「私が変身を……?」
いまだに飲み込めず、その言葉を復唱する。
朱里も、口に手を当ててびっくりしている。
夕花さんだけは変身したまま、ニコニコと満面の笑みを浮かべている。
突拍子もないその提案は、どうやら大真面目らしい。
「夕香ちゃんが着るのですか……!! その可愛らしいお洋服を……!!」
「いやいや、このデカいリボンきついでしょ、私達の歳には」
「大きなリボンは愛と勇気の証だよ!! これは魔法少女のいわば誇り!! 私も寂しくなったら鏡を見て胸を奮い立たせるもん!!」
そんな精神論で……とも思うが、これは2020年の授業でも言われていることだからあながち否定はできない。
魔法少女の調子は、衣服など身に付けているものに強く依存する。
本人が本人らしい恰好をしていると感じれば、魔法力の出力は上がるのだ。
朱里が常に下駄を履いているのも、そのためだ。
私は服装にこだわりはないけど……、いやあまりにも少女らしいドレスはやっぱりダメかもしれない。
変身したら逆に弱くなるんじゃないか、私。
そもそもとして、だ。
「どうして私? 私の技って基本、光を飛ばすだけだから変身できるとは思えないんだけど……。朱里とか変身したら似合うんじゃない?」
「え……? もう夕香ちゃんってば~照れてしまうのです」
「そこ!! 赤面してウキウキで顔を振らない!! ……夕香、私もあなたと同じだった。基本的に技は、光線を飛ばすだけだよ!!」
え!? と思わず声が出てしまった。
今も橙の輝きを放つそれは、一部の魔法少女だけが使える高等技術に思える。
きっと魔法力の総量だって私よりも遥かに……。
「……あれ? 総量は大したことない?」
「大したことない!? ……うん、まあ、その通りだけど。……こほん」
ちょっと今のはデリカシーがなかったか。
ネットリテラシーが叫ばれ続け、叫ぶ側が疲れてしまった昨今、言動には気を付けた方が良い。
反省。
気を取り直して、と言わんばかりに少女は元気な笑みを見せた。
「この変身は私が編み出したもので、……脱いだ方がわかりやすいかな、えい」
「え」「なのです!?」
少女の体がまぶしい光に包まれる。
目を開けて、そこにいたのは――。
橙の全身タイツに身を纏う少女だった。
「ぷっ……あはは!!」
「夕香ちゃん、笑ったらダメなのです、……くす」
「だってドレスからタイツだよ!! シュール過ぎて……あはははは……痛!!」
対面から空手チョップが飛んできた。
さすがに笑いすぎた。
本日二度目の反省。
「変身能力は魔法力のコントロール!! 魔法力で薄く全身を包むこのインナーこそが、変身能力の言わば本体なの!!」
なるほど、例えば朱里など武器で戦うタイプの魔法少女は常に魔法力を一定の形にしているが、それの服装版といったところか。
『所持』よりも『着衣』の方が範囲が狭い分、密度は上がる。
恐らく、朝のアニメでやってるような魔法少女の変身シーンから着想を得たのは、わざわざ聞くまでもないだろう。
しかし、秘密はそれだけではないはずだ。
「こうして魔法力の流れを良くすることで、場合に応じて力を……そう、ぐわーんと……!!」
急に雑になったな。
少女は拳を突き出して、ぐわーん、うおーん、などと唸っている。
今まで様子を伺っていた朱里が口を出す。
「つまり部位ごとの魔法力の密度を瞬時に変化させているということでしょうか? 拳で突くときは全身の魔法力を拳へ。身を守る時も攻撃を受ける一点へと魔法力を集中させる、と」
「なるほど!! そんな感じ!!」
何で説明する側が納得してるんだ、という話は置いといて。
私も今の朱里の説明でイメージが湧いた。
つまり、あらかじめ全身に魔法力の流通経路を作っておいて、場合に応じて魔法力を各所から招集する。
確かにそれなら、魔法力の総量が変わらずとも各場面で有効に戦うことができる。
