後ろを振り返れば遠くで橙の光が見えた気がした。
きっとあの優しい橙の光は、夕花のものだ。
私、朝霧夕香はほっと胸をなでおろす。
四人はあの白い物体に打ち勝った。
そんな確信があったからだ。
「後は私達ですね、夕香さん」
傍にいた輝里さんも同じ気持ちだったのだろう。
二人分の台状刀の上で、精悍な顔つきで私と向き合っていた。
まんまるな赤い瞳。
長く綺麗な赤い髪。
そしてやんわりとした雰囲気。
「……」
「どうかしましたか? 夕香さん?」
「いえ、その……朱里が大きくなったら、どんな感じになるんだろうな、そう思っただけです」
こんな時に何を言っているんだろう。
そう思っていたら、輝里さんが優しく微笑みを返してくれた。
「夕香さんはどう思いますか? 朱里さんが大きくなったら私みたいになる、つまり……」
赤い髪が、白い空間で翻った。
「私と朱里さんは同じ人間だと思いますか?」
「え……? そんなの違うに決まっています。だって……」
言葉が続かない。
だってそんなの……。
当たり前、じゃあないんだろうか。
「ふふ、ごめんなさい。変な質問をしちゃって。……私と瑠奈が幼馴染だったみたいに、あなたと朱里ちゃんは仲の良い友達だった……それで十分ですよね、うん!!」
「???」
何だかわからないけど、輝里さんも納得してくれたようで良かった。
もう時間もない。
急いで朱里のもとへ向かわないと――。
『あっはっは!! 来たわね!! 自分のことを主人公だと思い込んでいるモブ女が!!』
「夕香さん!! 今の頭の中で鳴り響くような声は……!!」
「輝里さんにも聞こえるようになったんですか!?」
依然として空間は果てのない白さ。
あいつは一体どこに――。
『言ったでしょ。……言ったっけ? まあいいや。とにかく私は魔法力の元になった物質……ホワイトマターの塊。それがあなた達の認識で人の形をし、意志を伝えていたに過ぎなかった……。わかる? 私はあなたが考えているより、もーっと大きなモノなの』
「何を言ってるの!! さっさと姿を見せなさい!! 朱里を返すのよ!!」
『あなた達の言うところの「姿」ならもうとーっくに見せてるわよ』
「いったい、何を……!!」
「夕香さん!! 構えてください!!」
輝里さんは周囲に大量の刀を出していた。
私も変身を使って魔法力を身に纏う。
どこだ、いったい奴はどこにいる。
目の前には真っ白な空間が広がっていて――。
『だから……』
真っ白な空間が、揺れた。
『ニンゲンってアワレよね。生身で象に勝てないのに、かってにこの星の覇権種族を気取っちゃって。私から見たら菌類だろうが植物だろうが虫だろうが恐竜だろうが哺乳類だろうがどれが栄えようがどうでもいいわよ。……恐竜は滅んだんだっけ? あはは!!』
「輝里さん……!! もしかして……!!」
「そのまさかのようですね……!!」
『で、話を戻すと~とにかくサイズ差ってやつは生物にとって絶対なわけよ。わかる? じゃあこの星で最強の存在は~? チッチッチッチ……はい時間切れ!! 正解は~』
目の前の白い空間が輪郭を持ち出す。
それはまるで、人の形のように『見えた』。
とてもじゃないが、視界に入りきらないくらいの。
巨大な白い巨人が、笑い声を上げた気がした。
『正解は私……「星そのもの」でしたああああぁぁ!! なぜなら!! あんた達は絶対に私よりも小さなサイズにならざるをえないから!! あーはっはっはっは!!』
クソみたいなナゾナゾとともに、奴は確かにそこにいた。
私がすべきこと。
考えるまでもない。
「夕香ビーーーーム!!」
手を掲げて、橙の閃光を放つ。
結果は――。
ぺしっ。
まるで大海に小石を投げ込んだような、そんな感覚。
私が攻撃のつもりで放ったものは、まるで相手にされていなかった。
『はっはっは!! どう!? これがサイズ差ってやつよ!! あんたは大人しくそこで指をくわえてなさいモブ子C!!』
「くっ……!! 力が及ばないのもだけど無駄な罵倒が腹立つ……!!」
「夕香さん、まだです……!! 力を思いっきり溜めて、こちらも巨大な攻撃をイメージするのです!! 星よりももっと大きな!! 魔法少女なら、できます!!」
言いながら、なおも輝里さんの周囲にある刀が増えていく。
百は優に越しているだろう。
確かに、このまま増やしていけば何とかなるかもしれない。
『無駄なことやってるわねえ巨乳ピチピチスーツ~。もう私はあなたに興味なんてないの。宮寺朱里……彼女だけがいれば……ね』
「朱里は今どこにいるのよ!! クソデカ妖精!!」
『教えると思ったの~~~~? いつまで経ってもあなたは他の存在に指示を仰ぐ……責任を求める……そういうところがモブだって言ってんのよ!! あははは!!』
「……夕香さん、朱里さんの場所は見当がついています」
え?
