『スタートしました!!さあ良いスタートを切れましたが、飛び出すのは二人のウマ娘!!先陣を切るのは我に有り、風の神は遮れないと言わんばかりの走りをするアイネスフウジン!!そして王者も行くぞメジロランページ!!』
「一人じゃ行かせないの!!」
「まあ俺はマイペースに行かせて貰うぜ」
先頭を飛び出すのはやはりこの二人、アイネスフウジンとメジロランページ。ややアイネスの方が先行しているのか、ランページは2番手につけている。
『アグネスフローラはメジロランページのすぐ後ろ、3番手についております。そしてメジロライアンは少し離れて5番手に着きました』
「貴方の一手一足、絶対に見逃さない」
「おいおいおいそれはそれでこえぇよ、ヤンデレか貴様」
「フローラ、凄い気合張ってるなぁ……バリバリだよ」
打倒ランページの大将格、フローラは唯々ランページを完全にマークしていた。此処ならばランページの全てが分かる、勝ちに行くタイミングも……此処ならば自分は万全だ。それをライアンは見つつも自分の走りに徹する。ライアンにとってもこのレース状況は完全な予想外だ、だから自分を律してペースを守る。
「あのランが抑えまくってる……!!」
「ラ~ンもっと行け~!!」
「お姉様頑張って~!!」
「先輩行け~!!」
必死の声援が送られる中でネイチャはこれ以上ない違和感を覚えていた。先頭は変わらずアイネス、最初の坂を越えてそのまま第一コーナーを曲がっていく。アイネスもアイネスでかなりのハイペース、ハイペースなのだが……
「トレーナー、ランってば凄い抑えてない……?」
「えっあれでラン抑えてるの!?」
「そうですね、あれは普段の大逃げじゃなく普通の逃げですね」
アイネスは逃げている、大逃げを打っての逃げ切りを狙っている。それこそ普段のランページの戦法だ、だが今回のランは全く違う。普通に走っている。
「普段の幻惑逃げじゃないし、何か仕掛けてる訳でもない……何を企んでるの?」
「さて、何を企んでいるのやら……私にもサッパリだ」
何処か煮え切らず、誤魔化しているかのような言葉にネイチャは何か隠しているのでは?と思うが、タンホイザの応援に引っ張られて自分もそれに専念する事にした。だが、南坂は本当に何も知らない。知っているとするならば……ランページの強さぐらいだ。
『メジロランページは未だ2番手、アイネスフウジンとは4バ身差でしょうか」
「あのメジロランページが抑えてるなんて、絶対に何か考えてる……!!」
「やっぱりマークして正解だったわ……!!」
これまで大逃げを打ち続けていたランページが分かりやすく逃げている、これに他のウマ娘達は確実に何かを考えているのだとマークを続行する。ランページは幻惑逃げが出来る、だからこそ目を離さずに正解だった。それが大逃げを打たなかった事の驚きで、冷静になれている。
「戸惑わせるつもりでしょうけど……離れませんよ、貴方から」
「だからこえぇって……」
ピッタリと離れないフローラに背筋が寒くなって来る、一体何処を間違ってこんな子になってしまったのだろうか……まあ十中八九自分が勝ち過ぎたせいだろうが、だからってどこぞのワンマンアーミーじゃあるまいしこんな風になるだろうか。
「もっと、もっともっと逃げるの!!ランちゃんを置いてきぼりにする!!」
気迫を込めて走る、彼女が何かを考えているのかもしれないが自分に出来るのは精一杯逃げる事のみ。だったらそれをするまでだと、もっと引き離す為に走る。先頭は未だアイネスフウジン、そのまま疾走する。
『さあアイネスフウジンはメジロランページとの差を引き剥がしたい所ですが、まだまだ余力を残しているのでしょうか?さあ1000mの通過タイムは―――えっ!?こんなハイペース⁉』
思わず実況が驚き、観客たちが時計を確認するとどよめきの声が起きた、そんなペースだったのか!?アイネスフウジンがレースを引っ張っているがランページにそれに続き、周囲のウマ娘達が彼女をマークしているので丸ごと集団をランページが引き連れている状況、ランページはアイネスとの差を全く広げないし縮めないのでそこまでのハイペースとは思えなかったのだが―――いざ1000mの通過タイムを聞いてみればハイペース。
