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…………。
……………………。
私はまた、夢を見ていた。
今度のは酷く、朧気だった。
暗黒に覆われた世界。
一面が荒野のようなそこで、
橙の少女が場違いなドレスで独り戦い続けているのだ。
何と戦っているかは、よくわからない。
夢とはそういうものだ。
少女はずっと泣いていた。
服が裂け、布がほつれ、色がくすむ。
少女が戦えば戦うほど、それらは酷くなっていった。
纏っているドレスに涙がしみ込んでいるようだった。
少女はいつまで、そうしているのか。
それもわからぬまま、私は――。
朱里の体を触っていた。
「ひゃわあ!! 寝起きの夕香ちゃん……ダイタンなのです……!!」
「え……。ああ!! ごめん朱里!! いつも起きた時はスマホを止めるから癖で……!! 手が勝手に!!」
とりあえず謝らなければ。
そう思って、反射で立ち上がろうとすると。
「痛っ!! ……頭うった」
辺りはほの暗く、狭い。
心配そうな朱里の顔はかろうじてわかる。
「一体ここは……?」
「先に言ってれば良かったですね……、ささ、出ましょう」
身を屈めて、朱里の後ろを進む。
奥から光が差しているのに気づいた。
そこを抜け、広がっていたのは――。
「……。近所の公園じゃん」
知っている場所で良かったのだが、なぜか軽いガッカリ感もある。
私達がいたのは小高い山型の遊具の中だった。
どうやら気絶している間に、朱里が運んでくれたらしい。
日の光を浴びて私の頭も回ってきた。
そうだ、そもそも。
「あの虫みたいなモンスターはもういなくなったの? とういうかわざわざここまで私を運んだの? 瑠璃と柴は?」
わっと質問があふれ出る。
記憶に残っている最後のシーンは、裏山での黒い巨虫と白い少女(クソ妖精)の戦い。
ずいぶん長い間、気絶していたのか?
朱里が運んでくれたとして、何でわざわざ公園に?
「夕香ちゃん……落ち着いて聞いてほしいのです……」
朱里が妙にかしこまった顔をする。
何だろう。
「ここは……西暦2000年の世界なのです!!」
「ええええぇぇぇぇ!?」
……。
…………。
……………………。
「……今日って4月1日だっけ?」
「違うのです」
私の記憶違いで今日は4月1日であり、朱里がノリノリでウソをついた説は、数秒で否定された。
……となると、冗談か比喩か。
「朱里、確かに私達の町は田舎一歩手前の微妙な町だよ。電車を逃すと次がなかなか来ないし、映画館は遠いし、本とかも発売日に入荷しなかったりするし、娯楽が少ないからか落書きは多いし……でも西暦2000年呼ばわりは酷いと思う」
「違うのです」
違ったか。
だとするなら、朱里なりに確信があるということだ。
ここが、いや、今が2000年であることの。
「私も気づいたらここにいて……夕香ちゃんが気を失っている間、おんぶして辺りを回っていたのです」
「え、下駄で大変でしょ。寝かせてくれればよかったのに」
「そうはいかないのです。夕香ちゃんを地べたに放っておくなんて……。とにかく、そうして歩いていたら、気づいたのです!! あのお店に!!」
朱里は公園から道路を挟んで向かい側の店舗に、びしっと人指し指を突き付けた。
「あれは……? あんなところにお店あったっけ?」
「ゲーム屋さんなのです。そして……なんとあのお店では……!!」
朱里が声のトーンを一段張り上げた。
思わず、息を飲む。
「なんと……?」
「"ぷれいすてーしょんつー"が最新の機種として売られていたのです!!」
「プレイステーション……2……?」
プレイステーション。
ゲームに明るくない私でも流石に名前は知っている。
たしか今、5が発表されていたはず。
「2って……何年前……?」