恐らくは、魔法力の総量は人並みの彼女が、最大限戦うために生み出したのだろう。
やっぱり、この子は私と同じ顔だが似ても似つかない。
私は努力とか、工夫とか、そういうことをするキャラじゃない。
この変身も話につき合うくらいはいいが、私には習得できないだろう。
あと、もう一つ、気になっていることがあった。
「……そのインナーが本体なのはわかったけど、じゃあドレスは? ほとんど飾りのように見えたんだけど」
「それはもちろん……」
少女が立ち上がり、高らかに宣言する――。
「かわいいからに決まってるでしょーーーー!! 魔法少女たるもの、かわいい服装は基本なの!!」
逆切れ気味に言われてしまった。
なるほど、かわいいからか。
「かわいいお洋服の夕香ちゃん……むむむ……想像したら気持ちが昂ってきたのです!!」
何なら隣の朱里の方が乗り気なのだが……。
かわいい、かわいい服装かあ……かわいい。
私には無理だろ、やっぱり。
●
「うおおおおあああぁぁ……!!」
「もっと腰を入れて!!」
「んぐううううぅぅぅぅ……!!」
「頑張るのです!! 夕香ちゃん!!」
中腰で拳を握って、低く唸る。
おおよそ小学生がとらないだろうポーズで、女の子が出しちゃいけない声を出している。
結局、私は他二人の強い要望の元、特訓をすることになった。
朱里は武器を『所持』するイメージが固まっているので、やるなら私だけだ。
「んんんん……ぐおおお……!!」
「はい!! もっとカワイイ自分をイメージして!! モンスターは待ってくれないよ!!」
そんなこと言われても。
しかし、私の体はわずかに橙の色を帯びていた。
コツがわかってきたかもしれない。
光を放つ瞬間、普段は手に力を蓄えるわけだがアレを出し切らず留める。
反発する磁石を近づけて同じ距離を維持する、というのが感覚的には近い。
要するに、難しい。
かなりの精度と魔法力を制御しないと……。
「んんんん!! うおおおお……!!」
「……。夕香ちゃん、トイレで気張ってるみたいなのです」
「ぶふっ!!」
光が一瞬で霧散する。
そのまま笑いが止まらない状態になってしまった。
「ご、ごめんなのです!!」
「いや……いいけど。トイレって……魔法少女の変身がトイレって……あははは!!」
「夕香ちゃんがツボってしまったのです……」
笑い転げる私。
申し訳なそうにする朱里。
そして、夕花さんは――。
「もっと真剣にやってよ!!」
大声。
そして静寂。
はっと気づいたように声の主が取り繕った。
「ご、ごめん!! 今日会ったばっかりなのに……お節介だったよね!! こんな指導を急に始めて……」
「も、申し訳ないのです……私が余計なことを言ったせいで……夕香ちゃんは悪くないのです……」
「別に……私は気にしないけど……」
何やら変な空気になってしまった。
もともと、私自身が変身習得を望んだわけじゃない。
そう言って開き直ることもできるだろう。
「ごめん……夕香は変身したいなんて一言も言ってないのに……」
「それはいいけど……。何でそこまで変身にこだわるの?」
「それは……」
快活だった少女の、表情が曇る。
私は昔、お気に入りの玩具を落として落ち込んだ時のことを思い出していた。
窓ガラスを見たらこんな顔をしていた。
「別にこだわってなんか……ない。少しでも力があれば、大事な人を助けることができるかもしれないから。だから良かれと思ったけど……。うん!! ごめんね!! 私、お茶のお代わり持ってくる!!」
「あ!! ちょっと待って……!!」
私の声が聞こえなかったのか、はたまた、わざとか。
夕花さんはすたすたと歩いて、そのままドアを開けた。
乾いた音とともに、残されたのは約二人。
「行ってしまったのです……」
朱里がしょんぼりとした口調で言う。
まあ、こんなこともある。
「しょうがないよ。今日会ったばっかだし。私と夕花さん、性格が全然違うし」