『と、とんでもないハイペースだぞ今年の大阪杯は!!アイネスフウジンが逃げるが後続との差は全く広がらない!!』
「そういう、事か……!!!」
真っ先に気付いたのはライアンだった、普段から己の肉体の鍛錬に余念がなく自分の身体の事を最も分かっているからこそ分かった。身体に溜まる乳酸のペースが異常なレべル、これこそがランページの仕掛けた罠だったんだと今更気づいた。だが今気づけて良かったとも思う。
『さあメジロライアンが上がっていくぞ!!他のウマ娘は如何するのか、動かないのか、ライアンが上がっていく!!今5番手から4番手へ!!』
「来たかライアン。先行きたきゃ譲ってやっても良いぜ?」
「よく言うよ……相変わらず計算高いというかなんというか!!」
「ハッお見通しってか、なら―――此処までだ、こっからは普段通りに逃げる!!」
瞬間、ランページは被っていた皮を脱ぎ捨てた。刹那、彼女の脚が地面にめり込むかのように沈み込んだ。深々と突き刺さった脚で地面を蹴ると一瞬でライアンとフローラを振り切るかのように加速していった。
『遂に来たぁ!!!メジロランページが遂に来たぞ!!』
「させない、貴方を離さないと言った筈……!!」
「いいよ、勝負!!!」
『それに続いてメジロライアンとアグネスフローラも上がっていくぞ!!凄いぞメジロランページがどんどんアイネスフウジンとの差を縮めて行く!!既に2バ身差!!』
遂に動いた王者にマークを行っていたウマ娘達が一斉に動き出した、此処こそが勝負仕掛け所なんだ!!と全員が一気にスパートを掛ける―――掛からなかった。
「あ、脚が……!?」
「如何して、脚が重いの!?」
「まだそんなペースで走ってなんか……!!」
「これってもしかして……」
『オーバーペース!!?』
「俺の幻惑を警戒したのは褒めてやる、だけどやり方が一つとは限らないんだぜな、これがな!!」
「ランページさんは稀代の大逃げウマ娘として名を馳せています、それを全員が警戒するのは当然の事。アイネスさんもそれを警戒してもっと逃げたかったのでしょう、それをランページさんは即座に感じ取ったのでしょう。だからこそ2番手に控えてレース全体のペースを掌握する事を選択したんです」
「ど、どう言う事なの?」
ライスの言葉はカノープス全体が思った事だった。
「他のウマ娘はランページを完全にマークしている状態、そして当然ランページのスピードを知っているので置いて行かれる訳にはいかないとそれに付いて行く。アイネスさんは逃げ切る為にもっと逃げたい、その中間に居れば自分でレースのペースを作り出せます。アイネスが加速すると同時に離されない程度に加速すれば他のウマ娘も漏れなく加速する。そして全員をオーバースピードの領域にまで引き込んだんですよ」
アイネスが逃げればそれを追うランページも加速する、ランページをマークする他のウマ娘達も当然加速。そこで生かされるのがお得意のペース変更、アイネスとの差を離されないようにじりじりと慎重に調整し続けていた。
「それじゃあ……」
「他の皆は?」
「もう駄目ですね、体感的には長距離を走らせているような気分でしょう。気付かない間に罠に嵌められていた、この精神的な動揺はレースでは致命的です」
ターフの流れは我が手中にあり、と言わんばかりのそれに思わずネイチャは嘗ての二つ名を重ねてこういった。
「ターフの……支配者」
『さあ第4コーナーでメジロランページが後1バ身差まで迫って来た!!直線に入ったがアイネスフウジン苦しいか!?』
「くぅぅぅぅ!!!でも根性なら負けないのぉっ!!!」
直線に入った所でアイネスはまだまだ粘る、此処で抜かれる訳にはいかないと必死に走る。その背後から迫って来るライアンとフローラを引き連れたランページの圧力を感じる、だが抜かせない。だが、並ばれる。
「菊花賞みたいなもんだと思えば、問題ないのぉぉぉ!!!」
「見上げた根性だ!!それなら、凌いでみろや!!!」
「そういう言い方をされたらアタシだって負けられないんだよねぇ!!」
