昔、幼いころにアニメだか何かで見たシーン。
悪役が人質を取って、正義の味方に武装解除を迫るやつだ。
捻くれた子供だった私は、いつもこう考えていた。
「どうせ人質は助からないんだから無視して攻撃すればいいのに」と。
「ヒーローの仕事は世界を救うことで、視聴者に良い人アピールすることじゃないだろ」と。
しかし現実は残酷である。
その論に従うなら私の命は風前の灯火。
調子に乗ってすみませんでした。
「どうするっすかあ~魔法少女~? このままだとアンタのお友達は酷いことになるっすよ~?」
「ひん!!」
むっちゃ情けない声が出る。
この状況で痛がっている声を出すのは逆効果な気がしたが、痛いので仕方がない。
「ゆ、夕香ちゃん!!」
朱里が心底、不安そうな声を出す。
……この子は私のように、小賢しい打算で動くタイプじゃない。
このままだと、ダーク柴の思うつぼだ。
「朱里!! 私のことは無視して!! 刀でとりあえず思いっきり……あぁ!!」
本当にこんな、めちゃくちゃベタな台詞って言っちゃうんだな……。
あと痛い。
ちょっと泣きそう。
「さあ!! さっさとその忌まわしい刀を消すっす!! 10秒待つっす!! あ、やっぱり3秒にするっす!! さんにいいち、っす!!」
「や、やめるのです!!」
巨大な刀が、崩れ、消えていく。
朱里が苦渋をなめるように、下を向いた。
まずい。
今の状況下、私も朱里も戦うことができない。
つまりこっち側に切れるカードが、全くない。
このままだと朱里が――。
隣でダーク柴が意味あり気な笑みを浮かべる。
本当に何をやっているんだ私は。
戦いが始まってから、私にはいくらでも選択肢があったはずだった。
だが、それらに気づくことができなかった。
否、戦いだと認識しないまま、無意味にこいつに話しかけたりした。
それで状況が変わるわけないって、わかり切っていたのに。
妖精の光、憎らしく感じていたそれを思い出していた。
もし、この場にいたら助言を出していたのだろうか。
そして私は、その通りに行動して――。
己の中の何かが叫ぶ。
そんなのはまっぴらごめんだ、と。
そうだ、そもそもの問題は
だからこそ、私も朱里も手をこまねくしかなかった。
体は動かせないが、耳は聞こえるし口は動く。
だったら――。
「あなたは本当に柴なの……?」
「しゃべっての時間稼ぎっすか? あー、あっちが終わったらちょっとつき合うっすよ」
ダーク柴の眼光が、朱里へと向く。
無駄なあがきでも、続けるしかない。
「瑠璃は? いっしょじゃなかったの!? あ!! 瑠璃を人質に取られているとか!! それで誰か……ええと悪の組織に利用されてるんでしょう!? もしくは悪くなったフリをしてるとか……!! だったらキレるけどね!!」
「うるさいっすよ。そら!!」
「あううん!!」
「夕香ちゃん!!」
涙が、ちょっと出た。
しかし、まだあきらめない。
不思議なことには、不思議な方法で対処するのだ。
こうなれば柴の善性に、オールイン!!
「覚えてるでしょ柴ああああぁぁぁぁ!! 私達……ええと、そこそこ仲が良かった!! 前の、ええと、体育の時間で朱里と瑠璃がいなかったから二人組を組んだじゃない!! その時……あー、あなた体が無茶苦茶柔らかかった!! 忘れたの柴ぁ!!」
「いや、意味がわからないっすよ。人間」
「ひいいん!!」
「夕香ちゃーん!!」
さすがに、ちょっとめげる。
だが、少しだけ気になることがある。
確かに、会話は成立しているような気がする。
だが、なんだこの違和感は?
何かを見落としている?
