やり取りが終わったのか、朱里が一礼をすると親子がペコペコと頭を下げた。
何だか妙な感じだ。
「近くにあるみたいなのです!! 行くのです!!」
「うん。……。朱里、なんか頭を下げられてたけどあれは……?」
「魔法少女か聞かれて、はい、と答えたらお辞儀をされてしまったのです。確かにちょっと違和感があったのです」
深紅の髪と瞳。
親子が朱里のことを魔法少女と判断したのは別におかしなことではないだろう。
しかしそれだけで、畏まるのはいささか不自然だ。
この世界において、魔法少女などありふれていて、たくさんいるのだから。
「2000年のころって魔法少女は少なかったっけ……?」
「いえ、モンスターの大量発生が起こったのがちょうど2000年で、その時には魔法少女は多数確認されていたはずです」
「……ん? 大量発生って2000年ちょうど? ってことは今まさにモンスターが湧いてないとおかしくない?」
「確かに……。でも、そんな様子はないのです。本屋さんでも取り扱っている御本はなかった気がするのです」
ただ遊んでいるわけではなかった。
こういうところは朱里は流石だと思う。
モンスターの襲撃が世間的に話題になっているなら、当然、各種メディアも大きく報じているはずだ。
併せて、思い出す。
本屋でも、公園でも、行き交う子供は
魔法力に覚醒した子供は、固有の色に髪と瞳の色が変わる。
ただし、変化後が黒色という事例はないから、全員が普通の子供だったということだ。
やっぱり、ここは私達が知っている世界とは何か違う――。
――あはは、良い風が吹いているっす!! 地獄で焚いた煙を地表に覆う風の流れが!!
「……? 朱里なにか言った?」
「いえ、私ではないのです……!! 夕香ちゃん!! 公園の遊具の上を見るのです!!」
「な……あれは……!!」
視線を上げる。
人影が映る。
そこにいたのは――。
「黒いピチピチスーツの……柴!?」
「黒いピチピチスーツの柴ちゃんなのです!!」
ああ、なんたること。
さっきからデカい独り言で詩を朗読していたのは我が友、柴歩道だったのだ。
再会できたのは、まあ、嬉しいが……。
"きゃああああ!! 怪人よおおおおぉぉぉぉ!!"
周囲から悲鳴が上がる。
思わず頭を抱えたくなったが、我慢をして遊具へと向かって言う。
「柴ぁーーーー!! あなた、怪人扱いされてるじゃん!! 服どうしたの!?」
「ふふふ……嘆きは最高のスパイスっすね……絶望に彩られた煉獄に一味加える……っす」
「なに言ってんの?」
「様子がおかしいのです……!!」
確かに様子はおかしいだろう。
だが、朱里が言いたいのはそういうことではないらしい。
ピチピチスーツに気を取られていたが、柴の髪色が黒であることに気づいた。
本来は、鮮やかな紫色のそれが。
「とう!!」
柴が両の足で飛び上がる。
常人とは思えない跳躍力で、そのまま私達の数メートル先へと降り立った。
私は記憶を辿る。
果たして柴に、こんなことができたか。
「柴……? あなた柴なのよね……?」
酷くうろたえた声をよそに、目の前の人物は平然と言い放つ。
「ふっふっふ……私はダーク・柴……この世界に破滅をもたらし魔法少女を狩る者……っす!!」
間違いない、これは――。
頭によぎった単語を朱里が代弁してくれた。
「柴ちゃんが"やみおち"しちゃったのです!!」
「たあっ!! っす!!」
ダーク柴の手から黒い糸が伸びる。
間違いない。
これは柴の技だ――。
「危ないのです!!」
自分の呑気さを呪う。
こんな状況で、私は悠長に繰り出された技を眺めていたのだ。
朱里は違った。
とっさに私の前に立ち、そして。
「う……うう……」「朱里!!」「はは!! 良い気味っすね魔法少女!!」
朱里の四肢に黒い糸が巻き付いた。
本来は、私がそうなるはずだったのに。
混乱した頭が一つの事実を告げる。
"魔法少女の魔法力は、モンスター以外のものには干渉しない"
この大原則があるからこそ、私達はモンスターと戦わざるを得なく、また周囲を気にせず思いっきり戦うことができるのだ。
だとしたら、朱里を纏わりついているこれは、何だ?
