真っ白な空間を、真っ赤な台状の乗り物で進む。
事務室だと思われた扉の外から、瑠奈さんが出していた弾丸の魔法力を追って。
「それにしても瑠奈がちゃんと追うための算段を付けてくれてて助かりましたね。私はそこまで頭が回らなくて……」
「ふん、当然の策よ。何ならあいつが攻撃してきたら弾丸をそのままぶつける気だった。あの場面でやりあったら宮寺朱里の居場所がわからなかったから、まあ運が良かったわね」
「……」
私は改めて、下を向いていた。
「……? どうしましたか夕香さん。……やはり緊張していますか?」
「いや、まあ、はい。緊張はそこそこですけど……」
私は自分の乗っている赤いそれを見ていた。
まるで碁盤の目のように縦横に交錯していた刀たちを。
私達は今、編み込まれた刀の上に乗っている。
その名も、千本刀・
「いや、輝里さんも瑠奈さんも何でもアリだな……と思っただけです」
「ふっ、そんなに驚くことかしら? 今の私達は魔法力で形成されている仮の肉体。魔法力同士が干渉することで、疑似的に飛ぶことができるのよ。……ま、私達六人全員を運ぶのは誰にでもできる芸当ではないけどね」
「ふふっ、瑠奈に褒められてしまいました。……何か悪いことでも起こらなければいいのですが」
「どういう意味だ、おい!!」
「じょ、冗談じゃないですか。あーれー」
瑠奈さんと輝里さんがじゃれ合っている対面で、台状刀の端では瑠璃と柴が何やら騒いでいる。
腕組をしたり進行方向を指を差したり……船に乗った時あんな遊び方するよなあ、などと思った。
「本当に、緊張感がないんだから、みんな……」
「まあまあ、暗くなるよりはいいよ!!」
溜息をつく私の横で夕花が優しく微笑んだ。
まじまじとその顔を見る。
「……」
「……? どうしたの、夕香?」
暗くなるよりはいい。
まるで私の心の中を代弁するような一言。
だとすれば、どうしてその言葉が出てきたかもいっしょなのだろう。
「いや、本来は暗くなる場面だよねって。……意地悪な言い方かな?」
「あ、……ううん!! 私は確かに後ろ向きになっちゃうことが多いから……。だからこそ、明るくしなきゃって思ってたんだけど……」
「無理なんてすることないわよ。私達みんな、なるようにしかならないのかも。……でも、もしも自分の力で変えれることがあるんなら、それはきっと自分自身なんだろうなって」
「夕香……」
妖精は言っていた。
この世界を本来あるべき世界へ戻すと。
でも、あるべき姿ってなんだ?
私自身がどうあればいいか、なんてきっと誰にもわからない。
だから、探していくしかないのかもしれない。
自分自身と、隣にいる誰かで。
「朱里さん、早く見つかるといいね……!!」
「夕花も。……そっちの世界の柴、早く目を覚ますといいわね」
「……うん。今日もお見舞いに行ってたけど、普通に眠っているみたいで……もしかして夢でも見てるのかもって」
ふと、思った。
私の体は元の世界に残ったままだ。
もしも他の人がその様子を見ていたら、どう思うだろうか。
恐らくは気絶しているか、眠っているとでも――。
「あーーーー!?」
「ど、どうしたの夕香!?」
「どうしたもこうしたも……!! 夕花!! あなたの世界の柴、たぶん無事よ!! この件が終わったら輝里さん達に相談を――」
おほ、おほ!! おぼぼぼ!! おっぼああああぁぁああああぁぁああああぁぁ!!
台状刀の前の方から、奇声があがっていた。
「うるさいわよ瑠璃!! いま大事な話をしてるの!!」
「おぼ!! おぼぼ!! おぼぼぼぼぼ!!」
「大声をあげることで自らを鼓舞している瑠璃さまに代わって通訳するっす!! 『遠くから、”白い何か”が迫ってきますわよーーーー!!』っす!!」
「し、白い何か……?」
目を凝らす。
白い空間の中で、真っ白な輪郭を持った完全な球体。
恐らくは大人一人分くらいの大きさのそれが、こちらに向かい進んでいた。
私がそう認識した時には、輝里さんが叫んでいた。
「ここは私が……!!」
「あんたは台で魔法力を使ってるでしょ!! 私がやる!!」
構えを取ろうとした時には、蒼い光線が斜め上に発射され、白い何かを捉えていた。
瑠奈さんがそのまま、巨銃を連射する。
私や夕花のビームでは溜めなければ十分な威力は出ないし、瑠璃や柴の攻撃では火力不足だろう。
流石だ、そう思わずにはいられない。
蒼い閃光が、白い何かの表面で弾けていく。
その軌道は全く変わらず、私達に向かって進んできているように見えた。
いや、わずかに変わった。
蒼い弾丸の軌道を沿うように。
それはつまり――。
「瑠奈さん!! 避けて!!」
「――っ!!」
瑠奈さんが見切りをつけて、右に飛んだ。
だが、遅かった。
白い何かは、瑠奈さんの体の一部を、何の抵抗もなく
台状刀の一部をかき消して、そのまま斜め下に飛んでいく。
そして瑠奈さんは――。
文字通り、左腕が消し飛んでいた。