いったい何を――。
「茶番は終わりっすよ。それにしても傑作っすね!! 最強の魔法少女と呼ばれたアンタが、こうして成す術もなく私に――」
――ちょっと待て。
「今、あなた何て言った?」
「は? 何を……」
息を吸い込んで、力の限り叫ぶ。
朱里にも伝わるように。
「最強の魔法少女が誰って!?!?」
朱里も、気づいた。
わかっていないのは目の前のダーク柴――。
いや柴の姿をした黒髪の「誰か」だけだ。
私と朱里は聞いていた。
この時代に来る前の、裏山の散歩道で。
私達に、わざわざ歩みを合わせて、『柴』が私達に話してくれたことを――。
『私の中では、瑠璃さまが最強の魔法少女っすから』
「それがどうしたっすか!? 少なくとも赤い魔法少女の魔法力は最強クラスで――」
「いいから、黙りなさい」
「な……、っす!!」
これが違和感の正体だった。
こいつは決して私達の名前を呼ばない。
まるで、人間の名前に意味を感じていないように。
「まだわからないの? 柴にとっての最強は姫小路瑠璃なの。それを易々と曲げるなんてあり得ない」
どんな時でも瑠璃さまファースト。
それが柴だ。
逆説的に言えば――。
「瑠璃のことを忘れるなら!! それは柴じゃない!!」
「!!」
私は目配せをする。
意図を汲んだ赤い瞳と、視線が揃う。
「朱里!!」「はいなのです!!」「な……!!」
体を縛られたまま、全身の体重を地へ傾ける。
私とこいつは黒い糸で繋がっている。
それはつまり、私からこいつを引っ張れるということでもある。
黒髪の女に、一瞬の隙ができる。
そこに、巨大な対艦刀がぶん投げられた。
「ちいいいい!!」
再びの跳躍。
刀こそ命中しなかったが、十分だった。
私を拘束していた糸を、かき消したのだから。
手は、もう動く。
「
橙の光が空中の敵を捉える。
こいつが柴じゃないと判明したのなら、手加減の必要はない。
「ぐおおおおああああぁぁぁぁ!? ……す……」
「やったか……!! ……ん?」
ダーク柴の体が、変だ。
具体的には、溶けるように体が崩れ……いや、完全に溶けている。
言うまでもなく、私の技に人間をドロドロに溶かす効果なんてもんはない。(あったら怖すぎる)
だったら、こいつは――。
「モンスター!!」
「uへE……Yaったssuね……」
いったん、液状の黒いモノとなったそれが、再び形になっていく。
強靭な牙と鋭い爪を持った存在に。
朱里の驚く声が聞こえる。
さっきの刀ぶん投げは朱里にとっても、リスクのある技だ。
『所持』が基本である『武器』を放り捨てたのだから、当然、もう一度『拾う』のに時間がかかる。
黒い狼が空中で一回転し、朱里へと飛びかかった。
黒い狼は、そのまま朱里へと――。
達することはなく、横切る橙の光に飲まれた。
体ごと遮断された獣は、そのまま消滅する。
朱里に向かったらヤバい、そう思ったら体が勝手に動いていた。
間一髪、というやつだ。
「……夕香ちゃん!! 大丈夫なのです!?」
下駄をカラカラ鳴らしながら朱里が駆け寄ってくる。
互いの無事を確認する。
朱里の体を触り、糸が巻き付けられていた個所を確認したが傷はないようだった。
魔法少女とモンスターの戦いは、魔法力と反魔法力の削り合い。
魔法力が残っている限りは、モンスターは直接、魔法少女を害することはできない。
なお、私の体もお返しと言わんばかりに朱里にペタペタと触られた。
「触診なのです」と言っている朱里は念入りに私の体を触っているようだった。
くすぐったい。
安心して気が抜けたのか、己の口から悪態が漏れ出る。
「あー、気分悪……。こいつ、一体何だったの? モンスターなのに怪人って呼ばれてたし柴に似てるし……2000年のモンスターってこんなのなの?」
