙の光が点滅する。
『いいペースね。このまま探索しましょう』
「……。飛んでいる人は楽でいいね……」
『あら、これでも夕香のために思考を巡らせているわよ』
「だったら普段煽るのも止めてほしいけど。……ねえ、質問いい?」
私は兼ねてより、疑問だったことを口に出した。
「西暦2000年のモンスター大襲来の時は、妖精が事前に察知してたんでしょ? 今、そういう気配みたいなのってあるの?」
『どうでしょうね』
「どうって……。私は知らんけど、重要なことなんじゃない? 世間では気にしてる人もまだ多いって聞くよ」
『世間、世間ねえ……。私が助言を出せるのはあなたについてだけよ、夕香。それに私の言ったことをあなたに確認する術はない……なーんて捻くれたあなたは言い出すんじゃないの?』
「……」
当時の2000年の様子を直接聞いたわけではない。
それでなくても、魔法少女は自分の妖精の声しか聞けないのだ。
だったらますます、妖精がモンスターの襲来を察知していたのは眉唾ということだ。
過去の妖精が実在するのかは、妖精にすらわからない。
私は物心ついた時から『この声』を聞いているから違和感を感じないだけだ。
「夕香ちゃん、どうしたのです?」
「ううん何でもない。朱里も大丈夫? いやー今日は瑠璃と柴に連れられて災難だったわね」
「……今日」
「……? 今日がどうかしたの朱里? 他にやりたいことがあったとか?」
「……。何でもないのです!! 早く町の平和のためモンスターを探すのです!!」
『うおお~ん。朱里んが思わせぶりに健気な態度を取っとるー。今日はいったい何の日なのかしら~。ニヤニヤ……』
「朱里ん言うな!!」
「夕香ちゃん、朱里ん……とは?」
「な、何でもない……」
くすくす笑い声をあげる朱里ん……もとい朱里。
私はやや恥ずかしくなってそっと目をそらすのだった。
●
「ぜえぜえ……まさかこの私が……!! 毎日の体づくりを欠かさぬワタクシがこんなところで……!! 毎朝腹筋20回が通用しないとでも……!! おーっほ……っほ……ほ……」
「……」
前を行く高笑いが心なしか小さい。
距離も詰まってきた気がする。
中ボスの散り際みたいな台詞を言っているが、歩きすぎて疲れたのだろう。
かれこれ20分は歩いただろうか。
この小高い山の中腹までは登ったようだ。
引き返すにはちょうどいい頃合いに思える。
「そろそろいいんじゃない? 」
『いえ、もう少し探索しましょう。何か見つかるまでやれば、何か見つかるものよ』
「……妖精には聞いてないんだって」
「本当にモンスターがいるなら倒しておいた方が安心なのです」
ふうっ、と息を吐く。
朱里が言うことはもっともだ。
モンスターは人間よりも強い種。
何より厄介なのは、魔法少女の持っている魔法力でなければ倒せないというところだ。
要は小動物くらいのやつでも、倒さなければ延々と周囲を荒らす可能性がある。
魔法少女が倒しに行かなければ、自然消滅を待つだけである。
とはいえ、仮にモンスターがいるのなら、既に見つかって然るべきだった。
『姫小路さんは姫小路さんなりに確信があるんでしょう。もしくは彼女の妖精に何か言われているのか……ふふ』
「妖精のことを律儀に聞いてる、ねえ……」
「……ちょっといいっすか?」
瑠璃の数歩後ろを歩いていたはずの柴がいつの間にか隣にいた。
わざわざ減速したらしい。
「瑠璃さまは今回のこと、確かに妖精から助言を受けたとは言ってたけど最後には自分で決めたっす。そこは間違えないでほしいっす」
「ふうん。でも何で? 瑠璃は成績も良いしこんなボランティアみたいなことやる必要ないと思うけど」
「相変わらず朝霧は冷めてるっすね……。そういうことじゃ、ないんすよ。瑠璃さまは文武両道、質実剛健、勉強も習い事も人並み以上にできるっす、瑠璃さまだから」
その瑠璃はペース配分を間違えて絶賛息切れ中だが、話の腰は折らないことにした。
「でも、自分でやり始めたことはない……そう言っていつも悩んでいたっす。果たして本当の意味で自分に何かが身に付いているのかって。ネットで高校生くらいの人でも有名になるのを見ていると不安になるらしいっす。自分はこういう風に注目される存在になれるのかって」
「……いや、注目されなくてよくない?」
「話の腰を折るなっす!!」
今度はやってしまった。
普通に受け答えしたつもりだから、許してほしい。えへ。
「でも魔法少女のことは自分で決めたことだから、頑張りたいって言ってたっす……。親も『他の人に任せればいい』ってあんまり良い顔をしてないみたいで……」
それはそうだろうな、と思う。
現状で世界に大きな混乱は起きていないようだし、魔法少女の力は高校を上がるころには大体の人間からは消える。
そんなところで頑張るよりも将来に役に立つことを……と考えるのは、私の歳でも自然な発想に思える。
後ろから朱里が追いつく。
「瑠璃ちゃん、立派なのです」
「……瑠璃さまにライバル視されてる人間が言うと、フクザツな気持ちになるっす」
まあでも、と紫の少女は言う。
「そんな瑠璃さまだから、私は一緒にいたいって思うのかも。……いつだって私の中では瑠璃さまが最強の魔法少女っす!!」
そうか、と私は曖昧に頷いた。
最強の定義は置いといて、柴の中ではそうなのだろう。
だったら、それでいい。
「急に言われても反応に困るけど、まあわかった」
「急っすかね? 私の妖精が瑠璃さまが誤解されるんじゃないかってアドバイスを――」
うぎょええええぇぇぇぇ!!!!