「だから西暦2000年なのです!! 私、昔のゲーム機なら買ってもらえないかと思って調べたことがあるのです!! ちなみに"げーむぼーいあどばんす"は2001年発売でお店にはまだなかったのです!!」
「あ、あどばんす……? スイッチの前は3DSとかいうやつでしょ……?」
「"でぃーえす"の前なのです!! さらに遡ると"げーむぼーいからー"なのです!!」
「あ、頭が痛くなってきた……」
熱弁を奮う友人には悪いが、撃沈しそうだ。
つまり、ゲーム屋に置いてあるものが古すぎるから、ここは過去である、と。
「いやいや、古い物を置きっぱなしにしてたとか……」
「思いっきり、新発売と書いてあったのです」
「店の人が間違えたとか……」
「お店の中に入りましたが、やはり最近の"そふと"は置いてなかったのです」
「……。私を担いだまま、お店に入ったんだ」
「誘惑には勝てなかったのです……」
私はそうだ、と内ポケットに手を突っ込んだ。
手が空を切り、ポッケの底に当たる。
ダメだ。
私物のスマホも魔法少女用の支給品もなくなっている。
前者は親、後者は学校にメチャクチャ怒られるやつだ……。
日付がどうなっているか確認したかったのだが、無理なようだ。
「夕香ちゃん、まだ納得してないようなのです……。だったら!! 今度はあそこの本屋さんに入るのです!! きっと"まんが"の有り様でわかるはずなのです!!」
「……。そこらの人に聞くか、コンビニで新聞の日付を見たら早い気がするけど」
「……」
「……」
「……本屋さんに行きたいのです」
ウルウルおめめで上目遣い。
下駄を履いていても朱里の背丈は私よりも低い。
「いやあ、そうは言っても……」
「……本屋さんに行きたいのです!!」
「う……」
「本屋さんに!! 行きたいのです!!」
私は折れた。
●
「いや~結構たのしかったね」
「良い経験になったのです!!」
結局、あれから朱里と30分くらい本屋でダラダラ過ごした。
ファッション雑誌を読んだり、漫画の表紙でどれが面白そうか話したり。
一応、雑誌の刊行日は確認した。
2000年の8月で統一されている。
ドッキリにしては手が込みすぎているので、そういうことなのだろう。
記念に何か買いたい衝動にも駆られたが、止めておいた。
無駄遣いしてる場合じゃないというのもあるが、手持ちの硬貨が刻まれた元号の年度は、ほとんどが2000年よりも後のものだった。
ニセモノ扱いされて捕まったら困る。
私と朱里は、元の公園へと戻っていた。
二人でベンチに腰掛ける。
それにしても、だ。
「20年前ってもっと派手に寂れているかと思ったけど、案外変わらないね。過去に飛んだありがたみがない」
「ふふ、夕香ちゃん、不謹慎なのです」
「朱里だって楽しんでたくせに……」
「だって、暗いよりも明るい方が良いのです」
その通りだ。
こんな状況だけど、ある意味で救いなのが私も朱里もあまり悲観していないことだ。
あり得ない状況だからこそ、その人間の本質が出るのかもしれない。
私と朱里は根本的に気が合うのだろう。
同じ日本であるし、いつの間にか飛ばされたのなら、いつの間にか戻ってもおかしくない。
いっそ、まったくの異世界にでも飛ばされていたら、朱里と二人で生きようと決心したのかも……。
あらぬ方向へ飛んだ思考はぶん投げて、代わりに木の枝を拾ってきた。
それを地面に擦りつける。
「とりあえず、考えなきゃいけないことを整理しよっか」
朱里と意見を出しながら、手を動かす。
地面に文字が刻まされていく。
・瑠璃と柴はどこ?(わからん)
・あの虫みたいなモンスターは死んだ?(わからん)
・どうして私達は2000年に飛ばされたのか?(わからん)
・どうやったら2020年に戻れるのか?(わからん)
・今日、どこに泊まる?(朱里の家?)
・クソ妖精の声が聞こえん。ぶん殴りてー(書いてて朱里に止められた)
・あの白い魔法少女 is 何?
