朝霧に似た人とテーブルで話すこと約1分。
とりあえず簡単な自己紹介は終わらしたっす。
「なるほど、そんで
「うん。柴……あ、私の世界の柴のお見舞いに行ってたの。……不思議なこともあったから、もしかしてと思って。そしたらベッドの横の椅子で急に眠くなって、気づいたらここにいたの!!」
「ふうん。まあそんなこともあるっすよ。宮寺とも面識あるんすよね? 奥にいるっす」
「そうなんだ、朱里さんも……!!」
「宮寺ぁ!! お客さんっすよぉぉ!! 三吉の夕花っすぅぅ!!」
「わ……大きな声」
……。
「来ないっすね。ま、宮寺も疲れて寝てるかもしれないし、そのままにしとくっす」
「……クス」
「何すか? 人の顔を見て笑うなんて。言いたいことがあるなら言っていいっすよ」
「あ、ごめん!! そういうわけじゃなくて……その……」
三吉の夕花はしょんぼりとテーブルに視線を落とす。
……朝霧と似た顔なのに反応が違っててやりにくいっす。
奴だったら「別に……」とか言ってそっぽを向いてたはず。
「柴とやっぱり似てるなって……大きな声も、意外と優しいところも……。あ!! あなたも柴だよね!! ごめんなさい!!」
「いや、別にいいっすよ。同じ名字の人間なんて探せばゴロゴロいるっす。……そんなに似てるっすか、その人」
「うん。髪で片目を隠してるけど、それが逆側とか。あと『っす』の言い方がちょっと鋭いかな……」
格闘ゲームのコンパチキャラっすか。
頭に出てきたそのフレーズは、さすがに失礼かと思って押しとどめておいた。
柴歩道12さい。
直情でも一線は引くっす。
「でも不思議……こうして見ていると本当に柴みたいな……。もし柴が元気……だったら……」
「……」
「こんな……風に……喫茶店で……お話も……」
「ほら、ハンカチっす」
「あ……。ありがとう……。では……」チ~ン!!
「すごい音したっす。いや、いいっすけど……」
鼻水まみれになったであろうハンカチは置いといて。
こうした状況ではどうするのがいいのか。
いつもなら瑠璃さまの判断を仰ぐっすけど、今はいない。
文字通り手持ち無沙汰になっている手を、エプロンのポケットに突っ込むと何か入っていた。
「あー。そういえば理念を暗記しろって言われてたっす。……ま、やんないっすけど。しかし接客っすか……。お話でもしてればいいすかね?」
「ねえ柴……さん。夕香……えっと、2020年の夕香と仲が良かったの?」
「……? 普通の友達っすよ。それだけっす」
「えっと……何かこう、特別なエピソード、とか……」
「……三吉、何が言いたいっす」
「え……それはそのう……」
ちょっとトゲのある言い方になったっす。
でもまあ、しょうがないっす。
「私と朝霧はたまーに一緒のグループを組んだりする、そんな感じの友達っす。私は瑠璃さま一筋っす」
「……そう、なんだ」
「そんなしょぼくれないでほしいっす。最初からそうなんすよ、こっちは」
「だったら……」
三吉の夕花が顔を上げてこっちをまっすぐ見る。
ケンカなら買うっすけど、どうやら違うみたいっす。
「あなたの瑠璃さんって人との馴れ初め……じゃなかった!! 出会いみたいなのを教えてほしいの!! そうしたら納得できる気がするから……!!」
「私と瑠璃さまの……?」
頭にピリピリと痺れる感覚がある。
たぶん魔法力がうずいたからっす。
忘れるはずもない。
小学4年生のある夏の日――。
「……長くなるけど、いいっすか?」
「……うん!! 私、聞きたい……!! 柴さんのお話を……!!」
では、僭越ながら。
私はそう前置きして話し始めていたのだった。
●
黒い髪の少女は、今日もルーチンを繰り返していた。
世間ではモンスターによる被害が問題視され、魔法少女にもっと戦わせるべきだとか、いやいやそれは良くないという議論があるらしいが、自分には無縁の話だ。
自分は普通の人間で、通うのは普通の学校だ。
毎日の学校生活は、可もなく不可もなく。
まあでも、そんなものだろうという思いもあった。
人間は慣れる。
毎日続けていることが、めちゃくちゃ楽しかったりめちゃくちゃ悲しかったりなどはない。
原理に基づく事実なのだ――。
「わ……すごい哲学的な出だし!! 柴さん、小難しいことを言うのが得意なんだね!!」
「この先の瑠璃さまとの出会いをより鮮明にするために必要な部分っす。ご清聴をお願いするっす」
「あ……ごめん」
クラスメイトの名前すら全員覚えていない。
そんな人に対して無関心な人間でも生きていける程度には、社会性という衣服を身に付けることは生きていく上で有効であるようだった。
「社会性という……衣服!?」
「比喩っす。実際に身に付けれるもんじゃないっすからね」
「あ、なるほどぉ!! 柴さんは技巧もできるんだね!! すご……」
「それより一言二言で割り込まないでほしいっす。テンポが悪くなるっす。ご清聴っす」
「……しゅん」
変化が起こったのはある夏の日。
朝、起きて着替えている時に鏡が目に入り、気付いた。
髪が紫がかった色になっていたのだ。
「あー私も初めて髪の色が変わっていた時、驚いたなあ」
「……ご清聴、っす」
「わわ!! ごめん!! 私ってば思っていたことが口に出ちゃって……!! 本当にごめん柴さん!! 心の底から謝るから……」
「わ、わかったわかったっす!! そんなに謝らんでいいっす!!」
魔法少女となった人間は魔法少女専用の学校へ行くことが義務付けられる。
ちょうどそんな風に法が整備されていたので、親とも相談して、転校すること自体はすんなり決まった。
「法……法律ってこと!? 2020年ではそんなことになっているんだ……!!」
「……」
「あ!! ご、ごめ……!!」
「ご清聴ううううぅぅっすぅぅーーーー!!」
……問題はここからだ。
転校すると言っても次の学年からだ。
つまりは転校するまでは、もともといた学校に通うということだ。
この紫の髪と、紫の瞳で。
「……ゴクリ」
「唾を飲み込むときゴクリっていう人、初めて見たっす」
それまで周囲に無関心だった少女は周りから好奇の目を向けられた。
聞こえるように陰口を叩かれたり、机に落書きをされたり……。
自分自身は何も変わってないのにどうして?