「悲鳴だ」
「前から聞こえたのです」
「瑠璃さま!?」
隣にいた柴は、もう駆け出していた。
朱里もそれに付いていく。
私も――。
『待ちなさい。アプリで脅威度を確認するのが先よ』
「追いついてからでしょ!!」
私も声の方へと急いだ。
●
声は、山の小道から外れた森林からだった。
少し目を離した隙に入っていったらしい。
好奇心が猫を何とやらと言うが……。
私は首を振った。
あの自信家でやかましいニセお嬢様は猫ではない。
よって大丈夫だ。
手の入っていない草を踏みしめ木々の間を抜ける。
心臓の鼓動が、心なしかいつもより早い気がする。
一歩ごとに日が当たらない世界が広がっていき、視界が暗くなっていく。
やがてその姿はあった。
へっぴり腰の青髪の少女の姿。
「ワタクシ……妖精に言われて野良犬が吠えているのに気づきましたのよ……。それを追いかけてみたら……みたら……!!」
瑠璃の視線を追う。
確かに、そこに野良犬はいるようだった。
周囲を黒い陰に囲まれて。
「犬が食われてますわああああぁぁぁぁ!!」
黒い陰の正体は計四匹の蜘蛛みたいな生物。
みたいな、というのは明らかに蜘蛛とは違う特徴を持っているからだ。
真っ黒で、大きさが私達と同じくらいある。
モンスターと呼ばれる種。
その中の形態のひとつ。
「ほ、ほほほほ、本当にいましたわわわ、わわわわ……」
「おお、落ち着いてください瑠璃さま、まままま……」
「でもあんまり強くなさそうなのです」
「そうだ、脅威度……!!」
『だからそう言ったでしょ』
私は震える手でアプリを起動した。
画面の下半分に、四行の数値が表示される。
値は――。
2.12
2.20
1.98
2.05
「……」
「いくら!? いくらでしたの夕香さん!? 私、緊張で胃液を吐きそうですわああああ!!」
「一番高いので2.2だってさ」
「あら……!!」
間の抜けた表情から一転、きりっと眉毛が吊り上がった。
柴も余裕の笑みで関節のマッサージを始めた。
わかりやすいなこの人たち。
とはいえ安堵したのは私も朱里も同じだった。
「……やいやいやい。この地を騒がせるチミモーリョーども!! よくもワンちゃんをコロコロしましたわね!! 私、魔法少女姫小路瑠璃と、その友人達がお相手いたしますわ!! おーほっほっほ!!」
「瑠璃さま……かっこいいっす!!」
蜘蛛の一匹がこちらへと寄ってくる。
さて、誰から行くか。
『名乗りでもあれば引き締まるのだけれどね』
現代の魔法少女は変身はしない。
昔はそういう技もあったようだが、強力な分、変身時間が限られたのだ。
時代による魔法少女観の違いも相まって、今では変身技術を持つ者はほとんどいない。
じゃあどうやって戦うか?