顔は似ていても、魔法少女への真剣さは雲泥の差。
2000年と2020年では価値観が違う……という言い訳はあまりしたくなかった。
単純に夕花さんは真面目で、私は不真面目というだけだ。
しかし、夕花さんは去り際、気になることも言っていた。
――大事な人、と。
「あ、あれを見るのです!! 夕香ちゃん!!」
「え? 棚の上の……写真? これって……!!」
写真の中では笑顔の少女が二人、、ピースをして並んでいた。
私と同じ顔の少女と、柴と同じ顔の少女が。
「まさかダーク柴と撮った……はあり得ないわよね。髪の色、紫だし」
「……。きっとこの世界は、『ユウカ』ちゃんと『シバ』ちゃんが仲良しだった世界なのです」
「私と柴が……?」
話としてはわかる。
私そっくりな子がいたのだから、柴とそっくりな子もいるのだろう。
そして、その二人はこうして写真を撮る程度には仲良しだったということだ。
しかしそうなると、疑問も浮かんでくる。
この、柴に似た少女は今、どうしているのか。
そして、なぜ柴に擬態したモンスターが町にいるのか。
背後から扉を開ける音がした。
「あ……見ちゃったか。そりゃそうだよね……。片づける時間、なかったしなあ……」
振り返って、その顔を見る。
夕花さんの笑みには、心なしか陰があった。
「この方は、夕花さんのお友達、でしょうか」
「……うん。たった一人の親友」
親友。
その言葉に不思議と胸がうずいた。
「学校のクラスがいっしょで、体育の授業でたまたま二人組を作って……それで仲良くなったの。この町は魔法少女が少なかったけど、私とシバ……柴
「……あの日って?」
「すごい強い、狼みたいなモンスターが出たの。私と柴はそれでも頑張って、力を合わせて攻撃して……あいつは霧みたいになった……でも!!」
少女が両の拳を握った。
悔しさからに違いなかった。
「あいつは完全に倒せていなかった!! いったん体を霧状に変えただけだったの!! それで私が油断して攻撃を受けそうになって……私を庇った柴は倒れちゃって……!! あいつ、柴の体に中に入って出てきたらと思ったら……柴の姿に!!」
「夕花さん、ゆっくりでいいので……無理をしないでください」
「……ありがとう」
朱里の言葉に夕花さんが溜飲を下げる。
しかし、これでおおよそのことはわかった。
つまり、その時のモンスターが大量に増殖し、今に至るわけだ。
この時代の柴の体をコピーした、元は狼のモンスターが。
そして、私の口からは自然と言葉が出ていた。
普段の冷静さがあれば、あえて口にしないことを。
「じゃあ、この時代の柴は……」
「……今も病院で眠っている。魔法力を急速に失ったから、そのせいだって」
「そうだったんだ……」
なんて声をかければいいか、わからない。
そう思っていたら、朱里が夕花さんの手を取った。
「つらかったのですね、夕花さん……」
「……。あはは、大丈夫。今は私が頑張ってこの町を守ってるから。一人でもやるって、そう決めたから……」
けたたましい警報音が部屋に鳴り響く。
机の上にあったトランシーバーが音を立てる。
夕花さん――夕花はそれを手に取ると、すぐさまこちらを向いた。
「またモンスターが現れたって!! 私はすぐに行くから、あなた達は待ってて!!」
「え……でも」
「いいから。今日の戦いで疲れてるでしょ。私はまだまだ余裕だから……!! じゃ!!」
「あ、ちょっと!!」
少女が窓を開け、飛び出す。
上昇とともに光に身を包む。
変身。
造作もなく完了し、そのままゆっくりと道路へと降り立った。
ドレスをパラシュートのように展開したのだろう。
「夕香ちゃん……!!」
「わかってる」
待ってて、と言われた。
何も選ばないなら、このまま部屋でじっとしてればいいのだろう。
だが――。
あんな話を聞かされて、じっとしているのは、きっと正しくない。
「追おう!! 夕花の後を!!」
――