「瑠奈さーーーーん!!」
私を含め五人分の悲鳴が重なった。
だが、当の瑠奈さんはというと唾を真っ白な空間に吐き捨ててキレ気味の顔をしているだけで済んでいる。
肩がちょっとぶつかった、みたいな。
「うろたえるなーー!! 散々強調してるけど今の私達は魔法力の塊!! そして魔法力は認識の力でもある!! つまり痛くないと思えば大丈夫!! あなた達には馴染のない発想かもしれないけど……!!」
「断面が蒼く光っていますわああああぁぁ!! グロ回避ですのよおおおおぉぉ!!」
「ものの見事にガオンされたっすね。無事でよかったっす」
「る、瑠奈!! 本当に痛くないですか!? 我慢していませんか!? いったん横に……!! そうだ刀でベットを作れば……!!」
「何で輝里までうろたえてるのよ!? 運転に集中なさい!!」
斜め下へと飛び去って行った白い何かが、ぴたりと静止した。
このままどこかに飛び去ってくれるわけなんてなく。
慣性を全く無視した360度Uターン。
今度は突き上げるようにこちらへ猛進してくる――。
『ふっふっふ。困っているようね、魔法少女』
「この声は……!!」
紛れもない。
さっき聞いたばかりの、不遜で仰々しく、偉そうで傲慢な声。
今、一番ぶん殴ってやりたい奴の声。
「……クソ妖精ーー!!」
『アロハ~。オエェェ……!! あっはっは!! 新世界に乾杯って感じね。そいつのこと知りたい? 知りたいでしょ~? そいつの名前はアンダーバーエックス・分体。ま、私の力の一部っていうか? ぶっちゃっけあんたら勝てないっていうか?』
「このクソ妖精ーーーー!! 調子こいてんじゃないわよーーーー!! 朱里を返せーーーー!!」
『あはは!! 良いリアクションするようになったじゃない!! 主人公にはなれなくても、山賊のしたっぱCくらいにはなれたんじゃないの? じゃあね!! そこらのモブ魔法少女たち!! あーはっはっは!!』
「輝里!! 足場だけ残してあなたは夕香……朝霧の方を連れて行きなさい!!」
「で、でもそれでは瑠奈達が……!!」
「いいから早く!!」
瑠奈さんと輝里さんのやり取りを、小学生四人は眺めるばかりだ。
「いったいどういうことですのおおおお!? 分断したら余計にヤベー気がしますわああああ!!」
「……」
私は思考する。
そもそもあの生物らしさのカケラもない白い物体はどうやってこちらを知覚しているのか。
目も耳も、一切の器官がなさそうなのにどうやって?
あの白い物体は瑠奈さんの攻撃を受けて、その方向へと軌道を変えた。
つまり、可能性があるとすれば――。
「あいつは魔法力を感知してこっちを攻撃している。より大きい方へ。……そういうことですか瑠奈さん」
「そういうこと。だから最初は魔法力の重心……私達の間くらいの位置を狙って来ていた。恐らく近づけばより強い魔法力の方に引っ張られるように移動する。……安くはない授業料だったけど、恐らく間違いない」
瑠奈さんは左半身を庇う素振りも見せず斜め下を見下ろしている。
そして私と輝里さんに進めというのは――。
「二人と四人に別れたら、あいつは恐らくは四人の方を追う。時間制限があるからモタモタしていられないでしょ? 私達があいつをぶっ飛ばしておくから、あなたと輝里は妖精とかいうのをとっちめなさい」
「で……でも……!! 輝里さんはわかるけどどうして私なんです!?」
やれやれと言った表情で、瑠奈さんがため息を吐いた。
「あなたは朱里って子を一番大切に思ってるんでしょ? ……案外、最後にはそういうのが明暗をわけるのよ。……魔法少女はね」
「瑠奈……」
「輝里も。私があんなのにやられるわけないでしょ? しょぼくれた顔してないでさっさと行きなさい」
「ふふ……私達に任せて先に行け!! ということですわああああ!!」
「朝霧に任せるのが心配っすけど……ま、宮寺のやつを連れてさっさと帰ってくるっすよ」
「瑠璃……柴……二人とも……。特に柴、元の世界に戻ったら速攻で殴ろうかと思ってたけど見直したわ」
「そんなこと考えてたっすか!?」
夕花が遠慮がちにこちらを見る。
「わ、私も!! 朱里さんを助けに行くのは夕香がいい……いや、夕香じゃなきゃいけないと思う!!」
「夕花……」
輝里さんと目配せをして、前方へと進む。
私達が経っている周囲、台状刀のわずかな部分が外れて、加速を始めた。
その速度が上がり切らないうちに、私は振り向いて声をあげた。
「みんな!! 頑張って!!」
きっと声は聞こえたのだろう。
瑠璃と柴が小さく手を振っているのがわかった。
見えたのではなく、そう感じた。
「……。瑠奈の弾丸の魔法力は私でも追えます。夕香さん……行きましょう」
「……はい、わかってます」
朱里に似た、大きな瞳はどこか寂しそうだった。
二人分のわずかなスペース。
すっかり小さくなった台状刀は、寂しさを振り払うようにその速度だけを増していた。