魔法力を安定して放出できれば、必ずしも身に纏う必要はないのだ。
肝は魔法力の時間的密度と空間的密度のコントロールだ。
そして、これに必要なのが、各自のもつ魔法力の放射パターンの可視化。
つまりは、武器の概念である。
「私から行くのです」
朱里が
周囲の大気がにわかに赤く色づく。
赤色が、少女の手に集まっていき、長く連なっていく。
どこまでも長く長く、得物のように。
やがてその高さは、近くの木々にも負けないものになった。
「魔法の対艦刀なのです!! とおりゃあ!!」
少女が巨大な赤い塊を振り落とす。
軌道直下にいた黒い塊は、次の瞬間には粉々になっていた。
斬ったというよりも、叩き壊した。
これが朱里の戦闘スタイル。
要するに、圧倒的な密度をぶつけるゴリ押しでの破壊。
「ふふ、流石は朱里さんです。そうこなくては……。ではワタクシも」
交差させた手に握られるのは、二対の蒼き銃。
先ほどと同じく、大気から溢れた光を形にしたものだ。
「魔法のガンカタ・アクションですわよぉぉぉぉ!!」
構えられた銃口から次々と蒼の弾丸が発射される。
少女の近場の蜘蛛に集中砲火され、その胴を、足を削りとっていく。
蜘蛛は闇雲に、銃口の方へと突撃を試みた。
しかし――。
少女の姿は既にそこにはない。
「ふぃにーーーーっしゅ!!」
素早く後ろに回り込んでの二撃で始末。
瑠璃の双銃は威力はそこそこだが、射程も持続性も安定している。
本人の性格とは違って、ずいぶんと小回りがきく武器だ。
残るは二体。
無造作に辺りを歩いている。
「逃がさないっすよ」
その内の一匹の足がもつれるように止まる。
地面には複雑に何本もの紫の糸が走っていた。
いわずもがな柴の仕業だ。
「瑠璃さまをビビらして……タダで帰れると思うなよ!!」
蜘蛛が、柴の方へと引きづられ、吹っ飛ばされる。
それよりも速く、糸が柴の手に戻り収束していた。
「魔法のメリケンサックだコラァ!!」
束ねた糸で、そのまま殴る。
蜘蛛は頭に当たる部分を砕かれ、そのまま沈んでいった。
柴の糸は、空間密度の操作を得意としている。
伸ばせば遠距離攻撃になるし、束ねたらこうしてステゴロまがいな戦い方ができる。
あと一体。
回り込むつもりなのか、逃げるつもりなのか。
十数メートルは離れている。
『いや解説してないで戦いなさい』
「……柴の糸でもギリ届くし、瑠璃が追いかけてもいけるよ。何なら朱里が刀をぶん回したらだいたい解決する」
『それじゃあ、あなたの見せ場がなくなっちゃうでしょ!! ほらほら最後なんだから……!! せっかくだから……ふふふ』
「はいはい……あと含み笑いやめろ」
私は右手を伸ばし、手を広げた。
橙の光が、手の先に集まる。
私にも武器はある。
……武器というか技が。
その名も魔法の謎ビーム。
「そいじゃま一発……」
力を溜め、一瞬で解放する。
時間的密度をひたすらに圧縮した一撃――。
「
橙の閃光が空間を走った。
最後の蜘蛛は、胴部分が欠けてそのまま砕けた。
ひゅう、と息を吐く。
イメージ通りだ。
学校の実技はやる気がないので適当にこなしているが、モンスターに攻撃が命中する瞬間はなかなか興奮する。
……。
きっと、これはみんなそうなので、特殊なアレではないと思う。たぶん。
「おーほっほ!! 所詮は我らの敵ではありませんでしたわね!! おほ、おほ、おーほっほっほ!!」
「さすがっす瑠璃さま!! 記念にカメラ撮りましょう!! カメラ!!」
奥では既に祝勝会めいたノリが始まっていた。
元気の変動がすさまじいな、この人たち……。
『脅威度2程度なら敵じゃないわね、流石よ』
「別に。誰でも倒せるでしょ」
脅威度が1上がるごとにモンスターの持つエネルギーは30倍になる。
(小数点以下がどうなっているかわからないが、対数というやつらしい)
私と柴でも3、瑠璃なら3.5、朱里なら4程度までは戦うことができる。
『いやあ~。近隣住民の安全に一役買って、私も鼻が高いわ。近隣、そう近隣のね』
「……だからそんなことないでしょ。脅威度2なんて放置されてるよ普通」
満足げな妖精は放っておいて、私は辺りを見回した。
朱里がさっきから静かだ。
少女は中腰で何かを見ていた。
ややあって気づく。
そもそもここにいるのは、野良犬が吠えていたからだ。
視線の先のそれは、体のところどころが欠けていた。
生気のない残骸だった。