少女の心は酷く荒んでしまった。
「そんな……酷いよ……柴さんは何も悪くないのに……あ」
「ご清聴って言っても聞かないから、歌を考えたっす。ごせ~♪ ごせごせ~♪ ご清聴っす~♪」
「ご清聴大音頭……!! ごせ~ごせごせ~♪」
そんな日が続いた、ある日の放課後。
数人のグループが私を取り囲んで質問責めにしてきたのだ。
柴さんに気をつかって――そんな言葉とは裏腹に奴らの顔には侮蔑の笑みが浮かんでいた。
根ほり、葉ほり、どんな生活を送っているのか聞かれた。
こっちが一言しゃべるごとに大騒ぎ、大笑い。
心がキンキンに冷えていくのが自分でもわかった。
これ以上会話が続けば、自分はこいつらを力づくで黙らせるかもしれない。
その時だった。
『あなた達!! 自分のやっていることが恥ずかしくないんですの!?』
知らない女の子だった。
否、私が知ろうとしていないだけだった。
クラスには私の敵だけじゃなかったのだ。
蜘蛛の子を散らすように、数人の烏合の衆が散っていく。
『大丈夫ですか? 柴さん』
『あ、ありがとうございます……』
『礼にはおよびませんわ。高貴なる振舞いに魔法少女も、そうでないものも関係ないのですわ!! おーっほっほっほ!!』
『高貴なる……振舞い……』
助けてくれた少女の髪は、黒色だった。
でも、私はその時に確かに見たのだ。
瑠璃色の、高貴なる輝きを――。
「はい!! ここがこの物語のサビっす!! いやあ!! 瑠璃さまカッコいいっすねえ!! こりゃあ世界を取れる器っすよ!!」
「え……あ、うん……」
「三吉~ここは爆音絶叫上映会でいいところっすよ~。いっしょに瑠璃さまについて語るっすよ~。ご意見ご感想はないんすか~ほらほら」
「か、肩をゆっさゆっさしないで~。ふぇ~」
少女が手を伸ばす。
少女がその手を取る。
二人は友達になった。
変わらなかった毎日が少しずつ変わっていく。
助けられた少女は、助けてくれた少女への尊敬を込めて『瑠璃さま』と呼ぶようになった。
助けた方の少女は、自分が助けた少女の人柄を知るにつれ、彼女に親しみを込めて『歩道』と呼ぶようになった。
そんな折、『瑠璃さま』の髪の色も青く変わった。
学年が変わるタイミングで、二人は最寄りの魔法少女専用の学校へと転校することになったのだった――。
●
「以上っす。これで満足っすか」
「……」
「三吉の夕花? どうしたっすか……?」
「その……気軽に聞いちゃって……ごめんね……苦労……グスッ……したんだね……!!」
「別にいいっすよ。おかげで瑠璃さまと仲良くなれたっすし。ほらハンカチ。……鼻をすすらなきゃいいっすよ」
「うん……ありがとう……えへへ」
「どうしたんすか、泣いたり笑ったり忙しいっすね」
「うん、柴さんはやっぱり柴じゃないけど……でも、柴さんも良い人なんだなって」
「何すか、それは……」
三吉の夕花は、一転、綻んだような笑顔を見せる。
まるで雲の間から光が差したみたいに。
……いけない。
柴歩道12さい。
この身を瑠璃さまに捧げると決めた身。
他の子とのフラグなど……不要っす!!
カランカラン!!
「あっ……誰か来たみたい!!」
「任せるっす!!」
考えるよりも早く、体が反応していた。
ちょうどよかった。
最初はどうなるものかと思ったが、三吉の夕花と話して接客というものがわかってきたかもしれない。
それにだ、最初に来たのがモンスターで、次に来たのが時空を飛び越えてきた友人のそっくりさんだ。
「もう誰が来てもイマサラ驚かないっすよ!!」
意気揚々と扉へと向かう。
……向かっていたはずだった。
だが、私の足は止まっていた。
これは本能、いや、運命。
入店してきた四人のうちの一人。
青い髪を高貴に翻し、瞳はどこまでも深い思慮を感じさせ、肩幅はちっちゃくてかわいい。
嗚呼。
また出会うことができるなんて――。
「瑠璃さまああああぁぁああああぁぁああああぁぁ!!」
「まあ歩道!! 我が友、歩道ではございませんか!!」
卒倒と呼ぶには生ぬるい速度で体が倒れる。
私の体は、お店の床にめり込んでいたっす。