「やはりおかしな感じがするのです。モンスターが人に化けるなど、教科書にも載っていませんでした」
だとすれば、また考える材料というか、謎が増えたということか。
しかし、もうじっくり頭をこねくり回す気はない。
「……とりあえずめっちゃ疲れたね。どこかで休もう……」
「ふふ、夕香ちゃん、お疲れ様なのです」
朱里も私も余力がないくらい、へとへとだ。
この事態を乗りきれたのは運も良かったのだろう。
……ダーク柴を柴でないと決めつけたから何とかなったわけだが、落ち着いて考えてみると、だいぶ強引だった気がする。
だが、そんなことはもういいのだ。
私も、朱里も無事だったのだから。
見てたか妖精。
私はあなたが茶々を入れなくても、ちゃんとやっていく。
これからも、ずっと。
「夕香ちゃんが虚空に向かってドヤっているのです」
「あーうん、こっちの話」
「?」
「では、休める場所を探しましょう。ここは危険かもしれません、どこかに移動を――」
――じゃあいい場所があるっすよ。地獄の釜の底、っすね。
「え……!!」「な……!!」
驚いた声が二つ重なる。
思わず辺りを見渡した。
そこにいたのは、髪が真っ黒な柴に似た誰か。
ダーク柴だった。
「何で……!? さっき倒したのに……!?」
「夕香ちゃん……!! こいつはきっと別のやつなのです!!」
「そういうことっす。さっきは『ダーク柴』がお世話になったっすね。これからは私、『ダーク柴』が相手になるっす!!」
どっちもダーク柴じゃないか、などと言っている場合ではない。
こいつら、モンスターだから同じ種が何体もいるんだ。
同じ種ということは、恐らくは先ほどのやつと同じくらいは強いということ。
そして、私と朱里はもう戦う力が残っていない。
打てる手と言えば――。
「朱里、私があいつを足止めするから逃げて」
「え!? それでは夕香ちゃんが……!!」
「さっきは朱里に迷惑をかけちゃったから。順番だよ。私も適当に逃げるから」
「……ダメなのです!! そんなの……。誰かを犠牲にするなんて……」
「……朱里?」
もう一体のダーク柴が構える。
どうやら持ち時間はなくなったらしい。
「ごちゃごちゃうるさいっす!! くらえっす!!」
黒い糸が、私と朱里めがけて発射される。
万事休す、そんな単語が頭をよぎった。
その瞬間だった。
橙の雨が、天から降り注ぐ。
無差別に落ちてきたそれらは、当然、敵をも飲み込む。
人の姿を模した獣が、その姿を維持できなくなり、正体を晒け出す。
私と朱里は、空を見ていた。
正確にはそこにいた少女を。
少女は飛んでいた。
身に纏った橙のドレスの中から、四方八方に浄化の光をまき散らし、ゆっくりと高度を下げる。
あれは魔法少女だ。
フリフリのドレスで、不思議な光を放って敵をなぎ倒す。
正真正銘の、魔法少女だ。
そして、信じられないことだが、更に驚く事実がある。
あれは――。
「……私!?」「夕香ちゃんなのです!!」
「夕花ビイイイイィィィィム!!!!」
叫びが、そのまま光へと変わっていくようだった。
橙の光のうち、一本が黒き獣を貫く。
私に似た顔をもつその少女が、地面へと着地を決めた。
体を揺らしながら、獣が突っ込んでくる。
文字通り、捨て身の攻撃。
獣が飛び、魔法少女は拳に力を込めた。
「たあぁ!!」
裏拳。
橙の光を纏ったそれが、勢いのまま獣の顔面を粉砕する。
よたついた獣は体を維持できなくなったのか、あっけなく空中へ霧散していた。
たった一人の少女の手によって。
「あ、あなたは一体……?」
人は極限状態に追い込まれると、ベタな台詞しか吐かなくなるらしい。
こちらに気づいた少女は、私の方を向き、そしてまた力強くベタなノリで応えるのだ。
「私は夕花……。
少女から一層強い、橙の光が広がる。
「この町を守る魔法少女だよ!!」
――