『此処でメジロライアンも来た!さあ遂に来た、三冠ウマ娘が来た!!メジロライアンとメジロランページ!!メジロの三冠同士の激突だ!!アイネスフウジンはまだ行けるのか、もう苦しいのか!!?アグネスフローラもまだ続いている!!大阪杯はもう完全にこの4人に絞られました!!』
「ガァハァッ……いやだ、いやだいやだいやだ、離されたく、ないぃぃ……!!!」
フローラはランページのペースに完全に合わせていた、それは彼女にとってもオーバーペースだったのは明白だった。だがそれでも根性で喰らい付き続けている、もうスタミナは底をついている。根性をくべて力に変える、呼吸も儘ならない筈なのにそれでも走り続けるフローラ、この人に置いて行かれたくない、決めた筈なのに。
『フローラ、今日の貴方は最高よ。さあ思いっ切りやって来なさい―――リギルのフローラ、ではなくアグネスフローラとしてね』
「―――おハナ、さん……まだまだここからぁ……」
『アグネスフローラ、アグネスフローラが此処で落ち始めた!!限界か、1バ身2バ身とずるずると後退していく!!此処でアイネスフウジンも落ち始めてきた、そこをメジロランページとメジロライアン、二人のメジロが抜いていく!!!』
視界の奥で、二人の王者が抜け出して行く。もう……自分はそこに居られない。
「ィゃ……」
悲しげに呟かれた言葉は、風に乗るが届く事も無く虚空へと吸い込まれていく。
『さあ、此処が大阪春の陣の正念場!!天下分け目の一大決戦の大将戦はメジロランページとメジロライアン!!トリプルティアラとクラシック三冠の激突だぁ!!!残り200mを切った!!』
「ライアン、こっからが最高の勝負開幕だ!!!」
「望む所だよラン、一度本気でやり合いたかったからね!!」
「上等だ!!さあ―――最高のレースをやろぉぉやぁ!!!」
「行くぞぉぉぉぉぉ!!!!」
互いに最大のボルテージ、最高のパフォーマンスが発揮出来る状態。最高潮にまで高まったギアを全力で動かしながら、今全力を出し切る。その事に後悔はない、最高のレースを、最高の時間にしよう。それだけが二人に共通した気持ちだった。
『さあメジロランページとメジロライアンが行くぞ!!!僅かに、僅かにランページが有利か!?いやそのまま一気に抜いていくぅ!!!これが完全三冠ウマ娘の実力か!!?どんどん差が開いていく!!』
「このままで、終わらせてたまるかぁぁぁぁぁ!!!!」
『な、なんとメジロライアンがまた伸びてきた!?クラシック三冠は伊達じゃないと一気に巻き返す!!ライアンの大逆襲だぁぁぁ!!!』
「そうでなきゃ、面白くねぇんだよ!!!!」
『此処でランページも伸びる!!?メジロ三冠の二人が競い合う!!ライアンが、差し返しに掛かる!!激しい鍔迫り合いが大阪の陣で繰り広げられる!!勝つのはメジロランページか、それともメジロライアンか!!?ライアンかランページか!!?互いに一歩も譲らない!!どっちだ、どっちなんだ!!?無敗の意地か!!それとも打倒の夢か!?何方が上回る!!さあ後僅か!!ライアンが差し返し切れるか!!後半バ身、行けるのか!!?いやランページだ!!メジロでも無敗の三冠が逃げ切ったぁぁぁぁぁ!!!』
想像を絶するレース、中距離最強決定戦を制したのは―――無敗の王者、メジロランページ。
『メジロライアンとの差は僅かなクビ差!!逃げ切ったぞメジロランページ!!!メジロライアンは2着!!3着にはアイネスフウジン!!』
「ハァハァハァハァハァ……全く、ランってばやばすぎ……」
「人の事、言えるかっての……!!」
『メジロランページG1を8勝!!八冠目を戴冠!!シンボリルドルフを完全に越えた王者として君臨したぁ!!そしてタイムは―――1:58.0!!?レ、レコードです!!凄まじいレコードを叩きだしたぞメジロランページ!!また、歴史にその名を刻んだ!!!二着のメジロライアンもレコードタイムでのゴールです!!』
「全く、ランってば凄すぎるよ……」
「へっ……お前と、最高のレースがしたくてな」
「言ってくれるなぁ……おめでとう、でも次は負けないよ」
「また勝ってやるよ」
そんな言葉を掛け合いながらも二人は拳をぶつけた、そしてハイタッチをしてから握手、互いを抱き寄せて抱き合った。互いの健闘を心から祝して。