思いがけず、声が出そうになる。
いったいどうして――。
『そう、あなたは「候補」だったからわかるのね。宮堂輝里』
「朱里さんの居場所、それは……」
体中の細胞が、すくむような気がした。
「あいつの、体の中です」
「からだ……? じゃあ……!!」
『宮寺朱里と私はひとつになるってこと。私が「世界」に干渉するには肉体が必要だった……その役目を担うのが彼女よ!! そして
高らかに白い声が響く。
『魔法少女アンダーバーエックスとしてね!!』
「何言ってんだテメーーーー!! 輝里さん!! 攻撃しましょう!! 私も合わせます!!」
「……」
「……輝里さん?」
『ふふ!! わかってるんじゃあないの宮堂輝里ーーーー!! あなたも「巫女」の候補だった……!! 完全完璧たる少女のね!! だが!! あなたは自分からその権利を捨ててしまった!! あの女とケンカした、あの日に!!』
私は思い出していた。
輝里さんが、久しぶりに笑っただのなんだので話していたことを。
確か、冷蔵庫のおやつを食べた食べないで大ゲンカしたと――。
「いや、これがそんなに重要な話なわけが……きっと別の……」
『そのまさかよおおおおおモブCぃぃぃぃ!! 完璧な少女はねえ!! 慈愛にあふれているの!! だから「友達」を殴ったりなんかしない!! 宮堂輝里!! あなたはあの瞬間に権利をなくしたのよ!! この私の依り代になる権利をねえ!!』
「え、ええ!?」
「……私も、『巫女』になる可能性があった」
『そう!! そういうこと!! ねえ~輝里ちゃん? その刀、向ける相手が違うんじゃないかな~?』
ビクッと体が震える。
妖精が、何を言わんとしているのかわかった。
『あなたや宮寺朱里は産まれたときからそういう使命を背負っていたの。宮寺朱里はね、あなたが役目を果たさなかったから、ここにいると言える。それなのに。自分勝手に今度は妨害するというの? モンスターが消滅して、時空があるべき姿に戻る……あなたがそれを否定するの? 「巫女」の候補であるあなたが!!』
「……輝里さん!!」
「私は……」
『ふっふーん、あと一押し!! 輝里ちゃ~~~~ん、こうやって私が時空リセット決めれるのも、あなたの中に「モンスター消滅してほしいなあ~」っていう心があるからなの。自分に正直になりなよ~。毎日戦うの、イヤでしょ? いっそみんなで消えちゃおうよ? まずは手始めに――そこの女を串刺しにしましょっか? 魔法力は魔法少女を傷つけないけど、押し出すことはできるでしょ。あ、それか直接突き落してもいいわよ?』
「……なるほど。時空というスケールで考えたら私達の存在など取るに足りない……。自然の摂理から見たら、本当に正しいことは私達の考えもおよばないところにあるのかもしれない……」
輝里さんは眉一つ動かさない。
私は、騒ぐのをやめた。
だってこれは輝里さんが決めることだ。
その人の心からの意志を、捻じ曲げることなんてできない。
でも――。
「輝里さん、私は一人でも朱里を助け出します。だって――」
この広い宇宙で、朱里を助け出そうとする人間がただの一人もいなかったら。
そんなの悲しすぎる。
だから、私だ。
他の誰でもない私が助け出すんだ。
「……」
『おいおーい。いまさら決意表明か~? 輝里!! やっておしまいなさい!! この勘違いモブに、身の程を――あつっ』
赤い刀が、何本か白い巨人に突き刺さっていた。
「……わかりません、何が正しいことかなんて。だからこそ、私達は自分の胸に問い続けるのです。明日の自分に恥じないように」
『どういうつもり? クソゴミデカチチ女……』
「この時空を消滅させるのは、今ここにある想いを……全世界の想いを消してしまうことなんです。あなたから見たら、この世界はいびつだったのかもしれない。でも、確かに育んできたんです!! 私達は、私達の想いを!!」
――そうだ。
私が朱里を大切に思ったように、他の人だってそれぞれが、自分自身の大事な想いを持っているはずなんだ。
それを、音もなく消してしまうなんて――。
「そんな行為、許すことはできません!! 私は守ります!! 私達が生きるこの世界を!! たとえモンスターと戦い続けることになっても……いつか、平和になるその時まで!!」
『……それがあなたの結論かあ』
白い巨人が拳を振り上げた気がした。
『やっぱ、出来損ないはダメね』
巨大な輪郭が、振ってくる。
『消えちゃえパンチ!!』
「千本刀・
透明な輪郭へと、無数の刀が挑む。
『あははは!! ちょっと熱う!! でも、それだけよ!!』
刀が、輪郭にぶつかり次第、砕けていく。
相手の勢いは止まらない。
私達を、このまま押しつぶすつもりだ――。
『消えなさい!! 出来損ないのデカチチ女ーーーー!!』
「……あなたは言いました。私が友達を――瑠奈をぶったから、『巫女』の資格を失ったと」
刀は、もうない。