わからん尽くしのフルコース。
しかし、列挙していくことでわかることもあった。
「クソ妖精……じゃなくて白い魔法少女が鍵っぽい……かな?」
「私もそう思うのです」
あの黒い虫は確かに凄まじい脅威だった。
しかし言ってみればモンスターの範疇だ。
どんなに被害を出そうが出すまいが、それは変わらない。
災害に時間を跳躍させる力がある、なんてあまり信じる人はいないだろう。
対して白い魔法少女は、存在自体が異質だった。
どう見ても私の妖精が人型になって罵詈雑言を尽くした末に謎のビームを撃っていたが、妖精がそんなアグレッシブに戦闘をするのは前代未聞である。
白い魔法少女(仮)が最後に放った光線。
あれが原因で
そう推論した。
「夕香ちゃんの妖精、今は……?」
「うんともすんとも、だね」
目を覚ましてからクソ妖精は全く出てきていない。
白い魔法少女に変貌したからもういないのか、別にそれとは無関係に私を無視しているのかはわからない。
「大丈夫なのです。私の妖精もよくいなくなるけど、不安だったり困ってたら励ましてくれるのです」
「今まさに困ってるから出てきてほしいんだけどね。あと殴りたい」
「ゆ、夕香ちゃん!! どうどう!!」
ふうっと息を吐く。
木の枝で地面に一文を書き加えた。
"白い魔法少女を探す"
大目標としてはこれでいいだろう。
あいつの正体は別として、少なくとも事情くらいは説明してくれるかもしれない。
妖精だったらぶん殴れるし……。
後は今日、どこへ向かうのかだけど……。
「とりあえず寝床は確保したいよね。私の家、20年前ならまだないからなあ……」
この町に両親が越してきたのは私が産まれてからだ。
当然、父も母もいないし出会っているかも怪しい。
「私の家はあるはずなので、いざとなればそこへ……」
「んー。朱里のお母さんが子供くらいの年齢でしょ。会っちゃうとヤバいんじゃない……いろいろ……」
「若い母様と一緒に遊べるの……!! 私、ぜひやってみたいのです!!」
「いやいや……。例えば朱里が母親に会って、母親がこんなかわいい子が私の娘なのか~と思ったとする」
「かわいい子だなんて……照れてしまうのです~」
「その結果、子供が早くほしい!! の一心で母親の婚期が早まり、朱里の父とは別の男性と結婚し、朱里は産まれなくなる」
「……産まれなくなるのはイヤなのです」
実際、会ってみてどうなるのかはわからない。
朱里が産まれるのは確定した未来だなんだで、変わらないのかもしれないし、いわゆる平行世界であってこの2000年で起こったことは私達に影響しないのかもしれない。
それでも友達が消える可能性が少しでもあるなら、そんな選択肢は最初からない。
他の場所を考えよう。
「最悪、二人して記憶喪失になったって交番に駆け込むとか、かなあ」
「うーん……。そうなると自由に行動できなくて難儀なのです。……瑠璃ちゃんと柴ちゃんは大丈夫でしょうか」
確かに、と考える。
合流できるものならしたいが、手掛かりがない。
私と朱里が近くにいたのだから、二人も一緒に行動してたらいいけど……。
だったら二人も、私達みたいに相談しているんだろうか……。
同じように考えて、同じ結論を……。
……あ!!
「そうだよ!! 瑠璃と柴もここに近くにいるなら同じように考えるはず!! そうなると交番に寄ってるかも!!」
「なるほどなのです!! 確かに私達のことを聞きに寄ってるかもしれないのです!! あ、ちょうどあそこに人がいるので最寄りの交番を聞いてみるのです!!」
あ、と声をかける間に朱里はウキウキと弾むステップで行ってしまった、下駄で。
公園で遊んでいた親子連れだったが、挨拶に始まり和気あいあいと話しているように見える。
朱里も相当、この状況を楽しんでいるな、と思った。