拘束が強まり、朱里の口から痛がる声が漏れた。
「やめろよ柴!! 本気で怒るぞ!!」
「怒ったらいいじゃないっすか? 人間は怒る生き物っすよ?」
「お前!!」
「だ……大丈夫なのです……夕香ちゃん……」
朱里の体から、赤い光が溢れ出す。
抑えつける力に反して、手を天へと掲げて、言った。
「
木々の高さを越える真っ赤な対艦刀が、少女の右手に握られる。
そのまま、叫んだ。
「
下駄の片方を軸足に。
少女がクルクルと回る。
刀の長さを半径とした紅の旋風。
引きちぎられた糸が、巻き込まれ消えていく。
終わった時には、凛々として刀を構える少女の姿があった。
ダーク柴も後ろへと跳躍していた。
朱里の刀を警戒してに違いない。
不敵な笑みを浮かべているのは、嘲りかハッタリか。
しかし、距離を取る必要があった、ことこそがひとつの事実だ。
朱里の派手な回転に私も巻き込まれているが、魔法力によるものなので少し暖かい程度だ。
わざわざ範囲外に逃れたということは――。
「柴!! あなた何かに憑りつかれてるの!?」
「さあ? どうっすかね。私を消し飛ばした後に、日常パートでゆーっくり、考えればいいんじゃないっすか? キャハハ!!」
我ながら愚問だった。
柴が本当に憑りつかれているなら、正直に答えるはずがない。
いわゆる洗脳なのか、心変わりしたのかもわからない。
私達とは違う時代に飛んで、そこで誰かに何かをされたとか……いろんな可能性がよぎるが断定しようがないのが厄介だった。
要するに、目の前の柴を倒していいのか、倒したとして柴がどうなるのか。
選択肢を選びようがなかった。
「来るのです!!」
ダーク柴が再び糸をこちらに飛ばす。
巨大な赤い刀が右に左に、寄せ付けぬよう吹き飛ばす。
朱里はちゃんと応戦している。
柴をどうするかは置いといて、この状況に対応できている。
今になって気づく。
いつもなら妖精が私に茶々を入れていた。
耳障りと思えど、考えの叩き台を与えられていた。
それが、今はない。
「夕香ちゃんは私が守るのです……!!」
「はは!! やるっすね魔法少女!! あんたは確かに、私よりも強い、そして二人でいるっす」
「なのです!! 夕香ちゃんもいるから、諦めるのです!! だから……これ以上は……!!」
「何か勘違いしてるっすね?」
気付いてなかった。
足に変な感触があることに。
黒い糸の一本が、這いよるように。
地面を這って私の足に巻き付いていた。
「そっちが二人だから……勝ち目があるっすよ!!」
「うわああああぁぁぁぁ!?」
「夕香ちゃん!?」
不意に足に力が加わり、転げる。
後頭部と背中をがりがりと地面に打ち付けながら、私の体はダーク柴の方へと引っ張られた。
痛い。
無理やり立たされる。
さっき朱里がそうされたように私の体に糸が巻き付いていた。
「人質っす!! この女がどうなってもいいっすかあ!? 早く刀を消すっす!! キャハハハハっす!!」
「……!! ゆ、夕香ちゃん!!」
よくある展開だ。
といっても、自分が人質になるなんて思ってもみなかったが。
己の煮え切らなさを呪ったところで、もう遅かった。
今、選択肢を持っているのは朱里とダーク柴だった。