それでも凛とした輝里さんの姿は、どんな武器よりも洗練されていて美しいとすら感じた。
「それでも私は、あのことを間違っていたなんて思いません。あの件があったから、瑠奈とはもっと仲良くなれたんです。あともうひとつ、言わせてもらいます……」
――輝里さんの体から轟轟と赤い光が溢れ出した。
「私をデカチチ呼ばわりしていいのは、瑠奈だけです!!」
輝里さんの周囲の赤い光が、どこまでも広がっていく。
それはやがて上へと伸びていく。
迫りくる白い巨人の拳に向かって。
『それがどうしたの!? あなたの刀は全部折った!! あなたの認識は私に及ばなかった!! もう何をしても無駄なのよ!!』
「まだです!! 私の刀はまだある!! 幼き日に心躍らした、あの名を!! 今一度、振るわせていただきます!!」
輝里さんの頭上に一本の巨大な刀が――。
違う。
それは一本ではなかった。
巨大ビルにも相当する、規格外の大きさの
千本、万本、とどまることなく更に集まっていた。
「存在しえなかったものでも……それが意味を持つことは、あるんです!!」
集まった刀が、まるで一本の刀となる。
超巨大な対艦刀、いやこれは――。
星すらを砕く対星刀。
「
赤い刀が、天高く突き抜ける。
そのまま巨人の手を突き破り――。
『やってくれたわねええええ出来損ないーーーー!! でも私の体の一部を破壊したところで』
「チェストオオオオオオォォ!!」
『ぎゃああああああああぁぁ!?』
白い巨人を、ドタマからカチ割り出した。
「か、輝里さん!! あいつの体には朱里がいるんじゃ!?」
「こいつはこれくらいじゃ倒せません!! 観念させてから朱里さんを差し出させましょう!!」
「な、なるほどお……!!」
輝里さんもなかなかマッシブな思想の持主のようだ。
しかし妖精を参らせないと話が進まないのも事実。
やっちゃえ輝里さん。
対星刀は、既に白い巨人の喉元まで切り裂いている。
『あびゃああああやるじゃない出来損ない!! でも夕香は相変わらず見ているだけねええええぇぇ!! この、いるだけ魔法少女ぉぉ!!』
「減らず口を……!! いい加減、諦めて朱里を返しなさい!!」
『いいわ』
一瞬、耳を疑う。
ここまで散々、朱里に固執していたのに?
いったい何を――。
『返してあげるわよ……
巨人の体が、ばくばくと脈打つように震える。
『ここで問題よモブCぃぃ!! 人間がひとつひとつの細胞からできているように、私の体はいったい何でできていると思う!?』
「また、クソなぞなぞ……!! 知らないわよ、そんなの!!」
『はい時間切れ!! 正解は――』
巨人の体が、弾けた。
そして、降り注いでくる。
あれは無数の――。
人。
自分と同じくらいの背丈の。
真っ白な輪郭だけの。
私はその輪郭を良く知っていた。
そして、それこそが、どうしようもない事実だった。
『私の体はあらゆる時空の「宮寺朱里となったかもしれない存在」で構成されている!! その中の一人があなたの知っている宮寺朱里ちゃんってワケ!! あはははは!! どれでも一人、好きなのをお持ち帰りしていいわよーーーー!! 私は本物の宮寺朱里と時空リセットを実行するから!!』
「こ、このクソ妖精ーーーー!!」
朱里に似た輪郭が、雨粒のひとつひとつのように落ち、視界が覆いつくされる。
全てが透明で差異のない輪郭が。
この中から私の知っている朱里を探し出すなんて――。
耳元で、妖精が――握りこぶしくらいのサイズになった白い球がささやいた。
『無理無理!!
「夕香さん!! 行ってください!!」
輝里さんが魔法力をまとった拳で妖精を殴っていた。
「輝里さん……?」
「確かに、私には朱里さんを見つけ出せません……。私は朱里さんと会ったこともないですから。でもあなたなら……!!」
輝里さんの赤い瞳が、まっすぐこちらを見据えた。
「私と宮寺朱里さんは違う人間だと……そう言い切ったあなたなら!! きっと探し出すことできるはずです!!」
「……!! わかりました!! 行ってきます!!」
『そ、そんなの黙って見過ごすと……げふっ!!』
「おイタがすぎますよ!! 妖精さん!!」ボコッボコッ!!
妖精は輝里さんに任せおこう。
私は橙の布を翻して、台状刀からジャンプした。
夕花に教えてもらった変身だ。
……考えてみれば、あの時も朱里は私の隣にいた。
何で、朱里と輝里さんは別の人なのか?
目の前に広がる光景――大量の輪郭たちと『宮寺朱里』を区分するものはなんだ?
今、わかった気がする。
私の隣にいて、一緒に過ごして、一緒に戦って……一緒に笑った宮寺朱里は――。
この世界に一人だけなんだ。
「朱里!!」
大量に落ちていった輪郭のひとつを、私は追った。
下向きに加速をして、その距離を縮め――。
私は、手を伸ばした。
昔にもこんなことがあったな、と思った。
あの時のことを朱里が覚えていてくれたら、きっと――。